なぜ酪農家にとって体が命なのか
今回のテーマは、酪農家として働くうえでの「体の悩み」。切り出したのは、腰痛持ちだという研修生さんです。
腰をやってしまうと何もできなくなる。でも酪農はしゃがんだり、重いものを持ったりの連続です。餌1個で20kgもあると川上さんは言います。
川上さんはこれまで、体を壊して経営が傾いた酪農家を何人も見てきたと話します。きっかけは意外にも、まず体からだと言うのです。
いっぱい体を壊して経営が傾いた人を見てきたんですよ、僕が今まで。
酪農ヘルパーは、酪農家が休むときに派遣される仕事。だから怪我や病気で呼ばれることも多いそうです。
作業機での骨折、牛に蹴られる怪我だけでなく、うつなどの精神疾患で入院する経営者もいると言います。
経営がうまくいかなくなると、牛にちゃんと餌をあげられなくなります。すると乳量が落ちて売り上げが下がり、餌をケチる。そんな負のスパイラルに陥りやすく、その入り口が「怪我で体が動かなくなること」だと川上さんは語ります。
怪我・体の不調
体が動かなくなり作業が回らなくなる
餌やりが滞る
牛にちゃんと餌をあげられない
乳量が落ちる
売り上げが下がる
餌をケチる
さらに乳量が落ちる負のスパイラルに
毎週の整体と、1年前から始めた筋トレ
だからこそ川上さんは、体のケアを徹底しています。毎週整体に通い、専門の先生にずっと見てもらっているそうです。
さらに去年からは「鍛える」ことも始めました。それまではストレッチと体重維持がメインだったと言います。
鍛え始めたのは本当に1年ぐらい前です。それまではもうストレッチぐらいしかやってなかった。
研修生さんも、ジムで筋トレをすると腰痛がぐっと減った経験があると話します。ただ、忙しくてなかなか続けられないのが悩みどころ。
そこで大事なのが筋トレの「質」だと川上さん。短い時間で質を上げる、という発想です。
一方で研修生さんは、酪農家は常に動いているのに、わざわざ筋トレしようとは思わないよね、と指摘します。
実際、川上さんの基礎代謝は2700kcalほど。2400kcalくらいを常に食べないと痩せていくというほど、日々動き続けているそうです。
ちなみに一日何万歩歩いてますか?
1万2000ぐらいじゃない?平均で。
搾乳の屈伸、餌やりの上下運動、常に有酸素運動をしているような状態。それでも体のケアは欠かせないと川上さんは念を押します。
作業動線と「拭き方」に宿る工夫
川上さんが特に意識しているのが、毎日の作業動線です。1日5分の短縮でも、365日続ければ大きな時間になると言います。
短縮すると次の改善点も見えてくる。だから常に「これをやらなくてもできないか」を考えているそうです。
たとえば搾乳前の乳房を拭く作業。牛の乳房を平面として考えると、面積の差はそれほど大きくないと川上さんは言います。
テーブルの半分を拭くようなイメージで、どう汚れていても拭く面積は変わらない。だからどう効率的に拭くかを突き詰めているのです。
研修生さんは、川上さんが後ろから拭くことが多いのに気づいていました。理由は牛の乳の向きや、餌を食べている頭の向きによって変えているから。
牛によって右左を変えていて、乳の向きや自動餌やり機で頭が向いている方向に合わせているそうです。体をひねらずに済む向きを選ぶことも、腰への負担を減らす積み重ねになります。
さらに、前絞りの前に足をコンコンと叩いて牛の体勢をまっすぐに直しておくなど、細かい下準備も欠かしません。
古武術の動きを搾乳に取り入れる
体の動かし方には、意外なルーツがありました。川上さんは少林寺拳法をやっていて、古武術がとても好きだと言います。
筋肉で動かすんじゃなくて、骨とか構造とか、体重の動かし方で体を上手に動かすみたいな。
例に挙げたのが「難波走り」。昔、手紙を届けて一日に何里も走った飛脚の走り方です。
膝を曲げるのではなく、腰を落としてくるっと回るような動き。体をねじらず、負担をかけない工夫です。
研修生さんも、前かがみは腰を痛めるからと、しゃがんで拭くやり方を実践しているそうです。野球のキャッチャーの姿勢に近いと言います。
ただ、この姿勢は男性にはきついとの指摘も。足首の柔らかさが関係するそうです。
長靴・靴・道具で変わる体の負担
体への負担は、道具でも変わります。川上さんによると、長靴を履くだけで足首が固定され、それが腰痛の原因になるそうです。
長靴を履くっていうだけでも足首が固定されるので、腰痛の原因になるんですよ。
そこでワークブーツや柔らかい靴に変える人もいます。ただ柔らかい靴だと牛に踏まれたときが心配なので、先に鉄が入ったタイプもあるとのこと。
5本指ソックスなら指が動いて地面を押さえられる、コルセットも持っている、と細かい工夫は尽きません。
海外では長靴を履かず、ワークブーツや足袋のような靴で作業する人も多いそうです。研修生さんも取り入れてみようかなと関心を寄せていました。
人件費が安いと、設備投資が遅れる
話は酪農の構造的な問題にも広がります。川上さんは、日本は人件費が安いことが機械化の遅れにつながっていると指摘します。
海外では人件費が高いため、人を雇うより設備投資して機械化した方が安い、という健全な動きになると言います。
一方、日本では人件費が安く、高ければ外国人を使おうという発想になりやすい。結果として設備投資や機械更新が遅れると話します。
研修生さんは、オーストラリアの最低時給が28ドル、約2800円だと挙げます。それだけ高ければ、機械に回した方がいいと考えるのも当然だという流れです。
さらにエネルギーや原材料を海外に依存していることも、日本のコストを押し上げていると川上さんは語ります。
酪農家として自分の牧場を持つまで
後半は川上さん自身の話へ。昔から酪農家になりたい、自分の牧場を持ちたいと思っていたそうです。
最初は1頭2頭からスタートする構想で、200万円ほど貯金をしていたと言います。
200万円で始めるというより、牧場を辞める人のところに入っていく形を考えていたそうです。個人でそれだけ貯めた実績があれば借り入れができ、当面の生活費は自分で賄えると銀行への説得材料になる、という考えでした。
だから新規就農したい人には、いきなり牧場現場で働くより、給料の高いところでしっかり稼いで貯蓄を貯める方が近道だと川上さんはすすめます。
貯蓄が信用になるからです。酪農関係で高所得を出せるところがあればなお良い、とも話していました。
朝5時から働く日々と「個人の見解」
研修生さんは、酪農家の働き方に「夢ないな」と何度もツッコミを入れます。それに対し川上さんは、あくまで個人の見解だと繰り返しました。
川上さんの一日は、朝5時に起きて13時までノンストップ。休憩も取らずに働き、13時から15時だけご飯を食べながら休むそうです。
ただその休憩中もミーティングや営業マンの対応が入ることもあると言います。
自営業は労働基準法と関係なく、働けば働くほどお金が出るし、好きなことならなおさら、という川上さんの考えです。
自営業ってそんなもんだと僕は思うんだよね。働けば働くほどお金が出るし、自分の好きなことだったらなおさらなんだけどなと思うけど。
最後に川上さんは、体の使い方で気になることがあればコメントやメッセージがほしいと呼びかけて、この回を締めくくりました。
まとめ
腰痛持ちの研修生さんの悩みから始まった今回。酪農家にとって体はまさに経営の土台であり、ケアと工夫の積み重ねが働き続ける力になることが伝わってくる回でした。気になる体の使い方があれば、ぜひコメントで送ってみてくださいね。
- 体を壊すと餌やり・乳量・売り上げが連鎖して悪化する。だから体のケアが最優先
- 毎週の整体、1年前から始めた筋トレ、質を高める工夫で体を守っている
- 作業動線や拭き方、古武術の動きなど、腰をひねらない工夫が積み重なっている
- 長靴・靴・コルセットなど道具の選び方でも体の負担は大きく変わる
- 新規就農は現場で働くより、稼いで貯蓄を信用にする方が近道という考え
