沖縄に感じる「帰ってきた」という心地
この回のテーマは「移動による発見」です。話は自然と、パーソナリティが最近感じている沖縄への心地よさへと向かっていきます。
観光地としての魅力はもちろんですが、パーソナリティが感じているのはもっと別の何かだと言います。
沖縄に人が集まってしまう、沖縄に行くと安心してしまうというか。沖縄に行くとすごい心地よさを感じちゃうみたいなのが僕の中にはあって。
その理由として、日本人の源流のような感覚があるのではないかと話します。
母なる大地感というか。
那覇空港から外に出た瞬間の蒸し暑さやヤシの木を見て、ワクワクすると同時に「抱かれている」ような感覚があると振り返ります。
なんか帰ってきたみたいな感じっていうか。割とそういう心地があったりするんだよね。
磯川さんが「帰省した感」を覚える京都
一方で磯川さんが最近「帰ってきた」と感じるのは京都だと言います。
最近なんかね、京都に帰るとすごい帰省した感があって。実家感あるね。
磯川さんは北海道出身で、東京と北海道を行き来しながら店を作ってきました。京都には「落ちる」を作ってから深く関わるようになり、当初は1年間住んでいたことも大きいと話します。
ただし北海道に帰れば今も変わらず「帰ってきた」と感じるそうです。それに対して東京では、あまりそうは思わないと気づきます。
田舎には確かに感じてしまうかなとは思ってて。東京に帰ってきたなみたいなのは、あんまり思わないかもしれないなぁ。
知人の例として、羽田から都内へ戻る途中でビルが見えると安心する人の話が出ます。ただ磯川さん自身は、まだそのビルへの安心感はないと言います。
どっちかっていうとやっぱなんか北海道の牧歌的な風景、両脇に白樺の並木がぶわーってあって、その奥には地平線が見えるぐらいに畑がずっとある。やっぱあれ見てると、ああ帰ってきたんだなみたいな。
「主人公感」と自己重要感という補助線
なぜ東京では地元感が薄いのか。パーソナリティが一つのキーワードを出します。
主人公感?
人が少ない田舎では、景色に対して自分だけがいるような感覚になると言います。
今この景色は俺を迎え入れてる感。
逆に人が多い都会では、自分は町のエキストラのように感じられるのではないか、という話です。
磯川さんはこれを自己重要感という言葉で受け止めます。地方では相対的に人が少ないぶん、自分の重みが高まったように感じるのかもしれない、と整理します。
ただしパーソナリティは、自分が東京にいた頃は出張から戻ると「帰ってきた」と感じていたと言い、この差は何なのかと問い直します。
沖縄の安心感は「原始的」で生物的なもの
磯川さんは、沖縄で感じる安心感は自己重要感とは別の種類ではないかと問いかけます。パーソナリティもそれに同意します。
沖縄という土地に自分のホーム性を感じてるという意味合いではなくて、もうちょっとね、原始的かも。動物的、原始的。
あたたかい場所に人は安心するという、生物学的な要素があるのではないかという話になります。
磯川さんは、生存のためのコストが低いことが安心感につながっているのではと指摘します。北海道は灯油代を払えないと死ぬような厳しさがあり、その感覚は生まれないと言います。
生存するためのあらゆるコストが低いっていう安心感が、逆に沖縄で懐かしさとか安心感を感じてしまうっていうのがあるのかもしれないね。
パーソナリティは、沖縄に多くの友人がいるわけでもないのに、いつか住むイメージが強く湧くと語ります。一方で、現在住んでいる長野にはまだホーム感がないと言います。
海の民と山の民という見立て
この流れで磯川さんが、ご先祖が海洋系の民族だったのではないかと冗談まじりに切り出します。パーソナリティも、何かを選ぶとき常に海を選んでしまうと認めます。
対して磯川さんは、地元の北見も京都もどちらも盆地だと気づきます。
たくみが仮に海の民なんだと仮定すると、俺は逆にもしかすると山の民なのかもしれないなと思ったり。
話は、では山の民である磯川さんが今の平地で暮らす心地はどうか、という問いへ進みます。
いや、だからちょっとあれなのかな、緊張してんのかな。まあ確かにね、山の方が安心してるかもね。
いずれ山小屋を持つ、あるいはそうした関係性を作る可能性はあると言います。ただし、そこに欠かせない物は特にないとも語ります。
環境は自分で作れるっていうか。すっごいシンプルに。だから真水さえあればなんとかなるよね。
持ち物は少ないほどいい、何かがあることよりも増えすぎないことのほうが大事だという実感を語ります。災害時にも、車が出せるなら一旦長野の山や北海道へ退避するだろうと話します。
遊牧民的な生き方と「事業を伸ばせない」という自認
磯川さんが長野の山でキャンプを始めたら人が集まってきそうだ、という話から、遊牧民的なライフスタイルが合っているのかもしれないという流れになります。
遊牧民的なライフスタイルが意外と合ってんのかもしれないね。
ここでパーソナリティが、最近自分について認めたことを打ち明けます。
俺は事業を伸ばせない。
事業を伸ばすために何が必要かは考えられるのに、そこに努力できないのだと言います。磯川さんは「まあ興味ないよね」と返します。
会社としては成長していく世界観にはなってきており、それ自体はありだと感じている。ただし自分がそれを好んで努力するのは違う、と整理します。
そこに俺は努力できない。だからそこをやってくのは俺じゃない誰かが必要なの。
磯川さんも、パーソナリティが大きな会社の社長をしているイメージは湧かないと同意します。会社は大きくなっても、その時に自分は社長ではないだろう、とパーソナリティは語ります。
磯川さんの弟に見る「グローバル行商」
磯川さんの弟は、シンガポールを拠点にアメリカやスペインで貿易の仕事をしており、まさに遊牧民的な生活だと言います。パソコン一台ではなく、実際に物を動かしているのが特徴です。
北海道の食品をアメリカに送り、シンガポールに送り、スペインに送りみたいな。グローバル行商みたいな。
磯川さん自身も、いろんな場所に行っていろんなことをやることが大事だと気づいたと語ります。
普段自分がやってることとちょっと違うことをやってみるっていうのは非常に大事なの。その数が大事だなと思ってて。
京都の鴨川で野立てをやったところ多くの人にフォローされた経験から、この方向性が合っているのかもしれないと感じたそうです。
空っぽの木箱から始める「見立て」の遊び
休憩を挟んだあと、パーソナリティが一つのアイデアを出します。持ち歩く木箱に、何も入れないところから始めてはどうか、というものです。
木箱を持ち歩いて、まず入れてくところから始めるっていう。
それが拾うのか、もらうのか、買うのか。土地ごとに集めたもので場を作るという発想です。ここでパーソナリティは、磯川さんをキュレーターだと表現します。
いいものを買ってそばに置くより、骨董市や道端で安く良いものを発見するほうが好きかもしれない、と磯川さんは応じます。
この発想は「移動による発見」というテーマとつながります。移動するからこそ、そこにしかないものを拾い、それをもとに場を作る。野点というフォーマットは残しつつ、そのあり方が地域ごとに変わっていくという構想です。
日本中にデッドストックがあるという話も出て、売れない在庫を見立て続ける遊びとして広げられます。
限られた条件で戦う面白さと、見立ての差
磯川さんは、店を作ってきた経験から、見立てそのものが楽しいと気づいたと語ります。
限られた資源の中で、条件の中で、その中でどう戦うかみたいな方が結構やっぱなんか楽しいなってことに気づいたんだよね。
北見でイワシクラブを始めた時も間借りから始まり、元居酒屋を借りて作った店が地元で高く評価された経験を振り返ります。百点満点の空間より、少し不安が残るくらいのほうが落ち着くと言います。
パーソナリティは、ただ集めるだけの人と、寄せ集めが上手な人には大きな差があると指摘し、それは自分にはできない力だと語ります。
俺にはやっぱりできない力だね、完全に。今のところ。
パーソナリティ自身は空間の見立ては得意ではなく、雑誌などを参考に「それっぽいもの」を作るミーハーなタイプだと自認します。それに対し磯川さんの見立ては、人が喜び心地よく感じるところまで含んだサービス業として成立していると評価します。
十年続く会話そのものが「思考旅行」
磯川さんは、パーソナリティとはもう十年近くこうした会話を続けてきたと振り返ります。仕事も私生活も含めたトライアンドエラーを重ねてきた時間です。
思考旅行ってなんかいい名前で、このやり取りが、思いのやり取り、考えのやり取りがまた一つのいい時間ですね。
どこにたどり着くかわからないけれど、会話を通じて「ああそうだったんだ」と自分たち自身が発見していく。それがこの番組の姿だと二人は確認し合います。
初回にも多くの反応があったことに触れつつ、この回を締めくくります。
まとめ
沖縄や京都で感じる「帰ってきた」という心地を入り口に、海の民と山の民という見立てや、遊牧民的な生き方、そして限られた条件で場を作る「見立て」の面白さへと話が広がりました。移動による発見をテーマにしながら、二人の会話そのものが一つの思考の旅になっている回です。
- 「帰ってきた」と感じる土地は人によって違い、田舎や生存コストの低さと結びついていると語られました。
- 沖縄の安心感は自己重要感とは別の、原始的・生物的なものではないかと考察されています。
- パーソナリティは「事業を伸ばすことに努力できない」と認め、それは自分ではない誰かがやる役割だと整理しました。
- 磯川さんは、限られた条件の中で見立てて場を作ることに面白さを感じ、遊牧民的な生き方に近づいています。
- 十年続く二人の会話そのものが、答えのない発見を重ねる「思考旅行」だと語られました。
