番組名は「思考旅行」。行き先を決めずに話す4本立ての1本目
冒頭は、磯川さんの剃りたての坊主頭をめぐる雑談から始まります。人の髪は1日0.3ミリほど伸びるそうで、3日で1ミリという話に、井上さんは意外と伸びないものだと驚きます。
磯川さんは修行時代の話を続けます。修行中は「宿日」と呼ばれる4と9のつく日に頭を剃るのが習わしで、だいたい5日おきに剃っていたそうです。
髪が伸びていると「サボっている」と見なされる空気もあるそうで、剃りたてで訪れると逆に「短くて恥ずかしいな」と言われることもあったと磯川さんは振り返ります。
ここで井上さんが、番組についての説明を差し込みます。この回の番組名は「思考旅行」で、あえて何も決めずに喋り始め、どこにたどり着くかわからないまま進めるスタイルを取りたいと話します。
構成としては、毎回ゲストを呼んで4種類の話をする4本立てを想定しています。テーマは「動機の源泉と葛藤」「移動による発見」「発見から実行」「未来との出会い方」の4つです。
さらに、短いコンテンツが増えている今だからこそ、逆に長くしても面白いかなと考え、1時間まるごと喋るスタイルを試すと井上さんは説明します。面白くなければ早く終わる、という緩さも前提です。
なぜ坊さんは頭を剃るのか。剃髪は「形から入る」帰依のかたち
1本目のテーマ「動機の源泉と葛藤」に入りつつ、井上さんは坊主頭の話をもう少し続けたいと言います。そもそもお坊さんはなぜ頭を剃るのか、という素朴な疑問です。
磯川さんは、剃るという字を書く「剃髪」という言葉を挙げ、手塚治虫の『ブッダ』を引きます。ブッダは家を出るときに剃髪しますが、同じ修行者でもバラモンは逆に長髪でパサパサだったと説明します。
磯川さんは、剃髪がブッダ以前からあった可能性にも触れつつ、今の仏教における剃髪の意味を語ります。
今の仏教で言うと、剃髪、頭を丸めるのはあくまでもお釈迦さんに帰依するため。要するにお釈迦さんに弟子入りするから、彼の真似をするんです。
頭を剃るのは「形から入る」帰依のかたちだという説明に、井上さんは面白いと反応します。
磯川さんにとって読書とは何か。「知識」ではなく「瞑想」
話は磯川さん自身のルーツへと移ります。北海道出身で、東京でのでっち奉公を経てきた磯川さんですが、その話にはしれっと本の存在が出てくると井上さんは指摘します。
磯川さんは、本好きだった父の影響で中学生の頃からよく本を読んでいたと語ります。小学生で『カチョー島こそ』のような本を読み、幼稚園の頃に一人で日本昔話を読んでいた記憶もあるそうです。
では磯川さんにとって、本を読むとはどういう行為なのか。井上さんの問いに、磯川さんは意外な答えを返します。
磯川さんによれば、本を読むと考えることに方向性が与えられ、むしろスッキリするのだと言います。知識を得るために読む人が多い中で、自分はずっと本と対話している感覚に近いそうです。
情報が飛び込んでくる日常のほうがかえって疲れる、と磯川さんは言い添えます。本を読んでいるときのほうが休まるという感覚です。
多分読書に対してそういう感覚を無意識に持ってる人はいるかもしれないけど、意識的に言語化してる人は意外と少ないかもしれない。
本を読むときはスマホをその辺に置いて触らないという磯川さん。座禅やヨガも同じで、携帯を離してその中にダイブしていく感覚があると話します。
情報を断つと内側から生まれる。ヴィパッサナー瞑想と車の運転
この「情報を離す」という話題は、二人それぞれの構想へとつながっていきます。磯川さんは、スマートフォンを預けて入る制限のある店を作っても面白そうだと言います。
井上さんも、自身の運営するホテル「ホテルコモル」で「こもる」をコンセプトにしたプランを考えていると応じます。スマホの預け方を松竹梅で選べるような仕組みです。
チェックインで完全に預ける方式もあれば、部屋の宝箱に自分で入れる方式もあり得ると井上さんは語ります。磯川さんは、完全に手放すと不安になりすぎる人もいると補足します。
ここで磯川さんが、次に行こうとしているヴィパッサナー瞑想の話を持ち出します。上座部仏教の一派で、日本では京都と千葉で体験できるそうです。
施設では携帯電話を預けるだけでなく、1週間言葉を発さず、共同生活の相手と目も合わせてはいけないと磯川さんは説明します。家族の危篤のような大事な連絡だけは取り次いでもらえる仕組みだそうです。
なぜそこまでするのか。行ってきた人から聞いた話として、磯川さんはその狙いを語ります。
スマホ見ない、喋らない、目も合わさないだと、外から入ってくる情報がすごい少ないから、情報が枯渇してくる。で、どうなるかっていうと、自分の内側から生成するみたいな。
これに井上さんは、長距離運転中の感覚が近いと応じます。家族との移動では好きな音楽も聴けず、頭の中から頑張って何かを生成しようとするのだそうです。
その運転しながら何かを考えたくて、でも考える起点があって、頭の中から頑張って生成しようとするんだよね。
しかも生成されるものは、取っ掛かりがない分ランダムで突然だと井上さんは言います。磯川さんはそれを断食と一緒だと例えます。外から食べ物が入らなくなると、内側に蓄えたものを消費していくという理屈です。
井上さんは、こうした時間を過ごせる場所自体はたくさんあるが、それをあえて促してくることが面白いと話します。ホテルにデジタルデトックスの役割が求められる時代への、静かな観察です。
水道橋から小田原まで100キロを23時間で歩く
ここから話は、坊さんの延長として磯川さんの歩き旅へと移ります。井上さんは、この流れが「動機の源泉と葛藤」につながりそうだと感じ、そのまま続けます。
磯川さんは、水道橋から日本橋を経て旧東海道に入り、小田原まで歩いたと語ります。距離はおよそ100キロ、時間は23時間でした。
きっかけは、その前週に共通の友人・オリモさんが飯田橋から高崎まで一人で歩いた話を金曜に聞いたことでした。面白そうだと思い、わずか2日後の日曜に実行したそうです。
これなんかちょっと新しいよね。別にこれあの全然コンテンツじゃないと思うんだけど、コンテンツとしてあんま聞かないなと思って。小田原まで歩いてみるみたいな話って。
磯川さんは、旧東海道を歩くならいっそ京都まで、600キロほど行ってもいいと構想を膨らませます。調べてみると、こうした徒歩旅はどうやら最近流行っているらしいのです。
スレッズで歩くことをつぶやいたところ、「先日私も小田原から東京有明まで歩きました」といったコメントが複数寄せられたそうです。エクストリームウォークと呼ばれる、100キロ近く歩くスポーツもあるといいます。
磯川さんは、これがマラソンとはまた別の流れとして最近広がってきているのかもしれないと感じています。
40キロで「走った方が楽」。歩きと走りの筋肉を切り替える
井上さんは、歩き始めと中間、終盤で歩き方が変わるのかを尋ねます。磯川さんは、30キロあたりから足が痛くなり、それ以降はずっと同じ状態だったと答えます。
そして40キロ地点で、思いがけない発見があったと言います。
歩くのと走るのでは使う筋肉が違うため、走ると歩く筋肉が休まり、気持ちとしても紛れるのだそうです。一定ペースで歩き続けたオリモさんに対し、磯川さんは途中で走ってメリハリをつけたと説明します。
1キロ10〜11分ほどのペースで、ひたすら一定に歩き続ける
途中で走って早めに着き、休憩して追いつかれたら合流するスタイル
井上さんは、オリモさんのほうがマラソン的で、長距離を走るための一定ペースだと整理します。磯川さんは、飽きてしまうから走りを挟んだのだと笑います。
磯川さんは、お遍路も同じで歩いている最中は携帯を触りにくく、瞑想的な時間だったと振り返ります。終わった後は爽やかな気分になったそうです。
なぜ人は歩く旅に応援するのか。「贅沢遍路」と千日回峰行
徒歩旅がなぜか多くの応援を集めた、という磯川さんの実感から、話は「人はなぜ歩く行為に感動するのか」へ広がります。
でもやっぱり24時間テレビ理論っぽいよね。
磯川さんは、それを千日回峰行のような修行に重ねます。阿闍梨が山に入り、参拝して帰ってくる行為には、代わりに参ってくれているという物語や、覚悟の凄み、美しさが宿り、昔からありがたく感じられてきたのだろうと語ります。
井上さんは、散歩と社会的処方を研究する先生から聞いた話を紹介します。人間を含む動物にとって、歩くスピードが最も最適なスピードで、それ以上の速さには体が最適化されていないというのです。
さらに、人は動くことでエネルギーを発しており、歩いているときが最もエネルギー効率が良いのだと続けます。本来、飯を食べるために歩き、歩くことで飯が食える状態になっていたという説明です。
その過程で、他の動物や植物とエネルギーを交換し均衡を保っていた、という話に磯川さんは反応します。
歩いてない俺よりも歩いてる俺の方が魅力的ってことでしょ、人間として。
井上さんは、誰かにとっては「歩いてくれてありがとうね」という存在になるのだと応じます。歩くことが当たり前だった時代より、むしろ今のほうが歩くことの意味は増しているという指摘です。
磯川さんは、お遍路を歩いて全部回る「歩き遍路」が「贅沢遍路」とも呼ばれる話を挙げます。時間も金もかかる歩きが一番贅沢だという逆説で、歩く必然性が薄れた今こそ、わざわざ歩く価値が高まっているのだと語ります。
「晴れ」と「曇り」を行き来する感情と、東京という街
話は磯川さん自身の状態へと移ります。スレッズで鬱であることを発信している磯川さんに、井上さんは今の感情の状態を「天気」でたずねます。磯川さんは、晴れに近い、100%が晴天なら70〜80%くらいだと答えます。
磯川さんは、感情が外部の情報に引っ張られやすいと打ち明けます。調子のいい日に、保存しておいた暗めの曲をうっかりかけたところ、急に死にたくなったことがあったそうです。
そしたらもうすっごい死にたくなって、「この曲のせいや」と思って。だからやっぱりね、すごい引っ張られやすいんだと思う。
お客さんの会話にも引っ張られるという磯川さんに、井上さんは「よく東京にいるね」と驚きます。情報がぎゅっと集まった街だからです。
ところが磯川さんは、東京だからこそ生きられていると感じているといいます。こういう自分も許容する多様性があるという実感です。
これ変な話、すごい集落みたいなとこ行って、「なんやこいつ変な奴やな」と思われたら一発で終わりなような気がしてて。
東京には「こいつなんや」と思う人もいれば、助けてあげなきゃと思う人も、まったく気にせず来る人もいる。磯川さんは、この雑多さにこそ救われている面があると語ります。
井上さんはこれを、満員電車に例えます。
一人でやるイワシクラブに集まる「檀家さん」たち
今、磯川さんはイワシクラブを一人で切り盛りしています。よく来る人を、磯川さんは檀家さんや檀家総代のように感じているといいます。この場所を続かせるために来てくれている、というニュアンスです。
その感覚が生まれた背景を、磯川さんは店の変化から説明します。以前は若いスタッフがいて、それにより客層も違っていました。若い女性が立っていれば男性客が多くなる、という自然な流れです。
38歳になる坊主のおっちゃんが一人でやっていると、そうしたワーキャーはなくなる、と磯川さんは笑います。代わりに、静かにこの場所を支えようとする人か、たまたま近くにあったから来た人か、どちらかに寄っていくそうです。
欲で来るっていうよりかは、心ざまして来るって言ったらあれだけど。
磯川さんは、みんながこぼせない、処理できない感情を抱えてやってくると感じています。イワシクラブが、行き場のない感情のはけ口のような場になっているのかもしれない、という見立てです。
店自体も、一人でやるうちに要素が最低限になり、好き勝手やっているといいます。自分の好きなものばかりを置き、禅的な空気や和のものが増え、次にやりたい箱をイメージしながら続けているそうです。
お香を焚き、梨や桃を切って出す。家に招いている感覚に近い店になってきていると磯川さんは語ります。友人からは「もう住職一緒にしたら」と言われるのだそうです。
道に面した「縁側」の店と、店と家を同時に立ち退く暮らし
井上さんは、徳島の海陽町のさらに先で見た「店作り」という考え方を紹介します。漁師町にある、道に面した縁側のような空間の話です。
庭ではなく道に面した縁側で、奥さんが取ってきた魚を干して待つ。バス停のように入り口側がくぼんだ、その中間の空間が印象的だったといいます。井上さんは、磯川さんの店にもこうした「間の空間」が欲しいと感じたと話します。
ここで磯川さんが、また話をずらします。店だけでなく、住んでいる家も立ち退きになったというのです。オーナーが売ってしまい、11月末までに出てほしいと言われているそうです。
店も家も同時に出ていくことになった磯川さんですが、その口調は驚くほど軽やかです。かつては出家して修行道場に入りたいと思っていたものの、今は生きること自体が修行だと感じ、わざわざ出家する必要はないと考えるようになったといいます。
もうすぐドラクエ始まるよみたいな、装備、また装備1で。
欲が落ちていく感覚。「遊び切った」と葛藤のあいだ
井上さんは、磯川さんの「ロールプレイング感」が懐かしいと言います。出会った頃の磯川さんは背負うものも金もなく、明日にでも小田原まで歩いていけそうな身軽さがありました。
一方、井上さんには今、一緒に過ごす子どもがいて、家族と会社があります。結婚を2回失敗した分、その重みは自分なりに増しているといいます。だからこそ、磯川さんの身軽さがまぶしく見えるのです。
井上さんは、自分にもそういう身軽な時間がまた訪れたら面白いと語ります。ただし娘が20歳になるとき自分はまだ57歳で、人生はまだど真ん中だとも気づきます。
磯川さんは、かつて羽振り良く服を買っていた時期を振り返ります。あの頃はボーナスタイムであると同時に、勉強のための期間だったと今は感じているそうです。
京都の店で、客から「なんでこんなことしてるんですか」と問われたとき、口から出た言葉がヒントになったといいます。
一通りもう遊び切ったんですよねみたいな話を口からポッと出た時に、あ、そっかと。俺結構もう自分の中では遊び切ったなっていう感覚もあるのかなと思ったんだよね。
同じ経験でも、遊び切るキャパシティは人によって違う。磯川さんは、自分は早い段階でお腹いっぱいになってしまったのだと語ります。
井上さんが「本当にそう思ってるのか」とあえて問うと、磯川さんの答えは踏み込んだものでした。もう遊ばないわけではないが、もう一回あの山を登りたいとは思っていないというのです。
仮に毎月100万、200万と入ってくる世界線が訪れても、そこを目指して頑張りたいとは思わない。ただし、勝手にそうなってしまう気もする、とも磯川さんは付け加えます。井上さんも、その波はどこかでまた来ると思うと応じます。
この境地は、簡単に訪れたものではありませんでした。
いいとか言いながら、やっぱりがっつり力入ってる自分もやっぱいるんだよね。気がついたらなんか仕事ちゃんとグリップしようとしてるみたいな。
商売人気質だった磯川さんですが、最近はそれよりもヨガ、ランニング、お風呂、座禅に向かっているといいます。店に縛られることが、環境として大きいのだと井上さんは指摘します。誰かを入れない限り、自分がいなければ成立しない店だからです。
店がなくても発動する「イワシクラブ」。リヤカーで歩く構想
井上さんは、磯川さんはむしろ店に縛られたほうが楽なのかもしれないと言います。読書のように、いろんなことを気にしなくていい場が、磯川さん自身にとって重要だという見立てです。
井上さんはそれを、店が張る結界のようなものだと表現します。
ATフィールドみたいなのがさ、張ってるわけじゃん、そのイワシクラブという店によって。
だからこそ、今後のテーマは「店舗がない状態でどうATフィールドを張るか」だと磯川さんは語ります。そして、歩くことで応援が集まる現象自体が、すでにATフィールドっぽいと気づきます。
磯川さんは、店がなくなった後にすぐ次の店を構えるのではなく、箱を背負い、リヤカーでイワシクラブを歩いてやるのもいいのではないかと構想します。
それは、お茶を点てることやお坊さんの行脚ともつながってくると磯川さんは言います。井上さんは、そうやって歩いているうちに「どうぞここをお使いください」と場所が差し出される流れになると思う、と応じます。
イワシクラブが野立てでできたらね、いや結構力強いと思う。
野立てのイワシクラブという構想に二人は盛り上がり、井上さんは「小諸までそれで歩いてきてほしい」と促します。磯川さんも、そうなったらぜひ歩いていくと応じ、初回の思考旅行はここで一区切りとなりました。
まとめ
坊主頭という何気ない話題から始まった雑談は、情報を断つことで内側から何かが生まれるという発見を経て、歩き旅、そして磯川さんの「遊び切った」という境地へと、一本の線でつながっていきました。行き先を決めずに話すからこそたどり着いた、思考の旅の記録です。
- 剃髪はお釈迦さんに帰依するため、彼の真似をして「形から入る」帰依のかたちだと磯川さんは語る
- 磯川さんにとって読書は知識を得る行為ではなく、考えに方向を与えてくれる「瞑想」であり「写し鏡」
- スマホや会話を断ち情報が枯渇すると、断食のように内側に蓄えたものから何かが生成される
- 歩く必然性が薄れた今だからこそ、わざわざ歩くことの価値と、それに集まる応援は高まっている
- 店も家も立ち退く磯川さんは「遊び切った」感覚と葛藤のあいだで、店に頼らず結界を張る道を探している






