地球環境と自分をいたわる、食生活の最適解──肉の環境負荷・薬剤耐性・オーガニックの真実
聞く健康習慣 Hana博士の体調最高ラジオの食事編第5回は、スイス・ジュネーブからWHOサイエンティストの山本ライン先生をゲストに迎え、「地球と人間をいたわる食生活」をテーマにお届けします。畜産の環境負荷から薬剤耐性(サイレントパンデミック)、オーガニック食品の本当のメリットまで、公衆衛生の最前線にいるからこそ語れる内容を、林英恵さん・西山直也さんとともに深掘りしました。その内容をまとめます。
プラネタリーヘルスとは何か
今回のキーワードはプラネタリーヘルス。これまで「健康的な食事」といえば人間の体への影響が中心でしたが、近年は地球環境の健康も含めて食を考えましょうという潮流が生まれています。山本ライン先生によると、WHOでもこの視点を栄養ガイドラインに明確に組み込む動きが初めて始まっているとのことです。
背景には、フードシステム食品の生産・加工・流通・消費・廃棄にいたる一連の仕組み全体を指す。農場からフォーク(食卓)までとも表現される。が温室効果ガス排出量の約26%を占め、産業分野別で最大級の寄与をしているという事実があります。つまり、食の分野が本気で変わらなければ気候変動対策は前に進まないのです。
2025年10月には、EATランセット委員会ノルウェーのNPO「EAT」と医学誌ランセットが共同運営する国際委員会。栄養学・環境科学・社会正義の研究者を集め、「プラネタリーヘルスダイエット」を提言している。が「プラネタリーヘルスダイエット」の第2版を発表。栄養学だけでなく環境科学・社会正義の研究者が一堂に会し、人にも地球にも公正な食事のあり方を提言しました。
環境の専門機関じゃなくて、健康を扱うWHOがこれを言い始めるって、結構大ごとだと思う
山本先生が住むフランスでは、オーガニック食品(BIO)を選ぶ行動が「盲目的なナチュラル信仰」ではなく、自分たちの土地・農地・文化・環境への責任ある市民行動として位置づけられているそうです。過去に農薬で河川が汚染され飲み水に使えなくなった経験が、社会全体の環境意識を底上げしたという背景もあります。
畜産が地球にかける負荷の衝撃データ
山本先生は、食品ごとの環境負荷を比較した研究データを紹介しました。牛肉1kgを生産するのに排出される温室効果ガスはCO₂換算で約60kg。一方、豆腐は約2kg、豆類・ナッツは1kg未満と、植物性食品との差は歴然です。
さらに衝撃的だったのが、地球上の人間以外の全哺乳類のバイオマス(体重の総量)のうち94%が家畜で、いわゆる野生動物はわずか6%しかいないというデータです。牛・豚・鶏など私たちの食卓になじみのある動物が、地球の哺乳類の圧倒的多数を占めているのです。
畜産の環境負荷は温室効果ガスだけにとどまりません。水資源の枯渇と汚染、森林破壊、生物多様性の喪失地球上の生物種や遺伝的多様性が減少すること。生態系のバランスが崩れ、食料生産や疾病制御など人間社会の基盤にも影響を及ぼす。など多岐にわたります。
ただし、山本先生は「お肉を食べるなと言っているわけではない」とも強調しています。北米やヨーロッパなど高所得国では明らかに食べ過ぎの傾向がある一方、アフリカなどではむしろ肉の消費をもう少し増やしてもいいとされる地域もあるとのこと。地域ごとの事情をふまえた「適量」が大切なのです。
サイレントパンデミック──薬剤耐性(AMR)の脅威
畜産の環境負荷は温室効果ガスや水質汚染だけではありません。もう一つの深刻な問題が薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)細菌やウイルスなどの微生物が、抗菌薬(抗生物質など)に対する抵抗力を獲得し、薬が効かなくなる現象。「サイレントパンデミック」とも呼ばれる。です。
山本先生は、この問題が「人間の医療」と「畜産」の両面で進行していると解説しました。人間の医療現場で抗生物質が乱用されてきた結果、菌の側も進化して耐性を獲得。抗生物質を使えば使うほど菌が対抗策を身につける、いわば「人間と菌のいたちごっこ」が起きています。
人間の医療
抗生物質の乱用(風邪にも安易に処方など)
畜産の現場
家畜への予防的な抗生物質投与 → 動物が耐性菌を獲得
食卓・環境
加熱不十分な肉や環境中の流出を通じて、耐性菌が人間に
結果
本当に効いてほしい時に抗生物質が効かなくなる
一方、畜産の分野でも家畜の感染症予防のために抗生物質が広く使われています。問題なのは、病気でない動物にも「予防的に」投与されている点です。その動物が耐性菌を獲得した場合、加熱不十分な肉を食べた人間に耐性菌が移る可能性や、環境中に流出するリスクも指摘されています。
林英恵さんは、厚生労働省のデータとして「このまま対策が取られなければ、2050年には薬剤耐性関連の死亡者数が毎年1,000万人に達し、がんによる死亡者数を上回る」と紹介しました。まさにサイレントパンデミックと呼ばれるゆえんです。
風邪をひいてお医者さんに行った時に「抗生物質ください」ってお願いしてしまう方もいるかもしれないけど、ウイルス性の風邪には抗生物質は効かないんです
ヨーロッパでは風邪だからといって抗生物質を簡単に処方できなくなっている一方、日本では小児科で何も言っていなくても抗生物質が大量に出てくるケースもあると林さんは指摘します。薬剤耐性の問題を理解し、患者の側からも安易に抗生物質を求めない意識が大切です。
オーガニック食品は本当に体にいいのか
オーガニック食品は体にいいのか? この問いに対する山本先生の答えは、意外とシンプルでした。
「現時点で、オーガニック食品が人の健康に優れているという強固なエビデンスはない」とのことです。確かにポリフェノールや抗酸化物質がわずかに多いという研究報告は一部ありますが、臨床的に意味のある差かというと、そこまでではないのが現在の科学的な立ち位置だと説明しました。
オーガニックが栄養面で優れているという強固なエビデンスは今のところない
現在の農薬基準は科学的評価に基づき安全とされている
農薬による河川・地下水の汚染、土壌の生態系への悪影響
花粉媒介者花粉を運んで植物の受粉を助ける生物。代表的なものにミツバチやチョウがいる。世界の食料生産の約75%が花粉媒介者に依存しているとされる。(ミツバチなど)への悪影響
→ 巡り巡って人間の健康にも返ってくる可能性
ただし、ここで大切なのは「人の健康」と「地球の健康」を分けて考えることです。農薬が地球環境に与える影響──河川や地下水の汚染、土壌生態系の破壊、ミツバチなど花粉媒介者への悪影響──は明確に指摘されています。環境負荷は巡り巡って人間の健康にも返ってくるため、大きな意味での健康を考えれば、オーガニックを選ぶことには意義があると山本先生は語りました。
「ナチュラル」「ヘルシー」表示の罠
番組では、パッケージ表示の落とし穴も話題に。「オーガニック」「有機」という表示には認証が必要ですが、「ナチュラル」という言葉には厳密な基準がない場合も多く、中身は普通のポテトチップスなのに「ナチュラル」と銘打つ商品や、砂糖たっぷりなのに「ヘルシー」と書いてあるグラノーラなども存在します。
何かしら「ナチュラル」「グリーン」「健康にいい」とか宣伝文句が書いてあるやつほど、ちょっと疑って
超加工食品と添加物──切り分けて考えるべきこと
西山さんの「コンビニの食品は添加物だらけだから良くないのか?」という素朴な疑問に対し、山本先生は重要な整理をしてくれました。
まず、オーガニックと添加物は別の概念です。オーガニックは主に「生産現場」での農薬使用や栽培方法に関する話。一方、添加物は「加工の段階」で加えられるもので、オーガニック原料であっても添加物が入っている食品は存在しうるのです。
また、前回の放送(超加工食品の回)で「添加物が多い」ことが超加工食品の特徴として挙がりましたが、山本先生が強調したのは「個々の添加物が危険だという話ではない」ということ。添加物はFAO・WHOの合同組織であるコーデックス委員会で国際基準が作られ、適切な用法・用量が定められています。
問題の本質は、添加物が「なぜ大量に使われるのか」にあります。工業的に原料をドロドロにして再構築する過程で、本来の風味や食感が失われるため、それを取り戻すために香料・着色料などが加えられます。さらに食品企業は、消費者を「病みつき」にするための調合を研究し、「食べ始めたら止められない」状態をデザインしているのです。
超加工食品の本当の怖さは、この「食べ過ぎのデザイン」にあります。脳の中でアディクション特定の物質や行動に対する依存・中毒状態。超加工食品については、砂糖・塩・脂肪の特定の組み合わせが脳の報酬系を強く刺激し、薬物依存と類似した反応を引き起こす可能性が研究されている。(中毒)に近い反応が起き、個人の意志では抗いがたいほど食べ過ぎてしまう。その結果がうつ病や認知症のリスク上昇など、さまざまな健康問題につながっていると考えられています。
環境にもお財布にもやさしい食の選び方
「オーガニック食品を選びたいけど高い」──これは多くの人が感じるジレンマです。山本先生は、全部をオーガニックにしなきゃと思う必要はまったくないと断言しました。そもそも今の生産量では全人類の需要を賄えないのが現実で、地域によって入手しやすさも異なります。
また、日本の野菜や果物に課せられている安全基準は、専門家の目から見ても科学的に最善の方法で評価されたものだと山本先生は述べています。もちろん、複合暴露や長期的な累積影響の評価など改善の余地はあるものの、現行の基準は十分に信頼できるものです。
林英恵さんが指摘した印象的なポイントは、「植物性中心の食事が人の健康にいいという結論と、地球環境にいいという結論が、不思議なくらい同じ方向を向いている」ということ。地球のために良い食事が、そのまま自分の体のためにも良い食事になるという、ある意味でシンプルなメッセージです。
まとめ
今回のエピソードでは、WHOの最前線で働く山本ライン先生の視点から、「食」と「地球環境」が驚くほど密接につながっていることが語られました。畜産の温室効果ガス排出量、哺乳類バイオマスの94%が家畜という衝撃、サイレントパンデミックとしての薬剤耐性問題、そしてオーガニック食品と添加物の正しい理解。どれも普段の食生活を少し見直すきっかけになる内容です。
完璧を目指す必要はなく、「できる範囲で、変えられるところから」──その積み重ねが自分の健康と地球の健康の両方を支えていきます。次回はいよいよ、山本先生が働くWHOの舞台裏についてのお話です。
- プラネタリーヘルス:人の健康だけでなく地球環境の健康も含めて食事を考える新潮流。WHOも栄養ガイドラインに初めて本格導入
- 畜産の環境負荷:牛肉1kgあたり温室効果ガスCO₂換算約60kg。人間以外の哺乳類バイオマスの94%が家畜
- 薬剤耐性(AMR):対策なしなら2050年に年間死亡者1,000万人の予測。風邪への安易な抗生物質処方も問題
- オーガニック食品:人体への直接的な健康優位のエビデンスは現時点で限定的。ただし地球環境への負荷軽減には意義がある
- 添加物とオーガニックは別概念:オーガニックは生産現場の話、添加物は加工段階の話。超加工食品の怖さは「食べ過ぎのデザイン」
- 植物性中心の食事は人の健康にも地球の健康にも同じ方向でプラス。できる範囲で変えることが大切
