攻守交代、川島飛鳥さんを深掘りする回
一回目の自己紹介回に続く二回目。今回は聞き手を交代し、小林さんが川島さんの歩みを掘り下げます。
皆さんこんにちは。さとととし広報の川島飛鳥と
合同会社企画百貨代表の小林祐太です。よろしくお願いします。
一回目、小林さん編集していただいたと思いますけど、どんな仕上がりになってますか?
あの、思った以上にちゃんと番組になってるなっていうのはすごい思いました。
良かったです。ちょっと素人ながらに頑張ってるので。皆さんも楽しんでいただけたら嬉しいです、本当に。
今回二回目になるので、一回目とは攻守交代というか、僕の方から川島さんを深掘りする回ということでお届けできたらなと思うんですけど。
よろしくお願いします。緊張します。
茨城から都内へ、イベント企画に注力した学生時代
川島さんはまず、これまでの経歴を自己紹介として振り返ります。
改めまして、茨城県ひたちなか市出身で今も在住の川島飛鳥と申します。私は高校卒業を機に都内の大学に進学しました。自由が丘っていう街で、大学と街と企業さんを巻き込みながら、イベントの企画だったり運営にすごく注力をしていました。そこで地域とのつながりだったり、イベント企画運営っていうのを実践しながら学んだなっていうふうに思ってます。
茨城以外の地域でいうと、群馬県のキャンプ場にインターンに行ったりとか、鹿児島県の沖永良部島にインターンに行ったりとか、徐々にいろんな地域に行くことが増えたっていう大学生生活を送ってました。
この大学生の時にイベントコラボレーションの授業を取っていたと思うんですけど、なんかこうきっかけとか、どういう関心があってそういうことをやり始めたんですか?
本当にこの大学に行きたくて、この授業を取りたくて行ったんですけども、その当時は私、元々EXILEさんが大好きで、エンタメ業界に興味があって、企画とかイベント企画っていうのを中高とかよくやってたなっていうのもあって。人を楽しませることを考えるのが好きだったので、いずれイベントプランナーとかそういうことをやりたいなっていうのがあって、一年間を通して自分で企画したのを実践しながら学べる授業だったので、その授業を取っていました。
中学とか高校とかでどういうイベントをやってたんですか?
普通に友達と遊ぶってなってもしおりを作ったりして、旅行企画みたいなのをやってみるだったりとか、体育祭のダンスの企画だったりとか。高校もファッションショーをやってたんです。私、家政科中心なんで。どういう構成だったり見せ方するかとか、お客さんが楽しむためにどんな風にしたらいいかとか、そういうのが好きでやってました。
なんか結構、一緒に働いてた時ってIT会社だったので、あんまりそういう要素なかったので。知られざる一面っていう感じです。
群馬のキャンプ場で気づいた「地域は面白い」
いろいろな地域に足を運ぶようになったきっかけと、そこでの気づきを語ります。
最初が群馬のキャンプ場のお手伝いだったんですけど、観光系の授業を取っていて、その先生が群馬のキャンプ場のお手伝い募集してますっていうのがあって。夏休み大学生長いじゃないですか。だからやりたいなっていうのと、茨城以外の地域のことをあんまり知らなかったので、群馬行ってみたいなみたいな気持ちで行きましたね。
なんかこの辺のいろいろ地方に行き始めて、気づきとか発見とかっていうのがあったんですかね。
そこのキャンプ場の方々が農家でもあって、トマトを育ててたりトウモロコシ育ててて、朝5時とかに起きて取りに行くんですけど、その体験自体がめちゃめちゃ楽しかったんですよ。辛いっていうよりも。トウモロコシを生で食べたんですけど、めっちゃ甘くて。そういう発見というか驚きも含め、これって私がEXILEさんのライブ行ってワクワクする感覚と一緒ぐらい自分が楽しいなみたいな感覚を味わって。
似たような場所でも全然体験するコンテンツが違ったり、カルチャーも違かったりで、そこから少しずつ他の地域も見てみたいなとか、自分がして楽しい気持ち味わいたいなみたいなのが少しずつ出てきたのかなっていう感じでした。
推し活を企画にした学生時代からPRテーブルへ
地域を「推す」発信から、PRの仕事に関心が向かっていく流れを掘り下げます。
ちょうど私が大学生の頃、インスタが普及してきたタイミングだったのもあって、自分がいいと思ったものをシェアしてみんなにも知らせたいみたいな欲求が結構あったので、推しを押し出すっていうのが当時から好きで、それがたまたま地域だったっていう感じなんですけど。私も初めて見た景色、せっかくだからみんなにも見てほしいみたいな感じですごいシェアするようになったのが、発信をしだしたきっかけだったかなって思います。
勝手にその島に行ったのもインターンシップだったんですけど、奄美群島っていう群島が大好きになって、自由が丘が大学のエリアだったので、そこで物産展を勝手に企画してやったりとか、写真展を企画してやったりとか、すごい推し活を企画にしてやってるみたいな。
実質推し活。
そうなんですよ。その時に、これを届けてどうなってるんだろうっていうのがすごく疑問に思ったんですね。物産展とかやっても、ほんと自己満でやってるだけだなみたいな。その先に島の人とか地域の人の何のためになってるのかっていうのが途中から疑問を持つようになってきて。その伝える、届ける、伝わるみたいな、PRっていうキーワードが気になりだして、そういう軸で探し出したっていう感じですね。
PR TableはWantedlyで見つけたんですけど、卒業式の二週間前ぐらいに面接に行ったんですけど、その時、PR Tableは「働く人を通じて企業の魅力を発信していく」っていうところで、人にフォーカスして、それが伝わることでミスマッチをなくすみたいなところを言っていたので。私も地域のことをやってた時に、どういう思いでこの食材は作られててとか、この人がこんな思いで仕事してるんですみたいなのをやってたなと思った時に、似たようなことを考えてる会社なんだなっていうのがあって、すごくそこの会社で働きたいなっていうところで入社ですみたいな感じの流れでした。
PR Tableでの学び「伝えた先に何があるのか」
PR Table(現:talentbook株式会社)で丸8年、さまざまな職種を経験するなかで得た学びを語ります。
そこからまあITスタートアップっぽいというか、セールスからカスタマーサクセスからPRからっていう経験していく期間だったと思うんですけど、その中で特にPRの中での学びであったりとか、知見になったところってどういうところが大きいですか。
この時はもうがむしゃらに働いてたので、地域というキーワードとか忘れちゃってたりはしていたんですけれども。やっぱりその伝わった先に何があるのかっていうところは、ただ発信しただけじゃ意味がないというか、そこからちゃんとどう伝わって、伝わってなかったらどう伝わってないのか、そこを埋めるために何がもっと情報としてだったり体験として必要なのかっていうのを、逐一PDCAを回しながら改善していって、その先にちゃんとミスマッチがないいい出会いですとか、関係性が出来上がっていくんだなっていうところを、すごく学ばせてもらいました。
伝えるっていうところの先にあるものっていうのは、その先にお互いがマッチングして、いい関係性が築けて、双方にいい状況が生まれてくみたいなことなのかなっていうのはすごく感じたところかなっていうふうに今は捉えています。
どうしてもPRってこう発信するみたいなニュアンスが一般的に強いなというのは日々感じてるんですけど、そこだけじゃなくて、その後にどう届けた相手方と繋がっていくかみたいなところの重要性を、僕も一緒に働いてた期間があるので、そこをすごい追求しようとしているなっていうのは当時から感じてたところですね。
コロナ禍で気づいた「自分の地元ってどうなんだっけ」
コロナ禍のフルリモートをきっかけに、川島さんの意識が地元・茨城へ向かっていきます。
コロナ禍の後のタイミングから地元の今の水戸にっていう流れだと思うんですけど、他の地域でも良かったのかなというのは思ったりはしなくはないんですけど、なぜこのUターンを選んだのかは結構気になったところです。
コロナのタイミングで、一回自分のこれまでのことを振り返る機会があって。思い出しました。最初私、水戸とかひたちなかって、自分の育った場所は早く出たいみたいな感じで、一回都内に行ったんですね。都内がキラキラして見えてたっていうのもあるんですけれども。そんな状況の中、島に暮らしてる子供たちが、離島っていうこともあり、人も減ってきてたりとか、台風が来たら物資が届かないとか、いろんな状況がある中で、大人たちと自分の島の未来について、小学生ぐらいから同じ目線で考えてるっていうところに出会わさせてもらった時に、私も自分の地元のことこんな考えたことあったっけ?とか、そこで気づかされた経験があって。
そこから改めて茨城ってどうだったんだっけ?自分の地元ってどうだったんだっけ?っていうのがすごく感じるようになって。そのタイミングで今って茨城どうなってるんだろうって検索した時に、そういうプロジェクトを立ち上げてる人とかがいて、面白い人たちが増えてるかもしれないみたいなふうに思って、改めて興味を持ち出したっていう流れでしたね。
その中の一つが、中村彩乃さんとの出会いとかもあるっていうところですかね。
そうですね。いろんなプロジェクトを始めてる一人が、建築家で、同じ水戸ら辺の出身の彩乃さんだったっていうところですね。
ゲストハウス立ち上げと「ものづくり×PR」の掛け算
フルリモートで働きながら、ゲストハウス「水戸宿泊交流場」の立ち上げに関わっていった経緯を掘り下げます。
ちょうどコロナの頃が、私は営業から小林さんと一緒のカスタマーサクセスに移動したタイミングで、より良い顧客体験のためのオペレーションを整えるっていうのをやってたと思うんですけど。そこでゲストハウス、水戸宿泊交流場を立ち上げるってなった時に、お客さんにスムーズに申し込んでもらって予約してとか、来た時にいい体験をしてもらうために、どんな情報整理をしといたらいいんだろうっていうのがすごく同時期だったので。会社で考えながらやってる学びをそのままゲストハウスの運営のプロセス構築でやったりしてたので、すぐ実践できて楽しいなっていうのはありましたね。
当時の仕事ってtoBのWebサービスだと思うんですけど、そこからコミュニティスペースって物理的なものだし、一般の方が利用する場所だったりすると思うんですけど、その切り替えとかは気にならずできた感じですか?
意外に気にならずできたかなって思ってます。会社の方でもtoBではあるものの、担当者さんがより使いやすかったりを考える視点が多かったので、来る人ってどういう属性の人がいて、今どういうミスコミュニケーションが起きちゃってるんだっけみたいなところは、toB、toCっていう感じではなく、対人っていう風に見ていたので、その染み付いたコミュニケーションの経験が活かせたのかなっていうふうに思います。
この建築家の方と一緒に組んでみたいなのを聞いた時に、すごいいい組み合わせだなと思ったんですけど。ある種そのハード面とソフト面というか。物を作れる人となんかこう一緒に組むみたいな、すごいパターンとしてすごいいいんだろうなっていうのは聞きながら感じてました。
本当にそうですね。自分ができないところを彩乃さんができて、彩乃さんができないところを私がっていうところなんで、リスペクトが止まらないみたいな。会社の方では普通にやってたことがちょっとやっただけで「ありがとう」みたいなリアクションもらえるので、すごい役に立ってるんだなっていう実感もあって。建築っていう分野とか考え方を全然知らなかったんで、そこもインストールしていきながら、一緒にいい形を作り上げていけたのはすごく楽しく希少な経験だったなって思います。
ためしもいち、400年の下市エリアで「やってみたい」を街に開く
現在メインで取り組んでいる地域協働プロジェクト「ためしもいち」を、川島さんが紹介します。
ためしもいちは、やってみたいを街に開いて試しにやってみるというようなプロジェクトになっております。茨城県水戸市の中の特に下市エリアが、町開き400年の年を今年迎えておりまして。400年前に、いわゆる今でいう都市計画みたいな形で、戦略的に商人たちを下市エリアに移して、街として発展させようっていう計画が行われてから400年経つという記念すべき年になってます。
今、水戸市役所の都市計画課さんと共同事業でやらせていただいてるんですけど、この町が重点景観地区にも指定されていて、四百年だからこそ、景観まちづくりっていう視点でどういうふうにこの街をしていったらいいのかっていう、実証実験みたいな形で一緒にプロジェクトをやってるっていう感じになります。今も商店街とかがこのエリアにあるんですけど、ちょっと空き家が増えてきちゃったり、世代交代されずにそのまま閉まっちゃうお店とかがあって、すごいもったいないなって感じていたので、住んでる人たちのやってみたいを小さくでも街でやっていったら、どんな変化が街にも起きるのかっていうのを取っていきたいねっていうプロジェクトになってます。
これってその市の都市計画課さんと連携しながらやってるっていうことだと思うんですけど、そこの繋がりとかきっかけとかってどんな感じだったんですか?
これもほんとたまたまと言いますか、水戸宿泊交流場が下市エリアにあるんですけど、去年、都市計画課の方がたまたま顔出しに来てくれたタイミングで、私はいなかったんですけど、彩乃さんが交流場にいるタイミングで話していく中で、お互いやってることを共有し合って、そのご縁で一緒にやりませんか?っていう感じでご相談いただいたっていう流れです。
すごいいい流れで。
やっててよかったってなりました。
ちなみに今って実際に地域の住民の方々とかがこう手を挙げて一緒に取り組んでたりとかするんですか?
ありがたいことに手を挙げてくださった方が9名集まりまして、高校生から50代と、都内に住んでる方もいらっしゃって、いろんな人が参画いただいて。今ちょうど11月1日にためしもいちマルシェっていうのをやるんですけど、そこに向けて準備をしている最中になります。
すごいですね。高校生とかって何をしようって言ってくれてるんですか?
今高校生は謎解きですね。商店街とかを巻き込んで、謎解きがしたいなみたいなので、頑張って今考えてる最中です。
でもこういう場所を持ってるからこそのつながりが生まれたりとか、新しいプロジェクトが立ち上がったりっていう、すごくいいスキームができてるんだなっていうのはすごい感じました。
水戸宿泊交流場も丸4年ぐらい経つんですけど、下市エリアでやってて、商店街の人ともいろいろ連携しながらお祭りにも参加させていただいたりっていう、少しずつの関係性の積み重ねとか発信していたっていうのもあって、そういう情報を検索して見てくれたりして。やっぱりちゃんとそういう考えとかを出しとくのは大事なんだなっていうのはすごく感じました。
これからの展望、「関係性のデザイン」を軸に
ためしもいちの今後と、川島さん自身がこれから取り組みたいことを語ります。
ためしもいちの方でいうと、運営側自体もこれをやることでどうなるかっていうのが、やりながら築いていくところなので、まずは参加者さんたちが試せたっていう実績を私たちもサポートしながら作りつつ、住民の方が遊びに来てくれた時にどんなことを感じたのかみたいなのを、どういう形で声とかを拾っていくかっていうのを今ちょうど考えている最中ですね。それを経て、次年度はさらにパワーアップしていくのか、継続で同じようなことをやっていくのかっていうのを考えていこうかなっていう状態になってます。
じゃあその川島さんとしての今後の展望みたいなこととかって。
今ちょうどいろいろ転換期で考えている最中ではあるんですけど、私の根底にあるのは、人と人を繋いだり、人と人の相乗効果でまた楽しいことが広がってくみたいな。長年人のストーリーに向き合ってきたっていうのもあって、私も誰かと楽しいことをやっていくっていうのが子供の頃から好きだったので、そういう関係性のデザインみたいなことを軸に、自分の強みも使いながらやっていけたらいいなっていうふうに思ってます。
人だったり企業だったり組織だったり地域とか、いろんな背景とか世の中の状況によって現状って変わってくと思うんですよね。その都度都度あったマッチングじゃないですけど、それぞれの今の状態を捉え直して、今こういう感じだから、こういう人といい関係を築いていきたいなみたいな、橋渡しとか設計とかをしていく役割をしていきたいなっていうのが、今この試しもいちをやってたりとか、これまでの経験の中でやってきたことを活かすってなると、そういったことをやっていきたいなっていうふうに思ってます。
地域みたいになった時に、単純に今いる人たちだけではなくて、今後外から入ってくる人たちもそうだし、出て行った人もそうだし、ステークホルダーってただ住んでる今いる人たちだけじゃないなっていうのはすごく感じて。外から来た人が新しい何かを作ったりとか、違う一面が生まれるきっかけになったりするなっていうのはすごい感じていたりするので、変数の複雑な問いに向かってるのかなっていうのをすごい感じます。
今いる人たちのやりたいこととか、今後ライフスタイルが変わったりする中で、どういい関係が築いていけるかっていうところを、築いてないところがあったらそこを築かせていきつつ、お互いいい状態の関係性を築いていくみたいなのを、実験じゃないですけど、やっていけたら面白いなっていうふうに思ってます。
マルシェの告知と、話してみて気づいたこと
最後に、11月1日のマルシェの案内と、収録を振り返っての感想を交わします。
では、11月の1日がマルシェ。
11月1日にためしもいちマルシェっていう形で、九人のやってみたいで集まった方々が実践する場になります。もともと川崎紙工有限会社さんっていう、菓子折りの箱だったりパッケージとかを作っていた会社さんで、2019年ぐらいに終わってしまったんですけど、そこの店舗がお借りできたので、そこでやってみたいと思ってます。聞いてる方、興味ある方はぜひ遊びに来てくれたら嬉しいです。
今日2回目は川島飛鳥さんについて深掘りをさせていただいたんですが、話してみて感じたこととか、話しそびれたことあったらぜひお願いします。
小林さんの聞き方が上手くて、一個一個丁寧に喋れたかなと思います。でもやっぱ改めて話してみて、一貫して地域っていうところだったり、みんなで楽しくっていうところだったり、そのタイミングでのより良い関係性だったりって、整理してみると同じようなこと言ってたりとか、キーワードがあるなっていうのは今日喋ってみて改めて気づいたところがあったので、ありがとうございます。
地元に興味を改めて持つみたいなことって、人によってきっかけとかタイミングって全然違うんだなっていうのは感じたというか。川島さんの場合はどちらかというと、いろんな地方地域見ていく中で、ふと自分の地元ってどうなんだろうっていうふうな、アンテナがまた立ち上がったというか。
そうですね、ピンってなりましたね。
確かにそういうのもぜひ皆さんも、自分はこんなタイミングでしたみたいのをお便りいただけたら、ちょっと面白いかもしれないですね。
まとめ
この回では、川島飛鳥さんの歩みが時系列で語られました。イベント好きの学生時代、群馬や沖永良部島での地域体験、推し活を企画にした発信、PR会社での「伝えた先」への学び、そしてコロナ禍を機に地元・水戸へ向かう意識の変化がつながっていきます。ゲストハウスやためしもいちを通じて、川島さんが目指すのは「関係性のデザイン」でした。話してみて改めて、地域・みんなで楽しく・より良い関係性という一貫したキーワードが見えてきます。
- イベント好きと地域推し活が、PRという仕事への関心につながっていった
- PRの学びは「発信すること」ではなく「伝えた先の関係性」にあった
- 他地域での体験が、自分の地元を見つめ直すきっかけになった
- ものづくりの専門家とPRパーソンの掛け算が、地域プロジェクトを動かす
- 場所を持ち、考えを発信し続けることが、新しいつながりを生んでいく
