陸上経験者のMCが迎えた、初のゲスト回
番組「おいしい組織」は、組織づくりを料理になぞらえて経営や事業の思考法を語るポッドキャストです。今回は初の試みとして、ゲストを迎えた不定期回が配信されました。
記念すべき第1回のゲストは、為末大さんです。MCの宇尾野彰大さんは冒頭から緊張を隠しませんでした。
私にとってですね、陸上界のレジェンドなる為末大さんに。
宇尾野さんは大学時代まで陸上を続けており、110メートルハードルの選手だったといいます。
これ多分、部活の同期にこの配信を送ったら「良かったね」って言っていただけるような、記念すべき回だと思っています。
400mハードルの選手から、東大の教授へ
為末さんは400メートルハードルを主戦場に、オリンピックと世界陸上に出場し、世界大会で2回メダルを獲得。引退したのは34歳だと自己紹介します。
引退後の10年は、自分なりの整理として「メディアに出ること」と「スポーツを使った社会貢献」に取り組んできたと振り返ります。
そして今年4月から役割が大きく変わりました。東京大学の先端科学技術研究センター ── 東京大学の附置研究所。工学から社会科学まで多様な分野を横断し、新しい技術と社会のあり方を研究する機関。附属の機構で教授職に就いています。
常勤サイドなので、それ以外の役職は全部降りてこっちに振った、という感じです。全て退任済みっていう。
新しい研究テーマは社会包摂です。加えて、為末さんは自身の興味である「遊び」が社会にどう影響をもたらすかを研究したいと語りました。
「影響し合わない私」という人間観を問い直す
社会包摂の先で為末さんが掲げるのは、人間観を提示したいという一貫した興味です。宇尾野さんは「いきなりど真ん中の質問」と受け止めました。
為末さんは、現在の一般的な人間観をこう整理します。脳で考え、体を動かし、環境に働きかける。私とあなたは違う存在で、影響を受けない一貫した私がいる、という前提です。
しかし実際には、人と人は影響し合い、体も環境も脳が動く前に勝手に動いてしまう。あらゆるものがつながって影響し合っているのに、自分の脳だけは影響しない私だと思ってきたことが、包摂的でない社会を引き起こしているのではないか、というのが為末さんの見立てです。
宇尾野さんは、これがまさに「おいしい組織」の根底と重なると応じます。影響し合う何かが集まった組織を、どう楽しみ、創造的に考えてもらうかを大事にしてきたからです。
AIが入る組織を、どう考えるか
話はAIの時代へと移ります。組織にAIエージェントが入ってきたとき、それをどう扱うのか。会社によっては人件費とAI利用ツール費を一緒に計算するケースも出てきていると宇尾野さんは指摘します。
一番嫌なAIの使い方って、人間をAIに置き換えていって人件費(を減らす)、という感じですよね。
本当はもうちょっと、AIと人間がダンスするみたいな未来が来たらいいなと思いつつも、どうやったらいいかわからない。
宇尾野さんによれば、多くの経営者やリーダーがこの点を模索しています。中には、未来を想定して人をあまり採らず、採る場合も天才性の高い人だけを集めるという思考を持つ経営者もいるといいます。
今はまさに変換期だと宇尾野さんは述べ、だからこそ社会包摂も深掘りたいテーマだと応じました。
日常としての料理、そして「上手になりたい」という欲
宇尾野さんは、対談のもう一つの切り口として料理を挙げます。為末さんが料理好きだと記事で読んでいたからです。
為末さんにとって料理は特別なもてなしではなく、ほぼ日常です。自分が食べるものの多くを自分で作っており、作ることも片付けも好きだといいます。
珍しいことに片付けまで好きっていう。いいとこ取りじゃないモデルなんですよ。
為末さんが料理で楽しいと感じるのは、続けるうちにパターンが見えてくることだといいます。素材を見た瞬間に「これは天ぷら系かな」と考えが浮かぶのが面白いのだそうです。
宇尾野さんは、豚汁のようにルーティン化した料理をどう感じるかを尋ねました。為末さんは、豚汁は相当作るものの、毎回少しいじると答えます。
(料理を)上手になりたいと思ってるんで、いろいろやりたがってはいますね。毎回ちょっと違うものをやろうとしている。
この「上手になりたい」という欲がどこから来るのか、宇尾野さんは踏み込みます。為末さんは、選手時代のモチベーションが最後に先鋭化していった経験から語り始めました。
世界で一番になってみたいという気持ちも、どういう風景なんだろうという興味が根にあったといいます。為末さんが立ったのは表彰台の一番下、銅メダルの位置だけでした。
表彰台の最下位って感じの気分になるんですよ、銅メダルって。
何かを理解し、それが自分でできるようになっていく。その手応えへの強い興味が、料理にもスポーツにも仕事にも表れていると為末さんは話します。
料理は最後までコントロールが効く。組織は効かない
宇尾野さんが今回問いたかったのは、探求することと組織を作ることをうまく結びつけられる人を増やしたい、という願いでした。事業やサービスを作るのは好きなのに、組織には抵抗感を持つ経営者が多いからです。
為末さんは、料理と組織の決定的な違いを突きます。料理は最後までコントロールが効くが、組織はそうはいかないという指摘です。
置いてどう動くかは、自律的にみんな動いちゃう。豚汁作りたかったのに、え、これ?みたいな、そういうとこあるじゃないですか。
宇尾野さんは、料理でも新鮮だった素材が腐っていくように、調達したものが変化していく状況すらどう楽しめるかが今日の探求テーマだと応じます。
素材から調理、盛り付け、片付けまで、最後まで作り手のコントロールが効く
置いた人が自律的に動くため、思い通りにはいかず、そうしない方がよい部分もある
組織づくりがうまい人は、自分で苦しまない
為末さんは「組織づくりがうまい人とはどういう人か」と問い返します。宇尾野さんは、多くのリーダーを見てきた実感から答えました。
うまい人は、楽しむプレイフルな状況を自分でも持ち、その場を探求できる。そして自分で苦しまないのが共通点だといいます。
逆に、すべてをコントロールしよう、一律にやりきろうとすると、組織に出てくる奥行きについていけなくなる。相談の初期ニーズも、統制したい、不確実性を減らしたい、というものが多いと宇尾野さんは明かします。
遊びの3つの特徴と、「遊ばせた瞬間に消える」矛盾
組織における遊びとは何か。宇尾野さんの問いに、為末さんは自著『熟達論 ── 為末大の著書。人が上達していく過程を「遊・型・観・心・空」の5段階として整理した本。』の枠組みから答えます。
その本では、人は「遊び」から始まり、型、構造を理解する観、中心がわかる芯、何も考えず自然にできる空へと成長すると整理されているといいます。
為末さんの言う遊びとは、自ら動き出して不確実な世界を探索し、そのプロセス自体に喜びを感じてしまう何かです。遊びの哲学者ホイジンガ ── 20世紀オランダの歴史家。著書『ホモ・ルーデンス』で、遊びが文化を生み出す源泉であると論じたことで知られる。を引きながら、3つの特徴を挙げました。
ここで為末さんは、遊びが抱える最大の矛盾を指摘します。
自律的に動かす環境設計はできても、具体的な命令のレバーを押した瞬間に遊びは消えてしまう。一方でホイジンガは、その遊びこそが文化を作る大きな原動力だと見ていると為末さんは説明します。
例として挙げたのがネクタイの起源です。クロアチアの戦場でバンダナを首に巻いた洒落っ気が、意味もないまま定着し、やがてネクタイ産業になったという逸話です。
なんとなくついやっちゃったことが定着して文化になっていく。そこにあんまり必然性とか合理性はないんだけど、そういうものが豊かさを作ってるんだ、と(ホイジンガは言う)。
組織を見るときも同じ緊張があると為末さんは言います。みんなが同じ方向を向く力と、手綱を締めて連れて行こうとした瞬間に自律性とクリエイティビティが失われることのバランスに、ずっと興味を持ってきたそうです。
文化定着を急ぐと瓦解する。デザインしつつ遊ばせる
宇尾野さんは、成長したいクライアントほど文化浸透や定着を急ぎ、パワーをかけると指摘します。まさにレバーを引いてしまう状態です。
すぐに進化を促そうとすると、組織は瓦解したり思い通りに進まなかったりする。うまくやる経営者は、デザインしつつも遊ばせるバランスを取っていると宇尾野さんは話します。
宇尾野さんによれば、クライアントはスタートアップや地方企業が中心で、いずれも動的な組織が多いといいます。現状維持ではなく、違う地点へ飛び立ちたい、あるいは飛び立とうか迷っているリーダーとの仕事が多いそうです。
為末さん自身もインキュベーション施設や大企業の社外役員、そして今は学術機関と、さまざまな組織を経験しており、組織によってスピード感がまったく違うと実感しています。スタートアップは「レバーを押さなきゃいけないのでは」との問いに、宇尾野さんは「ずっと押している感じ」と応じました。
それでも遊びをどう保つのか。宇尾野さんは、成長スタートアップが定期的に全員でオフサイトに集まり「この会社は何をするのか」を対面で考える例を挙げます。それを儀式化し、体に染み込ませているといいます。
その間、変な話、顧客対応とか止まっちゃうんですけど、それでもなお、そういうことを意識してやってらっしゃる。
「昭和3.0」の中国企業と、身体性への飢餓感
為末さんは、この4月に中国を訪れて多くの企業を見た体験を語ります。その印象を一言で「昭和3.0」と表現しました。
AIをフル活用している一方で、合宿や飲み会、運動会も大事にしている。アジア圏の昭和モデルからどこかへ行くのではなく、昭和モデルのアップデートの方がいいのかもしれないと感じたといいます。
(中国企業は)昭和3.0って感じでした。AIフル活用でやってるんだけど、一方で飲み会大事です、運動会やってますみたいな。
宇尾野さんも、働く人の身体性や一体感へのニーズが高まっていると肌感覚で述べます。コロナでリモートワークが広がり、どこでも働けると証明され、AIで業務分担も分かれていくと、「何のために働くのか」「何のためにここにいるのか」への探求スイッチが入りやすくなったといいます。
組織のナラティブが、存在意義になる
宇尾野さんは、組織とナラティブを強く結びつけて考えることが多いと話します。この会社でこの仕事をしている意味を、リーダーがどう提供できるかが、今の時代は特に大事になっているという見立てです。
この会社でこの仕事をしている意味みたいなものを、どういうふうにリーダーの皆さんが提供できるか。
為末さんは、組織のナラティブがアイデンティティになり、「何かのために存在しているのか」という気分につながるのかと確認します。宇尾野さんは、オリジナルのナラティブを語れる会社の方が強いと感じていると答えました。
個人事業主の集合体を模索した、無秩序寄りの組織観
宇尾野さんは、為末さんが個人で求道し探求する印象が強いと述べ、組織との関わりを尋ねます。為末さんは、どちらかに寄せるなら組織のためよりも、個人がやりたいことをやって、それを結集させる形を模索していたと振り返ります。
群れと集いでいえば、群れることが重要な「群れ」ではなく、個別に動くものが定期的に集まっては拡散する「集い」。結果として個人事業主の集合体のようなものを模索していた感覚だといいます。ただ今となっては、もう少し組織感が強い方がよかったとも思うそうです。
無秩序から秩序へ、そして秩序が害をなすとき
為末さんは、自身の人生を「秩序を作り上げていくプロセス」として捉えていると語ります。人間の身体も最初は無秩序で、スキーやテニスも最初は手足がバラバラだといいます。
繰り返すうちに体が統合され、地面を踏めば上半身が動き、肘が出てラケットを打てる一連の流れになる。それが秩序立つということだと為末さんは説明します。
しかし、ある動きが出来上がると、今度は何をやってもそれしか出てこない安定状態に入る。陸上で記録が変わらない選手を「停滞」と呼んでいたように、秩序自体が害をなし始める瞬間が来ると為末さんは指摘します。
無秩序
手足がバラバラの初期状態。ここから成長が始まる
秩序化
繰り返しにより全体が統合され、一連の流れになる
安定と停滞
何をやっても同じ動きしか出ず、記録が伸びない状態に入る
再秩序化
秩序を緩め、揺らぎを入れてもう一度秩序を組み直す
組織がこう固まったり崩れたり、固まったり崩れたり、この動的な胎動を、生命的に見てたのかもしれないですね。
秩序ができる前に壊したくなる、という癖
宇尾野さんは、出来上がる前に崩しに行きたくなる為末さんらしさを指摘します。為末さんは、それを早くやりすぎて大体ダメになると認めました。
それ(秩序を壊すの)をちょっと早くやりすぎて、大体僕はダメになる。
なぜ早く崩したくなるのか。為末さんは、秩序があまりないことが面白いのだと語ります。ゲームでも攻略法が見えた瞬間に興味が失われるのと同じ感覚だといいます。
一方で、人の安心感は秩序にあると為末さんは考えます。アジアの途上国で指導に行くと日本の秩序が際立ち、賄賂を渡さないと通れない道のような無秩序に直面するからです。
新しいことは無秩序から生まれるが、安心は秩序にある。そのチューニングを、自分はかなり無秩序に寄せすぎていたと為末さんは省みます。
宇尾野さんは「為末さんを呼んでよかった」と体から感じていると述べ、話は尽きないまま前編は締めくくられました。続きは次回に持ち越されます。
まとめ
陸上界のレジェンド・為末大さんを迎えた前編は、料理と身体の経験を語り口に、遊びと秩序のあいだで揺れる組織づくりを掘り下げる回となりました。コントロールできる料理と、自律的に動く組織の違いから、文化を生む遊びの矛盾、そして秩序が害に転じる瞬間までが語られました。
- 料理は最後までコントロールが効くが、組織は人が自律的に動くため思い通りにはいかない
- 遊びの特徴は自己目的性・不確実性・自発性だが、遊ばせた瞬間に遊びは消えるという矛盾を抱える
- 組織づくりがうまい人は、統制しきろうとせず、自分で苦しまずに場を楽しんでいる
- AIやリモートが広がるほど、この会社で働く意味を語るナラティブが組織の存在意義になる
- 無秩序から秩序へ成長する一方、秩序は安定して停滞に転じる。秩序寄りの中に揺らぎを入れる加減が鍵になる





