就職か起業か──期待値計算で自分と親を説得する
聞き手の森下明さんは、前編で語られたメモ帳アプリの話から後編を始めます。170言語を搭載してリリースし、400万ダウンロードを記録したアプリです。
西村さんが起業を切り出したとき、家族からは「一回ぐらい就職を挟んだ方がいいのでは」という反応がありました。
でも就職してるのと同じぐらい、別に自分で稼げるようになってたら問題ないよねっていう話で合意して。
このアプリを含む複数のサービスで就職と同等に稼げる状態になり、結果としてどこにも就職せずに起業する道が認められました。
ただ、周りに同じような選択をした同世代はいなかったといいます。西村さんは感覚だけで進んだのではなく、定量的に自分を納得させようとしました。
やりたいことを自分の中で正当化するために、それぞれの期待値を出したんですよね。就職した場合と自分でサービスをやっていた場合の。
ここで言う期待値は生涯収益を含むもので、計算すると自分でサービスをやる方が何倍も高いという結論になりました。
客観的に考えてもそれ合ってるよっていうのを自分にプレゼンしていって。で、親にもプレゼンしていってっていうプロセスがありました。
400万ダウンロードから学んだこと
メモ帳アプリの400万ダウンロードから、西村さんは複数のことを学んだと振り返ります。
一つは、アプリ開発への心理的なハードルが下がったことです。それまではウェブサービスを作っており、アプリは別世界のもののように感じていました。
なんだかんだ頑張って作って、リリースして、ユーザーがついて。なのでアプリっていうものがめちゃくちゃ身近になった。
もう一つは収益のスケール感です。このアプリで年間1000万円ほどの売り上げがあり、それまでの「月30万円ほど」というイメージが大きく変わりました。
やりようによってはこんな適当に作ったアプリでこのぐらい収益上げるなら、もうなんか本当に就職しない方がいいじゃんみたいな。
森下さんは、これが期待値の「下振れ」への回答になっていると解釈します。就職は下振れがない代わりに上振れもない一方、自分でやればリスクは取り切れるという手触り感が生まれたのではないかと問いかけました。
西村さんは、その感覚に加えて行動経済学の本の影響も挙げます。
期待値で計算して、より長期で見たら、別にそれ通りに行くよねみたいな。ごく当たり前のことが書いてあったんですけど、それにめちゃくちゃ感化されて。
試行回数を増やして長期で見れば期待値に収斂するから勝てる、という考えを淡々と実行できる点を、森下さんは稀有だと評しました。
「発明家のおじいちゃん」では終われない
大学卒業後、西村さんは自分でアイデアを出してサービスを作ることに限界を感じるようになったと記事で語られていました。その背景を森下さんが尋ねます。
アイデア自体は無限に湧き、作るのも苦ではない。しかし、その繰り返しの先に見えた将来像に違和感があったといいます。
その繰り返しの先にめちゃくちゃプロダクトを持ってる発明家のおじいちゃんみたいな感じになるイメージしかなくて。
そこで思い浮かんだのが、自身の祖父の姿でした。困難な局面で、人類がまだ到達していないような決断を下し、そのスリルを楽しむ。そうした生き方とは違うと感じたのです。
思いついたものを形にして、これも発明したぞ、これも発明したぞっていうのはちょっと違うと思ったんですよ。
世界中の人が使うプロダクトに関わり、それを一変させるような大きな決断に直面する未来が、この延長線上にはない。そこに限界を感じたといいます。
「人類の可能性を解放する」というスコープはどこから来るのか
森下さんは、西村さんが掲げる「人類の可能性を解放する」というビジョンのスコープの広さに注目します。自分は身近な人の手助けが精一杯だと感じる中で、なぜ対象を人類にまで疑いもなく拡張できるのかと問いました。
西村さんの答えは「性質」でした。何を考えたときにアドレナリンが出て、飽きずに続けられるか。その性質だといいます。
多くのサービスを作る中で、面白いものとそうでないもの、長続きするものとしないものがあった。会社の存在意義を明らかにしようとしたとき、自分の性質と照らし合わせて気づいたことがありました。
自分は人類を救う系のことにすごい熱中できる性質を持ってるんだなということに気がついて、それを堂々と押し出し始めたっていう感じです。
それは狙って選んだものではなく、優劣の問題でもない。ただ自分の性質だからやる、という判断でした。
「声を出さない電話」への1年間の停滞と発見
うまくいかなかったプロダクトの積み重ねの果てに生まれたのが、Jiffcyのアプリでした。森下さんはその着想の経緯を尋ねます。
きっかけはコロナ禍でふさぎ込んでいた時期に、自分がこういうものが欲しいと感じたことでした。テキストくらい手軽で、ハードルが低く、たくさんやりとりしても申し訳なさを感じないコミュニケーションです。
当初はリアルタイムでテキストをやりとりする設計で、通知ボタンを連打して相手に気づかせる仕組みでした。しかし、これではトークが成り立たないことがわかります。
それを解決するための期間が1年ぐらいあって。それで悩んだ、もうめちゃくちゃつらい期間が1年ぐらいあって、その中で電話で呼び出しっていうのをつけてみた。
電話での呼び出し機能を付けると、それまでの苦労が嘘のようにトークの成功率が跳ね上がりました。テストユーザーに理由を聞くと、ある言葉が返ってきます。
「なんで使ってるんですか?」って聞いたら、「声出さずに電話」っていうワードが出てきたんですよ。
この瞬間、世界中の人に使われる未来が急に開けたといいます。声を出して電話するか、声を出さずに電話するか。その選択肢が生まれたとき、あえて前者だけを選ぶ人はいないだろうと気づいたのです。
自分が本当にニーズを感じるサービスと、人類のためという興味関心が、ちょうどベン図のように重なった。ここで「人生をかけるのはこれだ」と確信したといいます。
自分の欲しいもの
テキストくらい手軽で申し訳なさを感じないコミュニケーションが欲しいと感じる
初期の設計
リアルタイムのテキストやりとり。通知連打で相手を呼び出す仕組み
1年の停滞
トークが成り立たず、つらい期間が続く
電話での呼び出し
機能を追加するとトーク成功率が急上昇
概念の発見
ユーザーの声から「声を出さない電話」という価値に気づく
すべては内省から──中学から続く日記のPDCA
森下さんは、このプロダクトが人と対話して生まれるものではなく、抽象度の高い内省から生まれたのではないかと問います。西村さんの答えは明快でした。
でもこのトークの感じ自体は意味がある。でもトークの成功率が低い。トーク成功率を高める。でも電話で来るのってストレスじゃないかみたいな。
自分の欲しいコミュニケーションのニュアンスに正直になり、ひたすら試した結果、「自分が欲しかったものは声を出さない電話だった」と気づいたといいます。
森下さんは、頭の中の内省を言語化する難しさに触れ、西村さんなりのメタ認知の方法を尋ねました。返ってきた答えは「日記」でした。
西村さんは中学3年生ごろからずっと日記を続けています。一日の終わりにまとめて書くこともあれば、思いついた概念や本の中の印象的なフレーズをその都度メモすることもあるといいます。
本を読んでめちゃくちゃこれは人生変えうるフレーズだみたいなやつがあったら、全部その日記にメモるようにしてて。
日記は紙のフィジカルなものです。手元にないときはLINEやSlackにメモし、後から紙に書き写すという習慣もあると語られました。
「日記」と呼ぶのは、日記として書きながら、その中にさまざまな発見や思考プロセスがメモされているからだといいます。幼少期からの言語化の訓練が、今の内省を支えていることがうかがえます。
テキスト通話をコミュニケーションインフラに
最後に森下さんは、グローバルへの今後の展望を尋ねます。西村さんは、コミュニケーションのスタイルに国や人種の壁は基本的にないという見立てを示しました。
チャットがアジア人だけのものでも、電話がアメリカ人だけのものでもない。テキスト通話が置き換える対象は、世界中に存在する音声通話の市場だと考えています。
あと数年ぐらいでこのテキスト通話っていうのをコミュニケーションインフラにしようと思ってます。
今まで電話って声出し縛りだったんだよ。え、マジで?みたいな。そういうふうになることをイメージしてます。
電話では伝えにくく、チャットでも伝えにくい、かといって電話するほどでもない。そうした隙間に、よりハードルの低い電話を提供したいといいます。
その狙いは、人類単位のコミュニケーション頻度を1.1倍に上げること。そしてそれが文明の発展スピードにも波及すると考えています。
人類単位のコミュニケーション頻度を1・1倍とかに上げたいと思ってるんですよ。
人の話から生まれる発明もある以上、文明の発展も1.1倍になる。後から見て「人類の転換点を作った」と言える、というのが西村さんの描く未来です。
さらにその先には、人類単位の知識の集約という構想もあるといいます。まずはコミュニケーションを活性化させ、文明を進歩させることに取り組む考えが語られました。
まとめ
後編では、西村さんが期待値計算で就職か起業かを決め、1年間の孤独な試行錯誤と内省の末に「テキスト通話」という価値を発見するまでが語られました。個人の欲求と「人類のため」という性質が重なった点に、このプロダクトの原点がありました。
- 起業か就職かは、生涯収益を含む期待値計算で判断し、自分と親を説得した
- 400万ダウンロードのアプリから、開発のハードルの低さと収益のスケール感を学んだ
- 「発明家のおじいちゃん」では終われないという違和感が、より大きな決断を求める原動力になった
- 1年の停滞と内省の末、「声を出さない電話」という価値をユーザーの言葉から発見した
- 中学から続く日記が内省とPDCAを支え、テキスト通話をコミュニケーションインフラにする構想へつながっている
