Ampliumが挑む3D映像の配信インフラ
番組冒頭は、佐藤さんが暮らすサンフランシスコの話題から始まりました。取材中も警察や救急車の音が鳴り響き、聞き手の森下さんは初めて訪れた際にテンダーロイン近くのホテルに泊まった思い出を語ります。
テンダーロインは、宿を探すと料金が一番安く見えるため、事情を知らない旅行者が泊まりがちなエリアだと佐藤さんは指摘します。
安いと思ったらそこはテンダーロインです。
話題は本題であるAmpliumの事業に移ります。佐藤さんは、3D映像向けの配信インフラを開発していると説明しました。
そのインフラを使い、Apple Vision Pro向けに高解像度の3D映像を配信する自社アプリを提供しています。あわせて、3D映像を配信したいクリエイターやスタジオ向けに、AWSのような形でインフラも提供しているといいます。
つまりBtoCとBtoBの両方に挑戦している状態です。直近は自社の映像に加えて、3Dアニメーションを自社インフラでエンコードする取り組みも始め、価値の幅を広げていると話されています。
森下さんは、エンコード技術を内製し、クオリティの高い映像を提供している点が第三者から高く評価されているのではと尋ね、佐藤さんも同意しました。
US市場でのApple Vision Proの現在地
Apple Vision Proの普及状況について、佐藤さんは具体的な数値は控えつつも、手応えを語りました。
自社アプリがUSのApp Storeでトップに数週間フィーチャーされたことで、各数値が100倍から200倍ほど伸びたといいます。
各数値、100倍から200倍ぐらいは伸びていて。
もともとVision Proを愛用している人が多いと感じていた佐藤さんですが、その数値からデイリーでも使われている実態が見え、いいサプライズだったと話します。
映像制作のエコシステムも整いつつあります。機材会社のBlackmagicがカメラを出し、ライブ配信用の新モデルも登場するなど、コンテンツ制作と供給の環境が徐々に整備されていると説明されました。
将来的にはグラス型に移行する可能性はあるものの、OS自体は引き継がれていくと佐藤さんは見ています。ゆくゆくはグラス型における3D映像の配信インフラで世界一を目指しつつ、今はVision Proから登っていく段階だと話しました。
森下さんは、グラス型になれば普及するだろうと一般消費者の感覚で応じ、参入のタイミングの良さに触れます。佐藤さんも、出た直後に始めたので早すぎるかと思いつつ、1年ほど経った今はいいタイミングだったと振り返りました。
じゃあ5年後参入しようって時、すでに遅しだと思うので。
サッカー漬けだった山形での少年時代
後半は佐藤さんの生い立ちへ。生まれは山形県山形市で、山形市の中心部で育ったといいます。
小中高の教育を尋ねられると、まず軸として語られたのはサッカーでした。小学校から大学まで、ずっと大会でサッカーを続けてきたと話します。
サッカーしかしていませんでしたみたいなところがまず軸としてあって。
勉強もそれなりにこなし、山形県で2番目と言われる進学校に進んで、サッカーと勉強を両立する生活を送っていました。
海外との接点は、中学時代に東北へ来た元イングランド代表のコーチから指導を受けたことくらいで、それ以外はほぼなかったといいます。
ポジションはボランチ。聞き手の森下さんも小中でサッカーをしていた経験から、360度を見て両足を蹴り分ける必要のあるボランチの難しさを話し、会話が弾みました。
話はちょうど収録時期のワールドカップにも及びます。佐藤さんはダラスまでオランダ戦を観戦しに行き、7万人規模のスタジアムがほぼ満席で、90分間声量の大きい状態が続いたと臨場感を語りました。
取られては追いついて取られては追いついてっていうので、最終的に勝ち点1取ってるんで。すごいっていう、もう、ようやったなっていう感じではあるんですけど。
オランダのオレンジ一色に見えた会場でしたが、テキサスのチームカラーもオレンジで、両者が入り混じっていたという小ネタも披露されました。
山形の鬼軍曹が鍛えたタフさ
サッカーを通じて学んだことを問われると、佐藤さんは高校時代の部活の監督の話を切り出しました。
僕の山形県の高校の時の部活の監督が、山形の鬼軍曹って呼ばれるぐらい本当に厳しい監督だったんですよ。
その進学校はスポーツにも力を入れており、バスケはインターハイで上位、バレーは春高、ラグビーは花園と、部活も勉強も本気で取り組む生徒が多かったといいます。
サッカー部も例外ではなく、試合に負けたり、格下相手に十分な点差で勝てなかったりすると罰走が課され、怪我をすれば坊主にされるほど厳しい環境でした。
罰走とは、試合後に疲れた体で走らされる罰のこと。バス移動する距離でも、学校まで走って帰らされることがあったといいます。
バスで移動するぐらいの距離だったら帰り学校まで走って帰ってこいお前。そんな感じです。
佐藤さんは高1から3年生の試合に混ぜてもらえるほど上手で、その分、驕りもあり、一番よく叱られる対象だったと振り返ります。技術よりメンタリティー面で厳しく言われることが多かったといいます。
他の奴がミスしても許せるけど、お前がミスするのを許せないとかいろいろ言われました。
森下さんは、それは要求水準をより高く求められていたのだと解釈します。この厳しい環境を乗り越えた経験が、今に生きていると佐藤さんは話しました。
プロの壁と、新潟大学という選択
進路について、佐藤さんはプロサッカー選手を目指す中での意思決定を語ります。まず「山形からプロになれるのか」という問いがあったといいます。
山形出身で活躍するプロ選手は少なく、中学時代のコーチも埼玉出身でした。高校まで山形にいてすぐプロになるのはハードルが高いと感じていたと話します。
そこで中学の頃に、プロを目指すなら筑波大学の体育専門に行くしかないと考えます。だからこそ私立でサッカー漬けになるより、勉強もできる進学校を選んだといいます。
筑波大学は、センター試験の足切りは突破したものの2次の実技で不合格に。それでもサッカーを続けたい思いから、後期で国立かつサッカーに力を入れる新潟大学を選びました。
新潟大学のサッカー部は北信越リーグ1部で戦っており、新潟の名門校やアルビレックス新潟、星稜高校などから、勉強とサッカーを両立したい選手が集まる環境だったといいます。
学問は経済学部に進み、主にミクロ経済学を学びました。サッカー部の練習は週6で朝6時から。4時半に起きて車で芝生のグラウンドへ移動し、1限までに練習を終える毎日で、生活の中心はサッカーだったと振り返ります。
サッカーを断ち切り、東京のスタートアップへ
大学の前半はサッカー中心でしたが、やがて転機が訪れます。プロにはならないと見極め、次に何へ挑戦するかを考え始めたのです。
きっかけは、東京の大学の友人がスタートアップでインターンをしていたこと。楽しそうに働く様子を聞き、自分もやってみたいと思うようになりました。
そして3年生の夏、キャリーバッグ一つで上京します。サッカー部を退部し、インターン先の先輩社員の家に居候しながら、フルコミットで働き始めました。
森下さんは、小学校から続けたサッカーの可能性を退部で断ち切った決断力に驚きます。佐藤さんは、筑波大学に落ちた時点でプロの難易度の高さを薄々感じていたと答えました。
上京の背景には、当時スタートアップをやるなら東京しかない状況だったこと、そして当時の会社の代表が4つ5つ上と年齢が近く、SeedからシリーズAで10億円を調達するイケイケの会社で学べることが多そうだと感じたことがありました。
インターン先は株式会社LabBase。研究領域で理系学生の採用や産学連携、ディープテック投資などの事業を手がける会社でした。
佐藤さんは事業を作る部署で、先輩社員と2人で事業づくりに携わります。裁量を持って実行できた一方、苦しさもあったと振り返りました。
もちろんめちゃくちゃ苦しかったんですけど、いい機会だ、いい機会でした。
上流の枠組みは先輩上司が設計してくれていたため、佐藤さん自身は実行、いわゆるDOの部分を担っていたといいます。賢い手法より、泥臭く量をやりきる文化でした。
この経験が起業のきっかけになったと佐藤さんは語ります。年齢の近い人が起業してやれているという事実と、やりきる文化なら自分もできそうだという感覚が背中を押しました。
その通りです。年齢近い人がやっているっていうところと、やりきるみたいな文脈だったら自分もできそうだなみたいなところが、起業のきっかけになってます。
大学は退学する勢いで上京しながらも、卒業だけはこぎつけます。そして新卒でパーソルキャリアに1年間就職しました。前編はここまでで、後編では新卒からのキャリアを掘り下げていきます。
まとめ
前編では、山形でサッカーに打ち込んだ少年が、プロの壁を見極め、東京のスタートアップを経て起業へと向かう前史が語られました。厳しい環境で培ったタフさと、思い切りのよい行動力が一貫して流れています。
- 佐藤さんはApple Vision Pro向けの3D映像配信インフラを開発し、US App Storeで数週間トップにフィーチャーされ数値が100〜200倍に伸びた
- 山形で「鬼軍曹」と呼ばれる監督のもとサッカーに打ち込み、厳しい環境を乗り越えた経験が今のタフさにつながっている
- プロを目指し筑波大学を志すも実技で不合格、後期で新潟大学へ進んでサッカーを続けた
- 大学3年の夏、サッカー部を退部しキャリーバッグ一つで上京、スタートアップでのインターンに飛び込んだ
- 年齢の近い人が起業している事実と、泥臭くやりきる文化への共感が起業のきっかけになった
