映画のエキストラで出会った二人と「果敢に飛び込む」性格
今回のゲストは、オランダ在住の音楽家・山田亮さん。音大でクラシックや現代音楽の作曲を学んだ後、即興演奏やジャズが中心のピアニストとして活動し、音楽教室も運営してきました。3年前にオランダへ移住したと話されています。
坂本さんとの出会いは、オランダ映画の収録エキストラの現場でした。二人ともそこに参加していて、偶然顔を合わせたそうです。
山田さんは、詳しくわからなくてもとりあえず行ってみる、というフットワークの軽さを持っていると語ります。特にオランダに来てからその傾向が強まったそうです。
果敢に飛び込んでいくと、果敢に飛び込んでくるタイプの人と出会えるんだなと、坂本さんとお話しして思って、それはいいことだなと感じました。
この性格は音大時代からのもので、音楽を中心にしつつ、ダンスや演劇、現代美術など隣接領域のワークショップにも足を運んでいたと話されています。
作曲専攻は「変態的」 楽譜を再現する演奏専攻との違い
坂本さんは、音大に対して「のだめカンタービレ」のような優等生のイメージを持っていたと語ります。きっちり練習を積む真面目なタイプと、果敢に飛び込む山田さんの姿が結びつかなかったそうです。
山田さんが通っていたのは、美術学部と音楽学部を持つ芸術大学でした。美術学部はないものから作り上げるクリエイター寄りで、音楽学部の多くは楽譜をもとに再現することが中心だと説明します。
一方で山田さんがいた作曲専攻は、同じ音楽学部の中でも性質が異なっていました。
僕がいたのは作曲専攻で、ここはもうみんなそう言ってたし、自分たちも思ってたけど、結構変態的な人たちの集まりで。
ないところから作るからこそ、新しい発想や新しい経験を好む人が多かったといいます。演奏専攻に対して坂本さんが抱いていた優等生イメージは、演奏系の学生に当てはまるのだろうと山田さんは補足しました。
楽譜をもとに再現する。やるべきことが決まっており、そのために努力する
ないところから作る。新しい発想や経験を好む人が多い
バンド少年からなぜ作曲へ 仕組みを知りたいという原動力
山田さんは、幼い頃から楽譜通りにきっちり弾くタイプではなかったと振り返ります。エレクトーンをゆるく習い、高校ではロックバンドをやっていたそうです。
音大に入るピアノやバイオリンの学生は5歳頃から真面目に続けてきた人が多い一方、山田さんはそうではなかったといいます。ただ作曲専攻には、同じようにバンド経験者も少なくなかったと話されています。
母親はヤマハの先生で、音楽が身近な環境ではありました。ただし親は音楽以外の道を強く勧めていたそうです。
食べていくのが厳しいと言ってて。10代の若者はそんなの知るか、俺は夢を追うんだみたいに行くけど、こうやって大人になってみると、なんでもっと強く止めてくれなかったんだと泣きに。
作曲を選んだ理由は、物事の仕組みや背景を知るのが好きだったことにあります。作曲をすれば音楽の仕組みや、なぜ音がこうなっているのかを一番知れるのではないか、という思いが強かったそうです。
一日缶詰めの入試と幅広い学び 作曲専攻という世界
作曲専攻の入試には、いくつかの科目があると説明されます。一つは音楽理論で、メロディーの断片に和音をつけるような課題です。これは既に理論やルールが定まっているため、きちんと勉強してきたかを確認するものだといいます。
メインの課題は、1小節か2小節だけ書かれたメロディーの続きを作曲するもので、朝から夕方まで缶詰めで取り組むそうです。ただし「この形式で書きなさい」という指定があり、形式の理解も問われていました。
こうした課題を解けるようになるため、多くの学生を作曲家として送り出している先生の個人レッスンに通うことになると話されています。天才が突然入るというより、師について準備して入る世界だと語られました。
入学後は作曲専攻が最も幅広く学ぶ必要があると山田さんは言います。いろいろな楽器や歴史、舞台芸術まで学ぶことになり、とても面白かったそうです。
作曲と一口に言っても幅は広く、クラシックや現代音楽だけでなく、ポップス、さらには電車のホームのメロディーまで含まれると二人は話しました。
ジャズと演奏の道へ 文化祭でバンド5つ掛け持ち
卒業後のキャリアの幅も広く、さまざまな音楽ジャンルへ進む仲間がいたといいます。タンゴを追求する人、現代音楽をやり尽くす人、J-POPの世界に入った人などさまざまです。
山田さんは比較的ジャズの道へ進みました。入学前からジャズ系の音楽が好きで聴いており、ずっと並行してきた感覚だったそうです。
作曲とジャズ演奏は近いイメージがある一方、大きな違いもあると語ります。作曲は家での作業が多く、ジャズ演奏は現場でおこなうものだという点です。
多分僕は比較的寂しがり屋だったので、家でずっと作業するよりかは、人と何かやりたいっていうのが強かったんだと思います。
バンドも大好きで、大学では複数のバンドを組んでいました。文化祭では調子に乗って4つも5つも掛け持ちしたそうです。
別のステージの進行が早まってしまったみたいで、別のとこでやってたらカンペが出て、山田さん走ってあっちのステージ行ってくださいみたいな。
卒業後はジャズピアニストの仕事に加え、大学の講師や、自治体が持つ公共ホールの契約アーティストとして企画や演奏にも携わっていました。所属はせず、ずっとフリーランスだったといいます。
フリーランスとして続ける上で大事なのは、人と仲良くなる力だと山田さんは話します。仲のいい相手に仕事を頼みたいものであり、メールの返事もしないようでは頼みづらいからです。
フランス回避からオランダへ 食と自分らしさの選択
音大を出た後、海外で大学院や博士課程に進む仲間や先輩は多かったといいます。山田さんも検討し、フランスに下見に行きました。
しかしフランスの食べ物が合わない気がしたそうです。バターを多く使うこってりした料理が苦手だと明かします。現在住むオランダの、サンドイッチやチーズ、トマトといった素材そのままの食事の方が合うと感じているといいます。
理由は食だけではありませんでした。フランスへ行くならフランスのやり方の習得に全力を注ぐことになる、それを今の自分がやる意味があるのか、と考えたそうです。
二流のフランス人みたいなのを目指すのかみたいなことを、自分に対して思って。
パリに憧れるというノリも自分にはあまりないと感じ、自分自身を追求してみようと思い、結局フランス行きは取りやめました。今思えば何でも食べておけばよかった、当時は視野が狭かったとも振り返っています。
その後は日本で活動を続けました。名古屋のある愛知県から東京へ移り、東京を見たことで、日本の様子は大体こういう感じだろうと自分の中でつかめてきたといいます。
そこで、自分が東京にフィットしない部分を海外ではどう受け止められるのか、という興味が湧き、再び海外に行きたくなったと語ります。
なぜオランダ 古楽・チャレンジへの寛容さ・言語と音楽
坂本さんは、洋楽とJ-POPのノリの違いや、K-POPが西洋の音楽に近づけようとしている点を例に挙げ、音楽を生業とする人が何に注目して聴くのかを尋ねます。
山田さんも同様の感覚を持ち、K-POPはアメリカ的な音楽の形に近づけていると感じるといいます。一方で日本はガラパゴス感が強く、それは芸術表現としては良いとも言えるものの、違うと感じていたそうです。
日本にいた時は西洋ってもう大きく一括りで捉えてたんだけど、アメリカとオランダは全く違うなってことをやっぱり気づいて。
では、なぜオランダだったのか。理由の一つは古楽が盛んなことです。作曲当時に想定されていた楽器や方法で演奏した方が効果が高いのではないか、という考え方が根付いているといいます。
もう一つの理由は、留学経験のある先輩からの助言でした。フランスやドイツが比較的保守的なのに対し、オランダは新しいことや変わったことに寛容でチャレンジングだと聞いていたそうです。
オランダは新しいこととか面白いこととか変なことをすごいやるのに寛容だし、チャレンジングだから、山田くんも向いてるんじゃない?
日本にいた頃から作品づくりで変わったことをしてきた山田さんは、自分に合うと考えて移住しました。実際に来てみて、新しいことに挑む人が多く、寛容で快適だと感じているといいます。
そして一つの発見として、音楽のノリは言語に強く由来すると語ります。日本の音楽がガラパゴスである理由の多くは、日本語を使っていることが占めていると考えているそうです。
日本語のリズムが残ったポップスみたいなイメージをすごく持っています。
韓国や中国で出会った人は英語が上手な印象がある一方、日本人は日本語アクセントが残りやすいと山田さんは指摘します。坂本さんも、いかにも日本語読みの発音で話す韓国人や中国人はあまり多くない気がすると同意しました。
坂本さんは、高校時代のアメリカ留学で英語を身につけた経緯を語ります。最初はまったく話せず、MTVを見て歌詞をプリントし、ひたすら真似して歌っていたそうです。最初の3か月はほぼ歌しか歌っていなかったといいます。
なんか延々同じフレーズをやり続けると、なんか体に残るっていうのはあるじゃないですか。
同じフレーズを繰り返すことで体に残ったのが結果的に良かったのかもしれない、と坂本さんは振り返り、山田さんも参考になったと応じました。
まとめ
作曲専攻という創造性の強い環境で学び、フリーランスの音楽家として活動してきた山田さんが、自分らしさを軸にフランスを避けてオランダを選んだ歩みが語られました。後編では、海外での音楽活動がさらに掘り下げられます。
- 山田さんは作曲でクラシックや現代音楽を学び、その後ジャズ中心のピアニストとして活動してきた音楽家です。
- 作曲専攻は「ないところから作る」性質で、新しい発想や経験を好む人が多い環境だと語られました。
- フランスの食や「二流のフランス人を目指すのか」という問いから、フランス行きを取りやめて日本で活動を続けました。
- オランダを選んだ理由は、古楽が盛んなことと、新しい挑戦に寛容な音楽シーンの土地柄でした。
- 音楽のノリは言語に強く由来し、日本音楽のガラパゴス性の多くは日本語に起因すると山田さんは考えています。
