作者ナガノ先生の不思議なエピソード
酒井さんはまず、作者のナガノ先生がどんな人物なのかを尋ねます。名前がカタカナ表記であることに気づき、元々イラストの人なのかと確認します。
島田先生は詳細は把握しきれないとしつつ、印象的なエピソードを2つ挙げます。1つは、素人時代とも言える頃からすでにレベルが高かったという話です。
鹿児島県志布志市のご当地ゆるキャラ公募で、集まった絵の中から「ダントツこれだ」と選ばれたのがナガノ先生の作だったと語られます。今の画風にも通じる、目立って可愛いキャラだったといいます。
もう1つは、ゴールデンカムイのあるグロテスクなシーンを繰り返し見ていたというエピソードです。
幼少期のキャラが、小学生の時に親友の喉を思いっきり踏みつけるシーンがあって。そのまま死んじゃう、めちゃくちゃ怖いシーンなんだけど、その回を結構繰り返し見てるみたいな。
食べ物のトッピングにもこだわりがあり、漫画で描かれたトッピングを求めて実際にラーメン店へ行くファンも多いと紹介されます。
理不尽な世界観と「業の深さ」
島田先生は、ナガノ先生がちいかわたちをひどい目に遭わせて喜んでいるのではないか、という見方も紹介します。
酒井さんが作中でキャラが亡くなることもあるのかと尋ねると、メインではない討伐対象などで亡くなっているキャラはいると考えられると答えます。メインキャラも死ぬ寸前まで追い込まれることは多いといいます。
割と理不尽。もういきなり命が奪われるよ。
この無常観こそが「可愛いだけじゃない」を体現していると島田先生は語ります。酒井さんはそのフレーズがギャル文脈でも聞いたことがあると反応します。
友情・罪・許し 映画に潜む哲学的な問い
映画の見どころについて島田先生は、とにかく「業の深い話」だと繰り返します。酒井さんは歴史のような話かと問い、島田先生は歴史や神話ともよく言われ、哲学的問題も含むと応じます。
具体的には「友情とは何か」「正しさとは何か」「罪と罰」「許しとは何なのか」といった問いが投げかけられるといいます。
疑問
友情だけでなく、罪や罰、許しといったテーマにまで及び、最終的には「あなたならどうしますか」と問いかけられるような、ズシンとくる世界観だと語られています。
酒井さんは「とりあえずボンボンドロップシールもらって帰る」と軽口を返しますが、島田先生はそのシールの仕掛けすらもすごいと話します。
ボンボンドロップシールに隠された仕掛け
ボンボンドロップシールは映画のキャラが載ったもので、内容と関係していると島田先生は言います。
映画を見た後にシールを全部見返すと、「あれ?」と気づくところがあるといいます。伏線回収というより、そのディテールとセンスの良さが評価されているようです。
これをやってのけるのがさすが長野よと、みんな思う。
作風から、ホラー映画に近いという声もあると紹介されます。さらに島田先生は、ちいかわがしばしば湊かなえ、東野圭吾、ドストエフスキーになぞらえられていると挙げます。
酒井さんは絵柄から緩い子供向けの話を想像しますが、島田先生は大人のほうが面食らうかもしれないと返します。
親が初見で子供のほうが詳しいというパターンだと、親が唖然とする一方、子供は「ちいかわってこういう感じだよ」と平然としているといいます。劇場版では歌や音楽が加わり、漫画では表現しきれなかった威力が増しているとも語られます。
キメラ化とキャラの心情 考察の余地
酒井さんが改めて「ちいかわ」の魅力を尋ねると、島田先生は考える余地の多さを挙げます。明確なストーリーというより、日常の中で少しずつ変化する人間関係やキャラの成長に、考察の余地が多いといいます。
代表的な謎として「キメラ化」の話が出ます。なぜキメラになってしまうのか、その原因はまだ明かされていません。
島田先生は自身の推測と断りつつ、力への憧れや現状への絶望感、変化を求める気持ちが背景にあるのではないかと語ります。
酒井さんはキャラ当てを試み、「ちいかわに憧れて可愛くふるまう存在」という説明からモモンガさんを言い当てます。
可愛いことがしたいというか、かわいこぶりっこというか。ただ元々の属性、習性みたいのがあるから、どうしても隠しきれない部分、隔たりはあるんだよね。
承認欲求はコメディチックに描かれつつ、その可愛さをどうやって手に入れたのかという話にもつながり、一言では語りきれないと島田先生は話します。
共依存とモブからの昇格 心理描写の妙
キャラには統一した目標はないものの、ストーリーが進むにつれ、それぞれのやりたいことが出てくると語られます。ハチワレは討伐を頑張りたいと思い、上位ランカーのラッコ先生に稽古をつけてもらいます。
一方ちいかわは戦闘向きではなく、草むしり検定に注力します。この方向性の違いが、ちいかわ側にわずかな引け目として現れる切ない描写になっているといいます。
精神医学の観点からの読み方を問われた島田先生は、モモンガと古本屋さんの関係が「共依存」とよく言われると紹介します。
構図がダメ男に尽くす彼女みたいな。ダメ男が当然モモンガで、世話焼き彼女みたいになってるのが古本屋さん。
古本屋さんは、元々モブキャラからメインキャラに昇格した初めての、そして今のところ唯一のキャラだと語られます。
島田先生はその昇格を、主人公たちからの「認識」の変化で説明します。他人のうちは個別の顔が認識されないが、友達という枠になると顔が描かれるようになる、という解釈です。
ただしパジャマパーティーズのような反例もあり、条件はもう少し細かく考える必要があるかもしれないと補足されます。この心理描写や関係性の変化の描き方こそ、謎考察と並ぶ魅力だとまとめられます。
収録翌日、酒井さんは映画館へ
最後に酒井さんは、千五百円から二千円ほど握りしめて見に行くと宣言します。
そして収録の翌日、実際に映画館へ足を運びます。ボンボンドロップシールも無事ゲットし、島田先生の言っていた意味が理解できたと語ります。
僕はウサギか栗まんじゅうになりたいなと。それ以外だと、ちょっとつらそうだなっていう、そんな感想です。
まとめ
映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、可愛い絵柄の裏に理不尽な世界観と哲学的な問いを抱えた作品として語られました。作者ナガノ先生の人物像から、キメラ化やキャラの心理描写まで、考察の余地の多さが「ちいかわ」の魅力だと示されます。
- ナガノ先生は素人時代から評価が高く、独特の感性を持つと紹介される
- 映画は「友情」「罪と罰」「許し」など、業の深い哲学的テーマを含む
- ボンボンドロップシールには、見た後に気づく仕掛けが仕込まれている
- キメラ化やモモンガ、古本屋さんの関係など、考察と心理描写に深みがある
- 酒井さんは収録翌日に映画館へ行き、島田先生の言葉に納得した
