ADHDとはどんな疾患か
ADHDは日本語で「注意欠如多動症」と呼ばれます。その名の通り、不注意や多動、そして衝動性といった症状が目立つのが特徴です。
診断の考え方をざっくり言うと、これらの症状が子どもの頃から見られ、しかも家庭だけでなく学校など複数の場所で現れること。さらに、それらによって生活機能が阻害されている状態が目安になると島田先生は説明します。
「生活機能が損なわれている」とはどの程度かというと、日常生活や社会生活で困りごとが多い状態を指します。たとえば忘れ物が非常に多く、たびたび注意を受けているのに改善されず、本人としても忘れたくないのに忘れてしまう——そんなイメージが近いようです。
三つの症状の具体的な現れ方
不注意の面では、ケアレスミスが挙げられます。学校のテストなら、本当は解けていたはずなのにちょっとしたミスが重なって思うように点が取れない。仕事では資料作成で何かが抜けてしまったり、上司から「これは大事」と言われていたことがうっかり抜けてしまったり、といったことが起こりやすいそうです。
多動の面では、じっとしていられないという特徴があります。子どもなら授業中に座って聞いていられない、といった形で現れます。ただ大人になると多動は徐々に減ってくる傾向があり、目立ちにくくなることが多いとのこと。一方で不注意はそのまま残りやすいと島田先生は指摘します。
衝動性は、たとえば人の話が終わる前に割り込んでしまうような形で現れます。ただし、これらの症状はいずれも「あるかないか」ではなく、誰にでも一定程度存在するグラデーションのあるものだと強調されました。
大人になるにつれて減ってくる傾向があり、目立ちにくくなることが多い
そのまま残りやすく、大人でも困りごとにつながりやすい
ADHDのポジティブな側面
酒井さんが「あえてめちゃくちゃポジティブに言うと?」と尋ねると、島田先生はそうした側面も嘘ではなくあると答えます。
たとえば多動は「行動力がある」と捉えることもできます。起業のようなバイタリティにつながったり、組織と合わないからこそ自分で環境を作るという精神につながったりする、と言われることがあるそうです。
また、普通の人なら尻込みしてしまうようなリスクのある決断を、果敢に取っていける——そうした言われ方もしています。酒井さんも「確かによく想像がつく」と共感していました。
普通の人だとちょっと尻込みしちゃうようなリスクを、果敢にとっていける、というふうな言われ方もしています。
検査と診断の実際
診断で最も大事なのは、病歴をしっかり聞くことだと島田先生は言います。その上で、補助的なものとして知能検査などが使われます。
知能検査というとIQの高い低いをイメージしがちですが、必ずしもそれだけを見るものではありません。人間の知的能力にはさまざまな種類があり、それを細かく見ていって、そのばらつきがどの程度あるかを参考にするのだそうです。
知能の分類は、古典的には「言語性IQ」と「動作性IQ」という言い方がされていました。現在ではもう少し細かく、言語理解・知覚推理・ワーキングメモリー・処理速度といった分け方をすることもあります。
チェックポイントは、どこかが単純に低いということではなく、これらの間にばらつきがあるかどうか。項目ごとの差が発達の偏りの指標になると考えられています。ただし、数字が具体的にどうこうというより、あくまで補助的に見るものだと念押しされました。
ほかには、ADHD用の自記式検査もあります。これは「この質問に対してこれが当てはまりますか」といった形で、本人が自分で回答して調べるものです。いずれも補助的なものとして位置づけられています。
治療と対処法
治療は大きく薬物療法と非薬物療法に分かれます。薬物療法では、メチルフェニデートという薬などがあり、多動の症状を緩和してくれるようなものが使われます。
ただし、どちらか一方だけということではなく、両方とも欠かせないと島田先生は言います。年齢や体の状態によっては、必ずしも薬物療法を用いず、非薬物療法だけで進めていくパターンも結構あるそうです。
非薬物療法には、心理教育、認知行動療法、環境調整などがあります。環境調整とは、どういう状況で困りごとが起こるかにフォーカスし、あらかじめそれが起こりにくくなるよう周りの状況を調整していく方法です。
メチルフェニデートなど、症状を緩和する薬を使う
心理教育・認知行動療法・環境調整など
職場でのコミュニケーションの工夫
社会人でADHDかもしれない、あるいはそうだという人も少なくありません。周りの人がどう関わればコミュニケーションがスムーズになるのか、というテーマも語られました。
島田先生が挙げたポイントは、指示や伝えたいことを「具体的に言う」「端的に言う(長くならないようにする)」「まとめてではなく一つずつ伝える」というもの。こうした伝え方がとても大事になってくるといいます。
酒井さんは、自分がADHDと診断されている場合には、上司や周りの人に「こういうふうに伝えてもらえると助かる」と事前に伝えておくのも一つの手かもしれない、と提案します。もちろん公表したくないという問題もあり得ますが、関係性が一定できていれば、自分も気をつけつつ気にかけてもらえてありがたい、という形でコミュニケーションがスムーズにいくかもしれない、という話でした。
合併症とドパミンの話
ADHDは合併症も結構あるといいます。たとえばうつ病は二次的に起こってくることがあります。元の発達特性から周りとうまくいかず、仕事で上司からの叱責が続くと、誰でもそうであるように気持ちが落ち込み、自信をなくし、どんどん辛くなっていく。それが誘因になることがあるのだそうです。
ほかにも依存症や、前回取り上げたASDと合併する例などが挙げられました。
次に話題は、ADHDの人は脳にドパミンが足りていない状態、という俗説に及びます。島田先生によれば、ドパミンを感じる受容体の遺伝子がいくつかあり、そのうち反応しにくいタイプのものが脳内に多いといった話が言われているとのこと。ドパミン感受性とADHDの問題は一つのトピックになっているそうです。
なお、酒井さんが「ドーパミンじゃなくてドパミンなのか」と気にする場面もありました。島田先生いわく、表記揺れはあるものの、医学系の書籍では基本的に「ドパミン」と表記されることが多いとのことです。
ADHDの世界史と人類の開拓
歴史上の偉人には、ADHDだったかもしれないと言われる有名人が多いという話も出ました。音楽家のモーツァルト、画家のダリ、発明家のエジソンなどが例に挙がりましたが、島田先生は「各々仔細に検討したわけではないから、あくまで可能性の話」と慎重に付け加えています。
さらに興味深かったのが、人類がアフリカから誕生した後、ADHDの傾向を持つ人ほど遠くへ開拓しに行ったのではないか、という話です。島田先生は、スウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセンの本を引き合いに出しました。
それによると、ADHDの人に多いと言われる遺伝子「DRD4 7R」(ドパミン受容体D4の一種)を持つ人の割合が、アフリカから遠ざかるにつれて多くなっているというのです。アフリカよりヨーロッパ、さらに北米、そして北米より南米の方が割合が高い、といった傾向が示されているそうです。
アフリカ
人類誕生の地。保有率は相対的に低い
ヨーロッパ
アフリカより割合が多くなる
北米
さらに割合が多い
南米
最も割合が高い
ただし島田先生は、これはまだ一つの仮説であって証明ではないこと、ADHDの有無は単独の遺伝子で決まるわけではないことも強調しました。とはいえ、行動力や起業家精神という要素と、遠くへ自ら開拓していく傾向が結びつくというのは面白い視点です。
クリエイティビティという可能性
最後に酒井さんは、聞いている人が元気をもらえるように、とさらにポジティブな側面を尋ねます。島田先生の答えは「クリエイティビティがある」というものでした。創造的な活動に向いている傾向がある、と言えるそうです。
やや専門的な話として、脳には二つのネットワークがあると紹介されました。何かをするときにオンになる「タスクポジティブネットワーク」と、ぼんやりしているときにオンになる「デフォルトモードネットワーク」です。通常は片方がオンになると、もう片方はオフになります。
ところがADHDの人では、何か別のことをしているときでもデフォルトモードネットワークがオフになりづらく、常時オンになりやすいと言われています。そしてこのぼんやりした状態のときこそ、創造的なアイデアが浮かびやすいという話があるのだそうです。
何かに取り組んでいるときにオンになる
ぼんやり・リラックスしているときにオンになる。ADHDの人ではオフになりづらいとされる
島田先生は、昔の中国の思想家・王陽明の「三上(さんじょう)」という概念にも触れました。馬の上、厠(トイレ)の上、枕の上——つまり移動中やリラックスしているとき、寝ているときにアイデアが浮かびやすい、という考え方です。まさにこれは、デフォルトモードネットワークがオンになっている状態ではないか、と語られました。
まとめ
ADHDは「不注意・多動・衝動性」という三つの症状で語られますが、その言葉だけでは説明しきれない特性です。症状はグラデーションで誰にでも一定程度あるものであり、大人になると多動が減る一方で不注意が残りやすいといった変化もあります。
診断では病歴を丁寧に聞くことが軸となり、知能検査などは補助的に用いられます。治療は薬物療法と非薬物療法の両輪で、環境調整や周囲の伝え方の工夫も大きな助けになります。うつ病などの二次的な合併症を防ぐ意味でも、本人と周りが特性を理解し合うことが重要だと語られました。
そして、行動力や起業家精神、そしてクリエイティビティといったポジティブな側面にも光が当てられました。困りごとの側面と可能性の側面、その両方から理解していくことが大切だと感じさせる回でした。
- ADHDは「不注意・多動・衝動性」を主な特徴とし、子どもの頃から複数の場所で見られ、生活機能を阻害する場合に診断される
- 大人になると多動は減りやすいが、不注意は残りやすい。症状は誰にでもあるグラデーションのもの
- 診断は病歴の聞き取りが軸で、知能検査(ばらつきに注目)や自記式検査は補助的に用いられる
- 治療は薬物療法(メチルフェニデートなど)と非薬物療法(心理教育・認知行動療法・環境調整)の両輪
- 職場では「具体的に・端的に・一つずつ」伝えることが有効。うつ病などの二次的合併症にも注意が必要
- 行動力や起業家精神、クリエイティビティといったポジティブな側面もあり、両面からの理解が大切
