家庭と仕事、どう両立させる?「ゼロサム思考」を捨てる人生戦略論
ベンチャーキャピタリストの高宮慎一グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナー。Forbes日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング2018年1位。さんと編集者・長谷川リョーさんが、家庭と仕事の両立というテーマで語り合ったエピソードです。家庭を持つと仕事の時間は減るのか、子育てから学べることは何か、そして「市場価値」より大切なものとは。ぼくらの戦略論から、その内容をまとめます。
結婚すると仕事のアウトプットは上がる?
家庭を持つと仕事の時間が減る——一般的にはそう考えがちです。しかし高宮さんは「結婚して仕事のアウトプットはむしろ上がった」と語ります。
その理由は、独身時代に「気もそぞろになる」ようなことに取られていたマインドシェアが、結婚によってきれいに整理されたから。アプリでマッチングするにはどうすればいいかと考えていた時間が、自分のプロダクトのコンバージョンをどう上げるかに集中できる時間に変わったといいます。
圧倒的絶対的に何があっても味方であるホームができることっていう、心理的安全性が根っこの部分で不安をなくすんですよね。
仕事で全否定されても、自分を全肯定してくれる人がいる。その「帰れるホーム感」が、安心して仕事に専念できる土台になる、というのが高宮さんの実感です。
気もそぞろになる対象にマインドシェアを取られる/物理的な制約は少ないが、心理的なホームがない
余計な思考が整理され仕事に集中/心理的安全性が確保され、土台ができる
一方で、物理的な制約が一気にかかるのは「子供が生まれてから」だと高宮さんは指摘します。お風呂、寝かしつけ、一緒の食事——子供の生活リズムに合わせる必要が出てきます。それでも「ちっちゃい時のプニプニ期赤ちゃん特有の柔らかくふくよかな時期。あっという間に終わってしまう貴重な期間という意味合い。はあっという間に終わる」から、手をかけたい時期でもあるといいます。
仕事と家庭を「ゼロサム」にしない発想
高宮さんが大事にしているのは、仕事とプライベートを二項対立で割らないという発想です。投資先の起業家と家族ぐるみでご飯に行ったり、旅行に行ったりすることもあるそうです。
それは純粋な仕事のためでもなく、純粋なプライベートでもない。両方を兼ねた時間として成立しています。
好きなことを仕事にし、好きな人と仕事ができていれば、プライベートで付き合う人も自然と仕事の延長にいる「好きな人」になります。子供同士も奥さん同士も仲良くなり、「7足す7が14」のような掛け算の効果が生まれる、というイメージです。
パートナー選びと共同プロジェクト論
長谷川さんは独身の立場から、「夫婦は共同プロジェクトだ」という最近よく聞く言説について問いかけます。結局はパートナー適合度がすべてで、初手を間違えると共同プロジェクトも成立しないのではないか、と。
高宮さんも基本的に同意しつつ、「恋愛と結婚はベン図複数の集合の関係を円で表す図。重なる部分が共通要素を示す。が重なる真ん中が理想だが、重ならないエリアの方が多い」と指摘します。理想を追い求めすぎると一生結婚できなくなる、というのも現実的な見方です。
共働きで財布を分け、家族の共用ポットに一定額を入れる「ジョイントベンチャー型」の夫婦が現在のマジョリティです。高宮さんの世代は「ギリギリ昭和を引きずっている世代」で、片働きが成立した最後の世代という自己認識を示しました。
投資先と子育ては似ているのか?
子供ができる前、高宮さんは「投資先は子育てと一緒だ」と分かったように語っていたそうです。手をかけすぎると過保護になり自立しない、放任しすぎるとグレてしまう——というロジックです。
しかし、実際に子育てを経験して、これは完全に間違いだったと振り返ります。
投資先の起業家はもうセルフモチベイテッドで、whyが確固たるものがある。子供一般論とすることがいかに子育てをナメてたかみたいなのを思って。
起業家はwhy「なぜそれをやるのか」という根源的な動機。サイモン・シネックのゴールデンサークル理論で広く知られる概念。が確立されているからwhatさえ決まれば自走する。一方、子供は「中学どうする?」「ここ行きたい」と言いながら、部屋に戻るとゲームをしているし、塾の宿題も答えを写してしまう。「あいつら未知の生物なんですよ」というのが、高宮さんの率直な感想でした。
| 項目 | 投資先の起業家 | 子供 |
|---|---|---|
| why(動機) | 確固たるものがある | まだ柔い/ない |
| 自走力 | 自律的にhowを回す | 誘惑に負ける |
| 合理的な助言 | 受け止めて実行 | 通じない |
高宮さんは「確率論的に一番間違えにくいやり方」を計算プロセスとして子供に説いても、まったく守ってもらえなかったと振り返ります。結果論ではなくプロセスを詰めても、子供にとってはただ詰められているように映る。関係が悪くなりかけたため、小六の夏で子供の勉強を見るのはやめて、塾と家庭教師に任せたといいます。
子供の成長はリニアではない
高二と中二の子供を持つ高宮さんが、経験から得た発見があります。それは「子供の成長はリニアではない」ということ。
何を言っても変わらない期間
飴と鞭を使っても効果がない時期が続く
急成長のタイミングが突然来る
めっちゃ飯を食うようになる時期と重なり、頭やマインドが一気に成長
そして突然終わる
成長のタイミングは限られているため、適切に背中を押すことが大事
成長のタイミングじゃない時に無駄押しをすると、向こうもこっちも嫌になってしまう。だからこそ辛抱強く待ち、変わるべきタイミングで適切に背中を押すことが大事だ、と高宮さんは語ります。
部下と子供のマネジメントを比較すると、実は部下の方が簡単だと高宮さんは言います。「他人だ」という割り切りがしやすく、関係を客観視しやすい。引きどころの線が引きやすい。一方、子供は肉親だからこそ「ある意味甘え」もあり、うかうかするととことん踏み込んでしまいそうになる。
他人と割り切れる/関係を客観視しやすい/引きどころの線が引きやすい
肉親ゆえの甘えがある/客観視しにくい/踏み込みすぎてしまいがち
また、子供を通じて、自分自身が子供だった頃に夢中になっていたことを思い出すこともあるそうです。高宮さんの場合、子供が魚好きから釣りに興味を持ったことで、自分も子供の頃に釣り好きだったことを思い出し、大人になって再びハマるきっかけになったといいます。
市場価値より「目の前の人にありがとう」
家庭があると仕事に使える時間は減る。その中で自分の市場価値をどう変化させていくのか——長谷川さんが投げかけた問いに対して、高宮さんの答えは意外なものでした。
あんまり仕事しながら市場価値って意識したことないかな。
目の前のカウンターパートにもらった時間以上の価値を出すことは意識している。しかしそれを金銭換算したら市場価値はいくらか、転職したら給料はどう上がるか——そういう発想はまるっと持っていないといいます。
新卒でコンサルに入った時には、昇進の早さや給料の多寡で自分を評価する「ラットレース」に巻き込まれた時期もあったそうです。しかしそれは、自分の幸せの軸を他人に委ねること。しかも世の中一般論の相対軸である以上、勝てない戦いになります。
高宮さんの軸はシンプルです。好きなこと、楽しいことをやって、その結果として世の中の役に立ち、目の前にいる人にありがとうと言ってもらえれば、それが幸せ。そうやって絶対軸で進めてきたら、結果として相対的な評価軸もついてきた、という順序だといいます。
これはPMFプロダクトマーケットフィット。プロダクトが特定のマーケットのニーズに合致している状態を指すスタートアップ用語。の概念にも通じます。自分というプロダクトのプロフェッショナル価値がマーケットにフィットすれば、相手はそれをアプリシエートしてくれる。刺さらないなら、フィットするマーケットを探すか、自分というプロダクトを磨くか。「自分株式会社」という考え方とも親和性のあるアプローチです。
まとめ
家庭と仕事は「ゼロサム」で考えると、どちらかを犠牲にする発想に陥りがちです。しかし高宮さんが示したのは、心理的安全性というホームを得ることで仕事に集中できるようになる、好きな人と仕事をすればプライベートも兼ねられる、という掛け算の発想でした。
子育ては投資先のマネジメントとは異なり、答えのない試行錯誤です。リニアではない成長カーブを辛抱強く待ち、適切なタイミングで背中を押す。そして仕事においては、市場価値という相対軸を追うのではなく、目の前の人に「ありがとう」と言われる絶対軸を積み重ねていく。結果として相対的な評価もついてくる——これが高宮さんの語る人生戦略でした。
- 結婚は仕事のマインドシェアを整理し、心理的なホームを作ることでアウトプットを上げうる
- 仕事と家庭を二項対立にせず、好きな人と仕事をすれば「7+7=14」の掛け算が生まれる
- 投資先の起業家と子供は決定的に違う。子供にはwhyがなく、合理的な助言も通じない
- 子供の成長はリニアではない。タイミングを待ち、適切な瞬間に背中を押す
- 市場価値という相対軸ではなく、目の前の人に絶対値で価値を出す。結果として評価はついてくる
