AIの組織浸透の決定打!ミラティブ「AI祭り」の戦略論
ミラティブCEO・赤川隼一さんをゲストに迎え、全社AI化を「研修」でなく「祭り」で実現した設計思想と、企業OSを書き換えることの本質を掘り下げました。組織にAIを浸透させるには、ツール導入だけでなく文化とワークフローの変革が不可欠——その具体的なやり方と、経営者が直面する時間のせめぎ合いまで語られた内容をまとめます。
ミラティブとは?ゲーム配信を超えたコミュニケーション体験
ミラティブは、スマホゲーム配信スマートフォンだけでゲーム実況が完結するサービス。PCや配信機材を必要とせず、手軽に友達とゲームをしながら喋る体験を提供する。アプリとして知られていますが、その本質は「友達の家でドラクエをやってる感じ」のコミュニケーション体験にあります。月間アクティブ配信者は10万人以上、日本最大級の配信者数を誇り、2025年12月に東証グロース市場に上場しました。
「とにかく手軽にゲーム実況ができます。元々のコンセプトが友達の家でドラクエやってる感じなんです。インターネットより前からあった体験を、スマホ時代に再現したサービスです」
赤川さんは2006年にDeNAに新卒入社し、2012年に29歳で歴代最年少の執行役員に就任。その後、2018年にMBOでDeNAからミラティブ事業を切り出し、株式会社ミラティブを創業しました。上場に至るまでの道のりは、VCバックドのスタートアップとして2025年の厳しいマーケット環境の中での快挙でした。
AI祭りのきっかけ:ClaudeCodeとエージェント革命
AI祭りは、2026年3月20日頃からゴールデンウィーク前まで、約40日間にわたって展開されました。きっかけは、ClaudeCodeAnthropic社が提供するAIエージェント。ターミナル操作やコーディングを自動化し、エンジニア以外でも業務の自動化が可能になった画期的なツール。の登場です。
「いわゆるAIエージェントって呼ばれるものが初めて、誰でも理解できる形で出てきた。それがClaudeCodeとCoWorkのタイミングでした」
それまでもGPT-4やGeminiを導入していたミラティブですが、エンジニア中心の活用に留まっていました。ClaudeCodeの登場により、エージェンティックなAI活用が非エンジニアにも開かれ、「これは組織全体で乗らなければ取り残される」という危機感が生まれました。
赤川さんは、カンファレンスで聞いた「五箇条の御誓文明治時代初期に発布された基本方針。第一条に「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」とあり、新しい法規制を入れる際には「祭り」を行うという日本人のDNAが根付いているとされる。の第一条は『祭りをしなさい』」という話に触発され、AI浸透を「祭り」という形式で実現する着想を得ました。
AI祭りの具体的な施策:チュートリアルから主題歌まで
AI祭りでは、エンジニアではないコーポレートメンバーがGoogle Apps ScriptGoogleのサービスを自動化するスクリプト言語。スプレッドシートやGmailなどのGoogle Workspaceツールを連携させ、業務を自動化できる。でWebページを作成し、社内向けにデプロイするところから始まりました。このチュートリアルミッションは、ミラティブのアプリ内にも存在する「チュートリアルミッション」という名称を踏襲し、企業文化としての一貫性を重視しています。
「真面目な話とバカっぽい祭りっぽい話を混ぜつつ、とにかくオンボーディングにこだわりました」
「AI赤川」は、メンバーが悪ノリで作ったキャラクターで、赤川さんの許可なしに進められたプロジェクトです。赤川さんは細長さに定評があり、それをネタにしたこの施策が、祭りのエモーショナルな一体感を生み出しました。
取り残さない設計:メンター配置と底上げの戦略
AI祭りのテーマは「取り残さない」でした。チームごとにエンジニアのメンターを配置し、苦手意識を持つメンバーが孤立しないようサポート体制を整えました。組織の空気は「2-6-2の法則」の真ん中の6割で決まるため、ボトムアップを意識した設計が重視されました。
「一人苦手な人がいると、そこでワークフローが止まる。組織の空気は真ん中の6割で変わるから、いかにボトムアップするかを意識しました」
祭り前の調査では、実はClaudeを使っていなかったメンバーが多かったことが判明しました。「言い出しにくかった」空気を打破するため、祭りという名目で全員が堂々と学べる環境を作ったのです。
また、部長クラスは祭り開始前にオフラインで3時間の事前研修を実施。上層部が先に全てを触り、現場をリードできる状態を作りました。これにより、年齢やキャリアに関わらず、AIリテラシーの格差を埋める土台ができました。
祭りの成果と次の課題:局所最適から全体最適へ
AI祭りの結果、全社員がClaudeを日常的に使うレベルまで底上げされ、業務の自動化が当たり前になりました。しかし、新たな課題も浮上しています。それは「局所最適」の問題です。
「既存のワークフローを効率化するだけだと、局所最適になりすぎる。今はその先の、ワークフロー自体を変える、OSレベルを変えることが経営的な課題です」
ボトムアップで現場が細かい業務を改善するのは、トヨタの改善活動トヨタ生産方式の一環として行われる継続的な業務改善。現場の従業員が小さな無駄を見つけ、改善提案を重ねることで、全体の生産性を高める仕組み。に似ています。しかし、部分最適の積み重ねが必ずしも全体最適にはつながりません。ビジネスプロセス全体を俯瞰し、AIを最大活用するためにはプロセス自体を再設計する必要があります。
現場が個別業務を効率化
ワークフローの一部を改善
短期的な成果は出やすい
ビジネスプロセス全体を再設計
企業OS自体を書き換える
長期的な競争優位を生む
赤川さんは、祭り直後の合宿で「ワークフローを変えないとダメだ。それすら部分最適だから、OSレベルを変えなきゃダメだ」というインプットを行いました。そして祭りの最終日には、行動指針(バリュー)企業が大切にする価値観や行動規範。ミラティブでは「分かり合う願いをつなごう」というミッションのもと、AIと共に働くことを組織文化の中心に据えた。に「withAI」を追加し、文化の中心にAIを位置づける宣言を行いました。
AI成熟度モデル:レベル1からレベル8まで
ミラティブでは、AI活用度を可視化するために「AI成熟度グレード」を定義しました。レベル1から8まであり、個人の成長と組織の変革を段階的に示しています。
「これ一ヶ月半前に書いたんですが、今のとちょっと変えたいなと思うぐらい進化が早い。でも一旦定義して、みんなレベル3まで来たのはすげえと言いつつ、エージェントの進化はここからだぜって社内に落としました」
レベル5までが個人の話で、レベル6以降は組織全体の変革に踏み込みます。レベル8の「企業OS変革」は、ハーネスエンジニアリングAIエージェントが最大限に力を発揮できる環境や仕組みを設計すること。システム、プロセス、文化を含めた総合的な設計思想。と呼ばれ、AIが最大限に力を発揮できる環境を整える段階です。
経営者の時間のせめぎ合い:習慣化と血肉の乗った物語
AI活用には、アップフロントで投資が必要です。目的定義、コンテキスト設計、ワークフロー定義といった立ち上げコストがかかるため、忙しい経営者は「いいから慣れてる方でやっちゃえ」と短視眼的になりがちです。
「自分で完結するワークフローでさえ、根本的に仕組みを作ろうとすると立ち上げコストが一定かかる。忙しいという言い訳でついついズルズルいっちゃうんですよね」
赤川さんは、ミーティングの全録音を習慣化しました。録音データをNotionにぶち込み、自動でサマライズされ、次のミーティング前には前回の話が来る仕組みです。これは習慣として定着した良い例です。
一方で、赤川さん自身も「全然やれてると思ってない」と語ります。日中のミーティングが多く、触りたいのに触れない葛藤があります。しかし、経営者がやるべきことは、単にツールを使いこなすことではなく、「血肉の乗った物語を語ること」だと考えています。
「Xで明らかにAIが書いたなみたいな文章は読み飛ばすけど、魂の乗ったコミュニケーションは気になる。トップがやる価値があるのは、血肉の乗った物語をすることだと感じています」
長谷川さんは、スマホの壁紙に「毎日ミニマム一時間半触る」と書いて、ノルマ化を試みています。週末にまとめてやろうとしても、家族の用事や遊びでまとまった時間が取れないため、ルール化して自分の時間を確保する工夫をしています。
文化と物語の力:withAIと行動指針の変革
AI祭りを一過性のイベントで終わらせないためには、文化と価値観のレイヤーに落とし込む必要があります。ミラティブでは、行動指針に「withAI」を追加し、組織文化の中心にAIを据えました。
「やっぱり自分たちの会社の物語に乗ってないと組織って動かないんです。僕らは『分かり合う願いをつなごう』というミッションで居場所を作る会社なので、『AIとも一緒にやろうぜ』という説得力のある語り方に落とさないと浸透しないんです」
「とにかく効率化だ」というロジックだけでは、エモさを大事にする会社では響きません。危機感は短期的には効きますが、長期的にはストーリーに紐づけないと続きません。
長谷川さんも、福祉事業で「支援員なのに、なんでAIなんて使わなきゃいけないんだ」という本音を持つメンバーに対し、「こういうビジョンの支援をする中でAIを使うといいよね」という論法で伝えることの重要性を実感しています。
まとめ
ミラティブの「AI祭り」は、単なるツール導入ではなく、組織文化を変革するための戦略的な取り組みでした。チュートリアルミッション、チーム対抗コンテスト、主題歌制作といった多様な施策で、全員がAIに触れる環境を作り、「取り残さない」設計で底上げを実現しました。
しかし、祭りはあくまでスタート地点です。局所最適からの脱却、企業OSレベルの変革、そしてAIを組織の物語に組み込むこと——こうした深いレイヤーの変革こそが、AI時代を生き抜く鍵となります。
赤川さんは、「危機感しかない」と語りつつも、人間を動かすベーシックな原理——文化、物語、習慣——にこだわり続けています。最新テクノロジーの話をしているのに、結局は人の行動原理に立ち返る。その一貫性こそが、ミラティブのAI浸透を成功に導いた本質かもしれません。
- AI祭りは、全社AI化を「研修」でなく「祭り」として実施し、取り残さない設計で全員の底上げを実現した
- チュートリアルミッション、チーム対抗コンテスト、エンジニアメンター配置など、多様な施策で参加のハードルを下げた
- 局所最適から全体最適へ。ボトムアップの改善だけでなく、ワークフローとOSレベルの再設計が必要
- AI成熟度モデル(レベル1〜8)で段階的な成長を可視化し、組織の共通言語とした
- 経営者の役割は、血肉の乗った物語を語り、AIを企業文化・行動指針に組み込むこと
- 最新テクノロジーの導入も、結局は人を動かすベーシックな原理——文化、習慣、エモーション——に立ち返る
