AIが変える組織の在り方──専門性を持ち寄る「プロジェクト型」組織の未来
ぼくらの戦略論のAI時代の戦略論シリーズ第5回。グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナーの高宮慎一さんと、編集者・ライターの長谷川リョーさんが、AIによって人の仕事が削られていく時代に組織はどう変わるのかを議論しました。専門家が分散して集う「DAO的プロジェクト型組織」の現実味から、人事評価の本質、そして株式会社という仕組み自体はAIで変わるのかという根源的な問いまで踏み込んだ内容をまとめます。
AIシリーズのおさらい──最後に残る「人の仕事」
過去数回にわたって展開されてきた「AI時代の戦略論」シリーズのおさらいから、今回の議論はスタートしました。高宮さんが整理した流れは次のとおりです。
ステップ1:個別タスクの置き換え
小さな業務一つひとつがAIエージェント特定の目標に向けて自律的にタスクを実行するAIプログラム。人間の指示を逐一受けなくても判断・行動できる点が従来のAIツールと異なる。に代替される
ステップ2:ワークフローの自動化
個別タスクをつなぎ合わせてコントロールする上位エージェントが登場し、業務フロー全体がAIに
ステップ3:ビジネスプロセス全体の代替
複数のワークフローが連結され、ビジネスプロセスがまるごとエージェント化
最終段階:人に残るのは「意志に基づく経営判断」だけ
AGI(汎用人工知能)Artificial General Intelligence。特定領域だけでなく、人間と同等以上の知的能力をあらゆる分野で発揮できる仮想的なAI。現時点では実現していないが、到来時期を巡って活発な議論が続く。の到来により、人間の役割は最終意思決定に収斂する
このシナリオが「来るのは確実だが、いつ来るかはわからない」というのが現在の状況です。3年後かもしれないし、10年後かもしれない。しかしその間にも、人の仕事は着実に侵食されていく──そんな前提で「どういう組織を作るべきか」が今回のテーマとなりました。
大企業モデルと3人ユニコーンの間にある「標準モデル」
AI時代の組織をめぐっては、大きく2つの極論が語られています。高宮さんはその両極を示したうえで、現実的な「標準モデル」はその中間にあるのではないかと提起しました。
AIで仕事が半減しても日本では簡単にレイオフできない。空いた50%で新規事業を作る方向に
正社員3人+AIエージェントで時価総額1,000億円「ユニコーン」は時価総額10億ドル(約1,000億円)以上の未上場スタートアップを指す。近年、少人数でこの規模を達成する企業が登場し始めている。も実現可能。実例も出始めている
高宮さんが標準モデルの具体例として挙げたのが、番組「ぼくらの戦略論」自体の運営チーム(通称「ボクセン」)です。VCの高宮さん、編集者で福祉事業も営む長谷川さん、ポッドキャストプロデューサーの樋口さん、DeployGateモバイルアプリのテスト配信プラットフォームを提供するスタートアップ。開発中のアプリを簡単にテスターへ配布できるサービスとして知られる。のCPOである今井さん──それぞれ異なる専門性を持つメンバーが、金銭報酬ゼロのサークル活動として集まり、自己実現や自己成長を報酬に運営しています。
この番組って別にガチでお金を稼ぎに来てるわけではなく、むしろ一ミクロンもお金を稼げてないサークル活動になっている。だけど報酬としては自己実現とか自己成長みたいなのを求めてやっている
AIによって人の仕事が「100」から「50」に減ったとき、空いた時間は個人の中で「仕事のポートフォリオ」として再配分されるだろうと高宮さんは予測します。本業でベースを稼ぎつつ、副業でお小遣いを得て、さらにサークル活動的なプロジェクトで自己実現を追求する──そんな個人のポートフォリオに合わせて、組織側も柔軟な参画形態を受け入れることになるというわけです。
ここで重要なのは、組織の中心には50〜80%コミットする少数のコアメンバーが残り、その周辺にサテライト的に10%や20%だけ参加する専門家が紐づくという構造です。コミットメントの度合い、動機、求める報酬がバラバラな人材を包含する──それがAI時代の標準的な組織像になるかもしれません。
Web3時代のDAOが、AIで現実味を帯びた理由
高宮さんが「皮肉なこと」と表現したのが、DAO(分散型自律組織)Decentralized Autonomous Organization。ブロックチェーン技術を用いて、中央管理者なしにメンバー間で意思決定・報酬配分を行う組織形態。2021〜2022年のWeb3ブーム期に注目を集めた。との関連です。Web3ブームの際に提唱された「専門家がプロジェクトにコントリビュートし、貢献度に応じて報酬を受け取る」という思想が、ブロックチェーンではなくAIという異なる技術によって現実味を帯びてきたというのです。
Web3時代のDAO
貢献をブロックチェーン上に記録し、暗号資産で報酬配分。思想としては先進的だったが、Web3領域にとどまりニッチだった
なぜ普及しなかったか
人の労働時間の総量を減らすドライバーがなかった。複数プロジェクトを掛け持ちできるのは高度な専門性を持つ一部の人だけ
AIが変えたこと
AIエージェントが人の仕事を代替し、労働時間の総量が不可避的に減少。「余った時間で何をするか」が万人に突きつけられる命題に
Web3だけの時代には「人の労働総量が減る」というドライバーがなかったため、DAO的な働き方はアーリーアダプター的な先進領域にとどまっていました。しかしAIエージェントが現実に仕事を奪い始めると、「100あった仕事が50になったら残りの50で何をするのか」という問いが待ったなしで突きつけられます。
時間単価は上がるかもしれないが、総量は減る可能性がある。そうなれば副業で金銭報酬を得る必要が出てくる人もいるし、一方で余った時間をサークル活動的な自己実現に充てる余裕も生まれる。いずれにせよ、個人が複数のプロジェクトを掛け持ちする「プロジェクトポートフォリオ」が不可避的に広がり、組織はそれを前提とした設計に変わっていくだろうというのが高宮さんの見立てです。
定性的な貢献をどう評価するか──人事評価の普遍的課題
ここで長谷川さんから、自身の福祉事業における具体的な悩みが投げかけられました。「その人がいるだけでチームに勢いが生まれるような存在──モメンタムやグルーヴを生む人をどう評価すればいいのか」という問いです。
高宮さんの回答はシンプルでした。「それは究極、評価されている」と。デジタルに完全定量化することは難しくても、現実の組織ではそうした人材はベストエフォートで評価されている。定性的なものを定量評価に載せる「試み」こそが人事評価の本質だというのです。
定量化できないものも定量化して、同じ物差しの上に乗っけて測るから、初めて横並びでみんなが比較できる人事制度が成り立つ
AI時代には定型的・定量的な仕事ほどAIに置き換わるため、人に残る仕事は定性評価が難しいものが多くなります。しかし、それでも横並びでフェアに比較するために人事評価制度は残り続ける。むしろ定量化が今より難しくなる中で、その試みはより重要になるだろうと高宮さんは指摘しました。
経営者の「決め」と時間軸設定
長谷川さんの悩みはさらに深まります。「数字は出ているけれど支援員が離職していく管理者」をどう評価すべきか。短期の数字を重視するのか、中長期の組織サステナビリティを重視するのか──時間軸によって評価は大きく変わります。
高宮さんはここで厳しくも本質的な指摘をしました。
つまり「時間軸をどこに設定すべきか」という問いは、そのまま「どういう時間軸で経営していきたいのか」というブーメランになるということです。人事評価は経営者の思想が最も直接的に反映されるインセンティブシステムであり、短期のPL業績を重視するなら短期の数字に評価ウェイトを振るべきだし、長期のサステナビリティを重視するなら定性項目のウェイトを上げるべき。その「決め」こそが経営者の仕事だというのが高宮さんの主張です。
オーナー社長でも「受託責任」は変わらない
長谷川さんが「VCのような外部株主がいれば強制的に時間軸が決まるが、オーナー社長100%株主だとふわっとしがち」と漏らすと、高宮さんは即座に切り返しました。
株主がVCであろうがオーナー社長であろうが、経営者が株主に対して受託責任(フィデューシャリー・デューティー)他者の信頼を受けて財産や権限を預かった者が、委託者の利益のために誠実に行動する義務。経営者は株主から経営を「受託」しており、企業価値の最大化に向けて合理的に行動する責任がある。を負う構造は変わらないと。100%自分が株主であっても、「経営者の自分」は「株主の自分」に対して企業価値最大化をデリバーする約束をしているのだという考え方です。
株主に対して「何年でどういう結果をデリバーします」っていう約束をしてデリバーし続ければいい。信用がないと「もうちょっと短期でデリバーしろよ」って言われちゃうかもしれない
AIで変わるもの、変わらないもの
議論の終盤、長谷川さんが「東インド会社1600年に設立されたイギリス東インド会社が有名。株式会社の原型とされ、投資家から資金を集めて貿易事業を行い、利益を配当する仕組みを確立した。株式会社制度の起源として経営学でしばしば言及される。の時代から続く株式会社の構造は、生成AIの登場で変わるのか」と問いかけました。
高宮さんの答えは明快です。
株式会社という形態、株主と経営者の受託責任関係、企業価値最大化の原則
執行レベルのチーム体制、プロジェクト型の参画形態、株式会社の外に生まれるDAO的組織体
資本主義や株式会社の仕組みそのものをAIがディスラプトするわけではない。しかし、株式会社の「外」に、株式会社の形態を取らないプロジェクトが大量に生まれてくる。そこではDAO的に、金銭に限らない多様なインセンティブが分配される組織体が増えていく──これが今回のシリーズで最も伝えたかったメッセージだと高宮さんは締めくくりました。
まとめ
AI時代の戦略論シリーズ最終回では、AIが組織の「中身」をどう変えるかと、「仕組み」のどこが変わらないかが鮮明になりました。AIエージェントが人の仕事を侵食していく中で、個人は複数のプロジェクトを掛け持ちする「ポートフォリオ型」の働き方に移行し、組織はそれを前提としたプロジェクト型の設計に変わっていく。一方で、株式会社における経営者と株主の関係性──受託責任に基づいて企業価値を最大化するという根本構造は変わらない。変わるのは執行レベルのチーム体制であり、株式会社の枠外に生まれる新しい組織体です。
長谷川さんのリアルな経営相談を通じて浮かび上がったのは、「評価基準に悩むこと=経営目標が定まっていないこと」という厳しくも本質的な指摘でした。AI時代であろうとなかろうと、時間軸を決め、それに整合した人事制度を設計し、ステークホルダーを巻き込む──その「決め」こそが経営者に最後まで残る仕事なのかもしれません。
- AIエージェントが個別タスク→ワークフロー→ビジネスプロセスを段階的に代替し、人に残るのは「意志に基づく経営判断」
- 組織の標準モデルは「少数のコアメンバー+サテライト的に専門性を持ち寄る多数の参画者」というプロジェクト型に
- Web3時代のDAO思想がAIという別の技術で現実味を帯びた──労働総量の減少が万人に「余った時間で何をするか」を突きつける
- 定性的な貢献も含めて横並びで評価する「人事評価の試み」はAI時代も残り続ける
- 「何を評価基準にすべきか悩む」のは経営目標が定まっていない証拠。時間軸の設定こそ経営者の仕事
- 株式会社という形態・受託責任の構造はAIでは変わらない。変わるのは執行のチーム体制と、株式会社の「外」に生まれるDAO的組織体
