起業のHowはどう磨くか?(お便り相談)
本題の前に、お便りフォームに届いた相談から始まりました。会社員として働きながら、一〜二年後に家業を軸とした起業を検討しているという扇谷さんからの質問です。
WhyとWhatの解像度は少しずつ上がってきた一方で、Howで悩んでいます。机上のリサーチで詰めるべきこと、小さく実地で試すべきこと、早めに専門家に聞くべきこと、逆に最初から考えすぎない方が良いことの切り分けについてアドバイスをいただきたいです。
高宮さんの第一声は「むしろ良かったんじゃないか」でした。WhyとWhatが見えているなら、起業の八割は決まっているようなもの。多くの人が立ち止まるのはWhyとWhatであって、戦略部分のHowで悩むことは相対的に少ない、という見立てです。
高宮さんは、Howで悩んでしまう理由を「Howに正解があると思っているから」だと指摘します。原則は「回しながら模索すればいい」。すでに勝ち筋が決まっている作業(経理のやり方や、その業界の営業スタイルなど)を一からやり直す「車輪の再発明」は無駄なので、そこは調べて踏襲すればよいというわけです。
情報の「生度合い」はマトリョーシカ構造
高宮さんが面白い比喩で語ったのが、情報の集め方です。情報の生々しさは「マトリョーシカ構造」になっている、と。いきなりその道のプロ(グル)に初歩的な質問をすると「ググれカス」と一蹴され、二度と聞けなくなってしまう。だからこそ、まずデスクリサーチで世の中の相場観を掴む必要があると言います。
核心的な質問を的確にできると、プロも「お、いい質問するね」と気に入ってくれる。ただし、とにかく動き出さないと始まらないので、失敗も含めて模索してモメンタム(勢い)をつけることが大事だと締めくくりました。
Howで悩んでいるのは、Howに正解があると思っているからのような気がしていて。まず動き出して、模索しながらモメンタムをつけることがすごく大事です。
AIも人も、回すのは同じ「PDCA」
ここで話は現代的なテーマに広がります。クラウドコードなどのAIエージェントに任せられることと、自分にしかできないことの切り分けです。高宮さんは、AIも人も基本的な抽象プロセスは同じだと語ります。AIが出した結果を人が修正し、それをAIに学習させる。これは人がやるPDCAと全く同じ構造だ、というのです。
裸の王様とは「フィードバックループが切れた状態」
後半は、長谷川さんからのお便りという体裁で始まった本題です。質問はたった一言、「人はどうすれば裸の王様にならないか」。年齢や経験、実績とともに、人はどうしても驕り高ぶり、誰も何も言えない状況になりやすい——そんな普遍的な悩みです。
高宮さんはまず、このテーマの構造的な難しさを笑いながら指摘します。「裸の王様にならないためにはこうしたらいい」と語ること自体、自分が裸の王様であることに気づいていない証拠かもしれない、という壮大なブーメランです。
「わしは頑張ってるからフィードバックが入ってるはずだ」と。「さすがっす」と言われて「おお、わしは裸の王様じゃない」と思っちゃう。いや、それが裸の王様だよ、という。
その上で高宮さんは、裸の王様を「フィードバックループが回らない状態」と定義します。前半で語ったPDCAでいえば、Check(評価)とAction(改善)ができていない状態。周囲からの本当のフィードバックを受け取るループが切れてしまっているのだ、というわけです。
実績・年齢・ポジションが上がる
周囲が忖度し始める
本当のフィードバックが届かなくなる
「さすがです」しか返ってこない
Check・Actionのループが切れる
=「裸の王様」化
忖度される前提で生きるという心構え
では、どう抗うか。高宮さんが示した心構えはシンプルです。年齢やポジションが上がったら、「基本的に忖度されている、気を使われている」と思っておくこと。褒められても本気で褒められているわけがないと疑い、悪いフィードバックをもらっても「これでもまろやかになっている、本当は十倍直裁的な話だ」と受け取る——それくらいの姿勢が必要だと言います。
高宮さん自身、一緒に仕事をする相手と十歳以上の差がついてくると、年齢だけで忖度されるパターンが増えたと実感しているそうです。忖度されていることに自覚的でいるだけで、Check(チェック)の一部はキャッチできる。ただし、それでも全部は拾いきれないと思っておいた方がいい、と付け加えます。
忖度されていることに自覚的であれ。自覚的であるだけで、少しはCheckの部分をキャッチできる。それでも全部は拾いきれないと思っておいた方がいい。
心構えを補う「仕組み」と「言外の空気感」
精神論だけでなく、仕組みでカバーする方法も語られました。高宮さんは若手メンバーとのワンオンワン(メンタリングセッション)で、逆に自分へのフィードバックを求めるようにしているそうです。「こうしたらいいよ、があったら教えて」と、こちらもギフトを渡すからそっちもギフトをちょうだい、という関係性を作る。それでも忖度されているだろうな、とは思うのですが。
もう一つの手がかりが「言外の空気感」です。同じ「すごいですね」でも、「いや、マジすごいっす」という熱量と、「そうっすよね」という薄い反応ではニュアンスが違う。その微妙な温度差から「もしかして裸の王様だと思っていないのは僕だけかも」と察知できるかもしれない、と語ります。
長谷川さんは、DMMの亀山さんがあるポッドキャストで語っていたエピソードを紹介しました。亀山さんの場合、奥さんが「その態度ないよ」とズバズバ言ってくれるそうです。言ってくれる人が身近にいることの価値は大きい、と。ただし高宮さんは、身近な人でさえ、それが部下(たとえ創業者のナンバーツーであっても)になれば忖度してしまう可能性がある、と冷静に指摘しました。
若手の武器「甘噛み上手」
忖度と逆側の話として登場したのが「甘噛み上手」という考え方です。若手がベテランの懐に入るには、相手を激怒させない範囲で耳に痛い話をちゃんと言えるかどうかが鍵になります。ガチ噛みすればキレられるが、甘噛みできれば「お前なかなかいいこと言うな」と可愛がられる、というわけです。
直裁的すぎてベテランを激怒させる。関係が壊れ、二度と聞いてもらえなくなる。
激怒させない範囲で耳に痛い話を伝える。「いいこと言うな」と可愛がられ、関係が深まる。
なぜ人は無自覚に裸の王様になるのか
裸の王様になりやすい人とは、傲慢な人なのか。長谷川さんの問いに、高宮さんは「傲慢になろうとして傲慢になっている人は少ない」と答えます。多くは、意図せず天然で、PDCAのCheckの部分に目をつむってしまっている人だというのです。
それが起こりやすいのが、流行に乗って「イケイケドンドン」になっている時。万能感が出てくると「俺は正しい、俺は勝てる」となり、周囲が「ちょっとそこ間違っていると思います」と言っても「大丈夫っしょ」と返してしまう。すると相手は言いづらくなって黙り、本人はますます万能感を持って孤立していく——負のループです。
流行に乗ってイケイケに
「俺は正しい、勝てる」という万能感
指摘を「大丈夫っしょ」で流す
相手が言いづらくなり、黙る
より万能感を持ち、より孤立
負のループが加速する
モメンタムと自覚のジレンマ
ここで高宮さんは、話をさらに一段深めます。その万能感こそが、モメンタム(勢い)を生み、急成長の原動力にもなる、という点です。つまり、裸の王様化を警戒して自覚的になりすぎることは、モメンタムを殺すことにもつながりかねない。高宮さん自身は「どちらかというとモメンタムを殺しがちな方」だと自己分析します。勢いでイケイケでいって、細かいことに気を取られず結果を出すというあり方も一方では正解なのです。
むずいですね。そこら辺のいい塩梅、いいフロー状態にいられること。
構造的に避けられない老害化と、その処方箋
話は「老害」というテーマにも広がります。長谷川さんは「老害になろうと思って老害になっている人はいない」とし、鍵は新しいものへのオープンマインドさにあると指摘します。自身が支援する経営者(御大)を例に、ガジェット好きで最新テクノロジーを好み、若い子に「今何が流行ってるの?」とナチュラルに聞いて取り入れられる人がいる一方、頑固で保守的な人もいる、と。
AI時代の先行投資というジレンマ
今年五十歳になるという高宮さんは、AIのビッグウェーブを自ら触りながら感じたジレンマを具体的に語りました。二時間で終わる一回きりの作業を、クラウドコードでテンプレ化しようとすると三時間かかる。目の前の一回だけを見れば、マイナス一時間の先行投資です。
慣れた手法で作業すれば2時間で完了。目の前のタスクだけ見れば速い。
初回は3時間かかるが、繰り返すほど時間を節約でき、習熟が累乗的に効いてくる。
本来なら習熟曲線が累乗的に上がり、AIネイティブな方向に進めるはずなのに、慣性の法則と「目の前のタスクは従来のやり方が速い」という誘惑に負けてしまう。高宮さんはこれを「サンクコストを抱える」と表現します。すでに習熟したやり方を捨てづらく、ゼロベースで習熟度の低い方法に取り組む億劫さがある。さらに年齢を重ねると時間も限られ、「老い先短いのにどこまで先行投資できるのか」という問題も加わるのです。
仕組みとカルチャーで抗う
裸の王様化を「そういうものだ」と前提にした上で、抗う仕組みも語られました。海外でよく重視される「コンストラクティブ・クリティシズム(建設的な批判)」を受け入れる力です。MBA受験の推薦状のアンケート項目にも「前向きな批判を受け入れる力、聞く耳を持つ力」が入っていることがある、と高宮さんは紹介します。学校の入学時や会社の人事評価で、これを重要な能力として組み込む——それも一つの仕組みです。
長谷川さんは、GCP(グロービス・キャピタル・パートナーズ)の基本動作としての「低姿勢」も、一種の仕組み・儀式ではないかと推察します。誰に対しても丁寧な所作や言葉遣いをインストールしていること自体が、裸の王様にならないためのカルチャーとして機能しているのではないか、と。実際に自社の社長が現場で二十代後半の社員にも友達のように低姿勢でナチュラルに接する姿を見て、それも裸の王様にならないための一つのあり方だと感じたそうです。
高宮さんは、VC事業そのものが構造的に権威主義に陥りにくい面もあると語ります。主役は起業家、投資家は脇役。「太陽の起業家、月の投資家」であり、起業家は自分より若いことが多いが、若さに関係なく自分よりリスクを取り、事業を作っている存在としてリスペクトせざるを得ない。この事業特性が、無自覚な傲りを防ぐ一助になっているのかもしれません。
無自覚であることに自覚的であれ
最終的に二人がたどり着いたのは、ダイバーシティの議論とも共通する根っこでした。問題の本質は「自分が無自覚であることに気づけない」こと。だからこそ、常に「自分は気づいていない、無自覚だ」と思っておくしかない、という結論です。
メタ認知できていると思っているお前がメタ認知できていないんだ、という。常にマトリョーシカ構造になるんですよね。
老害的な年齢の人で「自分は老害だ」と思っている人は、ほとんどいない。本当に老害でないから思わないのか、老害なのに思っていないのかは別として、みんな「わしは大丈夫」と思っている。だからこそ、パラノイア的なまでに「できていないのではないか」と疑い続けて、初めてサインをキャッチできる世界なのだ、と高宮さんは締めくくりました。
まとめ
今回のエピソードは、「人はどうすれば裸の王様にならないか」という普遍的な問いを、PDCA・フィードバックループという戦略論の言葉で解きほぐした回でした。裸の王様とは、周囲の忖度によってフィードバックが途絶え、Check(評価)とAction(改善)のループが切れた状態のこと。そして厄介なことに、その状態にある人ほど自分を裸の王様だとは思わない、という構造があります。
高宮さんが提示した処方箋は、精神論と仕組みの両輪でした。「忖度されている前提で生きる」という心構え、逆にフィードバックを求めるワンオンワン、建設的な批判を評価する仕組み、そして低姿勢を徹底するカルチャー。さらにAI時代には、サンクコストや慣性に負けず新しいものへ先行投資し続けるオープンマインドさも、裸の王様化・老害化への抵抗になります。それでも完全には防げない——だからこそ、「無自覚であることに自覚的であれ」という言葉に行き着くのです。
- 起業ではWhyとWhatが見えていれば八割決まる。Howに正解を求めすぎず、デスクリサーチ→現場ヒアリング→発明の順で回しながら模索する。
- 裸の王様とは「フィードバックループが切れた状態」。PDCAのCheck・Actionが機能しなくなることが本質。
- 年齢やポジションが上がったら「忖度されている前提」で生きる。褒め言葉は割り引き、批判は十倍直裁的だと受け取る。
- 万能感はモメンタム(勢い)の源泉でもあり、自覚しすぎると勢いを殺す。このバランスが難しい。
- AI時代の老害化は、サンクコストと慣性による「先行投資の億劫さ」から生まれる。構造的に避けにくい。
- 仕組み(逆フィードバック・建設的批判の評価)とカルチャー(低姿勢)で抗いつつ、最後は「無自覚であることに自覚的であれ」。
