ボトムスの引き算で横山が「お洒落」に見えた理由
この回は、番組内で生まれた「ビクティム」という言葉が広がっている実感から始まります。ガクトさんは、先週のマーケティングのカンファレンスで、名刺交換の場に走ってきた人から「GACKTさん、僕ビクティムです」と声をかけられたと話します。
なんか何なんだろうと思ったら、「GACKTさん、僕ビクティムです」って言ってきて。
その人物は上がサカイ、下がディースクエアードで、細いボトムスを穿いていたといいます。太いボトムスに行くか悩んでいたが、番組を聞いて「また細い時代が来る」と知り、思いとどまったと語ったそうです。
横山さんは、ビクティムを名乗って近づいてくる瞬間に名前を付けるなら「ビクトツ」だと提案しますが、ガクトさんは流行らないと一蹴します。まずはビクティムの認知を取り切ってから次のフェーズだ、という整理です。
ジャパンポッドキャストフェスティバルへ、UMPのTシャツで
ガクトさんは、赤坂サカスで開かれるジャパンポッドキャストフェスティバルに、Fashion Victimとは別の番組UMP ── ガクトさんが出演するもう一つのポッドキャスト番組「未確認人物クラブ」の略称。この回では、その番組名を入れたオリジナルTシャツを着ていますで出演すると話します。割り当てられたのは一番大きいグリーンステージだといいます。
着ているのはUMPのオリジナルTシャツです。イラストは、日本のアニメ「ゴールデンX」の作風で描かれたもので、テレビ東京のナナナなども手がけるフミハラさんに依頼したといいます。数十年後にヴィンテージ化することを狙った作りです。
だからこれ後の何十年後にゴールデンXのTシャツでこういうのあったんだみたいなノリで、これがヴィンテージ化するかもしれないから。
野外ステージで寒いため、上下はコモリのモールスキンのセットアップを合わせています。足元はグイディの山岳ブーツで、ここでようやくファッションの要素が出てきたとガクトさんは笑います。
グイディの山岳ブーツと、蔵前シーザシーの発注
ガクトさんが履くグイディの山岳ブーツは、紐の折り返しが多く、履くのに時間がかかるといいます。革が柔らかく、最初から馴染むのが特徴で、いわゆるダナーのような硬いマウンテンブーツとは違うと話します。
話題はブーツの入手先に移ります。グイディを世界に押し上げた玄馬さんが愛用として紹介していたのがマウンテンブーツで、今はコモリの店頭でも売っているといいます。ジップが流行ったからこそ、新しいシルエットが欲しくなるという流れです。
ガクトさんが買ったのは蔵前のシーザシー ── ガクトさんが紹介する蔵前のショップ。グイディなどのアルチザンブランドを、他店とは違う独自の発注で仕入れていると語られていますです。グイディは同じ形でも革の種類や表裏で選択肢が多く、アルチザン系ゆえに発注した分だけ作るため、店の裁量で品揃えが大きく変わると説明します。
他は普通のこう、あの、なんだろうな、普通のカウというか、カーフみたいな感じだったりするんだけど、そこだけ水牛バッファローみたいな。
そのマウンテンブーツを試したところ、初回から柔らかく馴染み、ツヤ感もあると気に入ったといいます。全身黒のコーデュロイに合わせても、足元にラフさと上品さが同居すると評価します。
オールデンの鏡面磨きと、革靴かスニーカーかの気分
横山さんは、革の話つながりで、鏡面磨きをしてきたオールデンのモンクストラップを見せます。表参道のBRIFTHで、須田慎之助さんに磨いてもらったといいます。春になるとツヤ感が欲しくなる、というのが動機です。
ガクトさんもオールデンとは昔からの付き合いで、デッキもタンカーも持っていると話します。韓国では革の関税がかからないためオールデンが安いという話を、マーカの石川さんから聞いたと明かします。
一方でガクトさんは、革靴の気分がずっと続いていたところに、スニーカーもいいのではという気持ちが芽生えていると語ります。前日に履いたのはトムサックスとナイキのコラボスニーカーです。
この、なんかこれを要はカーハートってダブルニーをちょっとロールアップして、この青いのが見えるようにして履くと、春っぽくてね、いいと思いましたね。
このスニーカーの話から、スニーカーを合わせるという選択肢も、この回の合わせ論に広がりとして加わったと横山さんは整理します。
横山の今日の装い、アプレッセ対戦501が支える引き算
この回で横山さんが「珍しくお洒落」に見えた理由が、装いの説明で明かされます。穿いているのはA.PRESSE ── 横山さんとガクトさんが繰り返し取り上げる日本のブランド。ヴィンテージをベースに、生地やシルエットで全体の土台を作る引き算的なアイテムに強みがあると語られていますのブルージーンズで、リーバイス501の大戦モデルを再現したものです。
ガクトさんは、通常の501と大戦501の違いを尋ねます。横山さんは、ウエストから下のシェイプが違うと答え、大戦はケツや腿の渡りが大きく、それが今っぽく見えると説明します。
普通の501ってもっとまっすぐじゃん。だけど、なんか対戦はやっぱケツがでかいですよね。故にそれが今っぽい。
上半身は、黒のクロムハーツのパパベストを「顔」に据え、中に80年代ストーンアイランドのマリーナのヴィンテージ、その上にボロボロにフェードしたカーハートのサウスウエストを羽織っています。
ガクトさんは、この合わせが成立しているのはアプレッセが支えているからだと指摘します。仮にリーバイスのレプリカを入れると「リーバイスでございます」と主張が出てしまうと話します。
上のストーンがヨーロッパ、下がアメリカのアイテムでも、ヨーロッパっぽさを持つアプレッセがストーンとクロムハーツの橋渡しをしていると分析します。前々回のダサかった合わせとの違いは、このつなぎの有無だという整理です。
ロゴやグラフィックでスタイルの象徴を作る。シュプリームなどが該当し、リセールで高くなりやすい
生地の落ち感やシルエットで全体を支える。コモリやアプレッセが該当し、つなぎや崩しの役を担う
コメント再読、顔と土台という新概念のおさらい
ここからは、前回食らったというリスナーコメントのおさらいに入ります。ガクトさんはまず、Shogoさんのコメントを紹介します。アプレッセには、古着やユニクロのようなアノニマスな服を全体的に引き上げる「バフ」の魅力がある、という提唱です。
アプレッセには古着やユニクロ等のアノニマスな服にバフ、ドラクエでいうとスクルトやバイキルトのような、全体を引き上げる魅力がある気がする。
続いて、ペディさんのコメントが読まれます。ブランド合わせの相性の正体は、そのブランドがトップスのブランドなのかボトムスのブランドなのかにヒントがある、という視点です。
ロゴやグラフィックでスタイルの顔を作るシュプリームはトップス重視。一方、コモリやアプレッセは生地の落ち感やシルエットで全体の土台を作るボトムスに圧倒的な強みがある。
ペディさんは、パタゴニアやアークテリクスやシュプリームが合わせにくいのは、トップスの象徴性が強すぎて喧嘩するからだと分析します。P6タグや始祖鳥のような顔が、互いにぶつかるという説明です。
明治神宮前でのゴローズ待ち、そしてルカ・サバトへの憧れ
コメント返しに入り、ガクトさんが明治神宮前で目撃されたという投稿が紹介されます。ゴローズの並びで、いつも列の端の歩道側に立つため見つかりやすいのだといいます。
友人が「とんでもねえのつけてる人がいる」と気づいたのはゴローズのアクセサリーでした。ガクトさんは、ニューヨークのおしゃれな人物、ルカ・サバトに憧れてセットを組んでいると話します。
チェーンにね、5つチャームがついてるんですよ。5つつける人ってあんまいないんですよ。
ゴローズは並んでいる間は私語が禁止で、声をかけると怒られるといいます。だからお声がけは遠慮してほしい、というのがガクトさんからのお願いです。
ジェフリー・ビースモールとイザベラ・ステファネリ、アルチザンの価値はどこへ
けいあんさんからは、ジェフリー・ビースモールやイザベラ・ステファネリのようなアルチザンブランドが好きだが、昨今の価格高騰に困惑している、という相談が寄せられます。
ジェフリー・ビースモールやイザベラ・ステファネリのようなアルチザンブランドが好きなのですが、昨今の価格高騰が正直かなり困惑しています。作り手の哲学と市場価格のバランスについて、お二人はどのように考えていますか。アルチザンの価値はこれからどこへ向かうのか。
横山さんは、職人系ブランドではパワーが外ではなく内に向くと語ります。パターンやロゴで誰が見てもわかる服とは違い、アルチザンは工程や素材の多さに自分が満足するものだ、という整理です。
ガクトさんも同意し、マルジェラのアーティザナルは同じ手仕事でも外に向いていたと対比します。アルチザンはべらぼうに高いのに他人にはわかってもらえず、コスパの面では悪いという難しさがあると認めます。
ここでガクトさんは、ファッションスナップの道山さんから「コモリばかり買っていないでポールハーデンを買え」と言われた話を出します。今年買って良かったものに出るには、そういう買い物をしないといけない、というメッセージだと受け止めています。
ガクトさんは、ポールハーデン ── イギリスのブランド。パッと見ではブランドが分かりにくい、内に向かうタイプの服として語られています。コム デ ギャルソン青山店でも扱われていますが象徴的だと語ります。外に向かって主張するギャルソンが、内に向かうポールハーデンをセレクトで置いていることに、ブランド合わせのメッセージを感じるべきだと話します。
そんな川久保さんがその内に向かってる系のポールハーデンを置いているってことに、やっぱ俺これね、メッセージを感じるべきだと。
話は、我々は顔を買いすぎるという核心に至ります。足元からてっぺんまで顔だらけになると、おしゃれな人ではなく、ただ買うのが好きな人になってしまうという指摘です。
さらにガクトさんは、アプレッセやコモリが引き算アイテムなのにリセールバリューが高い点を挙げます。高すぎるアルチザンだけで埋め尽くすと今後の資金繰りに関わるため、けいあんさんも考えてみてほしいと締めます。
ブルックのブランド合わせ論、「自分自身」というキーワードの誕生
3コメ返しを達成したブルックさんのコメントが読まれます。ロゴや定番の主張が強い場合は近づけず、方向性や素材感が近ければ組み合わせる、というのが基本方針です。
基本としてロゴや定番アイテムの主張が強い場合は極力近づけたくなく、方向性や素材感が近い場合は組み合わせて使います。ただ、明らかにおかしくない場合、あえてそれを合わせるのもその人の人生の積み合わせだと思っています。80年代90年代のヒップホップカルチャーにラフローレンも使われたもの、それは一つだと思っています。あえてブルックスブラザーズとカーハートやジャパンヴィンテージスラックスにシュプリームのキャップなどを組み合わせて、自分自身のファッションの積み重ねた経歴の表現をしたいと思っています。
コメントにあった「自分自身」という言葉に二人は注目します。セルフではなく、コンフィデンス(自信)の意味の自身をかけた表現ではないか、という読みです。この回のキーワードとして繰り返し使われることになります。
ガクトさんは、合わないと思われる合わせをありにできる人は、その人自身のバックボーンや文脈がそれを可能にしていると語ります。例として、番狂りをメンズがつける流行を挙げます。
番狂りは、ファレルやGドラゴンのようなラッパーがつけたことで、フレックスカルチャーの文脈の中でありになったといいます。ラッパーの成功を見せびらかす文化があるからこそ流行る、という分析です。
これを俺らがさ、最初にさ、番狂いのこの形かわいいよねってつけても絶対なんないと思う。なんかただのキモいおじさんで終わる。
農作業のおじいちゃんのボロボロのモンベルが一番かっこいい、という例えも出ます。リアルさや文脈があれば変な合わせも成り立つが、他人の真似のコントをすると自分のものになっていない、という結論です。
洗える定義と香水の位置、コモリはどこにでも馴染む服
ハナさんからは、アイテムのケアと香水についての質問が寄せられます。ガクトさんの「洗えるか」という基準への共感から始まります。
ガクさんのアイテム選択できる洗えるかに猛烈に共感します。私にとって洗えるは洗濯機で洗えること。手洗いだと購入を避けてしまいます。ガクさんの洗えるの定義、その他ドラム式での乾燥の有無、アイテムを長持ちさせる工夫など、アイテムのケアについてお話を聞きたいです。そして香水について、ずばりどこにつけていますか。私はウエストや耳の裏につけています。
ガクトさんにとっての洗えるとは洗濯機で洗えることだと明言します。かっこよくなりそうなものは乾燥機もかけ、パッカリングを出して表情を出すといいます。
洋服を長持ちさせるには洗わない方がいい、という投稿には反論します。加工にお金がかかるのは、洗えば洗うほどかっこよくなる服が存在するからだ、という理屈です。
ガクトさんは、GQのコモリさんのインタビューを引用します。新宿ゴールデン街とパークハイアットのバー、どちらにも馴染む服を作りたいという一節に、コモリの服の性格が表れていると語ります。
ガクトさんは、荒々しさとエレガンスが同居しているのがコモリだと評します。夜の街が好きで飲むから服にも酒がかかる、だから洗うことを想定しているブランドが自分のライフスタイルに合う、という整理です。
洗うことに躊躇する服は買わない。それはあなたの人生に合ってないんだから。私は洗う人生なんだ。洗う側にいるんだ。これが自分自身です。
香水の位置については、自分の匂いが出る場所につけるべきだとガクトさんは主張します。脇にワンプッシュし、手首でこそげ取りながら耳の裏へ運ぶ方法を紹介します。横山さんは胸の谷間派で、意見が分かれます。
ブランドが好きで何が悪い、迷子のヴィクティムへ
スクエアさんからは、ブランドで考えるとプロダクトそのものを見ていないのではないか、自分は服が好きではなくブランドが好きなだけではないか、という不安が寄せられます。
大人はセレクトショップオリジナルな服じゃなくて、きちんとしたブランドを着た方がと考えてしまいますが、ブランドで考えてしまうとプロダクトそのものを見ていないんじゃないかと思ってしまい、自分は服が好きじゃなくてブランドが好きなんじゃないかと不安になってしまいます。本来であれば合わせちゃいけない服などなく、自身が好きな洋服はブランドに関わらず着ていくことが洋服への愛だと考えています。まだまだ迷子です。
ガクトさんは、ブランドが好きで何が悪いという思いを示します。ラフ・シモンズが過去に作ったMA1がヴィンテージ市場で高騰し、プラダに移ってからのファーストシーズンのMA1に意味が生まれる、という例で文脈の重要さを語ります。
アイテムだけで選ぶって逆に浅いんじゃないかなっていうのは俺はちょっとするわけよ。
横山さんは、古着屋の古賀さんがアイテムドリブンで勧めてくる無名のファクトリーブランドに共感できないと明かします。買ったあとにクローゼットで愛し続けられるかが分かれ目だ、という問題意識です。
ガクトさんは、アイテムドリブンで買ったものは結局残らないと語ります。コレクションはある程度の点数が揃って意味を持つため、若い頃にカーハートやクロムハーツを買っておけばよかったと振り返ります。
さらにガクトさんは、修理の観点を加えます。ウエスコやクロムハーツ、ギャルソンはメーカー修理があり、購入歴が確認できる正規品なら綺麗に直してもらえるといいます。ブランドで買うことは長く着ることにもつながる、という結論です。
ブランドの「強度」とは、主張の濃さと味付けの話
ハナさんから再び、ブランドごとの「強度」を数値化してマッピングすると面白い、というコメントが寄せられます。料理のように味付けが濃すぎにならないように、という比喩です。
ブランドごとの強度みたいなものを数値化して整理するのも面白いかなと聞いて思いました。料理のように味付け濃すぎにならないように、カルチャーとその数値でマッピングすると面白いかもなと。
二人は「強度」を主張の強さと解釈します。アプレッセの対戦とリーバイスの違いは、ケツポケのアーキュエートステッチの有無で、それがあると主役が二つになって衝突するという説明です。
ガクトさんは、オフホワイトを例に、人気が下がっても主張は残ると指摘します。コストコで売られる仕様でもロゴはバリバリあり、味が濃いことに変わりはない、という見方です。
一つのブランドの中にも濃い味と薄味のアイテムがあると整理します。シュプリームのデニムトラッカーはロゴが少ないが、マルジェラとのコラボでカレンダーが背中に入るような一着は味が濃すぎる、という対比です。
一つのブランドの中でも、なんかその濃い味のやつとそんな薄味のアイテムがあって、そこら辺の上手く組み合わせっていうのもブランド合わせってことなのかな。
マスターキヨのオールVISVIM、強度が強すぎる服の難しさ
マスターキヨさんは、ストリートブランドを卒業してほぼ全身VISVIMだといいます。シュプリームやサカイにかっこいい商品があっても、カルチャーが合わないので諦めている、という悩みです。
ちなみにアラフィフな僕はストリートブランドを卒業し、ほぼ全身VISVIMでまとめています。たまにシュプリームやサカイなどかっこいい商品があるのですが、どう考えてもVISVIMとはカルチャーも雰囲気も合わないので諦めています。しかし間違って買ってしまうことも多々あります。それらはほぼ手元から旅立っていきますね。以前より他のブランドと合わせるのは難しくなってきた印象はあります。
ガクトさんは、これがVISVIMを買えない理由でもあると共感します。分かりやすいロゴはないのに強度が非常に強く、VISVIMしか着られなくなる感覚があるといいます。
そこでガクトさんが選んだのがFIGHTという靴のブランドです。VISVIMの靴を作っているとされるOEM先で、履くとVISVIMだと感じるが、アノニマスなブランドになることで主張が薄まり、他と合わせやすいと語ります。
FIGHTっていうちょっとアノニマスなブランドになることによって薄まるから他と合わせやすい。
ここで横山さんが、次回のトークテーマとして「ブランドカムバック論」を提案します。一度卒業したブランドに、何かをきっかけに回帰してしまう現象を指す言葉です。横山さんはVISVIMに何度もカムバしそうになっていると明かします。
ファッションと音楽、そしてフィジカルへ向かうカルチャー
そうまさんのコメントは、ファッションと音楽の結びつきを軸にします。ギャルソンやアンダーカバーの根底にあるパンク、シュプリームのヒップホップやロックといった、デザイナーのカルチャーバックボーンで合わせるという思想です。
コムデギャルソンの川久保さんがさすラインとアンダーカバー、シュプリームが私の基本なんですが、最近はコモリも気に入って買っています。これらのブランドを気にせずミックスして着用しています。10代の頃からよく聴いていた音楽がこれらのブランドから感じられるというのも好きになった理由の一つです。音楽に潜ればファッションがもっと楽しくなりますよ。
ガクトさんは、この思想を守破離の「守」だと位置づけます。かつては音楽とファッションの結びつきが強く縛りがきつかったが、今はあえて外す「破」に来ており、後半には新しい型を生む「離」が来ると予測します。
さらにガクトさんは、時代ごとにファッションが結びつく対象が変わってきたと整理します。90年代は音楽、10年代はインターネットミーム、そして20年代後半はファッションとフィジカルが結びついていく時代ではないかという見立てです。
その象徴として、今流行っているハイロックス ── 1キロのランニングと8種類のファンクショナルワークアウトを交互に計8回繰り返す、世界最大規模の屋内フィットネスレース。参入障壁が低く、みんなで楽しめる点が広まった理由として語られていますが挙がります。若いイケてる男女がこぞって目指していると横山さんは説明します。
ガクトさんは、デムナのグッチが体に自信がないと着られない服を出したことも、この流れを捉えていると分析します。今の細いシルエットは、かつての病的な細さではなく筋肉美だという違いを強調します。
だからあの昔の細いのに戻ってんじゃなくて、要は健康美。これは絶対AIとかの影響も俺はやっぱあると思って。反作用として人間はフィジカルを求める。
横山さんは、韓国のZ世代の間で「ランニングコア」が流行っていると補足します。筋トレの次に、動ける体を求める流れが来ており、そのミックスであるハイロックスが今もっともグッときている、という整理です。
相馬さんからのオールドクロムと、次回テーマの予告
そうまさんからは、横山さん宛てにサプライズのプレゼントが届いていました。開けると、今はないデザインのオールドクロムハーツのメッシュキャップでした。二人はその希少さに沸きます。
オールドクロムのメッシュキャップが送られてきました。
横山さんがキャップをかぶると、パパベストと喧嘩するため、ガクトさんはベストを脱いでカーハートと合わせることを提案します。顔のアイテム同士がぶつかる、というこの回の合わせ論がここでも実践されます。
最後にガクトさんは、次回のトークテーマ「ブランドカムバック論」を改めて予告します。一度熱量を失ったブランドに回帰する、その背中を押した最後のきっかけを聞きたいという募集です。
最後背中をどう押されるかにやっぱ現れると思うんだよね。
ガクトさん自身のカムバはコモリで、インタビューでの思想に触れて「これは自分自身だ」と思えたことがきっかけだといいます。横山さんのストーンアイランドへの回帰は、マリーナのヴィンテージを集めた非公式の本を見たことが後押しになったと語ります。
まとめ
この回は、顔と土台という役割分担を軸に、アルチザンの価格高騰やヴィンテージ、そしてフィジカル回帰までブランド合わせを掘り下げました。通底するのは、他人の真似ではなく自分の文脈で着られるかという「自分自身」という視点でした。
- ブランド合わせは、ロゴやグラフィックで主張する「顔」と、生地やシルエットで支える「土台」の役割で考えると整理しやすい
- アプレッセやコモリのようなアノニマスで引き算的な服が、顔同士の衝突を防ぐつなぎとして機能する
- 合わない合わせをありにできるかは、その人自身のバックボーンや文脈、つまり「自分自身」があるかどうかで決まる
- ブランドで買うことは文脈や修理の面で長く着ることにつながり、アイテムドリブンより残りやすいという見方が示された
- ファッションが結びつく対象は音楽からミーム、そしてフィジカルへと移り、今の細いシルエットは筋肉美として捉えられている



