京都のセレクトショップ「Bird」で起きた珍事件
この回は久しぶりの2本撮りの2本目です。2本撮りのときはコーラを飲むというルールがあり、2人とも一気にテンションを上げていきます。
最初の話題は、明石さんが京都のセレクトショップ「Bird」で体験した出来事です。ノースリーブを買い足すために立ち寄ったところ、Guidiイタリアの革靴・レザーブランド。染色技術に定評があり、独特の風合いを持つブーツやアクセサリーで知られる。のBird別注ブーツに出会います。
そのブーツは、一見バックジップに見えてサイドゴアという珍しいモデルでした。もともとサイドゴアに否定的だった明石さんですが、履いてみるとその良さを再確認したと話します。
試着しようとした瞬間、店員がある一言を放ちます。
スタッフさんが「良い靴下履かれてますね」って。クロムハーツのソックスを履いてましたから。あの「クロムハーツ」って書いてある、一番かっこいいやつ。
そこから店員が「クロムハーツのソックスは高いけど、足の面積の三分の一をこの値段でクロムハーツにできるなら安い、と言うお客さんがいる」と話し始めます。明石さんはこれを聞いて「あれ?」と引っかかります。
俺だ、俺だ、俺だ!俺が去年の夏頃に言ってましたよな、これ。
この「足の三分の一がクロムハーツになるなら安い」というフレーズは、明石さんが1年前に番組で話した内容でした。さらに店員は「クロムハーツをつけすぎると妖怪になる」というフレーズや、クロムハーツのポイント制番組内で明石さんが提唱した独自ルール。持ち点10のうちチェーンで5点、時計で3点など、アクセサリーの数を点数で管理するという遊び。まで口にしていたといいます。
どうやらそのお客さんは番組のリスナーだったようです。名古屋からわざわざ京都のBirdに通っているという話で、2人は本人にコメントを寄せてほしいと呼びかけます。
「布より金属ギリ革」とサイドゴアへの認識の変化
店員から「他に有名なフレーズはないんですか」と聞かれた明石さんは、人気のあった「布より金属ギリ革」を紹介したと話します。
お金が軍資金に限られてる時に、こういう服、「布よりも金属、ギリギリ革製品だぞ」ってことですって言ったら、「それは全くその通りですね」って。
Birdの店員はブーツにも非常に詳しく、明石さんが気にしていたサイドゴアの弱点についても新しい見方を示してくれました。ゴムがうねうねしてくる点や毛玉になる点を嫌っていた明石さんに、店員はこう伝えます。
もうね、こういうサイドゴアの方が修理は簡単なんで、絶対どこでも直せますからね。ゴムがうねうねしてきたら逆にかっこいいんですよ。
さらに、直せないと言われていたバックジップブーツやウエスコアメリカのワークブーツブランド。頑丈な作りで知られ、公式には特定モデルの修理不可とされることがある。のモデルについても、職人によっては修理できるのではないかという話に発展します。
結論として2人がたどり着いたのは「直せそう」という感触でした。修理の可能性が広がることで、選べるブーツの幅も広がると話されています。
雑誌が持っていた圧倒的な情報の密度
ここから本題である「雑誌の思い出」コメントに入ります。最初はエイプさんのコメントで、アサヤン90年代に人気を集めたストリートファッション誌。裏原宿系ブランドやカルチャーを紹介した。の「ラストオージー」特集を愛読していたという内容でした。
多くのブランドの誕生に触れ、藤原ヒロシさんの自宅や薪ストーブが強烈に印象に残り、今の自宅に薪ストーブがあるのもそのルーツだと綴られていました。
明石さんは、洋服は藤原ヒロシさん、インテリアはNIGOA BATHING APE(APE)の創設者として知られるデザイナー。雑誌でインテリアや私物を紹介し、多くのファンに影響を与えた。さんから影響を受けたと振り返ります。当時わからなかったコルビジェの家具などが、今では価値が上がり続けていると話します。
ヴィンテージとしての価値が上がり続けてるようなものを、ニゴさんは当時から選んで僕らに教えてくれていたのに、我々は見逃し三振してきたんだよ。
2人が特に強調したのは、雑誌が持っていた情報の密度です。1ページごとに違うものが載っている雑誌と、似たものが流れ続けるSNSとの違いを語ります。
雑誌に載ってる、この一ページに載ってる、これは次のページでは絶対載らないじゃないですか。インスタは同じようなものが。
明石さんは、リラックスのバックナンバーを大量に持っていたものの、会社の移転時に捨てられてしまったと悔しがります。紙の力と有限性が、話の随所ににじみます。
キングの時代――00年代のファッション雑誌と読者モデル
続いてブルックさんのコメントで、関西の伝説的な雑誌カジカジ関西エリアで人気を集めたストリートファッション誌。街のスナップやコラムで知られた。の話題になります。大阪・中津のイマジンが元カジカジ編集長の店だという情報に、2人は衝撃を受けます。
ここで世代の違いが浮き彫りになります。明石さんはアサヤンやリラックス、ヒュージデッツ松田さんが創刊したファッション・カルチャー誌。を通ってきた世代で、カジカジやチョキチョキ、TUNEといった雑誌には触れていないと話します。一方の横山さんは、まさにチョキチョキ世代でした。
三つずれてるだけで全然違っちゃうじゃないですか。私はアサヤンとかまでで、チョキチョキとカジカジはさっぱり。
明石さんにとって00年代半ばは社会人になりたてで、ファッションから遠ざかっていた「暗黒時代」でした。街の記憶といえば、とがった靴やスキニーデニムだったと振り返ります。
横山さんは、この時代に一般人が雑誌で際立った現象を解説します。チョキチョキなどでは編集者が「キング」と呼ぶ5人を決め、彼らが読者から憧れの的になっていったといいます。
五人決められてるんですよ。俺たちがキング。キングの着こなし、キングの一日みたいな。
明石さんは「要するにチョキチョキのCanCamモデルのようなもの」と理解します。キング奈良やキングババといった二つ名がつき、それぞれが違うブランドを担当していたといいます。
鬼系ブランドと00年代の空白を埋める会話
00年代に流行ったブランドの話題は、明石さんの記憶の空白を埋めていきます。横山さんが挙げたのはマルジェラ、Nハリウッド、そしてバッファローボブスなどの「鬼系」ブランドでした。
バッファローボブス履いてる奴はDスクのデニム履いてました。新聞紙の柄のシャツを着てた人もいました。
明石さんは、当時の六本木界隈でルシアンペラフィネドクロやマリファナのモチーフで知られたブランド。00年代に人気を集めた。のドクロセーターに、日本上陸したてのモンクレールのダウンを合わせるスタイルが幅を利かせていたと振り返ります。
興味深いのは、クロムハーツがこの時期に流行っていなかったという指摘です。90年代に流行り、00年代は暗黒時代を迎え、10年代にヴァージル・アブローオフホワイトの創設者。クロムハーツとのコラボなどで再び注目を集めた。らとのコラボで再び火がついたと分析します。
一番クロムの暗黒時代が、まさにチョキチョキカジカジ時代。
この会話を通じて、明石さんは自分の「記憶喪失時間」がかなり埋まったと話します。歴史が繰り返すなら、あの時代がまた巡ってくるかもしれないと語ります。
ハニカムと、雑誌からWEBへ移り変わる時代
後半は、それぞれの原点をたどるコメントが続きます。稲船休一さんはコーネリアスの小山田圭吾さんを挙げ、APEやグッドイナフを決定づけたアイコンだったと綴ります。
明石さんは、APEを流行らせたのは小山田圭吾さんだと考えていると話します。NIGOさんの隣で雑誌の表紙に出続けた影響が大きかったと振り返ります。
キムタクさんがAPEのダウン着たとかよりも、俺の肌感としても、小山田圭吾によってAPE流行ったって思いますね。
マスターキヨさんのコメントでは、ファッション情報が雑誌からWEBへ移行する過渡期の雑誌「ハニカム」が話題になります。明石さんにとって00年代のメディアは雑誌ではなく、ハニカムのようなWEBでした。
元スマートの鈴木編集長がやったウェブメディアで、業界の人たちがみんなブログを書いた。俺も買ってたな。
明石さんは、VISVIMを初めて買ったのもこの時代で、当時が一番安かったと話します。雑誌からインターネットへメディアが切り替わっていった時代の空気が伝わります。
足を運ばせるブランドと、失われた雑誌収集の楽しみ
Somaさんのコメントは、かつて足を使って本屋やレコード屋を巡り、雑誌を収集していた充実感を綴るものでした。この話から、2人は「足を運ばせる」ことの価値に話を広げます。
明石さんは、雑誌の切り抜きファイル(スクラップ)がメルカリで高騰していると話します。藤原ヒロシさんの連載の切り抜きが5、6万円するといい、雑誌の有限性を実感します。
古着は絶対また巡ってくるじゃん。もうね、これ巡ってこないですよね。
そして、今人気を集めているのは「足を運ばないと買えないブランド」だと指摘します。
クロムハーツもそうだし、ゴローズもそう、ロレックスもそう。足を運ばせることができてるブランドが今一番強いよね。
横山さんは、学生時代に横浜の蔦屋でコーヒー1杯で深夜2時まで雑誌を読みあさっていた思い出を語ります。時間がある若者の特権として、雑誌に没頭した記憶が共有されます。
90年代・00年代・10年代がつながり、2030年代を予言する
すこやかさんのコメントをきっかけに、2人は10年代のスタイリストの時代へと話を進めます。ポパイなどで長谷川昭雄さんら、スタイリストが神格化された時代です。
ここで明石さんが、コーラで回転した脳をフルに使い、大きな法則を言語化します。それぞれの時代で「誰がリスペクトされたか」を軸に整理していきます。
九十年代はブランドのデザイナー、作ってるクリエイター側がリスペクトされてました。ゼロゼロ年代は着てるやつがリスペクトされてました。イチゼロ年代は、なんでもないものをかっこよく見せる着こなしを発明したスタイリストが褒められてる。
さらに明石さんは、90年代と10年代、00年代と20年代がそれぞれ「螺旋階段」のようにつながっていると分析します。
古着やアメリカの服を「再編集」して表現する時代。ミックスと再解釈が主役
着ている個人が主役の時代。街角のキングとインスタグラマーがつながる
この法則から2人が導き出した予言は、2030年代は「もう一度、編集の時代が来る」というものでした。
今グイディとかコモリとかアプレッセとか、あれも編集じゃん。編集がグイグイ来てるのはそういうことの示唆なんちゃいます?
土臭いアルチザンそのものではなく、それをどう編集するかが次のテーマになるのではないか。2人は「本が書ける」と興奮しながら、この論を発表する場がここしかないと笑います。
ベストコメント発表と、次回への予告
最後にベストコメントが発表されます。選ばれたのは、小山田圭吾さんへの影響を思い起こさせてくれた稲船休一さんでした。
俺、小山田圭吾にめっちゃ影響受けてたわという、ファッションとしての影響を思い起こさせてくれた。カルチャーの原点の一つだなって。
横山さんも、自分が生きていなかった時代を知ることができ、クワントなど初めて知る情報が多かったと選定理由を語ります。世代の違うリスナーが混ざり合い、それぞれの視点で語られたことが、この回の大きな収穫でした。
最後は、10月10日に中目黒の路地カフェで開催されるファッションビクティムフェスティバル(FVF)の告知や、レーヨンのシャツとタンクトップで身軽に出張するライフハックなどの雑談で締めくくられます。次回のテーマは来年のフジロックに持っていきたいアイテムです。
まとめ
リスナーから寄せられた雑誌の思い出を2人で拾いながら、90年代・00年代・10年代のファッション史を行き来し、「クリエイター」「着る人」「スタイリスト」という主役の変遷から2030年代を予言する温故知新回でした。世代の異なる2人だからこそ、記憶の空白が互いに埋まっていく様子が印象的です。
- 明石さんが1年前に番組で話したフレーズが、京都のBirdでリスナーを介して返ってきた
- 雑誌は1ページごとに違う情報が載る密度を持ち、有限であるがゆえに今その価値が高騰している
- 00年代は編集者が選ぶ「キング」や読者モデルが主役となった時代だった
- 90年代と10年代は「編集・再解釈」、00年代と20年代は「着る個人」で螺旋のようにつながっている
- この法則から、2030年代は再び「編集の時代」が来ると予言された
