前回のおさらいと「空想的社会主義」への入り口
前回はマルクスとエンゲルスを中心に、資本主義における労働の疎外が語られました。時間、生産物、労働行為そのものなど、いくつもの疎外が起きているという指摘です。
彼らはその疎外から抜け出すために、革命を起こして共産主義を実現しようと考えました。しかし現代の私たちが知るとおり、共産主義はうまくいきませんでした。
そこで注目されるのが、マルクスたちが「空想的」と批判した空想的社会主義者たちです。
その空想的社会主義者の考えの中に、ポスト資本主義と言われている今の限界を迎えた社会をどう生きるか、重要なヒントがいろいろあるんじゃないかという話で前回終わったんですよ。
今回と次回で扱うのは、サン=シモン、オーウェン、シャルル・フーリエの3人です。時代としては18世紀から19世紀にかけて、マルクスやエンゲルスより少し前から前後の人物にあたります。
シェイエスの「第三身分とは何か」という問い
3人の話に入る前に、しながわはその前提となった思想として、シェイエスの「第三身分」という理論を紹介します。シェイエスが生きたのは1748年から1836年で、この間にフランス革命が起こりました。
しながわは、人間をある括りで捉えると、そこから思想が発展していくと説明します。マルクスなら労働者、フェミニズム運動なら女性、といった括り方です。
シェイエスは「第三身分」という括りを打ち出し、フランス革命の指導者になっていきました。
この三層構造は、労働の思想史シリーズで語られてきた古代からの区分ともつながります。かつてアリストテレスの分け方として、観想・実践・制作という3つが紹介されました。
聖職者は思索を営み、政治家や戦士は公的な活動に携わり、農民は労働や仕事に携わる。こうした三層構造が、古代から中世を経て近代のフランス革命まで引き継がれてきたわけです。
シェイエスが重要なのは、身分の低かった第三身分こそが社会を支えている、と指摘した点にあります。
この人たち身分低いですけど、この第三身分が存在しなかったら社会って維持できませんよねってことを言うわけですね。
シェイエスは、社会を維持するために民間と公共の仕事が必要だとしたうえで、民間の仕事のすべてと、公共の仕事の20分の19は第三身分がやっている、と主張しました。
つまり社会の9割以上を第三身分が動かしているのに、聖職者や政治家より身分が低いのはおかしい、というわけです。
しながわは、この発想をコロナ禍のエッセンシャルワーカーという言葉と重ねます。尊敬される仕事として扱われてこなかったが、実は社会を下から支えているという意味合いです。
サン=シモンが打ち出した「産業者」という視点
ここからいよいよ空想的社会主義者に入ります。第一走者はサン=シモンで、18世紀から19世紀初めにかけての人物です。生まれたのは1760年で、フランス革命の前後を生きました。
サン=シモンは、第三身分に注目する点ではシェイエスと同じです。ただし彼は、それを産業を支える人たち=産業者として捉え直しました。農業に従事する人、製造業に従事する人、商人などです。
この産業者は、社会の構成員のさまざまな欲求を満たしている大事な存在だと考えます。有能で社会に貢献しているのに身分が低いのはおかしいから、富をきちんと行き渡らせるべきだ、というわけです。
注目すべきは、その手段です。サン=シモンは暴力的な革命ではなく、産業者が政党を作り、世論を動かしていく方法を考えました。
これをヨーロッパ全体に普及させていって、この社会全体を、産業者たちがもっともっと報われるような社会を作っていこうというのを打ち出した。
切り方の違いを理解するには、産業者ではない人を挙げるとわかりやすいと、しながわは言います。貴族、軍人、地主などで、彼らは社会的な価値を生み出していないと捉えられます。
価値を生み出さない人が身分の上にいて、価値を生む産業者が下にいる。この構図を切り替えたことが、サン=シモンのポイントだと整理されます。
サン=シモンはなぜマルクスに「甘い」と言われたのか
一方で、サン=シモンにはマルクスやエンゲルスから批判される弱点がありました。それは「産業者」という括りの中身です。
産業者には、労働者だけでなく経営者も資本家もすべて含まれています。資本家も産業に携わっているからです。
この産業者たちがもっともっとちゃんと全体として報われれば、この格差はなくなっていくみたいなイメージを、多分そういう歴史観を持っていた。
社会は放っておいてもより豊かに、より良くなっていく。工場の持ち主と労働者の格差も、社会全体が良くなれば改善されていく。サン=シモンはそう考えていたと説明されます。
しかしマルクスやエンゲルスから見れば、資本家と労働者を区別しないのは解像度が粗く、甘い発想でした。
マルクスは徹底的にこの資本家と労働者を観察して導き出したら、この構造的な問題は変わらない、資本主義やってる以上変わらないから、サン=シモンあなたの考えは甘いよと。
ただし、革命を起こそうとせず政治の枠内で変えようとした点は、現代の私たちから見ると現実的だとも語られます。
しながわは、思想は一人が突然画期的なことを言うより、少しずつ醸成されていくものだと補足します。方向性を示す粗い考えがあり、後の思想家がそれを緻密にしていく、という時系列そのものが面白いというわけです。
オーウェンが実践した「理想の共同体」
次に登場するのがオーウェンです。1771年に生まれ、サン=シモンとほぼ同時期か少し後の人物で、空想的社会主義者として最も有名かもしれない存在です。
オーウェンが生きたのは、工場での紡績業が発展した産業革命の時代です。彼は理想を語るだけでなく、自分の工場単位でそれを実践してみせたことで知られます。
マルクスが、午前中はこういうことをして、午後はこういうことをして楽しく仕事しますみたいな理想を語ったじゃないですか。あれを実際に自分の工場単位でやってみようみたいな、そういうことをやったことで有名なんですよ。
ここでしながわは、こぼれ話として日本とのつながりを紹介します。人事の歴史を調べる仕事の中で、明治維新後にイギリスを視察した使節団が、オーウェンのような実験的な工場を見て学んだという記述に出会ったといいます。
労働者の保護や働きやすい環境づくりの先駆者がオーウェンであり、日本の福利厚生の歴史がそこにつながっていた、というエピソードです。
日本の福利厚生がちょっと遅れたかもしれないなと思うと、そこでちゃんとオーウェンのそういう労働者の保護、労働者のためにみたいなところもちゃんと見て、参考にして、よかった。
「生きた機械」を大切にせよという発想
オーウェンの思想の核心は、人間の位置づけにあります。工場の機械は大事だが、その機械を動かす人間はいわば「生きた機械」だと彼は考えました。
生きた機械と死んだ機械、つまり普通の機械、どっちが大事ですかって言ったら、それは生きた機械の方が大事だよねっていう風に考えたらしいですね、オーウェンは。
普通の機械は木材や金属の集まりにすぎないが、人間は肉体と精神というもっと優れた素材が結合してできている。だからまず人間が大事で、その人間が教育を受けて賢くなり、機械を使いこなせるようになることが重要だ、という主張です。
しながわは、オーウェンがこう言わざるをえなかったのは、当時、人間が機械のように、あるいは機械より下に扱われていたからだろうと推測します。
タッシーは、フランス革命の頃に生まれたオーウェンが、まだ社会に息づいていなかった人権的な価値観を工場の中に導入した点に驚きを示します。しながわは、今の言葉で言えば人的資本の発想だと応じます。
オーウェンは18歳で工場を開いており、その観念が社会に行き渡る前に自らこう考えた点に先見の明があると評されます。
通貨も学校もある「ユートピア」の試み
オーウェンは思想と実践を両輪で回した人物でした。工場の生産性を上げるのも、利潤のためではなく労働時間を短くするためであり、そこで働く人の教育を何より重視しました。
さらに彼は、一つの工場を超えて共同社会をつくろうとします。農村に広い土地を購入し、1000人以上を住まわせるユートピア的な試みです。
そこには工場だけでなく、共同のキッチン、学校、教会、病院、図書館などが揃えられました。生活に必要なものが一か所にまとまった共同体のイメージです。
通貨についても独自の仕組みが導入されました。基本的には平等でありながら、働いた時間に応じて好きなものを手に入れられる、当時の資本主義とは異なるルールです。
利潤のために機械と労働者を使い、貧富の格差が広がるむき出しの競争社会
教育と労働時間短縮を重視し、働いた時間に応じて分配される平等な村
一方で、社会全体を考えたオーウェンには、現代から見れば過激な主張もありました。私有財産の否定、宗教の否定、結婚制度への批判です。これらが近代や資本主義社会を作り出しているとして、なくした方がよいと考えました。
結果として、むき出しの資本主義の中でユートピアはなかなかうまくいきませんでした。それでもマルクスやエンゲルスは、オーウェンの共同体の着想を高く評価しています。
この発想は、今も残る協同組合やコープにつながっていると説明されます。思想を広げ、実践もし、その着想は後世に受け継がれたという点が、オーウェンの評価の核心です。
「空想的」がポスト資本主義とつながる面白さ
しながわは、オーウェンが特に注力したのは教育水準だったと繰り返します。機械を資本の増大ではなく労働者の生産性向上に使い、労働時間を短くする。そのためには教育が欠かせない、という論理です。
これが結局は国の富につながるんだよってことを主張して、ここまでいくと、思想と実践と両輪で回してるっていうところが素晴らしいなと。
タッシーは、多くの問題が結局は教育の重要性に行き着くと応じ、根本的な解決のために教育に気づき、実践したオーウェンを高く評価します。
ここで話は現代のポスト資本主義へと広がります。所有物で区分けするのではなく、一部を共有化していく発想は、斎藤幸平の主張ともつながるのではないか、とタッシーは指摘します。
しながわは、面白法人カヤックが手がける鎌倉資本主義を挙げます。地域の中で経済を回す試みで、方向性としてはオーウェンと同じだと語られます。
空想的社会主義者がポスト資本主義と繋がってるっていう面白さ。全然違う言葉だけど。
タッシーは、かつて「空想的」と揶揄され批判されたものが、実は未来につながる思想だったという揺り戻しの構図に注目します。デカルトの再評価や、バカにされていた80年代の音がまた格好よく聞こえる現象とも重ねられます。
しながわは、そこにこそ人文知の意味があると応じます。過去から学ぶことで、吸収できる種がたくさん見つかるというわけです。
次回は、3人のうちの残り一人、シャルル・フーリエが取り上げられる予定です。
まとめ
空想的社会主義と呼ばれた思想家たちは、シェイエスの「第三身分」の問いを出発点に、社会を支える人々をどう位置づけるかを考えました。サン=シモンは産業者に、オーウェンは人間と教育に注目し、その発想は現代のポスト資本主義にまでつながっています。
- シェイエスは第三身分こそ社会の大半を支えていると指摘し、「第三身分とは何か、全てである」と訴えた
- サン=シモンは第三身分を経済的な「産業者」と捉え直し、暴力ではなく政治の枠内での変革を目指した
- サン=シモンは資本家と労働者を区別しなかったため、マルクスやエンゲルスから「甘い」と批判された
- オーウェンは人間を「生きた機械」として最重視し、教育と労働時間短縮を柱に理想の共同体を実践した
- 「空想的」と揶揄された発想は、協同組合や鎌倉資本主義などポスト資本主義の試みへとつながっている





