働くやつが偉いは驕り?ニーチェの労働批判
最終回は、これまでの資本主義批判とは違う角度から労働を見つめ直すところから始まります。マルクスやエンゲルスが近代の資本主義的な労働を批判したのに対し、そもそも人間が働くこと自体を根源的に批判した思想家たちがいると、しながわさんは切り出します。
最初に登場するのがニーチェです。中世から近代にかけて労働はポジティブな意味を与えられてきましたが、ニーチェはそれに真っ向から異を唱えました。
働いてるやつが偉いっていうのは、それは欺瞞であって驕りだって言うんですよ。傲慢。
ニーチェは、西洋がずっと重視してきた理性の思想と、キリスト教を中心とした哲学を強く批判した人物です。人間の欲望や感情をもっと大事にすべきだと考えていました。
だからこそ、理性を使って道具で自然に働きかけることを人間の頂点とみなすヘーゲル的な労働観に、ニーチェは「人間に大事なのは理性ではなく欲望だ」と否定をぶつけます。
さらにニーチェは、資本主義における労働の姿にも矛先を向けます。工場で規格化され、資本家の命令に従って体を動かす労働を、キリスト教批判の文脈からも滑稽なものとして退けました。
理性で自然を征服した先にあるもの ハイデガーの警告
ニーチェの批判を受け継いだのがハイデガーです。ヘーゲル的に理性で自然を開発し、人間が使いやすいものへ加工し続けた先に何があったのか、という問いを立てます。
その行き着いた先の象徴として挙げられるのが、2回の世界大戦と原子力です。ウランの鉱石を掘り出して加工し、自然本来にはないほどの破壊力を手にしてしまったことが、理性で自然に働きかけた成れの果てだと語られます。
つまり、あれだけ動物と人間を区別するものだったはずの労働が、実はそれは人間が住むこの自然を破壊して、そして人間自体を破壊しているっていう、そういう逆転現象が生まれてないか。
動物と人間を区別するはずだった労働が、自然を破壊し、そこに住む人間自身をも否定しているという逆説を、ハイデガーは指摘します。
これを聞いたタッシーさんは、シリーズ全体を振り返りながら、労働観の「揺り戻し」を感じ取ります。
古代では苦役で価値の低いものだった労働が、宗教改革を経てプラスの意味を持ち、近代では人間そのものの素晴らしさとされていきました。ところがハイデガーによって、労働が自然への破壊活動につながるという逆方向の揺り戻しが起きた、という整理です。
この批判は現代人にも無縁ではありません。農業や漁業に直接携わっていなくても、会社でパソコンやAIを使う仕事のデータセンターが大量の電気を使い、温暖化を加速させるのではという問題がある、としながわさんは付け加えます。
欲望を抑えて働くと、幸せになれる?フロイトの問い
ここでもう1人、心理学者のフロイトが加わります。ヘーゲルは、欲望を一旦抑制し延期して働くことこそ人間らしさだと称賛しました。100粒の穀物が1万粒になる、という例で語られた考え方です。
フロイトは、その欲望の抑制そのものを非人間的な行いだと指摘します。
その欲望を抑制するっていうこと自体がものすごく非人間的な行いであったりだとか、それによって不幸になってませんか?っていうこともフロイトって指摘したりする。
新卒で就職し、やりたくないことも修行だと思って欲望を抑えて働く。それは確かに大事な一方で、その禁欲的な行動で本当に幸せになれるのか、人類全体が幸せになっているのか、という問いが投げかけられます。
しながわさんは、これがニーチェにもつながる話だとしつつ、欲望のまま生きればいいという主張ではないと釘を刺します。あくまで批判的な視点を持って、自分の働き方を見返すことが大事だという示唆です。
家事・感情・承認 現代に「発見」された労働
近代批判の3人を紹介した後、話は20世紀から21世紀、コロナ禍までに新しく生まれた労働観へ移ります。まず有名なのが家事労働です。賃金は支払われないけれど、これも労働だという見方です。
これを言葉にしたのがオーストリアのイヴァン・イリイチで、「シャドーワーク」や「アンペイドワーク」という概念を提示しました。家事労働に歴史的に従事してきたのは女性が多く、フェミニズムの思想史の中でも語られます。介護や子供の世話などの「ケア労働」「依存労働」も、立派な労働として指摘されました。
続いて登場するのが感情労働です。肉体労働に対して、感情を使い、コントロールしながら働くもので、サービス業や接客業が典型です。
自分の感情をちゃんと使わないと仕事にならない。けど、それをやりすぎると、肉体労働とは違う意味で人間性が破壊されてしまうんじゃないか。
しながわさんは、管理職や経営者はご機嫌でなければならないという最近の論を例に挙げます。悲しい時やつらい時も自然な感情を出してはいけないというのは、感情労働の最たるものであり、資本主義のすごさであると同時に、少し冷めた目で見てしまうと語ります。
さらに「承認労働」という言葉も紹介されます。承認欲求を満たすための労働で、やりがい搾取に通じる面もあると言います。社会を変えるというベンチャーの理念が、無意識に承認欲求を餌にしている可能性も指摘されました。
最後に、コロナ禍で広がった「ギグエコノミー」にも触れます。ウーバーの配達員のように、単発の請負仕事が広がっていくという、直近数年で生まれた新しい労働です。
Web会議で頷く姿は宇宙人から見ると奇妙?
タッシーさんは、感情労働の話からしながわさん自身の仕事を思い出します。しながわさんは社内やnoteで、リモートワークで気持ちよく働くためのコツを発信してきました。「気持ちよく」という言葉自体が、すでに感情労働だという指摘です。
ちゃんとミーティングの時は話してる人を見て頷くとかね、カメラの前で。これも宇宙人から見たらちょっと奇妙な光景ですよね。パソコンの前で人間が頷いてるんだから。
体は疲れないのに脳が疲弊していく。楽しんでやれる人はいいものの、本来ポーカーフェイスの人が1日相槌を打ち続ければ疲れる、という感情労働の実感が語られます。
しながわさんは、これが新たな労働の疎外につながるかもしれないと考えます。マルクスが指摘した工場労働の疎外とは違い、本当の気持ちと違う感情で居続けることが、その人の精神を蝕む理由になりうるからです。
古代から現代まで、労働観をまとめて振り返る
感想シェアの前に、これまで登場した労働の種類が振り返られます。以前は28個ほどまで紹介されており、ここでは27個目あたりから続きがたどられます。
ヘーゲルの労働論では、理性で道具を使い自然を加工することで人間になる、欲望を延期して頑張ることが人間らしさである、といった労働観が挙げられました。虐げられた奴が主と立場を逆転させるために必要な労働、という主奴論もありました。
マルクスとエンゲルスの回では、賃金のために体を酷使する労働や、自分の時間を資本家に売って命令通り動く労働、自分から自分を疎外する労働といった疎外論が扱われました。一方で本来の労働は違うとして、協力して喜びに満ちた「アソシエーション労働」も語られています。
空想的社会主義では、サン・シモンが「労働とは偉いとされる人々を支え、社会の人々を扶養することだ」と社会的意義を強調しました。オーウェンは工場労働を「生きた機械が死んだ機械を動かしている」と表現しつつ、フーリエらとともに労働の喜びも指摘しています。
さらにラファルグは、やりがいを持ってやる労働が実は資本家を得させるためのものではないかと指摘しました。テイラー主義やフォーディズムでは、ベルトコンベアで機械の一部となる労働と、多く稼いで快楽を得るアメリカ的豊かさの労働の両面が語られました。
そして今回のニーチェ、フロイト、ハイデガーで締めくくられ、家事労働や感情労働も加わって、シリーズで紹介された労働観はおよそ50個にのぼります。しながわさんは、本全体では100個くらいあると捉えていると話します。
つまらない労働はなくしたい タッシーの労働観
ここから2人の感想シェアに入ります。タッシーさんはまず、いろんな観点を持ち、どれか1つが絶対正しいと思わずに労働を考えたいという前提を述べます。
その上で、自分は働くことにずっとポジティブでいたいと語ります。かつてミュージシャンだったタッシーさんは、バンド解散後に会社員となり、ミュージシャンでなくても楽しく充実した働き方ができると証明することを心に決めてリブに入社したと振り返ります。
一方で、思想史を振り返って思ったのは、金銭報酬を得るためだけの労働はなくしたいということでした。つまらなさや疎外感を感じながらお金のために働く人がいなくなる社会を望み、ベーシックインカムにも賛成だと話します。
これからの労働は、自然や社会に積極的に働きかけたいと思える人だけがやればいい、というのがタッシーさんの考えです。ベルトコンベアのような人間性の薄い仕事はロボットやAIに任せればよいと言います。
その中で無理やり万人が生活のために働くっていう世界はもうなくなって。それぞれが自分の信じた思想に従って1日を過ごせるような世の中にしていきたい。
古代ギリシア人のように思考にふけって1日を過ごすのも素敵な人生のあり方だとして、辛いものだと思って金銭のために働く労働をなくしたい、という願いが語られました。
100個の労働観はチョコの詰め合わせ
続くしながわさんの感想の核は、労働観の「詰め合わせ」というイメージです。このシリーズで伝えたかったのは、どうせ働くなら楽しもうという話ではなく、人間がこれだけ多様な労働観を持ってきたという事実でした。
しながわさんは、いろんな種類のチョコが入ったアソートボックスを思い浮かべます。今回紹介した約50個の労働観を、そのチョコの詰め合わせのように捉えたのだと言います。
普通は50個も種類知らなくて、1個とか2個くらいの中で頑張ったり、落ち込んだり、喜んだり、つらくなったりしてると思うんですよ。
多くの人は「お金のため」か「やりがいのため」くらいの2種類しか知らずに働いています。実は50個、なんなら100個の労働観があって、そこから好きなものを選べると思えれば、気が楽になり、いろんな組み合わせを試せる、という発見です。
これこそ思想や過去の歴史を知る意味だと、しながわさんは語ります。ビールのビアスタイルを多く知って楽しむのと同じ、という以前の回の話も引き合いに出されました。
つらさの構造を知り、意味づけを選ぶ2ステップ
しながわさんは、労働を前向きにするための考え方を構造的に整理します。単発のアドバイスをその場で試してもうまくいかないことがあるため、2つのステップで捉えるとよいと言います。
第1のステップは、労働のつらさには構造的な理由があると認識することです。今つらいのは自分だけの責任でも上司だけの責任でもなく、資本主義社会の構造の中にいるからこそ起きている、と引いて見ることが大切だと語られます。
第2のステップは、その中でも積極的な意味を付与するパターンから、自分に合うものを選ぶことです。しながわさんは、そのパターンは大体50個ほどに見えてきたと言います。
意味づけのパターンとして、お金を稼ぐアダム・スミス的な労働、きついことの後の爽快感や自然からのフィードバックに喜びを感じる労働、社会的に意味があると思えることをする労働などが挙げられます。
さらに、フーリエ的に工夫を散りばめて楽しむ労働や、カント的に成長や人格形成のために大事だと意味づける労働もあります。約50個のうち半分はつらい理由、半分は積極的な意味づけに分類できるという整理です。
つらさの全体マップと意味づけの全体マップを知った上で、自分に一番合うチョコを選ぶ。これが、断片的な仕事論をつまみ食いするよりも有効だという結論です。
ワンオンワンにも効く 構造を知る意味
タッシーさんは、この整理はワンオンワンにも効くと反応します。労働観を1つか2つしか知らない上司と、50種類を知った上で部下に向き合う上司とでは、まったく違うという指摘です。
しながわさんも、仕事がつらいという相談に「強みを探しましょう」というアドバイスがすべての人に合うわけではない、と応じます。合うチョコは人によって違うからこそ、構造を通して学ぶ意味があるのです。
逆にやる上司側も疲弊した時に、自分は感情労働めちゃめちゃやってるんだって、ちょっと俯瞰して見るだけで、そういうことかってなる。
タッシーさんは、構造的に理解することの大切さを別番組の話ともつなげます。秀吉の朝鮮出兵が愚策と言われるのも、秀吉個人がバカだからではなく、人類が構造的に陥る組織マネジメントの問題だという指摘があったと紹介します。
資本主義の構造に組み込まれれば、労働に疎外感を持ちがちになる。だから自分が悪い、上司が悪いと考えるのではなく、構造的にそうなりやすいと理解するだけで気持ちが変わる、という話です。
2人は、この11回を通してこそわかることがあると振り返ります。労働に100%ポジティブな人はなかなかいないからこそ、自分なりの労働観を組み合わせて使ってほしいと呼びかけ、リスナーからのコメントを募って最終回を締めくくりました。
まとめ
近代がポジティブに描いてきた労働を、ニーチェ・フロイト・ハイデガーが根底から問い直します。そこに家事や感情など現代の労働観を加え、約50個の労働観からつらさの構造を知り、自分に合う意味づけを選ぶという発想が示されました。
- ニーチェは「働くやつが偉い」を驕りと呼び、理性で自然を征服する労働観を批判した
- ハイデガーは労働による自然の破壊が人間自身の否定につながる逆説を指摘し、フロイトは欲望の抑制を非人間的だと問い直した
- 家事労働・感情労働・承認労働・ギグエコノミーなど、現代に「発見」された新しい労働観が紹介された
- 労働観はチョコの詰め合わせのように約50個あり、そこから自分に合うものを選べると考えると気が楽になる
- まずつらさの構造を認識し、次に積極的な意味づけを選ぶ2ステップが、断片的な仕事論より有効だと語られた





