SEWから始まる「家族はひと塊ではない」という気づき
前回はSEW(社会情緒的資産)が非常に高いこと、そしてそれゆえの悩みもあるという両面に気づけた、という振り返りから始まります。
兄の博行さんは、SEWには光と影の両方があると話します。影を強調する人にはSEWの強みを、SEWの強さを自認する人には負の側面を伝える必要がある、という両義性です。
他の人が影を見るときにSEWの負の側面を結構強調して言うけど、でもSEWがあるが故に強いんだよっていうことを言いたいし、逆にSEWが強いと自認してる人には負もあるんだよっていうことを言わなあかん。まさに両義性なんやろうね。
このSEWという概念は、2007年にゴメス・メヒアさんがスペインのオリーブオイルの醸造所を対象に示したもので、家族はSEWを守るために動く、という家業の行動原理を説明できたと語られます。
ただし、ここに落とし穴があると博行さんは指摘します。「家族はSEWを守る」というときの「家族」とは誰なのか、という問いです。
さらに一段引くと「家族企業=SEWを守る」とまとめられがちですが、実際の家族企業はひと塊ではありません。SEWを守る会社もあれば、そうでない会社もあります。
めっちゃ冷めてるとこもあれば、本当に従業員まるごと家族みたいな、アットホーム感を前面に出してる会社もあるし、いろいろあるよね。
「多様性の時代」に入った家族企業研究
2010年代の研究者は、家族企業も一様ではないという点に気づいていきます。血縁だけでなく従業員まで家族と捉える拡張的SEWもあれば、血縁内ですらドライな限定的SEWもあります。
2012年には「家族企業の多様性の源泉」をテーマにした論文が出ます。それまでは家族企業と非家族企業を比較するのが躍起になっていたテーマでしたが、今度は家族企業同士の違いを説明しようという流れに変わっていきます。
たとえば同じ家族企業でも研究開発への投資額が全く違う、といったデータが多様性の流れを後押ししたと語られます。
では、その違いはどこから来るのか。陽平さんは業種や規模、市場性などを挙げますが、博行さんはそれらもありつつ、最終的には「そこにいる人」だと話します。人が違えば判断も違う、というわけです。
結局人か。
研究の土台を「個人」に置き直す
ファミリーか非ファミリーか、善か悪か、家族企業の中の多様性へ、と議論が進んだ結果、その多様性は人が作っているという方向にたどり着きます。突き詰めれば個人に行き着くわけです。
2015年から2016年ごろにできてきた大きな流れとして、大きな主語で「家族」や「家族企業」と語るのではなく、一人一人の人間のレベルまで分解しないと本当のことはわからない、という考え方が出てきます。
2018年には、ファミリービジネス界の著名な研究者アルフレッド・デ・マシスさんが、由緒あるジャーナル「ファミリービジネスレビュー」で、研究はもっとミクロに入っていくべきだと論じ始めます。
これにより研究の問いも変わります。「家族企業は何が違うのか(What)」から、「その違いはどうやって起こっているのか(How)」へと、メカニズムを問うようになっていきました。
個人の内面をとらえる三つの切り口
個人の内面に降りた研究として、番組では三つの切り口が紹介されます。どれも後継者の心の中に焦点を当てたものです。
一つ目は「物語(ナラティブ)」です。数百年続くワイナリーを調べると、先祖が苦境を乗り越えてきた話が家庭内で語られ、レジリエンスを高める会話が飛び交っていたことがわかったといいます。
博行さんは、これを自分たちの祖父の話にたとえます。祖父が豪快で、株の話で人を引きつけた、といったエピソードが次期経営者に焼き付いていく、そのプロセス自体が個人研究の対象になります。
二つ目は「継ぐ動機付け」です。これは2005年の研究で、継ぐ動機は四つに分けられると語られます。
純粋に楽しくて継ぐ、あるいは長男だからと運命・使命として継ぐ
継いだ方が得だからという計算、または他に仕事がなく継ぐしかない
博行さんは、どんな気持ちで継ぐかが継いだ後の頑張り方にも関わると話します。テレアポを例に、楽しくてしょうがない人が一番強く、損得で動ける人がその次かもしれない、と語られます。
三つ目は「心理的所有」です。法的な所有は株の保有率で測りますが、心理的所有は「この会社は自分のものだ」という感覚を指します。
株を持っていなくても、自分のものだと感じるからこそ金策をし、自分の貯金を注入し、新規事業を作る。まるで本物のオーナーのように振る舞う、というものです。
博行さん自身、株はほぼゼロだったものの、自分がやらねば会社が残っていけないという思いから、新規事業を作りたいタイプでもなかったのに作り始めた経験があると語ります。
心理的所有の光と影、そして「集合的な所有」へ
陽平さんは、心理的所有には悩みも伴うと指摘します。自分の期待値が高くなり、周りにもそれを求めてしまい、一人で熱くなっている雰囲気になることがある、というのです。
期待値が、自分の期待値がやっぱり高くなってしまうから、周りにもそれを求めてしまうし。一人で熱くなってる人みたいな雰囲気になるのもね、ちょっと残念なところもある。
博行さんは、これをいい指摘だと受け止めます。抜きん出た行動はアントレプレナーシップとしては大事だが、心理的所有が高すぎる先代は次に渡しにくく、自分の領域を囲い込む「領域行動」にもつながると話します。
陽平さんは、心理的所有が強すぎると物理的な所有欲や「実権を握るのは自分だ」という気持ちも高まり、感情のコントロールが難しくなると加えます。
そこで近年注目されているのが「集合的な心理的所有」です。「この会社は自分のもの」から、もう一段進んで「自分たちのものだ」へと変わっていく感覚です。
一人で頑張っていた頃はイマイチに見えていた父親や従業員が、俯瞰して見ると、みんなで一つのものを組み上げているのだと感じられるようになる。これがスチュワード的な状態だと語られます。
ただし、どうすれば集合的心理的所有に行けるのかは今まさにホットな研究テーマで、決定的な答えはまだ出ていないと補足されます。
兄が挑む研究と、四十五年をたどった完結
個人へ降りる流れは今トレンドですが、理論的土台はまだ弱いとも言われています。そこで博行さんは、自身が取り組む研究について語ります。
子どもの頃のどんな経験が家業をその人の中に埋め込み、どう育つと「家業が自分のもの」あるいは「自分たちのもの」という感覚や内発的動機が生まれるのか。後継ぎたちの人生を一つずつ聞いていく研究です。
陽平さんはこれを「その人の証人になるようなもの」と表現します。生き方や生き様を証人として聞き取る、というイメージです。
個人の話は全体に当てはまるとは限りませんが、十人、二十人、百人と変遷を見ていけば、傾向が見えてくる可能性があると博行さんは考えています。
現在は約20人の人生を聞いて傾向を探しており、規模を広げる構想もあります。20人で見えた傾向を、200人・300人規模のアンケートで検証すれば、より普遍的な理論になっていくと語られます。
今までみんなが積み重ねてきた結果を使わせてもらって、でもまだやってへんとこを俺もやるし、次世代の研究者がやるし。俺がすごいとかじゃなくて、歴史の一部でも自分はあるふうにありたい。
最後に、全六回の研究史が振り返られます。1980年代には研究に値しないとされていたファミリービジネスが、実は心の面で面白いのではないかという流れの中で復活し、四十五年近くを経て個人の内面にまで到達した、という歩みです。
陽平さんは、そんなに歴史の浅い研究だったことに驚いたと感想を述べます。MBA的な発想では家業が取るに足らないとされていたのも、当時の状況を思えば納得できると振り返ります。
博行さんは、世界で最も多い企業形態はファミリービジネスであり、SEWの高い会社が伸びているというデータもあると語ります。だからこそ価値と意味があると信じつつ、影の側面も忘れずに議論したいと話します。
大企業の効率化や急成長への違和感が時代に出てきたことも相まって、地域とともに長期に育つ家業に再び注目が集まっている、というマクロな見立ても語られます。
陽平さんは、次の百年に向けて永続できるよう頑張りたいと締めくくります。今後は日本の状況や研究者へのインタビュー、レゴやエルメスといった世界のファミリービジネスも取り上げたいと展望されています。
まとめ
ファミリービジネス研究は、家族企業と非家族企業の比較から始まり、SEWによる理論化、企業間の多様性への注目を経て、最終的に個人の内面へと向かっていきました。物語・動機付け・心理的所有といった切り口は、後継ぎ一人一人の心を照らすものであり、番組は四十五年の歩みを振り返りながら完結します。
- SEWには「強さの源泉」と「悩みの原因」という両義性がある
- 家族企業は一様ではなく、その多様性の源泉は結局「そこにいる人」に行き着く
- 研究の問いはWhat(何が違うか)からHow(どう起こるか)へと変わっていった
- 心理的所有は本物のオーナーのように振る舞う力になる一方、高すぎると継承や関係の妨げにもなる
- 兄は後継ぎ一人一人の人生を聞き取り、傾向を探る研究に取り組んでいる
