他分野からの借り物理論から、自前の理論へ
前回は家業の天使的な側面と悪魔的な側面、その両方を飲み込んでいくという話でした。
結局両面を飲み込んでっていうような結論やったかと思うけど、やっぱり身に染みるというか、よくわかる話やなと思うよね。甘えちゃうなっていう部分と、でもそれが故に内的モチベーションになって継続できてるっていうところもあるから、どっちがいいとか悪いとかっていう話ではないよね。
兄はこうした実感の一致こそが良い研究の目安だと話します。当事者である弟がピンとこなければ、それは学者の見立てが的を外している可能性もあるという考え方です。
ここからが今回の本題です。これまでのファミリービジネス研究は、経済学や心理学など他分野の理論を借りてきて家業を説明してきました。
基本的には他の分野、経済学とか心理学とかで話されてる内容をそのまま持ってきて、ファミリーのことを説明してて、いわゆるよその分野から借りてきた理論で家業を説明してたんよね。
今回はその借り物から脱し、家業のための自前の理論がようやくできてくる節目の回になります。テーマは「ファミリネス」と「SEW(社会情緒的資産)」の二つです。
家族らしさを資源として捉える「ファミリネス」
一九九九年、ハバージョンとウィリアムズという研究者が「ファミリネス」という言葉を作ります。ファミリー(家族)に「ネス(〜らしさ)」を付けた造語です。
名前は単純ですが、中身は経営学の考え方が土台になっています。使われたのは、自社の持つ資源をもとに戦略を考える「リソースベースドビュー」という理論です。
この考えを家族企業に当てはめると、家族と事業が絡み合うことで生まれる、その会社だけが持つ独特の資源があるのではないか、となります。それがファミリネスです。
兄は弟の事業承継を例に挙げます。四代続く事業を継ぐとき、ゼロから始めたわけではありませんでした。
もう全然違うね。もう四代続く事業やから。元々のお客さんとの信頼関係とか、職人さんとの付き合いとか、そういう商売のやり方っていうのはもう型ができてたよね、多分ね。
取引先との信頼、評判、ノウハウ、価値観。これらは何十年もかけて家族の中で受け継がれてきた暗黙知であり、他社が「ください」と言っても買えないものです。
お金じゃ買えない、価値やね。
弟はこの理論を、ふわっとした絆が資源という武器に翻訳される感覚だと言い換えました。
そうか、ふわっとしたその絆っていうのが、資源っていう武器に翻訳されるというような感じですね。
この年はちょうど、ファミリービジネスを「振る舞い方」で定義しようという論争が起きた時期でもあります。家族の独自性を中心に考えること自体が、家族特有の振る舞いだと捉える見方が広がっていきました。
お金で測れない価値「SEW(社会情緒的資産)」
ファミリネスから八年後の二〇〇七年、ゴメス・メヒアらが中心となって「SEW」という概念を打ち出します。ソシオエモーショナルウェルスの略で、社会情緒的資産や非財務価値と訳されます。
言葉は硬いのですが、中身は人間臭いものです。家族が会社を持ち続けることから得ている、お金ではない価値を指します。
たとえば一族で家のことをコントロールしている感覚、会社と家族の名前が一致して誇りになっていること、先祖から繋いだものを子孫に渡したいという思い。どれもお金に還元できないけれど大切なものです。
お金には換算できないけど、確かに持ってる価値みたいなものってね。
この論文が画期的だったのは、その価値を哲学的に語るだけでなく、データで示した点にあります。舞台はスペインのオリーブオイル製造所でした。
調べたのは千二百三十七軒分、五十年以上にわたるデータです。
当時の常識では、家族企業は長期的な視点を持つため保守的でリスクを避けると考えられていました。ところがデータは、その逆を示したのです。
製造所は、協同組合に入るか独立を保つかの選択を迫られていました。組合に入れば経営は安定しますが、家族の支配力は薄まります。独立を保てば支配は守れますが、経営リスクは上がります。
多くの製造所が選んだのは、リスクの高い独立の方でした。安定よりも、家族が事業をコントロールし続けることを優先したのです。
これらのオリーブオイルの製造所って、組合に入るか独立を保つかで、組合に入ったら経営はすごい安定するんよね。でもその代わり組合の一部になっちゃうから、家族の支配力は薄まっちゃうと。
ここがSEW理論の核心です。家族企業は単にリスクを避けるのではなく、SEWが脅かされるときには業績のリスクすら受け入れて守ろうとします。逆にSEWが守られていれば、儲かりそうな話でも保守的に手を出さないこともあります。
人間は経済的損得だけで動くっていう前提が、家業の本質を取りこぼしてたっていうのか。
兄は、以前扱ったM&Aの是非もこの理論で説明できると言います。お金の面ではグループ入りが安定しても、小さいままでも独自の名前を維持したいという選択が起こりうる、というわけです。
そもそも継ぐとか家業に入るっていう選択自体が、もう損得だけではないもんね。入り口から。
SEWを分解する五つの指標「FIBER」
SEWは魅力的な概念でしたが、具体的に何を指すのかが曖昧でした。そこで二〇一二年、SEWを分解する「FIBER」という指標が作られます。
FIBERは五つの要素の頭文字を並べたものです。兄弟は一つずつ大上家の実感と照らしていきます。
会社を家族が運営していること。株式会社大上は大上家によって運営されているという状態
会社と家族の名前が重なる感覚。大上イコール大上家という一体感
取引先や従業員、地域とのつながり。長年の付き合いを金銭より優先する場面
会社への理屈じゃない情。続いてきた会社を好きだと思う気持ち
次世代へ残したいという思い。子や孫へつないでいきたいという願い
Fの家族の支配について、兄は「支配」という言葉が強すぎるとしつつ、田中さんが実質を握るのではなく大上家でやりたいという思いだと説明します。
自分たちで決めたいっていうのはあるね。
Bの社会的なつながりでは、中国から安く仕入れられても地元の印刷会社との付き合いを優先してしまう場面が例に挙がりました。ただし、これは人によって重みが違うとも指摘されます。
この辺は人の感じ方によって違うから、父はこのBをめっちゃ強調してるかもしらんけど、思い入れのない息子からしたら、それやったら中国でやろうやみたいな感じで。FIBERとはいえ家族全員が一様に大事にしてるかっていうと、人それぞれによっても違う可能性はあるんやけど。
Rの世代継承は、家業特有の強みだと兄は考えます。一年で作った会社に百年続けてくれと言われても難しいけれど、長い時間をかけた家業では次世代へ残したい思いが強まっていくからです。
それがあるから、ちょっと今を自制したりとか、将来ね、長期思考を持ったりとか、そういう考え方になるよね。
FIBERは五段階で数値化され、その平均がSEWの水準を表します。後年には、FIBERが高い会社ほど長期的な利益が出ているという研究も出てきました。
家族らしさが毒に変わるとき
ここまでは家業らしさを素晴らしい資源として語ってきましたが、兄は同じ家族らしさが悪い方に振れる面も見なければフェアではないと言います。
さっきまで家族らしさは素晴らしい資源やみたいな話やったけど、急に悪者になった。
ファイナンスやコーポレートガバナンスの研究者は、家族が会社を支配しすぎることの危険を指摘してきました。まず挙がるのが「エントレンチメント」、日本語でいう居座りです。
所有と経営が一致していると、有能でない経営者でもクビにできません。前回話した「甘やかし」が誰にも止められないままトップに固定されてしまうのです。
さらに「トンネリング」も問題視されます。会社の利益を家族側にこっそり流したり、不公平な取引で支配側の家族が得するように富を移す行為です。
半沢直樹とかで不正取引してる会社ってみんなファミリービジネスな感じせえへん?構造上やっぱり他者の目が入りづらい。それが故にファイバーみたいなのが強くなって次世代まで残そうって強い思いになんねんけど、ひとたびネガティブな方向に行くと強い力になっちゃう。
縁故採用や、家族の見栄のために会社の金を使うといった形もあります。こうした観点からは、家業を早く企業に脱皮させるべきだという主張も出てきます。
家業じゃなくて企業になるとかってね、よくおっしゃる方もいらっしゃるよね。
兄は家業もファミリービジネスも好きで研究しているとしつつ、企業になろうという主張も正しいと認めます。最後は当主がどうしたいかに行き着くという立場です。
SEWが行き過ぎないために
最後にこの回のまとめです。抽象的だった家業らしさに、ファミリネスやSEWといった具体的な概念が入り、二〇一二年あたりで理論が増えていきました。
ファミリネスとSEWは近い部分もあり統合できるのではという機運も生まれ、いまSEWは家業らしさを語るときによく使われる概念になっています。
弟は、SEWが高いことを自認しつつも、それが行き過ぎると従業員との壁になったり、自分の利益のためだけに会社という箱を使ったりする危うさもあると受け止めます。
従業員さんとの壁になったりとか、自分のための利益のためだけに会社という箱を使ったりとか。ちょっと考えさせられる考え。
兄は、SEWがあまりに家族中心に語られすぎている点に課題を感じています。家業はファミリーだけのものなのか、という問いが残るからです。
SEWもありつつも社員さんの幸福も上がっていく会社とかっていっぱいあるはずで。そういう企業がもっと研究されて分解されていったら、ひょっとしたらさらなるいい理論も生まれてくるのかもしれへん。
次回は、SEWが個人の心の問題でもあるという視点から、当主たちがどう生まれてくるのかという内面に踏み込みます。世界のファミリービジネスの歴史をたどる一連の話は、次回が一旦の最終回になります。
まとめ
ファミリービジネス研究は、他分野から借りてきた理論の段階を経て、一九九九年のファミリネス、二〇〇七年のSEWによって自前の理論を持ちました。それは家業の強さを説明する一方で、行き過ぎれば毒にもなるという両面を含んでいます。
- ファミリネスは、家族と事業が絡み合って生まれる真似できない資源として家業らしさを捉え直した概念です。
- SEWは家族が会社を持ち続けることで得るお金では測れない価値で、スペインのオリーブオイル研究でデータとして示されました。
- FIBERはSEWを家族の支配・アイデンティティ・社会的つながり・感情的愛着・世代継承の五つに分解した指標です。
- 同じ家族らしさは、居座りやトンネリングなど、他者の目が入りにくい家族支配の負の側面にも転じうると指摘されています。
- SEWは強みであると同時に、従業員との壁や私的流用につながる危うさもあり、両面をフラットに見ることが研究の課題として残っています。
