ネットワーク効果だけでFacebookは成功できたのか?
ハイパー起業ラジオのMeta編は、前回までFacebookの経営面を扱ってきました。大学単位で小さなネットワークを積み重ねて成長し、マネタイズを後回しにできるだけの資金を集めた、という話です。
今回の尾原さんの問いは、ネットワーク効果だけで本当に成功できるのか、というものです。尾原さんは、その裏側にはユーザーに支持され続けるための機能の積み重ねがあったと話します。
尾原ネットワークエフェクト大好き人間でございますけれども、そんなにネットワークエフェクトだけで成功できんのかよ。
今回のテーマは「ニュースフィード革命」です。けんすうさんが言うように、ニュースフィードは今ではSNSの代名詞ですが、Facebookに導入されたのは2006年で、サービス開始から2年半ほど経ってからでした。
その2年半のあいだFacebookはどうやって支持を集めたのか、そしてニュースフィードで何が変わったのか。この2つが今回の話の流れになります。
新機能が根づくには「機が熟す」ことが必要
尾原さんは本題に入る前に、新しい機能を入れるにはタイミングが熟していることが大事だ、と補足します。そのタイミングを決める因子は2つあるといいます。
1つは通信速度と通信の気軽さです。もう1つは、それに比例して増えていく、ユーザーがネットに情報を上げることへの慣れ、つまりアップする情報量です。
通信環境の向上
通信速度が上がり、通信が気軽になる
習慣の定着
ネットに情報を出してもいいという感覚にユーザーが慣れていく
機能の受容
機能を使っても大丈夫だと感じ、行動が変わる
尾原さんによれば、機能がうまく動けばユーザーの行動はすぐ変わると思われがちです。しかし実際には、ユーザーが新しい機能に順応するまでには時間とステップが必要だといいます。
機能が熟しても、ユーザーがその機能に順応することをやっても大丈夫かなっていうところに、至るまでには時間とステップがいるんですよね。
けんすうさんはYouTubeを例に挙げます。アップロード機能は始まった当初からあったのに、芸能人が入ってくるまでには15年ほどかかった、という見方です。
では、初期のFacebookでUX担当だったら何を優先するか。尾原さんの問いに、けんすうさんはプロフィールページの更新や編集をしやすくし、表示速度を上げることに工数を割くと答え、尾原さんはまさにその通りだと応じました。
初期Facebookで最大の発明は写真のタグ付けだった
初期のFacebookは、プロフィールに自分の掲示板である「ウォール」を付ける形から始まりました。そのうえで尾原さんは、この時期の一番のイノベーションは写真のタグ付けだったと考えています。
写真のタグ付けが入ったのは2005年です。尾原さんが驚くのは、写真のアップロード機能から2週間から1か月ほどの遅れで、もうタグ付けを作っていた点です。
尾原さんはここで、サービス定着の段階ごとに何へ注力するかを考えるフレームワークとしてAARRR ── 米国の投資家デイブ・マクルーアが提唱したとされる成長モデル。頭文字から「海賊指標」とも呼ばれ、スタートアップのKPI設計で広く使われてきましたを紹介します。
ネットワーク外部性によって、獲得はFacebookにとって比較的順調でした。尾原さんの見立てでは、Facebookにとって本質的に大事だったのはアクティベートで、ここにいないとだめだと思わせ続ける機能こそが写真のタグ付けだったといいます。
写真タグ付けが効いた理由はFOMOとハレの設計
なぜ写真のタグ付けがそれほど効いたのか。けんすうさんの問いに、尾原さんはソーシャルをハックするうえで最も重要な要素としてFOMO ── Fear of Missing Outの略。自分だけが取り残される、見逃してしまうことへの不安を指し、SNSの利用動機を説明する言葉として広く使われていますを挙げます。
仲間との写真には、自分だけ仲間外れにされたくないという気持ちが働きます。尾原さんは、けんすうさんがイベントで樋口さんと楽しんでいる写真にタグが付いていたら、友達の自分には「なんで俺いないの?」という感情が生まれると例えます。
繋がり続けることへの、その恐怖感を煽るって、まあ、このアクティベートとして、い続けなきゃって思わせるのに、すごい重要なんですよね。
けんすうさんは当時の事情を補足します。iPhoneもなく、デジカメで撮った写真をパソコンに取り込んで上げていたため、1枚1枚の写真に重みがあったといいます。
尾原さんはこの違いを、日本の民俗学でいうハレとケ ── 柳田國男が示した日本の世界観の区分。ハレは祭りや儀礼などの非日常、ケは普段の日常生活を指しますで説明します。常時接続の時代の「今何してるんだろう」を満たすニュースフィードと、特別な場面の写真に「そこに俺がいる」ことを大事にするタグ付けとでは、FOMOの設計が違うという整理です。
常時接続の時代に、友達が今何をしているかを気にさせる。ニュースフィードが担う
重い写真を上げる特別なイベントで「そこに俺いないの?」と思わせる。写真のタグ付けが担う
BeReal、Clubhouse、TikTokに見るタイミングの難しさ
尾原さんは、ハレとケのFOMO設計を間違えると大きく失敗し、うまくいけば大きく成功するといいます。成功例として挙げるのがBeRealです。
BeRealは、スマホでいつでも写真を共有できる当たり前さを逆手に取りました。決まったタイミングで撮影し、背面カメラと同時に自分側も撮るので飾れません。尾原さんはこれを「ケの中にハレを生み出す装置」だと捉えています。
けんすうさんは、2016年に前後カメラで撮った写真がプロフィールになるアプリを作っていたと明かします。尾原さんはそのサービスサニーについて、日常の写真を特別に切り取るにはまだ早すぎたうえ、仲間内でひっそり共有したい若い層から始めるべきだったと振り返ります。
後から聞くと当たり前じゃんって聞こえるが、そのタイミングが多分一番難しいんですよね。
早くやるのは簡単なんですよ。
タイミングが良かったのにハレに振りすぎて失敗した例として、尾原さんはClubhouseを挙げます。端末性能も通信速度も整い、コロナ禍で誰かと話したい時期でしたが、ハレのFOMOが強すぎて「ずっと発信していなきゃ」という圧力がかかり、SNS疲れを生んだといいます。
さらにClubhouseは発信者と受信者が同時に集まらないと成り立ちません。人が離れ始めると、行っても誰もいないから帰る、という連鎖が起きます。尾原さんはこれをネガティブネットワークエフェクト ── 利用者が減るほどサービスの価値が下がり、さらに利用者が離れていく逆回転の現象。ネットワーク効果の負の側面ですと呼びます。
ハレのFOMOで熱狂
あの人に会える、話せたという興奮で一気に盛り上がる
SNS疲れ
ずっといなきゃという圧力で疲れて離れる人が出る
人がいない
行っても誰もいないので自分もすぐ帰る
逆回転
後から来た人も誰もいないので帰り、さらに人が減る
けんすうさんは、その2年前にもダンスなど非言語でつながる短い動画のサービスを手がけ、大きく滑ったと話します。尾原さんは、TikTokやMusical.lyも口パクとダンスにたどり着くまでピボットを重ねたと指摘します。
尾原さんによれば、タイミングを引き寄せる方法は2つです。狙い打って出すか、スモールピボットを続けながら待てる体力を持つかを自覚的に選ぶことが大事だといいます。
ニュースフィードは「天動説」への転換だった
写真タグ付けの数年後に始まったニュースフィードについて、尾原さんはAARRRの観点から語ります。順番の印象から獲得が大事だと誤解されがちですが、持続的なサービスに必要なのはアクティベートとリテンションだといいます。
通信速度が上がり、ユーザーも情報のアップに慣れてきたタイミングで、ザッカーバーグは尾原さんの言う「地動説から天動説へのシフトチェンジ」を決断します。それがニュースフィードでした。
それまでのプロフィールやウォールは、「私のページに私の活動を見に来てください」という考え方でした。更新したことは、ポークのような通知で周りに知らせていたといいます。
友達が増えていく新鮮さは、いずれ薄れていきます。そこで、友達が今何をしているかを見に行かせるのではなく、自分がログインしたページに友達の更新を一覧で並べる変更がニュースフィードでした。
友達リストから一人ずつページを訪ね、初めてその人の最新情報を見られる
ログインしたページに、友達全員の更新がまとめて流れてくる
けんすうさんは、今の人にはピンとこないかもしれないが、友達の情報が一括でタイムラインに並ぶのは当時めちゃくちゃ革命的だった、と振り返ります。
炎上してもザッカーバーグがニュースフィードを止めなかった理由
けんすうさんの記憶では、ニュースフィードの導入は当時大きく炎上しました。尾原さんによれば、友達の更新が見えるなら自分の更新も誰かに伝わっているのでは、というプライバシーの懸念が強かったといいます。
わざわざ見に来る分にはいいが、別に「見る気がない人にも情報が全部伝わっちゃう」「え?」っていう感じですよね。
尾原さんは、オンラインショッピングが出たときの「情報が盗まれるのでは」という不安と同じだと説明します。慣れていないものに対して、人間はポジティブよりネガティブな想像力を働かせやすいといいます。
それでもザッカーバーグは、炎上を理由に撤回しませんでした。友達との本当のつながりをこの場所で見続けられる価値を実現するために、ここは踏ん張ると決断したと尾原さんは話します。
代わりにFacebookが徹底したのが公開範囲の設定です。このアクティビティは友達まで、これは友達の友達まで、という設定をわかりやすくし、最初は固めにして徐々に広げることを丁寧に進めたといいます。
Twitterを真似たのか?設計思想の違い
けんすうさんは、ニュースフィードの時期にはもうTwitterが出ていたのでは、と尋ねます。尾原さんによれば、Twitterのスタートは2006年3月21日、Facebookのニュースフィード正式導入は同年9月5日で、半年の差があります。
けんすうさんは、少なくとも発想の1つにはなったはずだと見ています。一方で尾原さんは、Twitterは初めから全公開を前提に、入力欄で「今何してる?」と問う設計だった点を強調します。
初めからオープン。短文で「今何してる?」という行動を流す設計
実名でつながり、プロフィールを見に行く設計。ニュースフィードはステータス更新のログに近い
けんすうさんも、Facebookのニュースフィードはステータス更新のログを見る感覚に近く、TwitterはSkypeのステータスのような「今何してんの」を投稿するもので、少し違うと応じます。
尾原さんは、Twitterを見て焦った面は絶対にあるとしつつ、指向性の違う発想をFacebookらしさの中にどう取り込むかは大きな議論になったはずだと話します。プライバシーを細かく設定できるようにしたことが、公開前提のTwitterとの違いだったという見立てです。
iPhone直前の激動期とモバイルの波
けんすうさんは、2005年から2010年ごろはブロードバンド化、写真や動画の急増、iPhoneの登場が重なった激動期で、今よりタイミングがシビアだったと指摘します。
尾原さんは、iPhoneより前にモバイルに適した機能を出していたため、FacebookもTwitterもモバイルの波にうまく乗れたと話します。ただし、それを全部戦略だったと考えるべきではない、と注意を促します。
尾原さんによれば、Facebookはのちに大きく儲かるようになる一方で、モバイルで失敗して大転換します。Twitterもモバイルと相性が良かったのに、しばらくはサードパーティがモバイル化を担っていました。
成功は自分だけで作るものではなく、周りの環境が作ったものを主流に取り戻したり、間違えたらピボットして戻したりすることも大事だ、と尾原さんは話しています。
次回予告:「いいね!」はユーザーが名付けた
次回は、Facebookの組織経営と文化の設計がテーマです。尾原さんによれば、いいねボタンが生まれたのはニュースフィードの3年後で、その名前もFacebookではなくユーザーの投票で決まったといいます。
良い機能を浮かび上がらせる舞台作りとして、グロースハックチームや、日本ではあまり知られていないという「1%ロールアウト」の話が予告されました。
まとめ
初期Facebookの成長は、ネットワーク効果だけでなく、写真のタグ付けやニュースフィードを適切なタイミングで出す機能設計に支えられていた、というのが今回の話の核です。通信環境とユーザーの習慣が熟すのを見極め、炎上しても価値を信じて踏ん張る判断が、その後のFacebookを形づくったと語られています。
- 新機能が根づくには、通信環境とユーザーの習慣の両方が熟すまでの時間が必要
- 写真のタグ付けは「そこに自分がいない」怖さを利用し、アクティベートを支えた
- FOMOは日常(ケ)と非日常(ハレ)で設計が異なり、Clubhouseはハレに振りすぎて疲弊を生んだ
- ニュースフィードは炎上を招いたが、細かな公開範囲設定とともに貫かれた
- モバイルの波に乗れた成功は、すべてが戦略だったわけではない





