『凡人の事業論』はどんな本なのか?
けんすうさんは、前職のnanapi時代にエンジェル投資家 ── 創業まもないスタートアップに、個人の資金で出資する投資家。資金だけでなく、経営の助言や人脈の紹介で起業家を支えることも多い存在ですとして出資を受けて以来、事業の相談を続けている小澤隆生さんを「師匠」と紹介してこの回を始めます。
小澤さんの近著『凡人の事業論 天才じゃない僕らが成功するためにやるべき驚くほどシンプルなこと』は、小澤さんへのインタビューをもとに別の書き手がまとめた本です。尾原さんは、新規事業の立ち上げに限らず、会社でプロジェクトを進める人にも再現性がある内容だと評価し、自ら小澤さんに出演を頼んだといいます。
まあ、色々言うけど、すげえ良い本なんですよ、これ。
小澤さんによると、本の執筆依頼はずっと断ってきたものの、インタビュー形式で他の人が書くならと引き受けたそうです。会社を辞めたタイミングと重なったことも理由の一つでした。
当初は小澤さんの評伝のような方向になりかけましたが、小澤さんはそれを断りました。ベンチャーキャピタルは人を応援する仕事なので、起業家を応援できる内容にしてほしいと伝え、その形でまとまったと話しています。
けんすうさんは、この本を「小澤さんが起業家にアドバイスするなら言っていることが全部まとまった本」と受け止めています。そのうえで、本に書かれた手法は本当に再現性があるのかを小澤さんに尋ねました。
(投資先の)話とかも載ってるんですけど、やっぱ見てるとこれ再現性あるなっていう感じなんですか?
小澤さんの答えは「ある」でした。小澤さんは事業の成功を鉄棒の逆上がりにたとえ、やり方を知っていればほぼできるようになり、その先の大車輪まで行けるかは難度の問題だと説明します。
こうした気づきの出どころについて、小澤さんは順位をつけて答えています。1位は自分でプロセスを経験して気づいたこと、2位は投資先の起業家を見て気づいたこと、3位は先輩経営者を見て気づいたことです。できた人とできなかった人の違いから、共通点を抽出してきたといいます。
やり方がわかっても、なぜ「凡事徹底」が必要なのか
けんすうさんは、本を読んでもできない人がいるのではないかと考え、できる人とできない人を分ける線を小澤さんに尋ねました。
小澤さんの答えは「頑張らなかったら無理」というものでした。やり方がわかることと、実際にやることは別だという考えです。
逆上がりのたとえでいえば、1回目からできる人はいません。10回、20回と練習すればでき、一度できれば何度でもできますが、2回で諦めればできません。小澤さんは、鉄棒ではなく生えている木で逆上がりを試すような、取り組む市場や領域の選び方の誤りも無理な例として挙げています。
けんすうさんが小澤さんから学んだことの中で特に印象に残っているのは、当たり前のことを徹底的にやるという点です。けんすうさんは、起業家が考えすぎて変なことをしてしまう場面はよくあると話します。
やっぱ当たり前のことを徹底的にやるみたいなところ、すごい言われた気がしていて。
小澤さんは、本で一貫して伝えているのは凡事徹底 ── 当たり前のことを、誰にも真似できないほど徹底して続けること。日本の経営者がよく使う言葉で、小澤さんは「凡人なんだから凡事徹底」と表現していますだと答えます。天才はビジョンも実行力もすごいのでメソッドは必要ないものの、人口の99%はそうではない、という見立てです。
小澤さんは車の運転にもたとえています。天才はスピードを怖がらずにカーブを曲がれるので速いラップで回れますが、多くの人は怖いと感じます。だからこそ、その先に成功があると理解したうえで、怖くても歯を食いしばってアクセルを踏み続けることが大事だといいます。
ビジョンも実行力もすごく、メソッドが不要。スピードを怖がらずにカーブを曲がれる
スピードや高さを怖いと感じる。成功があると理解して、怖くてもアクセルを踏み続ける
「センターピン」を見誤るとどうなるのか?
けんすうさんはnanapiというハウツーサイトを運営していた頃の経験を振り返ります。小澤さんは最初から「記事の量、データベースの量が大事」としか言っていなかったそうです。
けんすうさんは数字がなかなか上がらず不安になり、さまざまな施策を試しました。しかし後から見ると、トラフィックは記事数に応じて伸びていただけで、他の施策はほぼ効果がなかったといいます。
やっぱ1年やっても2年やってもそんなに伸びてないと間違ってんじゃないかみたいな気持ちに僕はなっちゃって。
小澤さんはこの話を受けて、間違っていることを一生懸命やるのはダメだと話します。大事なのは、正しいことを人並み外れてやり続けることです。その「正しいこと」を見抜くことを、小澤さんはセンターピンと呼んでいます。
小澤さんによれば、センターピンの仮説を間違えると、実力のある人ほど信じられないスピードで間違えていきます。小澤さんはこれを「よーいドンで後ろ向きに走る」と表現し、世界記録を持つ人が後ろ向きに走れば世界一間違えていく、と例えています。
けんすうさんが「小澤さんなら間違いを見抜けるのか」と尋ねると、小澤さんは、ひらめいた瞬間は自分を天才だと思うものの、それが高い確率で外れていることも経験から知っていると答えました。けんすうさんとチャットで「天才ですね」と言い合ったアイデアも、たいてい外れていたそうです。
そこで小澤さんは、間違えることを前提にテストするという方法をとります。10個のうち9個ほどは間違えていて、1個ほど当たりがあるので、当たりの検証をさらに重ね、これだとわかったときに全力でアクセルを踏むといいます。
ひらめく
「これが大事だ」と思いつく。その時は自分を天才だと感じる
疑う
過去の経験上、間違っている可能性がそれなりにあると考える
テストする
検証すると、10個に9個ほどは間違っている
絞り込む
当たりらしい1個の検証をさらに重ねる
アクセルを踏む
これだと確信したら全力で取り組む
投資先の「ずれ」に小澤さんはどう向き合うのか
けんすうさんは、小澤さんから「打ち出し角度は間違えるな」と教わったことを振り返ります。大枠は間違えにくいので角度だけ決め、その中でどこが当たるかは投げてみて精度を高めていく、というやり方です。小澤さんは「でも大体間違えてますね」と応じています。
尾原さんは、楽天に小澤さんの後から入社した経験を語ります。それまでマーケティングや経営企画など裏方の仕事が多かった尾原さんにとって、楽天は組織で事業を作るほぼ初めての場でした。
誰ベンチマークすればいいんですかっていう話を楽天の中で聞いたら、やっぱ小澤だよっていう話が多くて。
尾原さんは、小澤さんの事業の作り方を社内の12〜13人に聞いて回り、ベンチマークしたといいます。一番参考にしたのは、最低限のゴールが何かを見極め、そこに向けて着実に進める力だったそうです。
けんすうさんは、小澤さんのすごさが伝説のように語られるため、その部分だけは天才のように感じてしまうと話します。そのうえで、投資先の打ち出し角度やゴール設定がずれていると感じたときにどうするのかを尋ねました。
小澤さんの答えは、投資先の会社のフェーズによるというものです。初期段階なら修正が効くので、条件を話し合ったうえで投資することもあります。一方で、フェーズが進んでいる場合は投資を見送るといいます。
投資後にずれが出てきた場合も同様ですが、小澤さんは、決裁権や人事権を持つ自分の会社と投資先とは違うと強調します。投資先の場合は社長が納得しない限り修正されず、修正するかどうかは最終的に社長の責任であり、社長任せになると話しています。
初期段階: 修正が効くため、条件を話し合いながら投資を決めることもある
後のフェーズ: ずれが大きければ投資を見送る。投資後の修正は最終的に社長に委ねる
楽天球団の収益化は「思考ロジックの勝負」
尾原さんは、楽天球団で勝敗に依存しない収益モデルを作った話を取り上げ、凡人でもそこに到達できるのかを小澤さんに問いかけます。
小澤さんは、ロジカルに考えられる人なら、その立場になれば誰でも至ると答えています。当時は弱いチームであることが確定しており、しかも黒字化が求められていたため、「強くすればチケットが売れる」という前提を最初から捨てる必要があったといいます。
そこで小澤さんは、プロ野球から「野球」を外し、2万人が入る施設の収益をどう最大化するかという問題に置き換えました。収益をチケット、飲食、グッズに分解すれば、それぞれの分野で遊園地などの成功事例を探しに行けます。
小澤さんは、ここに飛躍はなく、野球や勝敗を消すといった条件設定を少しいじっているだけだと話します。そして、思考ロジックの勝負にすると実は「凡人の天下」だと表現しました。
けんすうさんは、結論だけを聞くと天才に見えるものの、何を目的とし、何を制約として外すかをロジカルに考えればできる、と整理します。
小澤さんはこれに同意し、具体的な計算の進め方を説明します。年間のコストを弾き出し、売上を分解します。1回あたり1万2000人が入り、単価3000円ほどなら、1試合の売上は3000万〜5000万円ほどになる、というように目標数値ができていくといいます。
目標数値ができれば、あとはお金を使ってもらえる商品設計は何かという話になり、単なる飲食業として考えられます。小澤さんは、最後は売上とコストに落とせるので、数字まで話せばほぼ説明可能だと話しています。
前提を外す
弱いチームで勝敗には頼れないため、「野球」と「勝敗」を消す
施設として見る
2万人が入る施設の収益最大化という問題に置き換える
分解する
チケット、飲食、グッズに分け、それぞれの成功事例を探す
数字にする
コストと売上を計算し、目標数値と商品設計に落とし込む
だから、数字に分解して、じゃあその数字を構成してる要素はお土産、飲食じゃん。
尾原さんは、飲食で野球場をうまく運営している海外の事例があるなら、球場でバーベキューをやってもいい、と話をつなげます。
小澤さんはさらに、野球を外してただの居酒屋として考えれば、飲食単価4500円が取れたら最高だという発想になると話します。野球に関係なく4500円を取れている飲食店はあるので、それを参考にできます。
小澤さんは、野球が好きでない人にとっては、球場でおいしいものを食べ、後ろで野球をやっているからみんなでワイワイできる、くらいのほうが再現性があり、凡人でも作れると話しています。
自分の事業だと、なぜ正しいことが見えなくなるのか?
けんすうさんは、小澤さんの話はいつもシンプルで納得できるのに、自分で事業をやっていると気づけないのはなぜかと尋ねます。
小澤さんは、これは癖とコツと修練の問題で、繰り返しの鍛錬が必要だと答えます。けんすうさんは本来できるはずだが、自分の事業だから目が曇り、バイアスがかかると指摘しました。
小澤さんによれば、これが得意なのはメタ認知 ── 自分の考えや行動を、一段上の視点から客観的に捉えること。思い込みや感情に気づき、判断を修正するために役立つとされますができる人です。なぜこのサービスはうまくいき、なぜあのサービスはうまくいかないのか、自分がなぜその行動をとっているのかを客観的に捉え、言語化できる人が強い領域だといいます。逆に、感情で動いたり「好きだから」で終わらせたりする人はダメだと話しています。
小澤さんは、けんすうさんがSNSで他の事業を鋭く切っているのは、どれも一言で済む外からの判断だからだと笑いながら指摘します。けんすうさんもそれを認め、自社での工夫を明かしました。
けんすうさんの会社のボードメンバーでは、小澤さんの言うことは絶対に正しいというルールを決めたときに物事がスムーズに進んだそうです。自分たちだけで考えると、わけがわからなくなってしまうといいます。
小澤さんは、バイアスを外してメタ認知で物事を見ることが大事だと話します。社長がやりたいことを多少思いやりながらも、「空は青いよね」というような太い筋を示すのがセンターピンや打ち出し角度であり、自分が言っていることのほとんどは「地球は丸い」「お腹が減ったら物が食べたい」くらい当たり前のことだといいます。
PayPayの戦略は「店が多くて還元率が高い」だけ
けんすうさんは、PayPayの立ち上げ時に小澤さんから聞いた戦略を振り返ります。使える店がたくさんあって、還元率が高いほうがユーザーは喜ぶ、だからこの2つをやる、というシンプルなものでした。
小澤さんは、戦略がシンプルでないとトップから現場まで伝わらず、余計なことを始めてしまうと説明しています。
店舗数ってどうやればいいのかっていうと、たくさんの人がたくさん店を回ればいい。だからたくさん雇うみたいな感じの順序でやってて。
小澤さんは、PayPayについては戦略というほどの話ではなく、問題は実行力や思考力、徹底力のほうだと話します。本にも書かれているように、PayPayの現社長である中野山さんらに福岡で飛び込み営業をしてもらい、正しいやり方で優秀な人が何軒取れるかを確かめたそうです。
その数字をもとに日本地図と店舗の分布を見ながら計算すると、必要な営業人員は3000人になりました。人数が決まれば、1か月で3000人をどう集めるかは別のゲームであり、そこに迷いはなかったといいます。
小澤さんが示した計画は、日本一の店舗数を目指し、1年目で100万店、3年目で300万店というものでした。1人あたり1日2.5軒を獲得し、3000人で1日7000軒、20日稼働で月14万軒という計算です。実際には効率が落ちることも見込んでいたそうです。
小澤さんは、PayPayは「小4ぐらいまでの常識と計算力」でやれると表現します。プロ野球チームも同様で、思考ロジックとしては誰でもできるといいます。ただし、思考力や徹底力の部分まで誰でもできるとは言わない、と付け加えています。
Yahoo!ショッピングと孫さんへのプレゼンは「算数」
けんすうさんは、小澤さんによるYahoo!ショッピングの戦略発表も、誰でもわかる理論だったと振り返ります。一度見ただけで人に説明できるほどだったそうです。
マジで誰でもわかる理論なんですよ。僕でもこれ1回見ただけで人に説明できるぐらいのものになってて。
小澤さんによると、前提はEコマースのセンターピンが「商品、価格、配送」の3つで、順番もこの通りだということです。どれほど配送が早く安くても、欲しくないものは買われず、ここにしかない商品なら配送が遅く価格が高くても買われるため、最初は商品だといいます。
楽天やAmazonがある中で「無理ですよ」という声もあったものの、小澤さんは、勝てるかはわからなくても1歩目はこれだと定めることで迷いがなくなると話します。あとは何歩目まで行けるかの勝負です。
商品は集まりましたが、価格は競争で下がると思っていたほど下がりませんでした。そこで小澤さんは、ポイントを付ければ全体を下げられると考えます。ポイントの原資が問題になりますが、ソフトバンクグループ全体で考えれば、当時の利益は片方が1兆円、片方が1500億円ほどで、「これ算数じゃん」と感じたといいます。
小澤さんはこれを孫正義さんにプレゼンしました。孫さんのような人を説得するには、複雑なロジックではなく、誰が聞いてもそうだと思える話が必要だと話しています。誰よりも安くしたい、利益が出ている側が全部突っ込めば絶対に安くなり、お客さんが来る、という説明です。
小澤さんは、その時点でPLは考えておらず、GMV ── 流通取引総額。ECサイトなどで取引された商品の総額のことで、売上や利益とは別の、規模を測る指標ですというKPIを最大化するなら成立する話だったと明かしています。
(発言なし)
まとめ
小澤隆生さんの事業論は、天才的なひらめきではなく、センターピンを検証で見極め、正しいことを人並み外れて続けるという凡人向けの方法論です。楽天球団、PayPay、Yahoo!ショッピングの事例も、前提を外し、要素に分解し、数字に落とすという誰でもたどれる思考で説明されています。
- やり方を知っていれば逆上がりのようにほぼ再現でき、あとは諦めずに練習し続けられるかで決まる
- ひらめきは10個に9個ほど外れる前提でテストし、当たりを確信したら全力でアクセルを踏む
- 楽天球団では野球と勝敗を外し、2万人の施設の収益をチケット・飲食・グッズに分解した
- PayPayやYahoo!ショッピングの戦略は、小4程度の常識と計算で説明できるほどシンプルだった
- 自分の事業ではバイアスがかかるため、メタ認知で客観視することや、外部の正しい意見を前提にすることが有効


