なぜ起業ではなくベンチャーキャピタルだったのか?
小澤隆生さんがベンチャーキャピタルを始めてから、収録時点でおよそ1年が経っています。番組では、けんすうさんと尾原和啓さんが、小澤さんが今どんな状態で、今後何をしようとしているのかを尋ねるところから話が始まります。
小澤さんによると、会社を辞めたのはYahoo!が消滅することが決まったからでした。新しいことをやりたくて辞めたわけではなく、辞めてから何をするかを考えたといいます。
過去に何度も起業してきた小澤さんにとって、起業は当然の選択肢でした。ただ、50歳を超えていたことに加え、最後に携わったPayPayの経験が強烈すぎたと振り返ります。
小澤さんは1993年にインターネットの世界に入って以来、「インターネットなら世界を変えられる」と考え、できるだけ大きな規模を追いかけてきました。自分の会社を売ってでも楽天やYahoo!といった大きな組織に入り、そのリソースで大きなことをやろうとしてきたといいます。
その集大成がPayPayです。取扱額が十何兆円、利用者が6000万人規模で、おそらく誰もが名前を知っているサービスをゼロから作れたことを、小澤さんは「インターネット業界冥利に尽きる」立場だと表現しています。
一方で小澤さんは、規模という方向では、もう起業してもPayPay以上のことは難しいのではないかと感じたといいます。
PayPayより泣けたのは、WBCとタレントショーだった
規模を追う道に区切りをつけた小澤さんは、自分がどんなものにワクワクし、燃えられるのかを人生から振り返りました。最初に見直したのは、PayPayで得た感動の中身です。
小澤さんによれば、PayPayで大きな目標に向かって頑張ったものの、涙を流したり打ち震えたりする瞬間的な感動があったわけではありませんでした。「俺はやり遂げた」と脳で理解する、じわりじわりと来る感動だったといいます。
対照的だったのが、同じ時期に開かれていたワールドベースボールクラシックです。大谷翔平選手が出場した試合で日本が勝ったとき、侍ジャパンに「1ミクロンも」関わっていない小澤さんが号泣していたそうです。
小澤さんは、心が揺さぶられる瞬間はインターネットの規模とは別の次元に存在すると気づきました。そこで、この歳になったら自分が感動できるかどうかを追おうと、真剣に考え始めたといいます。
大きな目標をやり遂げたと脳で理解する、じわりじわり来る感動
自分は関わっていないのに号泣する、瞬間的に心を揺さぶる感動
感動を求めて最初に選んだのがスポーツです。プロ野球チームを運営していた頃、喜ぶ子どもたちを見てもらい泣きした経験があったことから、当時オファーを受けていたJFA(日本サッカー協会)の理事を引き受け、サッカー日本代表に関わることにしました。
もう1つが、アメリカズ・ゴット・タレント ── アメリカの公開オーディション番組。一般の出場者が歌や芸を披露し、審査員が評価します。特別な出場者に押されるゴールデンブザーは番組の名物場面ですの「ゴールデンブザー」です。審査員が特別な合格を与える場面で、小澤さんは毎晩同じシーンを号泣しながら見ていたといいます。
ただ、見ているだけでは何もしなくなってしまうと、小澤さんは自分を戒めます。けんすうさんの「出るか」という合いの手に、番組に出るのは難易度が高いと笑いながら、なぜゴールデンブザーで泣けるのかを分析し始めました。
「スタートアップ界のサイモン」を目指す理由
小澤さんが泣けるゴールデンブザーの場面には、共通する型があるといいます。町の片隅で歌っていた人や、クラスでいじめられながら家で歌だけ歌っていた人が出てきて、その歌とストーリーに審査員が感動し、本人と家族が泣きながら抱き合うという場面です。
小澤さんは、自分が感動しているのは歌のうまさではなく、人の人生が猛烈に変わる瞬間を目撃していることだと気づきました。夢が叶ったり、何者でもなかった人が観客のスタンディングオベーションの中で審査員に褒められたりする瞬間が、心をつかむのだといいます。
そこで小澤さんがひらめいたのが投資です。歌の指導はできなくても、事業に寄り添うことならできるかもしれない。上場でもM&Aでも、サービスがうまくいくことでもいいので、人に投資してゴールデンブザーを押す役になれると考えました。
小澤さんが目標に掲げたのは、オーディション番組の審査員サイモンです。難しい顔をしながら、ここぞという場面でブザーを押す人物で、小澤さんは「スタートアップ界のサイモン」を目指そうと決めました。
なるほどね。ロールモデルがサイモンさんなんですね。
小澤さんは、孫正義さんや三木谷浩史さんから教わったことを自分だけのために使うより、これから頑張る人のために使うほうが絶対にいいと話します。けんすうさんとnanapiを一緒にやり、けんすうさんが誰もが知る人になる過程に携われたことが本当に嬉しかったそうです。
こうした経験を今後何人とできるかを真剣に考えた結果、ベンチャーキャピタルという仕組みがよいと結論づけたといいます。
そういうことをベンチャーキャピタルとしてゴールデンブザーを押しまくるっていうのをこれからやってくぞと。
200億円を逃しても、南さんに投資しなかったわけ
小澤さんの投資の好みを示すエピソードとして語られたのが、プロ野球チーム時代の部下2人の話です。ビズリーチを作った南さんと、弁当事業のスターフェスティバルを手がける岸田さんは同じ時期に起業しましたが、小澤さんが個人で投資したのは岸田さんだけでした。
小澤さんは、経済的な損失で言えば200億円ぐらいになると笑います。南さんに投資しなかった理由は、真剣に「自分がいなくても大丈夫」だと思ったからで、実際に南さんは大丈夫だったといいます。
一方の岸田さんについて、小澤さんは自分がいなかったらダメだったのではないかと思っているそうです。この方式を使えば誰でもできると証明したい気持ちや、この人と一緒にやりたいという気持ちがあるといいます。
尾原さんは、小澤さんが投資する起業家にはどこか足りない部分がある人が多いと指摘します。小澤さんも、クラウドワークス ── フリーランスと仕事の発注者をつなぐクラウドソーシングサービスを運営する日本企業の吉田浩一郎さんや山野さんの名前を挙げ、「ちょっと危なっかしい」人たちだと認めています。
小澤さんは、そうした人は普通のベンチャーキャピタルで断られ続けてきた人だと考えており、自分の役割をスタートアップ界の最後のセーフティネットのようなものだと表現しました。
小澤さん自身は、自分が指導する立場ではないことは重々わきまえていると強調します。ただ、このままでは失敗しそうだということは見ていればわかるので、そこに寄り添いたいといいます。小澤さんいわく、それは自己満足であり、PayPay以上のものは作れないからこそ選んだ道でもあります。
普通起業家ってこの投資家からいろいろ聞いて、それで成長してたと思っても、大体やっぱこう自分の力でいけてるっていう風に途中から思い始める。
けど、あの場(小澤さんの起業家牧場)だけはやっぱり小澤さんのおかげみたいな気持ちがすごい強い場だなと思ってますね。
小澤さんの周りに集まる起業家は、エリート集団とは言いにくく、普通のことを異常なほどやり続ける人や、ゴールが決まったら死ぬほど頑張る人が多いと語られています。小澤さんはそうした気質を「ちょっと変質的」「パラノイア ── もともとは妄想症を指す言葉。ビジネスでは、一つのことに偏執的なまでに没頭する性質の比喩として使われます」と呼び、その没入があれば他の欠点や欠けた能力は補えると経験上知っているといいます。
投資の基準は「しつこい」、それ以外は市場で見る
尾原さんが今の投資基準を尋ねると、小澤さんの答えは即答でした。しつこければ大体オッケーだといいます。
しつこさの見極め方として小澤さんが挙げたのは、面接で一度断られてから勝負だと思っている人です。「ビジネスプランをご理解いただけなかったと思うので」と言って家の前で待っていたり、会社まで来たり、メールを33通送ってきたりする人がいるそうです。
小澤さんは、そういう人は相手の気持ち悪さを無視できる人であり、面倒くさいことをやり抜く力が人より図抜けていると評価します。嫌われ者になるかもしれないが、最後はなんとかしてしまうだろうと考えているといいます。
小澤さんはさらに、「人がいい」は経営者の褒め言葉ではないと話します。経営者を見れば、友達になりたいかどうかで言えばそうではない人が結構いる、というのが小澤さんの見方です。
一方で、事業モデルを見る軸もあります。小澤さんは、個人で投資する場合と、ファンドとして業で投資する場合とで基準が違うと説明しました。
市場領域とサービスをまず見る。優秀な人でも間違った市場ならダメ
頭がいい人なら、市場が合っていなくても「いつか」に賭けることがある
小澤さんは市場選びの重要性を、足のめちゃくちゃ速い人が「チェスをやります」と言っても評価できない、という例えで説明します。走る競技をやってほしい、長距離か短距離かはともかく、と話し、人と市場のマッチングをまず見るといいます。
ARRの時代に、ファンドの資金で会社を作る
尾原さんが、小澤さんの側から事業を考えることはあるのかと尋ねると、ブーストキャピタルではそれがあると小澤さんは答えます。きっかけは、10年ぶりぐらいにスタートアップの世界へ戻ってきて感じた変化でした。
小澤さんは「浦島太郎状態」だったといい、ARRマルチプル ── 年間経常収益(ARR)の何倍で企業価値を評価するかという指標。赤字のSaaS企業などの評価によく使われますと言われても宇宙人の言葉のように感じたそうです。DCF ── 将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算出する方法ではないのかと聞くと、赤字だから使えないと返されたといいます。
小澤さんは、ルールが全部株価を上げるためのルールになっていると感じたと話します。結論として、10年前より非上場企業の株価が高い一方、上場時の評価額は変わっていないため、投資のスプレッドがとても薄くなっていると説明しました。
ルールの変化
ARRなど株価を上げるための評価基準が広まった
株価の上昇
非上場企業の株価が10年前より高くなった
利幅の縮小
上場時の評価額は変わらず、スプレッドが薄くなった
創業する
ファンドの資金で事業計画を書き、社長を連れてくる
1年やってみた小澤さんは、買収するか、会社を作るしかないと考えました。ファンドを始めた以上、本当は自分のお金でできるのにファンドの資金で作るしかない、と苦笑交じりに語っています。
具体的には、事業計画を数本書き、社長を見つけてきて「これをやってください、お金はブーストキャピタルが出します」という形です。小澤さんは今年2〜3件やると思うと話しています。
けんすうさんは、自分のnanapiもほぼこの形だったと振り返ります。小澤さんがアイデアを作り、一緒にやろうと始まったからです。ただ小澤さんは、nanapiはけんすうさんが大株主で自分たちはマイノリティだったのに対し、今回は自分が考えて組織を作る本当の起業を、ファンドの資金でやるのだと違いを説明しました。
社長や役員になる人にも株を持ってもらい、比率は8対2ぐらいになる見込みだといいます。小澤さんはこれを「ファンドのリターンを最大化するために起業する、謎のこと」と表現し、さっきの感動の話が全部吹き飛ぶと笑いました。
背景にあるのはファンドの規模です。今回は170億円ほどのファンドになるため、数百億円のリターンを出さなければなりません。難易度は高いものの、ファンドのリターンとしてはどでかい成果になり、LP ── リミテッド・パートナーの略。ファンドに資金を出す出資者のことですの皆さんに「よかったでしょ」と言いたいといいます。自分でやっていれば300億円丸儲けなのに、と冗談めかす場面もありました。
志がなくても、パズルなら徹夜できる
けんすうさんは、これだけ成功しながら、なぜ小澤さんはそこまでミッションに忠実になれるのかと問いかけます。投資のリターンを返すために、ゴールデンブザーの喜びは一旦置いて自分で事業を作る姿勢は、楽天球団のときと同じだと指摘しました。
小澤さんの答えは意外なもので、自分にはビジョンがないのだといいます。孫さんや三木谷さんは永遠に自分がやりたいことがあって周りを巻き込んでいくが、自分にはそういうものがあまりないと話します。
その代わり小澤さんは、ミッションに心から共感していなくても、ゲームとして頑張れるといいます。小澤さんがよく口にするのは、人はパズルで徹夜できるし、ドラクエに夢中になれる、そこに志も夢もないという話です。
小澤さんは、志を持てればいいが、持てない人でもやれる方法があると考えています。自分をそういう状況に追い込み、それが十分に楽しいのだといいます。
この考えの原点には、親の借金によって人生が切り開かれたという強烈な体験があります。小澤さんは、自分がやったことではない黒船のようなもので人生が開国したと表現し、やりたいかどうかに関わらない外部要因が人生にとってとても大事だと語りました。
そこで小澤さんは、外部からの刺激を仕組みとして作れるのではないかと考えています。よくわからないけど会社を作ってみる、よくわからないけどあの人に会って話を聞いてみる、といった形で、思いもよらない人生が開ける可能性を高めるのです。一時期は「指示をくれ」といろいろな人に言い、「指示待ち族」を名乗っていたそうです。
けんすうさんは、そういう人が前編で語られた「凡人の事業論」のような方法を身につけて積み上げていけば、小澤さんのようになれるのはすごくいい話だと受け止めています。
小澤さん自身は、志がないからすぐやめられるし、あっちへ行ったりこっちへ行ったりできるのだと話します。思いが強すぎるとバイアスがかかってしまうので、それを避けたいという考えもあるといいます。
毎日のように起業家と会い、知らない話を聞く
けんすうさんが、これからも投資先でゴールデンブザーを鳴らすことは続くのかと尋ねると、小澤さんはもちろんだと答えます。オーディションと言うのはおこがましいとしつつ、一緒に頑張りたい仲間をずっと探しているそうです。
尾原さんが応募の流れを尋ねると、小澤さんはブーストキャピタルへの応募はすべて自分で見ていると答えました。最近は数が多くて会えないこともあるものの、1日3〜4件は基本的に会うようにしているといいます。
小澤さんにとって、起業家と会うことは純粋に楽しい時間です。本や映画は自分で選んで読むが、ベンチャーキャピタルには知りたいと思ったこともないことをずっと話してくれる人が来るので、選ばずに情報が入ってくる面白さがあると語っています。
だから、自分に興味あるかないかも分からない本当に知らないことを喋ってくれる。
最後に尾原さんは、ブーストキャピタルからの投資を受けたい起業家は連絡してみるとよさそうだと締めくくり、小澤さんの本を読んでから会ってみてほしいと呼びかけました。
まとめ
小澤隆生さんは、PayPayで規模の頂点を経験したあと、人生が変わる瞬間に立ち会う感動を求めてベンチャーキャピタルを選びました。投資ではしつこさを何より重視し、ファンドとしては市場選びを見極め、割高な市場環境ではファンドの資金で自ら会社を作る道にも踏み出しています。その根っこには、志がなくてもゲームとして頑張れるという独自の仕事観がありました。
- PayPayの「じわりと来る感動」より、人生が変わる瞬間の感動を求めて投資家になった
- 投資の基準は「しつこさ」。断られても食い下がる人は最後になんとかすると考えている
- ファンドとしては、どれだけ優秀でも間違った市場ならダメという考えでまず市場を見る
- 非上場株の高騰でスプレッドが薄くなり、ファンドの資金で自ら創業する形を始める
- 志がなくても、外部からの刺激を仕組みにすればゲームとして頑張れるという仕事観がある


