YouTube4倍速へのクレームから始まる第3回
Meta編の第3回は、尾原さんからけんすうさんへの小さな「クレーム」で始まります。番外編の収録でけんすうさんが「YouTubeは2倍速以上で聞けない」と話していたことに対し、尾原さんはYouTubeがプレミアム機能で4倍速再生に対応したと指摘しました。
世界でユーザーデータを一番集めているGoogle様が、4倍速までは人間として必須であるってことを認めたって話ですよね。
尾原さんは冗談めかしつつも、Spotifyが細かく速度調整できることを踏まえ、YouTubeがポッドキャスト対応のために入れた機能だろうと見ています。
本題に入る前に、尾原さんは前回の内容を振り返ります。2004年2月に創業したザ・フェイスブックは、その年の末には100万人に到達しました。
その背景として語られたのが、大学の中の人しか入れないように範囲を絞ったアトミックネットワーク ── ネットワーク効果が自立して回り始める最小単位のネットワーク。小さな集団で密度を高めてから広げるという考え方ですと、憧れの大学や人とつながりたい気持ちが働く優先結合 ── すでに多くのつながりを持つ対象ほど、新たなつながりを集めやすいというネットワークの性質の原理です。
100万人を口コミで集めた速さは何がすごいのか?
けんすうさんは、100万人という数字を今の感覚で小さく見てはいけないと強調します。当時はインターネットを使っていない人も多く、SNS自体が新しい存在でした。
尾原さんは、ChatGPTが2か月で1億人に達した例と比べます。ChatGPTの場合は、世界で30億人ほどがネットにつながり、先進国ではほぼ全員がモバイルを持つという前提がありました。
けんすうさんも、今はSNSで拡散も速いと補足します。SNSが普及していない時代に、Facebookが口コミだけで1年かからず100万人に達したことが凄まじいというのが、2人の共通認識です。
尾原さんによると、アメリカのSNSの初期ユーザーは、リアルの口コミである「ワードオブマウス」で広がることがほとんどでした。最近では、同じような現象を「シャドウシェアリング」と呼ぶこともあるといいます。
本当にいいものって、「いや、けんすうにだけ教えるけどさ」みたいな、そういう方が破壊力ってあって。
このポッドキャストも、最初(SNSで)シェアしなかったっていうのが良かったですよね。
ここから今回のテーマが示されます。2004年末の時点でFacebookは100万人でしたが、ライバルのMySpaceは500万人を抱えていました。
尾原さんは、Facebookがこの差をどう逆転して勝ち続けたのか、そして急成長を支えるインフラをどう整えたのかを掘り下げたいと話します。けんすうさんはMySpaceにも触れていましたが、複雑で日本のユーザーが少なかったため、GREEやmixiのほうを使っていたそうです。
SNSとソーシャルメディア、最初から別物だった?
尾原さんは、3年で1億人に届くようなブリッツスケール ── スピードを最優先して一気に規模を拡大する成長戦略。リード・ホフマンらの著書で広まった言葉ですの局面では、シンプルさが大事だと話します。そのうえで、FacebookとMySpaceには本質的な違いが2つあったといいます。
Facebookは名簿のように「誰とつながるか」に重きを置くサービスで、徹底した実名主義でした。一方、MySpaceは名前のとおり「自分のスペース」で、発信者と受信者の関係に近いものでした。
ああ、なるほどね。(MySpaceは)メディアに近いんですね。
だから最初から、ソーシャルネットワークサービスとソーシャルメディアの対決だったんですよ、実は。
MySpaceで流行ったのは、音楽アーティストや、後期には写真を共有したい人たちでした。尾原さんは、この2つはネットワーク効果の働き方がまったく違うと説明します。
友達が友達を呼ぶ。仲間はずれになりたくないという気持ちが広がりを生むネットワーク外部性
発信者がファンを呼び、ファンが発信者を呼ぶ相互ネットワーク効果。マーケットプレイスに近い構造
尾原さんは、動き出したときの破壊力は、仲間はずれになりたくないというネットワーク外部性の方が圧倒的に強いと話します。
けんすうさんは、当時はFacebook型の広がり方がまだ存在しなかったと補足します。ネット利用者がまばらだったため、2ちゃんねるのように発信者1%、受け手99%というメディア型のコミュニティしかなく、MySpaceのような形を選ぶのが自然だったといいます。
MySpaceはなぜ重くなり、Facebookは速かったのか
尾原さんは、自然な形だったからこそMySpaceは最初に流行ったものの、そこに欠点もあったと続けます。受信したい人が集まるため、音楽などでトラフィックが重くなり、発信者を助けるためのモジュールも増えていきました。
あった、(MySpaceは)重かった。すげえ重かったっすね。
電話回線が中心だった当時、MySpaceは表示に25秒ほどかかったのに対し、友達の状況を見に行くだけのFacebookはテキスト中心のシンプルなデザインで、2秒ほどで表示されたといいます。
受信者が集まる
発信者の音楽や写真を見たい人が増える
機能が増える
発信者を支えるためにモジュールを追加していく
サイトが重くなる
表示に25秒ほどかかるようになる
当時のサイトってやっぱ表示にすごい時間かかるもの多くて、速い、軽いだけで、すごい価値があったんですよね。
尾原さんは、これが意図だったのか偶然だったのかは議論があるとしつつ、価値の上がり方の差を指摘します。Facebookは友人が入るほど価値が高まる一方、MySpaceは希少な発信者にいかに乗ってもらうかが勝負になるため、価値の上昇カーブはFacebookが圧倒的に強かったといいます。
尾原さんは「後知恵」であることを認めつつ、今の解像度で学べることにも意味があると話します。自分たちのサービスを「SNS」という言葉に閉じず、ソーシャルメディアなのか、友達とつながるネットワークなのかを見分けることが大切だという指摘です。
投稿のハードルを下げる「ソーシャルラダー」とは
けんすうさんは、2004年か2005年ごろに「U18.jp」というドメインで学生向けSNSを作りかけた経験を明かします。
どう考えてもやっぱり普通の人が、発信者も受け手も平等に繋がるっていうのが想像できなくて。ありえないだろうって気持ちが邪魔して、(結局)やんなかったんですよね。
尾原さんは、この時代を振り返るうえで本『グランズウェル』を挙げます。ネットでの発信はハードルが高いため、人が段階的に登れる「ソーシャルラダー」を緻密に設計することが大事だと説かれているそうです。
尾原さんは、mixiがこの設計に優れていたと話します。プロフィールの充実から始め、所属コミュニティを見せることで個性を表しやすくし、足跡によって何も発信しなくても誰かの関心を感じられるようにしていました。
Facebookも創業時はプロフィールが中心でしたが、そこに「ウォール」という掲示板を付け、コメントをもらえる仕組みを加えていきました。尾原さんは、通信環境やユーザーの慣れに合わせて段階的に設計したことが重要だったと見ています。
けんすうさんは、mixi2で作ったコミュニティがうまくいった理由も、投稿のハードルを下げたことにあると話します。例えば、犬の写真がひたすら流れてくるコミュニティでは、ペットの写真を持っている人が気軽に投稿できるといいます。
みんな自慢したいことがあるけど、タイムラインでは自慢できないと。ただ、ここ(自慢師たち)では自慢できるってなって投稿しやすくなってる。
逆に、起業に役立つ情報を集めるようなメディア的な場を作ると、「役立つ情報を投稿してね」という言葉に人はひるんでしまいます。けんすうさんは、自分の情報が役に立たないのではと怖くなるため、投稿しやすさがとても大事だと話します。
InstagramがTikTokを超えられないのはなぜか?
尾原さんは、けんすうさんの話にソーシャルメディアとソーシャルネットワークの本質があると受け止めます。ショート動画の土台は機能ではなく、土台となる文化の設計とセットでなければならないという主張です。
尾原さんによれば、mixiはコミュニティをバッジのように表示することで、おふざけでも所属を見せてよいという文化へ誘導しました。初期に入った人たちはネットカルチャーを理解しており、招待制の実名のつながりという信頼のもとで、どこまでふざけてよいかという価値観を作っていったといいます。
この視点から、尾原さんはInstagramとTikTokを比べます。同じショート動画の機能でも、もともとの文化によって流行るものが変わるという指摘です。
おしゃれに関心を語る場所。ショート動画も自分をおしゃれに見せる方向になる
口パクや踊ってみた、歌ってみたなど、1つのネタでみんなでワイワイ乗っかる文化
尾原さんはさらに、TikTokが先行している中で人気投稿者がTikTok向けの動画をInstagramにも流すと、Instagramが持っていた文化がむしろ壊れてしまうと話します。
ソーシャルメディアっていうのは実は機能も大事なんだけど、初期の文化をどうやっていざなっていくかっていうのはめちゃくちゃ大事で。
けんすうさんが実名の話もそうだと応じると、尾原さんはFacebookとMySpaceの文化の差に戻ります。Facebookは実名同士のつながりだからこそ共有してよい範囲にこだわった一方、MySpaceは匿名掲示板的な方向に寄って荒れていったといいます。
荒れた場所では気軽に投稿しにくくなり、それでも見られたい人だけが残ります。その結果、MySpaceは発信者と受信者の関係に寄り、音楽などで重くなっていきました。対してFacebookは、実名でつながるアトミックネットワークがどんどん大きくなるという、逆の連鎖をたどったと尾原さんは整理します。
実名主義はなぜ「ソーシャルキャピタル」を生んだのか
尾原さんは、Facebookの拡大を支えた仕組みとして「フレンズ・オブ・フレンズ」を挙げます。共通の友達が何人いて誰なのかが見えると、相手を信頼してつながりやすくなるという機能です。
この機能はFacebookの発明ではなく、シックスディグリーズ ── 1997年に始まった初期のSNS。友達の友達をたどれる仕組みを早くから取り入れていましたが最初に取り入れ、フレンドスターも採用していたものです。それでも、実名主義と大学単位の小さなネットワークが組み合わさったことで、Facebookでは爆発的な力を持ったといいます。
そういうのがなかった時代で言うと、友達の友達が可視化されてなかったんですよね、世界に。
尾原さんは、よく言われる話として「AirbnbはFacebookがなければできなかった」という例を挙げます。初期のAirbnbはFacebookログインが必須で、泊まった家で悪いことをすれば、その人のウォールに書かれてしまう仕組みだったといいます。
尾原さんはこれをソーシャルキャピタル ── 人と人との信頼やつながりを、資本のように価値を生む資源として捉える考え方。社会関係資本とも呼ばれますと呼び、軽い信用スコアのようなものだと説明します。実名主義と友達のつながりが資本になったことで、知らない人の家に泊まるという普通なら信じられない行為が可能になったという見立てです。
最後に尾原さんは、「いいね」などの機能がどの順番で実装されたかや、MySpaceを抜いて世界最大のSNSになった経営面の話は次回に回すと予告し、今回の収録を締めくくりました。
まとめ
FacebookがMySpaceを抜いた背景には、機能の差だけでなく、ネットワーク効果の型、軽さ、投稿しやすさ、実名主義が育てた文化と信頼の連鎖があったと語られています。
- MySpaceは発信者と受信者のメディア型、Facebookは友達同士がつながるネットワーク型で、広がりの破壊力が違った
- MySpaceは受信者や機能が増えるほど重くなり、テキスト中心のFacebookは速さそのものが価値になった
- mixiやmixi2の例のように、投稿のハードルを段階的に下げるソーシャルラダーの設計が重要になる
- 同じショート動画の機能でも、InstagramとTikTokのように土台となる文化が違えば流行るものも変わる
- 実名主義とフレンズ・オブ・フレンズが生んだソーシャルキャピタルが、Airbnbのような新しい信頼を支えた






