Wordはなぜ一太郎に勝てたのか
前回はネットワーク効果の2つの流派、相互ネットワークエフェクト売り手が買い手を呼び、買い手が売り手を呼ぶ循環が生まれ、内部から抜け出せなくなる効果とネットワーク外部経済性周りが使っているから自分も使わざるを得なくなる、外部から強いられる効果が紹介されました。今回はそこからの応用編です。
けんすうさんが投げかけたのは「Wordはいい製品だから広がったのか」という問いでした。これに対して尾原さんは、必ずしも一番いい製品が勝つわけではないと指摘します。
必ずしも一番いい製品が使われるわけではないというのがネットワーク外部性の恐ろしいところで。一太郎って日本語独特の縦書きに対応してますねとか、ルビと呼ばれる読み仮名を打てるとか、ものすごい日本語に対応した、きめ細かい素晴らしいソフトだったわけですよ。
日本語処理ではジャストシステムの一太郎が優れていたにもかかわらず、Wordが勝った理由を、尾原さんは「この人が使ったら俺も使わざるを得ないよね」という流れを先につくった点に求めます。
大企業がWordでファイル作成を始めると、受け取った側は一太郎で編集しても変換時にレイアウトが崩れるリスクを抱えます。結果として「みんなと同じツール」を選ばざるを得なくなるわけです。
営業とかして回線にWordを導入しましょうとかがされてしまうと、たとえ一太郎の方が出来が良かったとしても、みんながWordを使うようになってしまうので、そのネットワーク外部性がどんどん効いてきちゃうっていう、そういうことですね。
さらに恐ろしいのは、追いつかれそうになっても本家がアップデートで機能を真似し、結果的に使い勝手まで追いついてしまう点です。一度ネットワークを制すると、勝ち続けやすい構造になっていると尾原さんは語ります。
ネットワーク効果立ち上げの難所「コールドスタート」
GoogleやFacebook、Amazon、マイクロソフトといったビッグテックがネットワーク効果を握ってしまうと、新規参入者は太刀打ちできないように見えます。しかし、彼らもまた立ち上げ期を乗り越えてきたわけです。
尾原さんはまず、ネットワーク効果が一気に回り始める転換点をティッピングポイントある閾値を超えた瞬間に状態が劇的に変わる点。水が100度で水蒸気に変わるような相転移を指すと呼びます。問題は、ここに到達するまでの過程が極めて険しいことです。
買い手からしてみると「来てみたら買いたいもんねえじゃん」って言ったらもう二度とそのプラットフォームに戻って来なくなるし。売り手からすると1回出してみて1ヶ月経っても「え、こんだけしか売れないの?」って、もうあっちの市場の方に優先的に出そうみたいな感じになっちゃいますよね。
この立ち上がりの難しさを、アメリカではコールドスタートネットワークがまだ機能しておらず、参加者を集めても価値が生まれない状態。むしろ離脱が連鎖して悪循環に陥りやすいと呼びます。中途半端な状態で始めれば、買い手は売り手の不在を理由に去り、売り手も買い手の不在を理由に去ります。
中途半端な開始
買い手と売り手が少ない状態でサービスを始める
片側の離脱
買い手が「買うものがない」と離脱する
もう片側も離脱
売り手が「売れない」と他の市場へ移る
負のネットワーク効果
参加者が減るほど価値が下がり、さらに人が離れる
尾原さんはこれを「負のネットワーク効果」と呼びます。ネットワーク効果は正に回れば最強ですが、立ち上げ時には逆回転のリスクと隣り合わせなのです。
最小単位から始める「アトミックネットワーク」
では、どうやってティッピングポイントを超えるのか。その答えが「アトミックネットワーク」です。
アトミック(原子)とは物質の最小単位を指します。ネットワークの範囲を最小まで絞り込むことで、参加者が少なくても効果が回り始める状態をつくる、という考え方です。
ネットワークっていうものを大きく捉えると、大きい中で買い手と売り手っていうものをたくさん集めないと回らないけど、もうアトミックなぐらい最小にネットワークの範囲をちっちゃくすると、ちっちゃくても回るようになるよ、ということが、まあこのアトミックネットワークなんですね。
大きな回転を最初から狙わず、小さな円のなかで先に正のネットワーク効果を回す。これが立ち上げ戦略の核心になります。
Facebookが実践したアトミックネットワーク戦略
この考え方を最もうまく活用してビッグテックの一角に上り詰めたのがFacebookです。今でこそ世界中の人が使うSNSですが、出発点はハーバード大学という狭い範囲でした。
尾原さんによれば、Facebookはハーバード大学のなかでもソーシャルクラブアメリカやイギリスの一流大学にある社交クラブ。部活というより上流の人脈ネットワークに近いに所属する学生という、さらに絞った層から始まったそうです。母数を100人規模に絞れば、その3割が使い始めるだけで残りも参加せざるを得ない状況がつくれます。
100人のうちの30人を抑えてしまう。しかもその30人っていうのがアメリカの一般の人ではなくて、ハーバードのそのクラブに入ってる人っていう人だけが3割入ってる。その30人がいれば残り70人は必然的に入るよねって。
注目すべきは、各段階で「仲間外れになりたくない」という心理が働くちょうどよいサイズを見極めている点です。ハーバードが制圧されると、そのクラブと付き合いたい女性が集まり、相互ネットワーク効果が発生します。
次にハーバード周辺の女性が増えると、その州の他大学が引き寄せられます。そして大学内では休講情報や宿題の話題から仲間外れになりたくない心理が働き、ネットワークが定着していきました。
アトミックネットワークは大学以外にもある
アトミックネットワークの絞り方は大学に限りません。世代、地域、職種、趣味など、「仲間外れになりたくない」と感じる単位はさまざまです。
けんすうさんは、アメリカで大学生向けに流行ったSNSが50億円で売り抜けた事例を紹介します。そこで使われたのは、大学近くで開かれるイケてるパーティーのチケットをアプリ経由でしか入手できなくする、という仕掛けでした。
パーティーという熱狂を入り口にすれば、限定された場所と時間のなかでアプリ利用が必然になります。こうした「小さく濃い」場をどう設計するかが、立ち上げ期の鍵になりそうです。
まとめ
ネットワーク効果は強力な戦略である一方、立ち上げ期にはコールドスタートという大きな壁が立ちはだかります。今回紹介された「アトミックネットワーク」は、その壁を越えるための具体的な指針となる考え方でした。
- ネットワーク効果は最強の戦略だが、ティッピングポイントを超えるまでは負の循環に陥りやすい
- 最初から大きなネットワークを狙わず、最小単位で正の循環を回す「アトミックネットワーク」が立ち上げの鍵
- Facebookはハーバードの社交クラブという100人規模の集団から始め、段階的に世界へ拡大した
- 「仲間外れになりたくない」心理が働くちょうどよいサイズを見極めることが重要
- 大学だけでなく、世代・地域・イベントなど、アトミックな場の作り方は多様にある
