ネットワーク効果のおさらいと、必ずしも良い製品が勝たない理由
冒頭では前回の復習として、ネットワーク効果の2つの流派が改めて整理されます。売り手と買い手が呼び合う相互ネットワークエフェクト売り手が買い手を呼び、買い手が売り手を呼ぶ形で価値が高まる仕組み。マーケットプレイス型のサービスでよく見られます。と、周りが使っているから自分も使わざるを得なくなるネットワーク外部経済性利用者が増えるほど個々のユーザーの価値が上がる性質。仲間外れになりたくない心理が働くと、乗り換えが難しくなります。の2つです。
ここでけんすうさんが、Microsoft Wordは最初から良い製品だから広がったのか、と切り込みます。
必ずしも一番いい製品が使われるわけではないっていうところが、ネットワーク外部性の恐ろしいところで。
日本には一太郎ジャストシステムが開発した日本語ワープロソフト。縦書きやルビなど日本語独特の表現に強く、国内では長く高い評価を受けてきました。という、縦書きやルビに対応した非常に完成度の高い日本語ワープロソフトがありました。それでもWordがネットワーク外部性で強くなったのは、「この人が使っているなら自分も使わざるを得ない」という流れを先に作ったからだと語られます。
大企業がWordでファイルをやり取りしていれば、返すときにレイアウトが崩れる可能性を嫌って、みんなWordに合わせるようになります。個人が「こっちの方がいい」と言っても、周囲を巻き込めなければひっくり返せません。
営業とかして会社にWordを導入しましょうとかがされてしまうと、たとえ例えば一太郎の方が出来が良かったとしても、みんながWordを使うようになってしまうので、そのネットワーク外部性がどんどん効いてきちゃう。
さらにインターネットビジネスの場合、後発の細かな優位点は本家がアップデートで真似して埋めてしまえます。だからこそ、一度ネットワークを制した企業はそのまま制し続けやすい構造になっているのです。
コールドスタート問題。ネットワーク効果の立ち上げがなぜ難しいのか
ここから本題のネットワーク効果の立ち上げ方に入ります。ネットワーク効果がぐるぐる回り始めて最強状態になる境目のことをティッピングポイント状態が一気に別の状態に切り替わる臨界点。水が100度で水蒸気に変わるようなイメージで、ネットワーク効果が急に効き始める瞬間を指します。と呼びます。
問題は、このティッピングポイントを超えるまでが極めて大変だという点です。LINEは0人からスタートし、メルカリも最初は少数の売り手からスタートしなければなりません。
買い手が来ても欲しいものがなければ二度と戻ってきませんし、売り手も1か月経ってあまり売れなければ、他の市場を優先するようになります。この立ち上げの難しさがコールドスタート問題ネットワーク型サービスが立ち上げ初期に価値を持たず、ユーザーが定着しない状態。アンドリュー・チェンの著書などで知られる概念です。と呼ばれています。
最初超ツンデレで、そのティッピングポイントに迎えてデレデレする状態が持続的になるまでがもうめちゃめちゃ厳しい。
さらに厄介なのは、中途半端に始めると悪循環が起きることです。買い手が来ても売り手がいないから買い手が離れ、売り手も買い手がいないから離れていく。これを負のネットワーク効果利用者が減ることでさらに価値が下がり、離脱が加速する状態。正のネットワーク効果の裏返しです。と呼びます。
売り手が増えると買い手が集まり、買い手が集まるとさらに売り手が増えるという好循環が回る状態
売り手が少ないから買い手が離れ、買い手が少ないから売り手も離れていく悪循環が起きる状態
アトミックネットワークという発想。Facebookはなぜハーバードから始めたのか
この難問を解く鍵として登場するのが「アトミックネットワーク」という考え方です。アトミック、つまり原子のように最小単位までネットワークの範囲を絞ることで、小さくても回るネットワークを作るという発想です。
大きな回転を最初から狙わずに、ちっちゃいところだけでもいいから正のネットワーク効果を回そうみたいな意味ですか。
最強のネットワーク企業のひとつであるFacebookが、この考え方を最も見事に体現しました。Facebookは最初、ハーバード大学の中だけで使えるSNSとして始まっています。
さらにその中でも、一流大学にあるソーシャルクラブアメリカやイギリスの一流大学にある社交組織。学生同士のネットワークやキャリア形成の場として機能してきました。に所属している学生に狙いを絞りました。母数を100人ほどにまで絞れば、そのうち30人が使っている状態を作るだけで、残り70人も「早くクラブの人と仲良くなりたい」という理由で入ってきます。
仲間外れになりたくない心理を醸成する「ちょうどいいグループサイズ」を、少しずつ広げていく設計だったわけです。段階を追って濃いネットワークを積み上げていくアプローチが、結果として全世界規模のFacebookを生み出しました。
泥臭さの本質。パーティー起点で作るアトミックネットワーク
アトミックネットワークの作り方は、非常に泥臭い工夫の積み重ねでもあります。近年のアメリカでは、大学生向けに流行り約50億円で売却されたSNSの事例があり、その裏側では大学近くで開かれる「イケてるパーティー」が起点になっていたと紹介されます。
そのパーティーでアプリを使わないと特典がもらえない仕組みを作り、しかも参加者を「イケてるパーティーの主催者」に絞ることで、影響力のある人からアプリを広めていく設計です。
このアトミックネットワークを作るためにめちゃめちゃ泥臭いことを丁寧にやるっていうのが特徴。
派手なマーケティングではなく、狭い場所で濃い関係を丁寧に作ることが、結果的に大きなネットワーク効果につながっていくというわけです。
フリルとメルカリ。同じフリマ市場で何が違ったのか
ここでけんすうさんから鋭い質問が飛びます。女性向けファッションに絞ったフリルに対し、全世代・全カテゴリを狙ったメルカリが後から参入して勝ったのは、アトミックネットワークを使っていないということかという問いです。
尾原さんの答えは、両社ともアトミックネットワーク的な発想を使っている、というものでした。まずヤフオクは「時間をかけても高く売りたい」市場、メルカリは「早く手放したい」市場で、そもそもネットワークの強いエリアがずれています。
時間をかけても高く売りたい人が集まる、オークション型のネットワーク
早く不要品を手放したい人が集まる、フリマ型のネットワーク
フリルは、着なくなった洋服を手放したいという女性のアパレル領域を狙いました。ヤフオクの強さが効かず、フリマとしての正のネットワーク効果が回りやすい「アトミックネットワーク」を見つけたわけです。
メルカリも初期は同じ女性向けアパレルを丁寧に、アナログに立ち上げていました。ここで山田進太郎さんが行った工夫が、売れた後の商品も表示させ続けるというものです。今は買えなくても「こういう商品が出品されている」と示すことで、買い手側の期待値を維持し、負のネットワーク効果に陥らないようにしたのです。
フェーズと資本。アトミックネットワークを越える力技
もう一つの違いはタイミングでした。フリルが参入した時期はスマホ利用者がまだ感度の高い女性中心で、東京圏のおしゃれなフリマという狭い層に強かったフェーズです。
メルカリはそこから半年ほど遅れて参入し、ちょうどスマホが一般層に広がるタイミングを掴みました。感度の高いユーザーではなく、一般の人がフリマを使い始めるアトミックネットワークを狙いにいったわけです。
そして最大の武器がテレビCMという資本の力でした。売り手と買い手を同時に大量に集めることで、フリルが積み上げていたぐるぐる図を一気に飛び越えます。特にフリマでは欠品リスクがあるため、売り手は複数プラットフォームに同じ商品を出しづらく、大きい方に集約される力が働きます。
売り手も買い手も同じ人だし、売った人がそのお金で買うからCMの効率が倍ぐらいいい。
フリルが感度の高い女性層に絞り、東京圏のおしゃれなフリマとしてアトミックネットワークを回していた状態
メルカリがスマホ一般化のタイミングに合わせてテレビCMを大量投下し、売り手と買い手を一気に取り込んで市場を制した状態
クラウドワークスとハードサイド。集めにくい側から集める
相互ネットワークエフェクトを地味に立ち上げた事例として、クラウドワークスが紹介されます。ここで登場するのが「ハードサイド」という重要な概念です。
売り手と買い手のどちらから回すかを考えるとき、より集めにくい側=ハードサイドプラットフォーム上で獲得が難しい側のユーザー層。彼らを先に押さえられれば、もう一方は自然に集まりやすくなります。から集めた方が、逆側から見て魅力的なプラットフォームになるという考え方です。
クラウドワークスの場合、探しにくい側は優秀なウェブエンジニアでした。吉田浩一郎さんは、エンジニアが集まるハッカソンや勉強会に社長自らピザを差し入れに行き、その場で「あなたたちが本当にやりたい仕事を副業で選べます」と説明して、直接登録を促していきました。
協賛するよりね、お金もかからないし、直営業が社長でできるし。
弱者の戦略と資本の戦略。どちらを選ぶか
話は再び、アトミックネットワークをどう活かすかという問いに戻ります。後発でも、資本の力で先行者を追い越すという戦略はあり得ます。ただし今の投資市場では、その戦略はライバルとの「もっとお金を使えます」合戦になりやすく、血みどろの戦いになりがちだと指摘されます。
一方で、ライバルに気づかれないように泥臭く、緻密にアトミックネットワークを設計する道もあります。気づいたら一部のユーザーがすっかり夢中になっている、という状態を作れれば、資本を使わずに勝ち筋を作れるわけです。
PayPayの事例も紹介されます。ライバルの現金余力が55億円と分かった上で、ぴったり同額規模のキャンペーンを打つという清々しいまでの資本戦略で、相手に事実上の降参を迫ったといえます。
ライバルに気づかれないよう、絞り込んだ領域でアトミックネットワークを丁寧に回し、濃いユーザーから広げていくアプローチ
タイミングを見極めて資本を集中投下し、テレビCMなどで売り手と買い手を一気に取り込み、先行者を追い越すアプローチ
まとめ
ネットワーク効果は最強の戦略である一方、立ち上げが最も難しい戦略でもあります。アトミックネットワークという小さな最小単位を設計し、集めにくい側から丁寧に回していくことが、後発でも戦える鍵になると語られた回でした。
- ネットワーク効果は立ち上げ時のコールドスタートが最大の壁で、負のネットワーク効果を避ける設計が重要
- アトミックネットワークとは、最小単位まで範囲を絞って正のネットワーク効果を回し始める発想
- Facebookはハーバードのソーシャルクラブという100人規模から始め、段階的に世界へ広げた
- フリルとメルカリの勝敗は、狙ったアトミックネットワークとフェーズ、そして資本投下の掛け算で決まった
- 後発の戦い方は、泥臭くアトミックネットワークを積み上げるか、タイミングを見て資本で追い越すかの2択
