「妻嫌いの聖書」とは?誤植逸話から始まる校正の本
この回は、堀元さんが水野さんに「妻嫌いの聖書」を知っているかと尋ねるところから始まります。命(ライフ)と書くべきところをワイフと誤植したせいで、「信仰のために妻を捨てろ」と書かれてしまった聖書のことだそうです。
水野さんは、「姦淫してはならない」を「姦淫せよ」と誤植した姦淫聖書 ── 1631年にイギリスで刷られた欽定訳聖書の版。十戒の一節から「not」が抜け落ち、印刷業者は罰金を科されたとされますの亜種だと反応します。
へー、なんかだから(妻嫌いの聖書は)姦淫聖書の亜種みたいなやつだね。
堀元さんによると、君主たち(プリンセス)を印刷屋たち(プリンターズ)と誤植した例など、この本には聖書の誤植だけでもいろいろな話が紹介されています。
今回取り上げる『ことばの番人』は、文字の間違いを見つけて直す「校正」に焦点を当てたノンフィクションです。集英社インターナショナルの広告案件として紹介されています。
でもね、やっぱ校正の仕事ってやっぱ表に出てくることないから。これはね、面白かったです。
著者の髙橋秀実さんは校正者ではなく、ノンフィクション作家です。水野さんの周りの本好きの間でも、刊行が待たれていた本だったといいます。
援護射撃の「援」はどの字?校正者が見ているのは正しさではない
堀元さんは本の内容に入る前に、水野さんに「援護射撃」を漢字で書かせるクイズを出します。水野さんが普通に書いた「援護射撃」は、許容はされているものの規範的な書き方ではないそうです。
漢字好きの水野さんは負けず嫌いを発揮し、別の字を次々と書いては不正解になります。
漢字クイズが過ぎるって、あなた。もういいよ。一回やってくれたら、もう俺の想定(したクイズは)終わってるから。
本の説明では、援護射撃の「援」は本来、手偏に「礼」の右側を書く字でした。味方を敵の攻撃から守るという意味の軍事用語で、援護射撃と書くときはこちらが規範的だとされます。ただ、助けるという意味の「援護」もあるため、そちらで書く人が多く、今では容認されています。
堀元さんが驚いたのは、この援護射撃を校正者が指摘せずスルーすることが多いという点です。校正者が何より大事にしているのは、違和感の「違(い)」、つまり文章の調子が変になっていないかどうかだからです。
堀元さんがしびれたと話すのは、本の中の「校正の難しさは、本来は正しい言葉に違があり、間違った言葉に違がなかったりすることなのだ」という一文です。本はさらに、誤用の対義語は「正用」ではなく慣れ親しんだ使い方である「慣用」だと続けます。
手偏に「礼」の右側を書く援護射撃。軍事用語としての本来の書き方
助けるという意味の「援護」で書く援護射撃。多くの人が使い、容認されている
水野さんは、自分が普段仕事で受ける校正はマスメディアなので規範に気をつけると話します。堀元さんによると、本にも「程度問題」と書かれていて、軍事小説なら指摘し、比喩として自然な文脈ならあえて指摘しないこともあるそうです。
そうですね。だから作品が最初にあるんですよね。
番組のテロップにもある?「殖やす」と「憶える」のこだわり
堀元さんは、ゆる言語学ラジオの編集でも似たことをしていると明かします。論文の回で「ペンギンを増やす」という表現が出たとき、水野さんは、生き物を増やすなら増殖の「殖」を使うほうがいいと指摘したそうです。
これ規範的かもしれんけど、ちょっと慣用から離れてるな、YouTuberの。ということで、堀元特権で「増やす」に戻しておきました。
これに対して水野さんは、番組テロップの「覚える」の表記にはこだわっているのに、と突っ込みます。番組では、記憶しているという意味では記憶の「憶」、違和感を覚えるでは覚醒の「覚」、言葉を習得する意味ではひらがなの「おぼえる」を使い分けているそうです。
これはなんか昔からの僕のこだわりで、文筆でそうやってたんで、なんか流れでゆる言語学ラジオ初期の表記ルールそれにしちゃって、今でも僕のエゴにみんなを付き合わせています。
堀元さんは、大なり小なり文字を扱う人はみんな、どちらの表記がはまるかを考えているはずだと話し、それこそが校正者の仕事だとつなげます。
「幼少の頃」は誤用?辞書の引き比べと「普通の人」という逆説
堀元さんが本から引いたもう一つの例が「幼少」です。「水野さんは幼少の頃から漢字を収集するのが好きだった」という文は自然に見えますが、大辞林 ── 三省堂が発行する中型の国語辞典。第三版は2006年刊行です第三版には「自分のことについては用いず、異人奇人について用いる」とあるそうです。
水野さんはその場で新明解国語辞典第八版、精選版日本国語大辞典、デジタル大辞泉を引き比べ、どれも「幼いこと」としか書いていないと反論します。先に進みたい堀元さんとの攻防が続きます。
すいません、先進んでいいですか?ここにそんなに食いつくと思ってないんで。例をもう一個出したかっただけなんです。
本の中では、幼少はもう当たり前に使われているので、指摘すべきではないとされています。そのうえで堀元さんが引用したのが、「現時点で普通か否かを判断するのが校正であり。となると、校正者に求められるのは普通の人であることなのだ」という一文です。
水野さんは、校正者は普通ではない技能をたくさん持っていると応じ、要注意単語の例として俳優の松坂桃李さんを挙げます。「桃李(とおり)」の読みに気を取られると、松坂の「坂」を土偏か阿偏か間違えやすいのだそうです。
まともな人でありながら、まともじゃない能力を身につけなきゃいけない。
一方で水野さんは、ある用法がどれぐらいの割合で使われているかをコーパスで調べれば、「普通」はかなり機械的に判断できるのではないか、という見方も示しています。
書籍の編集者も「普通の人」であり続ける仕事?
堀元さんは、書籍の編集者にも同じところがあると考えます。自分の原稿に「ブラックジョークが過ぎるのでやめましょう」と指摘が来て、普通の人が読むと不快になるかもしれないと気づき、取り下げた経験がよくあるそうです。
ってかもうね、編集者なんてね、そのブラックジョークかとかじゃなくて、俺しか面白くないんじゃないかっていうのの戦いだから。
堀元さんは友人の編集者の話も紹介します。大物作家に「私のような人は必ず買うので確実に売れます」と頼んで書いてもらった本が大スベりし、作家に顔向けできないと落ち込んでいたそうです。
大変だよね。普通の人であり続けるって。プロでありつつ普通の人でもなきゃいけないって大変だなあっていうのめっちゃ思いますね。
水野さんは、だから編集者は流行りものを見に行くのだと思う、と付け加えています。
「ピンクモンキー」で何が浮かぶ?校正者向きかを測るテスト
本には、校正者に向いているかどうかを測る心理テストのようなものが載っています。水野さんは就職活動のとき校正・校閲者を真剣に考えたものの、募集がほとんどなく編集志望になったそうです。
堀元さんが「ピンクモンキー」と言うと、水野さんはピンクの猿を思い浮かべず、「ピン」「クモン」「キー」など別の区切り方がないかを文字で考えていました。
ピンクモンキーで最初切れると思ったけど、ピンと公文とキーとか、なんかちょっとどういう切れ目なのか、他の切れ目ないかなっていう作業をしてたので。
本によれば、反応は3つのタイプに分かれ、校正者に向いているのは文字が脳内に浮かぶタイプです。
| タイプ | 浮かぶもの | 校正者への向き |
|---|---|---|
| 視覚心象型 | ピンクの猿の絵 | 向いていない |
| 聴覚心象型 | 音の響き(聞き返す) | 向いていない |
| 逐語心象型 | 「ピンクモンキー」という文字 | 向いている |
水野さんは英語で綴るかカタカナにするかまで迷ったといい、堀元さんは「校正向きだよ」と太鼓判を押します。著者の髙橋さんも逐語心象型ですが、ネオンサインのように光るフォントで文字が浮かんだそうで、水野さんとは少し違うようです。
名前は漢字で覚える?水野さんの「タイポグラフィカルアイ」
水野さんは、人の名前も漢字を知らないと覚えられず、名簿を見るのが好きだと話します。小中高の同級生の名前は、今でもほぼ全員漢字で書けると思うそうです。
堀元さんは、本で紹介されている「タイポグラフィカルアイ(活字眼)」という概念を持ち出します。活字をじっくり見るために必要な目のことで、『明朝校正の研究』という昔の本で提唱されたそうです。
水野さんは「感じ悪いエピソード」として、小学3、4年生のころ先生の板書の間違いを指摘した話を披露します。先生が「こまめ」を「細目」と書いたので、「小忠実」ですよと言ったら変な空気になったそうです。
水野さん、校正者には向いてるかもしれないですけど、教育者には向いてないですよね。絶対向いてない。
『言海』だけで270点?辞書マニアの校正者たち
本は連載をまとめたもので、髙橋さんは多くの文献にあたり、癖の強い校正者たちに長期間インタビューしています。その一人が、明治の国語辞書言海 ── 大槻文彦が編纂し、明治期に刊行された日本初の近代的国語辞典。多くの版が重ねられましただけで270点を持つ校正者です。
水野さんはこれだけの情報で、その校正者を境田稔信さんだと当ててみせます。校正者には辞書マニアが多く、この人は辞書コレクターとして知られているそうです。
よし、援護射撃(の字を)書けなきゃと。坂井田さん。わかった。
堀元さんによると、言海は微妙に誤植を直した版があるため、初版だけでも何種類もあるそうです。
原体験はドラクエ。復活の呪文を写した往来堂の社長
もう一つのエピソードは、往来堂の社長・柳下さんが校正に目覚めた原体験です。それはファミコンの『ドラゴンクエスト』の復活の呪文 ── セーブ機能がなかった時代のドラクエで、進行状況を再現するためのひらがなの文字列。一字でも違うと再開できませんでした。
『ドラゴンクエストII』では最大52文字のひらがなが表示され、それをメモして正しく入力しないと冒険を再開できません。
呪文をメモ
最大52文字のひらがなを、絶対に間違えられないプレッシャーの中で一字一字写す
確実に復活
写した呪文で毎回きちんと冒険を再開できた
適性に気づく
この作業が得意で好きだと気づき、校正の原体験になった
だから絶対に間違えられないっていうプレッシャーの中で一字一字丁寧に写して、往来堂の社長はもう完全にこれで復活できていたと。
この社長は今でも趣味で百人一首などを書き写し、文字を見ると落ち着くそうです。髙橋さんも、根っからの校正者はゲラを一文字ずつ見ていく時間を「至福」と語ると書いています。
堀元さんによると、校正には意味を取らずに字だけを見る読み方が必要で、本には「面白い文章は要注意」とも書かれているそうです。つい内容を読んでしまうからです。
校正者はもう本を楽しめない?神代種亮と石川啄木の悲哀
水野さんは、知り合いの編集者が書籍のゲラを読んだ後は、1日の限界活字量を超えて帰りの電車で本が読めなくなると話していたことを紹介します。
堀元さんはこれを、「校正の神様」と呼ばれた神代種亮さんの話と重ねます。本の中では、「私には現代日本のすべての書物が校正刷りに見えるので、そのために書欲を制せられて自ら苦しんでいる。これも校正をした経歴がもたらす悲哀である」という言葉が引用されています。
水野さんによると、校正者は他人の本で誤植を見つけると、喜ぶどころか気の毒で落ち込むそうです。堀元さんは、新聞社の校正者だった石川啄木にも誤植を詠んだ短歌があると応じます。
「みすぼらしき国の新聞広げつつ誤植拾えり今朝の悲しみ」ということで、地元の新聞間違えてんな。悲しくなっちゃうらしいです。
一方、水野さんや堀元さんは誤植を見つけるとテンションが上がるタイプです。水野さんが辞書で拾った誤植のメモを知り合いの校閲者に見せようとしたら、「落ち込むので」と断られたそうです。
テンションが上がる。自分しか気づいていないのでは、と嬉しくなる
他人の本でも気の毒で落ち込む。気持ちが痛いほどわかってしまう
デスマーチ?エンジニアがめちゃくちゃな労働環境に放り込まれるドラマとかさ、僕らは楽しく見れるけどさ、現役エンジニアの方、胃が痛くなるから見れないって言ってる。あれと一緒だ。
文芸誌の連載に届く謎の指摘。校閲者は何の専門家?
ここで堀元さんは、今回が集英社インターナショナルの広告案件であることを明かします。同社からは以前にも高野秀行さんの『語学の天才まで1億光年』や、伊藤雄馬さんの『ムラブリ』を紹介しています。
堀元さんは仕事だと思って読み始めたものの、面白くて普通に全部読んだそうです。校正者は職場にいないため、これまで完全にブラックボックスだったといいます。
医学論文については「この薬の名前は慣用名なので、科学名であるこっちを使った方がいいと思います」って指摘されることもあれば、ラテン語のニュアンス間違ってますよって指摘されることもあって、これ何の専門家なんだ?みたいな。
水野さんは、校閲者は何を見ればそれが書いてあるかに詳しく、自然科学や歴史に強い専門の校閲会社もあると補足します。
ミステリーは難しく、恋愛小説は難しくない?校閲の「深さ」
本に登場する校正者によると、ミステリー小説は校正が難しいジャンルです。遺体の発見場所が実在の場所だったりするため、その時間で本当に移動できるかなど、つじつまを確かめる必要があるからです。
実在の場所や移動時間のつじつま合わせが必要で難しい
そこまで難しくない。「ありえない恋」の間違いも「ない」
髙橋さんは遠慮しながら、「こんなことで恋に落ちるなんてありえない」というような間違いはないのかと尋ね、「ないです」の一言で終わらせられたそうです。
そうでしょうね。勇気を持って聞いてくれるんだね、読者に代わって。
水野さんが聞いた話では、ミステリーの校了間際に「その日は日曜日なのでダイヤが日曜ダイヤになり、移動が間に合わない」と指摘され、作家が焦ったことがあるそうです。時刻表トリックでは時刻表を取り寄せて突き合わせるといいます。
水野さんが書籍を作ったときには、校閲会社から「深さ」という言葉が使われ、どこまで裏取りするかで納期が変わると言われたそうです。本の中には、最初は原稿の全単語の辞書を引いたという校正者も出てきます。
どこまでやるかみたいなのを見極める。納期との兼ね合いで判断するのも仕事ですって言ってて。プロやなって思いましたね。
「アワビと訂正」に銀のさら。愛される誤植と著者の言葉遊び
水野さんは、この本自体を校正した人のプレッシャーは相当だったはずだと予想します。堀元さんは、本には「もちろん」を「モロチン」と誤植した事件などユニークな誤植も載っているので、多少は救いがあるかもしれないと応じます。
水野さんが紹介したのは、『本の雑誌』2021年7月号の特集「笑って許して誤植ザ・ワールド」の一例です。平凡社の雑誌で訂正を出したところ、「お詫びと訂正」が「アワビと訂正」になってしまったそうです。
でもね、可愛いよそれ。なんか憎めないからいい誤植じゃないですか。
水野さんは似た遊びとして、宅配寿司の銀のさらが「深くアワビ申し上げます」と寿司ネタを隠した声明文を出した例も挙げます。
堀元さんは最後に、髙橋さんが東京外国語大学モンゴル語学科卒で言葉への関心が深く、いちいち辞書を引いて言葉で遊んでいる点を推しポイントに挙げます。誤植のおかげで名句として後世に残った俳句など、細かく放り込まれるうんちくも魅力だそうです。
まとめ
『ことばの番人』が描く校正者は、字の間違いを機械的に直す人ではなく、作品をより良くするために「違和」を見極める人です。異様なスキルを持ちながら普通の感覚を保つという逆説に、この仕事の難しさと面白さがあります。
- 校正者が重視するのは規範的な正しさより、文章の調子が変になる「違(い)」の有無
- 誤用の対義語は「慣用」であり、校正者には普通の人の感覚が求められる
- 「ピンクモンキー」で文字が浮かぶ逐語心象型が校正者向きとされる
- 復活の呪文を写した原体験や、誤植に落ち込む感覚など、校正者ならではの人物像が描かれる
- どこまで調べるかという「深さ」を納期との兼ね合いで見極めるのも校正の仕事





