「いいにお」は、なぜ生まれたのか
今回の赤ちゃんミステイクアワードは、子どもの可愛らしい言い間違いを深読みして味わう企画です。ゲストには、前回に続いて認知科学者の今井むつみ先生が招かれています。
冒頭で水野さんが紹介した投稿は、今井先生の言語の本質 ── 今井むつみ先生と秋田喜美さんの共著による中公新書。オノマトペや子どもの言語習得を手がかりに、言語とは何かを論じた本ですを読んだという一文から始まっていました。堀元さんはすかさず「今井先生に媚びに行ってます?」と茶化します。
話の流れで、水野さんは『言語の本質』の新書大賞2024受賞を改めて祝いました。水野さんは受賞を事前に予想していて、そのツイートが話題になり本も売れたそうです。堀元さんはその恩を口実に、中公新書の宣伝動画の広告案件を1つ受注したと明かしています。
うちの子が幼少期、いい匂いのする料理だったかお花だったかを嗅いで「いいにお」と言ったのを思い出しました。関西では「くさ」とか「でか」とか形容詞の語幹で感動表現をすることが浮かびます。おそらく「いい匂い」という形容詞の感動表現をしたかったのだと思います。
投稿者の読みでは、子どもは「いい匂い」をひとまとまりの形容詞だと捉えていた可能性があります。「美しい」から「美し」を作るように、「いい匂い」の語尾を切って感動を表したというわけです。
例えばさ、語幹用法を感嘆表現にするっていうのは、確かに「でか」とかさ、「うるさ」とかあるんだけど、それに「いい」とか「とっても」をつけた瞬間にさ、それ成立しなくなるじゃん。
水野さんは、「匂い」はもともと名詞で「いい」が形容詞であることに注目しました。「い」で終わる言葉なら語幹用法が使えるという規則を、名詞にまで当てはめてしまった結果が「いいにお」だと考えられます。
堀元さんは関連する例として、宮川大輔さんがあるエピソードで「甘くさ」と言っていたのを思い出します。「甘くさい」という形容詞は普通使わないのに、「甘くさ」という語幹風の言い方は成立してしまう点が面白いと、二人は盛り上がりました。
北海道の子が言った「なんでやんけ」の謎
続いて堀元さんが紹介したのは、関西弁にまつわる投稿です。4歳1ヶ月の子どもが、ツッコミのときに「なんでやんけ」と言っていたそうです。
私は北海道民であり、子供も日常で関西弁に接する機会は乏しいはずです。従って、「なんでやねん」と「ほにゃららやんけ」のそれぞれについて方言としてまとめて覚えていたのだと思いまして、それが混ざったんじゃないでしょうか。
堀元さんによると、北海道では「なんでやねん」も「〜やんけ」も使わないため、子どもの頭の中では同じ「関西弁の棚」にまとめて入っていたのではないかといいます。その棚の中で2つの表現が混ざり、「なんでやんけ」という新しいツッコミが生まれたわけです。
本当に特定の場面でしか「なんでやねん」とか「なんとかやんけ」なんて聞かないから、それの法則性とか、これが標準語の何に当たるかとかは、ちょっと考えるのは4歳児には厳しそうですよね。
方言をテレビだけで学ぶ難しさは、大人にも当てはまります。堀元さんは番組の流れで「京都人ならこう言うでしょ」と想像の関西弁を使うたびに、コメント欄でネイティブから「本当の京都人はそうは言いません」と指摘されるそうです。
水野さんは、メディアの誇張で被害を受けている地域として名古屋を挙げました。タモリさんが広めた「エビフリャー」は言わないと力説したものの、代わりに「ハイブリッドをヒャブリッドと言う」と明かしてしまい、堀元さんと今井先生から「それは一緒だよ」と突っ込まれています。
「ボールぽーい」と「パチパチ」、オノマトペは中ボスか
今井先生が紹介したのは、オノマトペの思わぬ落とし穴を示す例でした。母親が子どもに「ボールを投げて」のつもりで「ボールぽーい」と言ったところ、子どもは不思議そうな顔をしてボールをゴミ箱に捨ててしまったといいます。
子どもは「ぽーいする」を「捨てる」の意味で覚えていたのです。今井先生は、ここで「捨てる」という言葉の抽象度の高さを指摘しました。
今井先生に「捨てるものにはどんなものがあるか」と問われ、堀元さんは紙ゴミ、空き缶、そしてベッドのような粗大ゴミを挙げます。ベッドはゴミ箱にポイとは入れず、シールを貼って回収日に出すものです。同じ「捨てる」でも、中身の動作はまったく違います。
今井先生の説明では、「ポイ」はもともと軽くポンと投げる具体的な動作を表します。そこから比喩的に意味が広がり、ゴミ箱に入れる、廃棄するといった抽象的な「捨てる」にまで拡張されていきます。
投げる
軽くポンと放る具体的な動作を表す
ゴミ箱に入れる
投げ入れる動作から、比喩的に意味が拡張される
捨てる・廃棄する
動作を離れた抽象的な意味になり、子どもはこちらで覚えていた
今井先生はもう1つ、目にしみて痛がる子どもに母親が「パチパチしてごらん」と言った例を挙げました。すると子どもは、涙を流しながら手を叩いて拍手していたそうです。目をしばたたくのも拍手も「パチパチ」で表せる、という多義性がすれ違いを生んだ例です。
今あなたはパチパチとおっしゃいましたが、そのパチパチは手を叩くことを指す可能性もあるし、目を開いたり閉じたりすることの可能性もありますが、どちらのつもりでおっしゃったのですか?大臣。
水野さんは、以前のオノマトペシリーズで話した「オノマトペは言語のチュートリアルステージ」という比喩を持ち出しました。具体的で描写力の高いオノマトペは子どもにとって覚えやすい一方、大人が意味をどんどん拡張して使うため、つまずきやすいボスのような存在にもなるといいます。
今井先生もこの見方に同意し、『言語の本質』でも書いた点だと話しました。具体的でありながら多義性を持つオノマトペは、「言葉の意味は1つではない」と子どもになんとなくわからせる、良い教材になっているという見立てです。
例えば「ゴロゴロ」は、雷にも、お腹の調子にも、ジャガイモの食感にも、日曜日に寝転がる父親にも使えます。堀元さんは「地震、雷、火事、親父」の雷と親父がどちらもゴロゴロだと気づいて一人で満足し、水野さんに「中ボスみたいに邪魔」と突っ込まれていました。
「画板」と「忍なんじゃ」、子どもの謎の訂正
子どもに意図が伝わらない話の延長で、水野さんは子ども時代のすれ違いを今も覚えているという投稿を紹介しました。
今でもモヤモヤする経験があったのでお焚き上げします。3歳の時、幼稚園の先生に「画板取って」と言われたのですが、画板が何のことかわからず、ああカバンのことかと思ってカバンを取ってきたら、「それはカバン」と訂正されたことがいまだに記憶に残っています。
同級生に「忍者は何忍者」とダジャレを披露したところ、「違うよ、忍者は忍なんじゃだよ」と謎の訂正をされました。ダジャレを知らなかったようです。
ダジャレに「違うよ」と返された話に、堀元さんも似た経験を思い出しました。小学生の頃、友達と「先生がもしメカだったら」という架空の話で盛り上がり、堀元さんが「口からビームを出すかも」と言うと、友達から「違うよ、先生が口から出すのは光線だよ」と訂正されたそうです。
俺が思い描くメカ先生はこうだなとか言って欲しかったのに、違うよって言われたから、すごい釈然としないなと思って記憶があるんですよね。
存在しない話をしているのに「違うよ」と言われる釈然としなさから、堀元さんは謎の訂正は子どもに付き物なのかもしれないと話しています。
伝わらないのは「言い方」のせいではない?
こうしたすれ違いの解決策として、水野さんは今井先生の新刊『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』を紹介しました。水野さんは「バッチリ読み込んだ」と前置きしつつ、中身の説明は著者本人の今井先生に託しています。
今井先生によると、多くの人はコミュニケーションがうまくいかないとき、言い方がきつかった、誤解させる言い方をしたといった「言い方」を反省しがちです。伝わらなければ繰り返せばいい、言い換えればわかるはずだ、という方向に考えが向きやすいといいます。
この傾向はビジネスに限らず、先生が生徒に教えるとき、親が子どもに話すとき、上司が部下に指示するときにも共通していると今井先生は話しました。言い方を工夫して繰り返せば伝わる、という信念をみんなが持っているというのです。
しかし今井先生の考えでは、本当に伝えるには相手の心を読む必要があります。人はそれぞれ、ある場面でどう振る舞うべきか、どう受け取るべきかについて様々な想定を持っています。
今井先生は、この想定を認知心理学ではスキーマ ── 認知心理学で、物事を理解するときに使う知識の枠組みを指す言葉。経験によって形作られ、人によって中身が違いますと呼ぶと説明しました。スキーマがあるから会話が成り立つ一方で、立場が違うとスキーマも大きく異なるといいます。
水野さんは、最近結婚した友人の例を紹介しました。友人は飲みに行っても終電までに帰ることで家庭を大事にしているつもりでしたが、妻は不満だったそうです。原因は、2人が育った家庭の違いにありました。
家族がバラバラに食事をしていたため、終電までに帰宅すれば家庭を気にかけていることになると考えていた
家族で夕食を囲むのが幸福な家庭像で、夕食を一緒に食べなければ終電で帰っても変わらないと感じていた
今井先生は、育った環境や職種の違いでスキーマは大きく変わると話します。特に「何を達成したいか」という目的は大きなスキーマで、目的が違えば期待するものも違ってくるといいます。
今井先生は、認知心理学の知識を持つ個人の考えとして、人は伝わらなくて当然なのだと述べました。相手が自分と同じ想定で受け取ってくれるというのは幻想に近い、というのが今井先生の見方です。
スキーマの違いは、出演者2人の間にもあります。堀元さんは、水野さんが本の話になるとまず「どこの出版社から出ているのか」を聞くことに、出会った頃は引いていたそうです。水野さんは出版社で編集者をしているため、それが一番重要な情報だという出版社スキーマを持っているわけです。
僕はもうちゃんとね、打ち合わせまずお願いできますか?1時間5万円からになりますがよろしいですか?これ基本ですから。銭ゲバスキーマ。
一方の堀元さんは、稼働量に見合ったギャラが払われるかがすべてという「銭ゲバスキーマ」を自称し、全員が持つべきだと主張して笑いを誘いました。今井先生は、スキーマの違いという幻想を完全に捨てるのは無理でも、相手が自分と同じ想定ではないと意識するだけでコミュニケーションは円滑になるかもしれないとまとめています。
水野さんは収録前、今井先生がビジネス書を書いたことを堀元さんが茶化すのではと心配していたそうです。堀元さんは良い本だったと認めたうえで、「この技術で論文の査読がすべて通るようになりました」といった体験談が前書きにないのはビジネス書らしくない、と冗談を飛ばしました。
「弊社じゃん」と感じた営業と制作のすれ違い
水野さんは企画の本題に戻り、子どもの発言を頭ごなしに矯正したり「変なこと言わないの」とたしなめたりするのも、本で扱われるディスコミュニケーションの一例ではないかと問いかけました。今井先生もその通りだと応じています。
今井先生は、ビジネスの経験がない自分にビジネス書の依頼が来たとき、親から子、先生から生徒といった場面で起きることはビジネスでも同じではないか、という文脈なら書けそうだと考えて引き受けたと明かしました。
会社を経営する堀元さんは、本に出てくる営業チームと制作チームの対立の例を読んで「弊社じゃん」と思ったそうです。
売り上げを見ており、広告主の「こうしてほしい」という要望をできるだけ反映したいと考える
良いものを作りたいと考え、要望を反映すると面白くなくなると感じる
水野さんも編集者として、社内の営業や、イベントを開く書店と打ち合わせをする立場にあります。本当は相手に、どんな部分が手間か、どれくらい集客すれば採算が取れるかをヒアリングしたいものの、踏み込みすぎた質問になってしまい、なかなか聞けないといいます。
ぶっちゃけ関係者が5人以上になるとコミュニケーションがめんどくさくなるんで、人減らしてほしいですね。窓口をあなただけにしてほしいですねとか、なかなか言えない。
聞いてもはっきり答えてもらえないため、相手の言動の端々から本音を探るしかないというのが水野さんの実感です。今井先生はこれを日本人特有の傾向ではないかと指摘しました。
ところが、海外とのビジネス経験を問われた堀元さんは「アメリカ系企業の案件は日本の広告代理店が入っているのでわかりません」と答えます。水野さんも大学時代のロンドン留学を持ち出しましたが、期間は3週間で、日本人の友達がたくさんできて楽しかったという感想しか出てきませんでした。
ビジネス書らしく煽ると、どうなる?
話はビジネス書の「お約束」をめぐる大喜利へ移ります。今井先生は、ビジネス書には年収が上がるといった効能を書くものだというスキーマがなかったと振り返りました。
堀元さんは、今井先生の本のカバー折り返しには「うまく伝わらないという悩みの多くは、言い方を工夫しても解決しません」「伝えること、分かり合うことを真面目に考え、実践したい人のための一冊です」といった真面目な文言が書いてあると紹介しました。そのうえで、ビジネス書らしく書き換えるならどうするかを実演します。
| 場所 | 実際の本 | 大喜利での書き換え案 |
|---|---|---|
| カバーの折り返し | 伝えること、分かり合うことを真面目に考えたい人のための一冊 | さあ始めよう、革命的コミュニケーションを |
| 帯 | 間違っているのは言い方ではなく、心の読み方 | お前の説明はカスだ |
| タイトル | 「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? | 最新の認知科学が証明した、科学的に正しい最強の伝え方 |
今井先生は「そうしたら売り上げが3倍くらいになっていたかもね」と乗り、ライターとして書き換えてほしいと頼みます。堀元さんは、内容とかけ離れた別の本になってしまうからダメだと断りました。
書き換えたらダメなんですよ。別の本になっちゃうから。
バスのアナウンスで「なぜご飯の話?」
堀元さんは、クイズのように楽しめる投稿を紹介しました。投稿者の名前は小学生のようですが、実際には3歳の子どもを持つ親です。
子供は3歳でして、雨の日はバスに乗って保育園に行っています。アナウンスで「お子様をお連れの方は安全に十分配慮して」云々かんぬんと注意喚起があります。その時子供は必ず「なぜご飯の話をしているの?」と聞いてきます。
水野さんと今井先生は、どこがご飯に聞こえるのか区切り方まで考えましたが、答えにたどり着けませんでした。堀元さんの解説では、鍵は冒頭の「お子様」です。子どもは「お子様」という言葉を、お子様ランチでしか聞いたことがなかったと考えられます。
お子様って聞いたらもう彼らの体験世界ではお子様ランチなんや。
投稿には続きがありました。様子を見る限り、子どもは「お子様」を子どもへの丁寧語ではなく、「とてもおいしい」を意味する接頭辞のように解釈しているのではないか、という仮説です。投稿者は子どもに確かめようとしたものの、あまのじゃく期で嘘しかつかないため断念したそうです。
用例
子どもは「お子様」をお子様ランチでしか聞いたことがない
解釈
「お子様」を「とてもおいしい」のような意味の接頭辞と捉える
すれ違い
バスで「お子様をお連れの方」と聞き、ご飯の話だと思う
水野さんは、自分が「お子様」と呼ばれているとは思わないのも無理はないと話します。子どもは名前で「〇〇くん」と呼ばれたり「お兄ちゃん」と呼ばれたりと、自分を指す言葉が複数あるからです。
水野さんが「1つのものに2つ以上の名前はつかない」というバイアスの名前を思い出せずにいると、堀元さんが相互排他性バイアス ── 子どもが新しい言葉を覚えるとき、すでに名前を知っているものには別の名前がつかないと仮定する傾向のことだと答えました。いつもと知識が逆転したと二人で笑っています。
堀元さんは、「お子様」がおいしいという意味ではなく自分のことだったと知った瞬間の衝撃を想像し、その体験を味わいたいと話しました。
電車と葉っぱで世界を分けた赤ちゃん
水野さんは、以前のソシュールの回で「子どもの体験世界にアクセスしたい」と話したことに触れ、関連する投稿を紹介しました。投稿者は、自分が1〜2歳の頃のことを思い出して書いています。
0歳11ヶ月の時に電車という言葉を初めて覚えて、その次に葉っぱを覚えました。最初は電車を見た時だけ電車、葉っぱを見た時だけ葉っぱと言っていたのに、だんだんとそれ以外のものを電車、葉っぱというようになっていき、世界が電車と葉っぱに二分されていくのが面白かったです。初めての発話から3ヶ月ほどはこの2語で全てを呼んでいました。
堀元さんは、パソコンは電車、ご飯のような有機物は葉っぱに分類されるのではと推理しました。水野さんは、幼い頃の体験世界はこれほど粗く、豊かで、訳のわからないものだったのだと感想を述べています。
堀元さんは、以前の「おじさんミステイクアワード」に寄せられたコメントも紹介しました。コリアンダーとシャンツァイとパクチーが全部同じものだと知って驚いたという内容で、堀元さん自身もその場で初めて知ったそうです。
今井先生は、シャンツァイは中国語、コリアンダーは英語、パクチーはタイ語だと整理しました。さらに水野さんが、ロブスターとオマール海老は同じものだと話すと、今井先生は知らなかったと驚き、伊勢海老との関係まで一緒に調べ始めます。
調べた結果、伊勢海老はロブスターやオマール海老とは別の分類でした。今井先生は「そんな違う種の味がしない」と納得がいかない様子でした。
パクチーとコリアンダーって一緒なんだって驚いた時の衝撃結構でかいんですよ。
堀元さんは、大人のこうした驚きも嬉しいものだが、「お子様」がおいしいではなく自分のことだったと知る衝撃とは比べものにならないと話します。全く違うものが結びつく喜びが、子どもには1日1個のペースで訪れるというのです。
水野さんが、子どもは言語習得を大変だと感じているのかと問うと、今井先生は楽しいのではないかと答えました。今井先生は、言語は大変だと思ったら絶対に覚えられないほど難しいもので、楽しいと思えるから覚えられるのだろうと話しています。
大人になってからの勘違いと、漢字の読みが揺れる理由
今井先生の話を受けて、堀元さんは小学4年生の頃、「秩序」と「混沌」という対になる概念を覚えたのが嬉しすぎて使い続けていたと振り返りました。教室を見て「今混沌だわ、秩序を取り戻さないと」と言っていたそうです。
堀元さんによれば、この言葉は当時流行していたダレン・シャン ── 少年が吸血鬼になる物語を描いた児童向けファンタジー小説のシリーズ。日本ではハリー・ポッターと同時期に広く読まれましたなどの児童小説で覚えた可能性が高いといいます。
水野さんは、国語辞典を頭から読んでいる途中で「側用人」の読み方を思い違いしていたことに気づいたそうです。今井先生は、時代劇や藤沢周平の小説によく出てくる言葉だとすぐに読んでみせました。水野さんはショックを受けつつも、新しい発見が嬉しくてその日一日ハッピーだったといいます。
堀元さんは、「離婚事由」の「事由」の読み方を思い違いしていた経験を語りました。変換できなかったので日本語入力ソフトの取りこぼしだと思って検索したところ、取りこぼしていたのは自分のほうだったというオチです。
「由」の読みが「ゆう」「ゆ」「ゆい」ところころ変わる話から、今井先生は、中国語では基本的に漢字1つに読みが1つなのに、なぜ日本語の漢字は読み方がこんなに多いのかと水野さんに尋ねました。
水野さんは理由として2つを挙げています。1つは、「四天王」の「のう」のように音韻が変化しても文字が変わらないこと。もう1つは、中国から読みが伝わった時代が異なることです。
水野さんの説明では、本家の中国で音が変化するたびに、日本はその時代の読みを取り入れてきたため、漢字の読みは最大で3系統あるといいます。水野さんはこの点について、間違っていたらテロップで直すと断っていました。
多義語の極端な例として、水野さんは「看経」を挙げました。声を出さずにお経を読むことと、声を出してお経を読むことの両方を意味するそうです。
それ同じ単語にしちゃダメなんだって。訳分かんなくなるから。分けてよ。
「虎が降ってる」と「ゴリラを植えたよ」の真相
今井先生は、メモにあった「虎が降っている」という子どもの言い間違いを出題しました。水野さんと堀元さんは、空からカエルが降ってくるファフロツキーズ ── 本来降るはずのない魚やカエルなどが空から降ってくる現象。竜巻に巻き上げられたものが落ちてくると考えられていますが、原因が特定できない例もあります現象を連想します。
堀元さんは、動物園を竜巻が直撃した説、「トラウマ」から「虎」だけを覚えた説、虎の黄色と黒から蜂を連想した説などを次々に挙げ、水野さんに「子どもの気持ちがわかっていない」と突っ込まれます。最後に堀元さんは「雹が降っている」だと正解にたどり着きました。
天気の雹と、動物の豹は同じ音です。子どもは豹と同じネコ科の動物である虎を持ってきてしまったと考えられます。水野さんは、カテゴリーが似ている別のものに置き換えてしまう間違いこそが、本のタイトル『きょう、ゴリラをうえたよ』の真相だと明かしました。
堀元さんは最初「ボノボを植えたよ」と言いたかったのではと推理して、国内にボノボはいないと水野さんに突っ込まれます。植えそうなもので猿に近い名前を考え直し、最後に「パンジー」だと気づきました。
覚え方
花の「パンジー」をチンパンジーに結びつけて覚える
置き換え
チンパンジーのような名前のものを植えた、という記憶になる
言い間違い
同じカテゴリーのゴリラに入れ替わり「きょう、ゴリラをうえたよ」になる
大人も書名を取り違える
今井先生は、こうした置き換えは大人もいつもやっていると指摘しました。堀元さんが挙げたのは、図書館の司書が受けた問い合わせを集めたレファレンス協同データベース ── 国立国会図書館が全国の図書館と協力して、利用者からの調べものの質問と回答を蓄積・公開しているデータベースです。
そこには『100万回生きたねこ』を「100万回死んだ猫」と尋ねる例があり、今井先生は心理学の授業でも使っているそうです。人はその場では完全に理解したつもりでも、意味で記憶するため、後で元の言葉がわからなくなるといいます。
今井先生は、『わたし、定時で帰ります。』を「私、残業しません」と覚えてしまう例も挙げました。意味はほぼ同じなので、意味を考えた瞬間に元の表現がどちらだったかわからなくなるわけです。堀元さんは「スーホの白い馬」を「白い馬のホース」と尋ねる例を加えています。
さらに今井先生は、「ストラディヴァリウスはこう言った」という問い合わせを挙げ、堀元さんが『ツァラトゥストラかく語りき』のことだと答えました。今井先生によれば、どちらも「ヨーロッパの昔の偉い人で、名前が長い」という同じカテゴリーに入り、区別がつかなくなった例だといいます。
出演者自身も、似た名前を取り違える「イップス案件」を抱えています。
| 挙げた人 | 名前A | 名前B |
|---|---|---|
| 堀元見 | マクラーレン(車のメーカー) | マクルーハン(メディア論の研究者) |
| 水野太貴 | ガブリエル・ガルシア・マルケス(『百年の孤独』の作者) | マルクス・ガブリエル(ドイツの哲学者) |
| 堀元見 | ラマルク(用不用説の生物学者) | レマルク(『西部戦線異状なし』の作者) |
堀元さんは、ラマルクとレマルクは片方が生物学者、片方が文学者なので、間違えたときのダメージが大きいと話しました。レマルクを知らなかった水野さんは、「ラマルクだけでやってきたのに教えないでほしかった」と嘆いています。
「ハッピー注意報」で世界を平和に
今井先生は子どもの言い間違いに話を戻し、「明日はハッピー注意報が出るといいね」という例を紹介しました。堀元さんは即座に「波浪注意報」のことだと見抜きます。
ハロー注意報って聞いた時に、なんで急に挨拶しだしたんだこいつ。ハローに注意する必要ないだろうってお母さんに言ったんじゃないかな。
堀元さん自身、子どもの頃に波浪注意報を「ハロー注意報」だと思い、母親に漢字の「波浪」だと教わった経験があったため即答できたそうです。
今井先生の分析では、子どもはまず「ハロー注意報」だと勘違いし、そこから同じ「ハ」で始まる単語の「ハッピー」と混ざったと考えられます。今井先生はあまりの可愛さに、世界の政治家に教えてあげたいと話しました。
堀元さんはジョン・レノンの「イマジン」のようだと乗り、今井先生は「#ハッピー注意報」はどうかと提案します。水野さんが政治の話に踏み込みかけると、堀元さんが「政治の話はYouTubeに向いていない」と止める場面もありました。
青菜炒めの勘違いと、2冊の本に込めたもの
締めくくりに、水野さんは大人の勘違いの例として、26歳ぐらいまで「青菜」という名前の野菜を炒めているのが青菜炒めだと思っていたと告白しました。堀元さんは、今井先生が急に同情モードになったと実況しています。
お前引かせんなよ。世界的な研究者を引かせんなよ。
水野さんは、大人の間違いにも人の認知的な特性が反映されているとして、今後企画してもよいかもしれないと話しました。
このシリーズの内容をもとに、子どもの言い間違いを80個厳選して解説した本が『きょう、ゴリラをうえたよ』です。水野さんが執筆し、今井先生が解説と監修を担当し、イラストも添えられています。
水野さんによれば、予約開始から1日の時点で、子育て中の友人へのプレゼントにしたいという声が届いていたそうです。自分の子どもがこうやって頑張って言葉を覚えているのだとわかる本だと話しています。
堀元さんは、自身の初の著書教養悪口本 ── 堀元見さんの初の単著。教養を感じさせる言い回しで悪口を言う方法を紹介したユーモア本ですを入院中の友人に差し入れたフォロワーが、相手に引かれていたという話を披露し、差し入れには子どもの言い間違いの本のほうが向いていると勧めました。
今井先生は、ビジネスの経験がない自分が日経BPからビジネス書を出したと改めて紹介しました。『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』は、ビジネスだけでなく親子などの悪気のないすれ違いも扱っており、子どもの言い間違いの本の延長線上にあって、読者対象を少し上げた関連書籍だといいます。
今井先生は、この本は2024年5月の発売だが、人間である限り付きまとう普遍的な問題を扱っているため、賞味期限はありませんと話しました。
堀元さんは、今井先生が飼い猫にマイクロチップを埋め込んだかどうか忘れて2回埋め込んでしまったという本の中のエピソードに勇気づけられたと紹介しています。最後に、言い間違いの募集フォームは研究者にも公開されており、寄せられた例が研究者の著作や講演に生かされる可能性があると告知されました。
まとめ
子どもの言い間違いは、その子がどんなスキーマで世界を捉えているかを映し出しています。今井先生の話からは、大人同士のすれ違いも同じ構造で起きていて、言い方を工夫するより、相手が自分と同じ想定ではないと意識することが出発点になると考えられます。
- 「いいにお」「なんでやんけ」は、子どもが覚えた規則をまとめて当てはめた結果として生まれた言い間違いだった
- 「ポイ」「パチパチ」のような多義的なオノマトペは、子どもに言葉の意味が1つではないことを教える中ボスのような存在になっている
- 今井先生は、人がすれ違うのは言い方ではなく、育ちや職種によって異なるスキーマのせいだと説明した
- 「お子様ランチ」「ゴリラを植えたよ」のように、子どもは限られた用例や似たカテゴリーから言葉を組み立てている
- 書名や人名の取り違えのように、大人も意味やカテゴリーで記憶するため、子どもと同じような間違いをしている

