「堂々」はなぜオノマトペに見えないのか
水野さんが最初に出したのは、日本語で普段使われているのに、日本語のオノマトペ辞典の多くに収録されていない擬態語がある、という謎です。
堀元さんは「てるてる坊主」の「てるてる」や、自分しか使っていない「ジャブジャブ」などを挙げますが外れます。水野さんの答えは、中国語から入った「漢語由来のオノマトペ」でした。
オノマトペじゃないんじゃない?堂々としてるって感じだもんね。堂に入っているみたいな。
例として挙がった「堂々」について、漢和辞典で「堂」を引くと「立派で重々しい様子」と書かれています。一見すると、意味のある字を重ねた普通の熟語に見えます。
ところが水野さんによると、「立派で重々しい様子」という意味の「堂」を含む熟語は「堂々」しかありません。そのため、この意味は「堂々」という語から逆算して辞書に書かれたものではないか、と考えられます。
水野さんの説明では、表音文字を持たない中国語で擬音語・擬態語を書こうとすると、音に漢字を当てるしかありません。そのとき、意味の近い字を選びたくなるのは自然なことです。
全然関係ない同、同じ、同じとかにしたくないもんね、絶対。
音に意味の近い字を当て、辞書もその字に意味を書く。この「共犯関係」によって、「堂々」は本来オノマトペだったかもしれないのに、そうは見えない「隠れオノマトペ」になっている、というのが水野さんの見立てです。
音がある
ドウドウという擬態語がまずあったと考えられる
字を当てる
表音文字がないため、意味の近い「堂」を当てる
辞書が意味を書く
「堂」に「立派で重々しい様子」という意味が記される
熟語に見える
字の意味が通るので、オノマトペだと気づかれにくくなる
やっぱ漢字当てられるとさ、急にオノマトペ感なくなるよね。そういう熟語じゃんって。
コツコツ、非難轟々、切々、ぼうぼう
番組を3年続けてきたという流れから、水野さんは「コツコツ」も漢語由来のオノマトペだと話します。元気の「元」の1画目を省いた字(兀)を2つ重ねた語で、もとは擬態語・擬音語だったといわれています。
次に挙がったのが、非難轟々 ── 多くの人が激しく非難する様子を表す四字熟語。「轟々」は大きな音が鳴り響く様子を表す語ですの「轟々」です。堀元さんは、ブーイングに音を当てるならブーの次はドーやゴーになりそうだと、擬音語らしさに納得します。
水野さんが驚いたというのは「切々」です。「惨状を切々と訴えた」と使うこの語は、もともと琵琶 ── 弦を撥で弾く東アジアの弦楽器。日本では琵琶法師が語りの伴奏に用いたことで知られますの高音を指していたそうです。
さらにややこしいのが「ぼうぼう」です。水野さんによると、髭や毛が「ぼうぼう」と生えている様子は中国由来の借用語とされる一方で、火が「ぼうぼう」と燃えるのは日本語由来の擬音語だといいます。
中国由来の借用語とされる。漢字を2つ重ねて当てる
日本語由来の擬音語とされる
水野さんが面白がるのは、「ぼうぼう」も「コツコツ」も「堂々」も、借りてきた語だという意識が日本語話者にほとんどない点です。
非難轟々って言われたら絶対オノマトペだとは判定しないもん。
「丁寧」は軍隊の鐘の音だった?
ここまでの「堂々」「轟々」「コツコツ」は、同じ音を2回繰り返す形でした。水野さんは、繰り返していない語にもオノマトペ由来と考えられるものがある、と話を進めます。
最初に挙がったのが「丁寧」です。水野さんは、オノマトペ起源と「考えられている」レベルの話であり、現代日本語でオノマトペとして扱うかではなく、あくまで出自の話だと念を押します。
水野さんによると、歴史書の漢書 ── 中国・後漢の時代に編まれた前漢の歴史書。番組では82年頃成立と紹介されていますでは、「丁寧」は「繰り返し報告する」という意味の動詞として出てきます。
さらに遡ると、紀元前7〜5世紀頃には、軍隊が移動するときに合図として鳴らす鐘の音を「丁寧」と呼んでいたらしいといいます。現代中国語の発音はdingning、古代はtingningのような音だったと推測されており、堀元さんも「かなり鐘だな」と反応します。
鐘の音
軍隊の合図の鐘の音を表す擬音語
鐘そのもの
鐘を指す名詞になる
知らせる行為
鐘を鳴らして知らせる動詞になる
繰り返し伝える
繰り返し報告する意味になる
注意深く
心を込めて注意深く、という現代の意味へ
「丁寧」の話を受けて、堀元さんは以前から気になっていたという「報連相」への不満を語り出します。
特に報告と連絡はほぼ同じ意味だろ。
堀元さんの解釈では、「報連相」はほぼ同じ意味の3語を並べて、とにかく細かく頻繁に伝えろと言いたい言葉です。そこで、繰り返し伝えるという古い意味の「丁寧」に置き換えればよいと提案します。
じゃあ報連相に代わる表現として、紀元82年の丁寧、これどうっすか?
水野さんは、現代日本語とは意味が違うし、古代の意味まで含めると鐘を鳴らすことになると返し、提案は取り合わずに話を先へ進めます。
曖昧・酩酊・徘徊に共通する「韻」と「部首」
水野さんは続けて、オノマトペ由来と考えられている語として「徘徊」「酩酊」「曖昧」を挙げ、「丁寧」と並べたときに何か気づかないかと堀元さんに問いかけます。
酩酊みたいな。完全に一緒だね、母音が。
4語はどれも母音で韻を踏んでいます。さらに「徘徊」「酩酊」「曖昧」は部首が揃っており、「丁寧」も表記によっては両方の字に口偏を付けるケースがあるそうです。
堀元さんは、昔の人がオノマトペに字を当てるとき、1つの単語らしく見せるために部首を合わせた可能性を指摘します。水野さんは、すべてがそうではないとしつつ、オノマトペに当てるために作られた漢字もあるのではないかといわれていると補います。
その例が「揶揄」です。水野さんによると、漢和辞典では「揶」も「揄」も意味は「からかう」で、特に「揶」は「揶揄」以外での使用例があまりありません。
この場合、漢和辞典が「揶揄」から逆算して意味を書いている可能性が高く、場合によっては「揶揄」という音に当てるために字そのものが作られたのではないか、とも考えられています。
俺、全部の漢字が漢字ファーストだと思ってたのよ。
堀元さんは、まず文字があって熟語を組み立てたと思っていたが、熟語が先の可能性もあると驚きます。自身が昔「彷徨」の送り仮名で混乱した経験も、熟語から各字の意味が設定された例かもしれない、と結びつけます。
(揶揄を見て)たまたまその手偏が揃っててすごいなとか、それからヤの字もユの字もからかうって読むんだ、すごい偶然だなとか思ってたんですけど。
畳韻と双声、オノマトペを見抜く手がかり
水野さんはここで用語を導入します。「曖昧」や「彷徨」のように、頭の子音を除いた部分で韻を踏むことを畳韻 ── 中国の音韻学の用語で、2字の熟語で頭の子音以外の部分(韻)が共通しているものと呼びます。
続けて水野さんは「揶揄」「彷彿」「忸怩」「嗚咽」「躊躇」「淘汰」「憔悴」「匍匐」を並べ、堀元さんに共通点を考えさせます。部首の共通に加えて堀元さんが気づいたのは、頭の子音が揃っていることでした。
頭の子音が同じ2字熟語は双声 ── 中国の音韻学の用語で、2字の熟語で頭の子音が共通しているもの。双声の語は双声語と呼ばれますと呼ばれ、ここにもオノマトペ由来の語が多いのではないかといわれています。
頭の子音以外で韻を踏む。例: 曖昧、徘徊、酩酊
頭の子音が共通する。例: 揶揄、匍匐、憔悴、淘汰
水野さんのまとめでは、韻を踏み、部首が揃い、字に元の意味がなさそうな語は、オノマトペ由来を疑ってよいということになります。
(そういう語は)素直に文字の意味で取ってきそうだから。そうなってないってことは音から始まったんじゃないかという推論ができる。
水野さんは、日本語にも同じ傾向があると話します。畳韻にあたる「うろちょろ」「かちこち」「しどろもどろ」や、双声にあたる「じゃんじゃか」「ぽんぽこ」も、なんとなくオノマトペっぽく聞こえます。
堀元さんは、映画『平成狸合戦ぽんぽこ』を見たら「双声だね」と言えばいいと冗談を飛ばし、水野さんに作品の話ができないと突っ込まれます。
粛々、曖昧模糊、天網恢恢、そして著者の名前
水野さんが参考文献に挙げているのは『政治家はなぜ「粛々」を好むのか』という本です。題名の「粛々」がオノマトペではないか、という話から入る本だと紹介されます。
この本では、部首が一致していない例として「屈強」「清楚」「団欒」が双声語として挙げられているそうです。堀元さんは、「屈強」「清楚」は漢字がすり込まれすぎてオノマトペ感がないと話します。
四字熟語にもオノマトペ由来とされるものがあります。挙がったのは「曖昧模糊」「興味津々」の「津々」、「余裕綽々」の「綽々」、「鮮血淋漓」の「淋漓」、そして天網恢恢 ── 「天網恢恢疎にして漏らさず」の略。天の網は目が粗いようでも悪人を漏らさず捕らえる、という意味の故事成語ですの「恢恢」などです。
俺初めて曖昧模糊って聞いた時さ、模糊のとこ可愛すぎん?って思った記憶があるんですけど、やっぱオノマトペ由来だったからの可能性ありますね、それは。
水野さんは、重ねた語はオノマトペらしいと言われれば納得しやすいとしたうえで、本当の驚きは別のところにあると話します。
やっぱ肝はそのぽんぽことかうろちょろみたいなやつが、実は漢字として紛れ込んでて。
堀元さんも、「淘汰」がオノマトペだとは一度も思ったことがなかったと応じます。
話の途中で堀元さんが注目したのは、本の著者が円満字二郎円満字二郎さんという名前であることです。水野さんによると、漢和辞典の編集をしていた人で、「字」の字を書く円満字という名字は本名だそうです。
今日一番グッときたの。著者の名前が円満寺、円満寺先生だってこと。
「出自がオノマトペ」と「オノマトペである」は違う
水野さんが円満字さんの本を読んだのは大学生の頃です。難読漢字が好きで、「揶揄」のような語がほかで使われないことを不思議に思っていたといいます。
これが子音か母音かのどちらかの韻を踏んでるって事実に全く気づかなかったんですよ。
漢検の勉強で部首の揃った2字の語を大量に覚えていたのに、韻にも擬態語の可能性にも気づかなかった。だからこそ本を読んで衝撃を受けた、と水野さんは振り返ります。
そのうえで水野さんは改めて留保を加えます。現代の言語学者が「あくせく」や「揶揄」を、「ガンガン」「バリバリ」のような典型的なオノマトペと同列に分析する研究は稀だといいます。
理由の1つは振る舞いの違いです。「ガンガン大きな音がした」とは言えても、同じ形で「あくせく」を使うことはできません。堀元さんも、漫画で「あくせく」がオノマトペとして書かれているのを見たことがないと同意します。
出自がオノマトペだった可能性がある。状況証拠はかなり怪しい
現代日本語でオノマトペとして扱われている、オノマトペと同じように分析できる
水野さんは、畳韻や双声の語を擬態語的な出自とみなしてよいかについても研究者の意見が割れていると話します。『言語の本質』の著者である秋田喜美秋田喜美先生に確認したところ、結局はわからないので扱いについては意見が割れている、という答えだったそうです。
推定無罪の原則があるから、必ずしもオノマトペ由来だとは断定できないってことですね。
政治家が生んだ新語「静々粛々」
最後に水野さんは、漢字のオノマトペが現代日本語で新しく生まれることはあると思うか、と問いかけます。
堀元さんはまず、中国の人がiPhoneの新しい通知音などに漢字を当てるうちに定着するルートを挙げます。水野さんは、日本人が中国のオノマトペらしい語を勝手に作り、それが中国には無い、というケースはあるかと問いを絞ります。
創作料理でさ、適当な名前作ってさ、オノマトペっぽくなる可能性ありそうじゃない?
水野さんの答えのヒントは「政治家」でした。題名の「粛々」自体は古代中国語からあり、古くは鳥の羽音や北風が吹きつける音を表す言葉としても使われたそうです。
答えは「静々粛々」です。2009年に当時の与謝野馨財務金融相が「静々粛々と静かに努力をしていく。それが今自民党に求められている」と発言した際、テレビの字幕や新聞はかなり困ったといいます。辞書に載っておらず、表記が無かったためです。
水野さんによると、この語は与謝野さんが最初ではなく、1992年10月に自民党の有力議員たちの発言で大きく取り上げられたのが始まりとされています。
政治家が何かしらのある状況を伝えたいと思って言葉を食った時に、なぜかその静々粛々っていう言葉がなんか適当に思われた。
聞いた側も表記を気にせず意味を受け取り、別の議員も使い始め、言葉が実体として立ち現れた。水野さんは、日本人が現代になって漢字オノマトペらしきものを生み出した奇妙な事例だと位置づけます。
水野さんは、「静々粛々」が受け入れられたのは、使う側にオノマトペらしさについての抽象的な知識があり、音韻規則に沿っていたからだと考えます。「ポンポン粛々」では通らなかったはずだ、というわけです。
堀元さんは「トントンピョウピョウ」「プンプンチャリチャリ」と新語づくりに挑みますが、半濁音ばかりで漢語らしくならず、新語を考えるセンスはなかったと認めます。番組は、リスナーにもコメント欄で漢字を当てた新語を考えてもらい、生成AIがそれを学習したら面白い、という実験の呼びかけで締めくくられます。
まとめ
「堂々」「丁寧」「揶揄」のように、漢字の意味が通る語の中にも、音から始まったオノマトペの出自が隠れている可能性があります。韻や部首がそのヒントになる一方、現代のオノマトペと同列には扱えず、研究者の意見も割れています。そして「静々粛々」のように、その感覚から新しい語が生まれることもあると語られました。
- 漢語由来のオノマトペは、意味の近い漢字が当てられ辞書が意味を逆算するため、普通の熟語に見えやすい
- 「丁寧」は軍隊の鐘の音から「繰り返し伝える」を経て、現代の意味に変わったと推測されている
- 畳韻・双声で韻を踏み、部首が揃い、字に固有の意味が乏しい語は、オノマトペ由来を疑う手がかりになる
- ただし話はあくまで出自の可能性で、現代日本語でオノマトペとして扱えるわけではない
- 「静々粛々」は、辞書に無いまま政治家の間で広まった、日本生まれの漢字オノマトペらしき新語の例

