日国第三版の決定と、経済記事の「逆回転」
2024年7月、日本最大級の国語辞典である日本国語大辞典 ── 小学館が刊行する日本最大級の国語辞典。通称「日国」。約50万語を収め、各語の用例を時代順に示すことで知られます、通称「日国」の第三版の編纂を正式に進めるというリリースが出ました。水野さんはこのニュースを「日本中が震撼した」と大げさに紹介します。
日国の第三版は2032年から徐々に刊行される見込みです。堀元さんは、辞書を1冊つくるのに8年もかかり、しかも一斉には出ないことに驚いています。
え?辞書作るのにそんな時間かかるんだ。
日国については、好きな人が集まる「日国友の会」という有志の集まりがあり、どんな語を入れるべきかを日夜議論していたそうです。水野さんはそこに入っていないものの、第二版に載っていないけれど載せたほうがいい語を勝手に発表するコーナーとして、この回を始めます。
水野さんが最初に挙げたのは「逆回転」です。堀元さんがニュース検索をすると、日経の「キャリー取引逆回転の本質」や、時事ドットコムの「アメリカ景気不安、逆回転の引き金に」といった見出しが出てきます。
経済記事での「逆回転」は、物が逆に回ることではありません。一方向に進んでいた流れが、逆方向に転じることを指しています。
その取引を手仕舞い、みんなが一気にしたことで、円とドルの動きが真逆になると。っていう時とかに逆回転って使うんですね。
水野さんは本業で経済系の記事をつくる中で、この「逆回転」がものすごく多く出てくることに気づきました。ところが日国には「逆の方向に回転すること」という意味しか載っておらず、お金の流れについての用法はどの辞書にも見当たらないといいます。
逆の方向に回転すること
一方向に進んでいた流れ(円安など)が、逆方向に転じること
堀元さんは当初、辞書に立項されていない単語を挙げる企画だと思っていました。実際には、すでに載っている語に「拾えていない意味」を足す提案も含まれている企画だとわかります。
川端康成は「保身」を別の意味で使っていた?
逆回転と似た例として、堀元さんは「保身」を挙げます。政治家が保身に走る、という使い方が一般的ですが、川端康成は「保身」という語で自慰行為を表していたらしい、という話です。
水野さんによると、日国は用例主義 ── 語の意味を、実際にいつ・誰が・どんな文脈で使ったかという用例に基づいて記述する辞書編集の方針。日国は初出の用例を示すことを重視していますをとっていて、明治期の用例にも手厚い辞書です。そのため、川端康成の用法はむしろ日国の得意分野かもしれないと考えて引いてみます。
ところが日国の「保身」には、身の安全を保つこと、自分の地位や名声を失うまいと身を処すること、という意味しか載っていませんでした。挙げられている用例は1943年のもので、「保身」は意外と新しい語なのだと二人は驚きます。
会話体以外にもその用法を使っていたりしてくれてると、その意味を持ってるって認定しやすそうなので。
水野さんは、コーパスで「保身」を一つずつ調べて日国友の会に投稿してはどうかと堀元さんに勧めますが、堀元さんは「めんどくさい」と返しています。
「大喜利」の本来の意味は、興行の最後の一幕
次に水野さんが挙げたのは「大喜利」です。堀元さんがイメージするのは、「こんな食品メーカーは嫌だ」のようなお題に面白い答えを返す、あの大喜利です。
ところが、お題に答える遊びとしての大喜利は、日国にも新明解国語辞典 ── 三省堂の小型国語辞典。個性的な語釈で知られ、水野さんは第八版を愛読しています第八版にも載っていないといいます。
日国によると、大喜利の本来の表記は「大切り」で、「大喜利」は当て字です。意味は大きく切り分けることから始まり、江戸の歌舞伎で二番目狂言の最後の幕、そして演劇でその日の興行の最後の一幕へと広がっています。
大きく切る
物を大きく切り分けること。またその切り身
歌舞伎の最後の幕
江戸の歌舞伎で、二番目狂言の最後の幕
興行の最後の一幕
演劇で、その日の興行の最後の一幕。「大喜利」とも書く
物事の最後
物事の終わり。「西洋道中膝栗毛」に用例がある
水野さんは、お題に対して面白い答えを出し合う見せ物という意味と、「それ大喜利になってるじゃん」という比喩的な用法の両方を追加してほしいと提案します。
お題があって、それに対して気の利いたことを言うことを見せ合う見せ物、またそのような行動とか、そんな風に書けばどちらもカバーできるのかなって思いました。
では、なぜ最後の演目が「お題に答える遊び」の意味になったのか。二人がたどり着いたのは『笑点』です。漫才などの演目のあと、番組の最後に大喜利をやっていて、しかも大喜利のほうがメインのように見えます。
笑点から我々大喜利ってものを知ったから、大喜利ってああいうもんなんだろうなって間違えた学習しちゃったんじゃない?
水野さんはこれを即時マッピング ── 子どもが新しい語を、少ない例から素早く意味と結びつけて覚える現象。その後、別の例を見ながら意味の範囲を調整していきますの話だと説明します。少ない例から一般化して意味を覚えるので、典型例が変われば意味そのものがずれていくのです。
例として挙がったのが「車」です。もともとは人力車を指していましたが、今の子どもは自動車ばかり見て育つので、車の典型は自動車だと受け止めます。水野さんは、大喜利もいずれ演目の最初にあっても誰も疑問に思わなくなるだろうと見ています。
山奥で再発明した「原始焼き」
大喜利の形で「日国に載ってないこんな言葉、どんな言葉?」と振られた堀元さんは、普通に答えることにして「原始焼き」を挙げます。網を使わず、竹串に刺した魚や肉を炭の周りに立てて焼く調理法です。
堀元さんは千葉の山奥で会員制の村づくりをしていた時期、網がへたっても補充できない環境で、竹を切って肉を刺し、炭の近くに立てて焼く方法を編み出していました。後から飲食店でそれが「原始焼き」と呼ばれていると知って、テンションが上がったそうです。
多分縄文時代とかの人が発明したやつを再発明しちゃってたんですけど、それテンション上がってさ、俺この言葉もっと流通しててもいいんじゃないの?って思ったんですよ。
日国を引くと、原始焼きは立項されておらず、「原始」の項目の中にも拾われていませんでした。「原始」の意味は「はじめ・起こり」と「自然のままで人の手が加えられていないこと」の2つで、どちらからも原始焼きの意味は導き出せません。
水野さんは、料理の語は辞書によって扱いが分かれると補足します。岩波はあまり料理を立項しない一方、三国 ── 三省堂国語辞典の通称。新語を積極的に取り入れる方針で知られ、油そばの立項が話題になりましたは新しい料理にも強いそうです。約50万語を収める日国なら何でも拾っていいはずだとして、原始焼きの立項を推しています。
「脳内再生」はもう市民権を得ている?
堀元さんに触発された水野さんは、どの辞書にも立項されていない語として「脳内再生」を挙げます。音楽だけでなく、「この人が喋りそうな文言が脳内再生余裕」のように使える表現です。
我々の著書、言語沼読んでくださった方はみんなね、脳内再生余裕だったって言ってくれてますからね。
新語は定着するかどうかを「経過観察」してから載せるのが普通なので、脳内再生が辞書にないのは当たり前とも言えます。それでも水野さんは、小説に出てきても不自然でないほどスラング感のない表現なので、拾えば新語に敏感な辞書だという印象も出せると考えています。
日国の第二版は2000年の刊行なので、「情弱」のようなスラングは載っていません。ただデジタル大辞泉 ── 小学館のオンライン国語辞典。逐次改訂ができるため、新しい語や意味を素早く取り入れていますは「情報弱者」をすでに拾っていました。一方で、そのデジタル大辞泉でも脳内再生は拾われていません。
水野さんは、新明解は世間のイメージほど保守的ではなく、新語もかなり拾っていると話します。二人が確かめた範囲の掲載状況は次のとおりです。
| 語 | 確かめた辞書 | 結果 |
|---|---|---|
| 脳内再生 | 日国・新明解第八版・デジタル大辞泉 | いずれにも載っていない |
| 情報弱者 | デジタル大辞泉 | 載っている |
| 聖地(聖地巡礼の意味) | 新明解第八版 | 載っている |
| 草(笑うの意味) | 新明解第八版 | 載っている |
水野さんによると、「草」や「情弱」は見た目で新語とわかりますが、「脳内再生」は一見自然な見た目をしているので、かえって拾うのが難しいのではないかといいます。
ここで堀元さんは、収集している語として「多要素認証疲労攻撃」を持ち出します。二段階認証の通知を何度も送りつけ、拒否し疲れた相手がうっかり承認するのを狙うハッキング手法です。
載らんやろ。載らんやろ、それは。
水野さんは、多要素認証疲労攻撃はまだ市民権を得ていないと即答します。名前も説明も長いこの語は、辞書に載るまでの「経過観察」がまだ始まったばかりの段階と言えそうです。
「色物」はもともと寄席の演芸の種類
最近意味が変わってきたと言われる語の典型として、水野さんは「色物」を挙げます。堀元さんが思い浮かべるのは、色物芸人や色物のインフルエンサーのような「変わり者」の意味です。
しかし日国に載っている意味は2つだけです。1つは衣服などの色のついた品物、もう1つは寄席の演芸のうち彩りとして上演されるもので、古くは講談や義太夫に対する落語や漫才、曲芸などを指し、現代では落語や人情噺は除かれるといいます。
新明解はもう少しシンプルで、義太夫・講談・落語とは違う、音曲・曲芸・奇術などのショーとしています。二人は、この曲芸や奇術のイメージが比喩として広がったのではないかと考えます。
寄席の演芸の種別
義太夫・講談・落語などの王道に対する、音曲・曲芸・奇術などのショー
比喩として使われる
王道に対するちょっとした変わり種を指すようになる
現代の意味
その業界や物事で主要な位置にないもの(デジタル大辞泉)
当時のエンタメの王道行くものに対して、まあちょっとした変わり種のものを色物って言ってたのが、比喩的に使われて、今では変わり種って意味の方だけ残った、って感じかな。
デジタル大辞泉には、曲芸などの意味から転じて「その業界や物事において主要な位置にないもの」という意味と、「色物商品」の例が載っていました。大喜利に続いて、演芸由来の語が意外な使われ方をしている例です。
水野さんが「辞書を引かないことがGDPの低下につながっている」と言い出すと、堀元さんは「辞書を読んでいたらもっとGDPが下がる」と返します。水野さんはあっさり仮説を引っ込め、堀元さんは今のは「色物仮説」だったと締めました。
「目線」が視点や視座の意味を持ったのはなぜ?
堀元さんが動画業界で劇的に使われ始めた言葉があると切り出すと、水野さんは「目線でしょ」と当てにいきます。外れではありましたが、水野さんは目線こそ意味が大きく変わった語だと語り始めます。
水野さんによると、目線はもともと映画や演劇の業界用語で、演者が見ている先を指していました。役者に「もう少し目線をこっちに」と指示するような使い方です。
上から目線ってさ、上目線じゃないですか。だって目線は見ている先なんでしょ。
ところが「消費者目線で商品開発する」「上から目線」の目線は、見ている先ではなく、どこから物を見ているかを表しています。目線は視点や視座という意味を持ち始めたのです。
映画・演劇の業界用語で、演者が見ている先(「目線をこっちに」)
視点・視座の意味(「消費者目線」「上から目線」)
水野さんは、変化の理由を「視線とキャラが被ったから」ではないかと考えています。言語の意味は体系の中で決まり、まったく同じ意味の語が同じ時代に2つあってもあまり必要とされないため、役割を変えて生き延びることがあるという考え方です。
本当だ。消費者目線とは言うけど、消費者視線とは言わない。
水野さんは、この説に特に根拠はなく、あくまで推測だと断っています。ただ、同じ体系の中で意味が被った語が役割を分け合うのは、言語変化のあるあるだといいます。
堀元さんはさらに、オモコロチャンネルなどで活動するアルファさんが、画像で目元を隠す黒い帯を「目線」と呼んでいる例を挙げます。二人は、これも市民権を得れば目線の新しい意味になるかもしれないと話しています。
アダルトメディアは新語の宝庫
堀元さんが「動画業界の革命」と呼んでいた語は「吐精」でした。吐き出すの「吐」に精神の「精」と書き、射精を指す言葉です。動画業界とぼかしていましたが、水野さんにアダルトビデオ業界の話だと見抜かれます。
堀元さんによると、十何年ぶりに初恋の人と再会するようなシチュエーションものでは、あらすじがエモい明朝体で書かれていて、「射精」では言葉が強すぎてなじみません。そこで監督などが苦心して編み出したのが「吐精」ではないか、という見立てです。
多分監督とかが苦心して編み出したのがこの吐精っていう言葉で、すっごいエモく書かれてるの、これが。
水野さんもアダルトビデオを用例採集のつもりで見ている節があると明かし、同じく漢語の新語として「鬱勃起」を挙げます。ただ、こうした業界内の新語は日国とは関わりがないので載せない、という判断です。
堀元さんがとくに面白がったのは、「完璧に僕の性癖な住み込みバイト先の若女将は生粋の年下男子好きでした」というタイトルです。本来は名詞の「性癖」を、「性癖な」と形容動詞のように活用させています。
堀元さんは、名詞の「新時代」を「新時代な漫画」と使う例も見たことがあるといいます。Adoさんの「新時代」の歌詞「新時代だ」が頭に残りすぎて形容動詞のように覚えられたのではないか、という仮説です。
水野さんは、「性癖」はもともと個人の性質を表す語で、現代では性的指向の意味で使われることが増えたと補足します。つまりこのタイトルでは、意味と活用の二重の変化が起きていることになります。
本来の意味
個人が持っている性質を表す名詞
意味の変化
性的指向のような意味で使われることが増える
活用の変化
形容動詞のように「性癖な」と活用させる
だから形容動詞になる動機が、その言葉の意味自体に埋め込まれているとも言える。
水野さんによると、名詞は個別具体的なものばかりではありません。「悲哀」や「激怒」は名詞でも感情を表し、「悲しい」「腹が立つ」と連続性があります。「な」「だ」で品詞をアナログに切り分けているだけで、「性癖」や「新時代」はその過渡期にあるのかもしれないといいます。
アダルトビデオとか広告コピーみたいなところって、何か印象を残さなきゃいけないから、やっぱ新しい表現の温床なんですよ。
水野さんは、新しい表現が繁殖しやすいこうした場所を定点観測すると、言葉の動きがよく見えると話します。作品を買うのは、新しい言語表現に挑戦するアーティストへの支援、つまり文化のパトロンとしてだそうです。
「優勝」の意味は拡大しすぎでは?
水野さんは、アダルトビデオやグラビアの業界で見かける表現として「顔面優勝」と「AI超え」を挙げます。「綺麗」が言い古された結果、新しい褒め言葉をつくろうとして生まれた表現だと考えられます。
「AI超え」については、自分のデータが勝手にAIの学習に使われているかもしれないという理由で、AIと並べられるのを嫌がるグラビアアイドルもいると水野さんは聞いたことがあるそうです。一方で、褒め言葉として使われることもあるといいます。
優勝めちゃくちゃ拡大してない?最近。
二人は、ビジネスホテルで一人でお酒を飲んで「優勝」、推しのビジュアルが良すぎて「優勝」と、ポジティブなもの全般に「優勝」が使われていると話します。
堀元さんは由来を「暇な女子大生」が性行為を優勝と表現したことだと推測します。水野さんは、優勝のような一般語は検索が難しく本当の由来は調べていないと断ったうえで、その人が大きな影響力を持ったことはまず間違いないと話しています。
「不定期的」は変? 言葉ハントの楽しさ
水野さんは企画を振り返り、言葉ウォッチや言葉ハントの趣味はとても楽しいと語ります。堀元さんも、地味かと思いきや言葉の変遷をたくさん浴びられたと感想を述べます。
水野さんが今後も「不定期的なコーナーとして」続けたいと言うと、堀元さんは「不定期的」に引っかかります。「不定期」は自然なのに、「不定期的」になった瞬間に気持ち悪く感じるというのです。
水野さんは、否定の接頭辞「非」「不」「未」の使い分けは今話題のテーマで、川添愛さんがこの3つをヤンキーが勢力を争う形で描いたコラムを書いていたと紹介します。『言語学バーリ・トゥード2』の終わりのほうに載っていたかもしれない、とのことです。
堀元さんの違和感について、水野さんは区切り方の問題だと指摘します。「不+定期的」と区切ると気持ち悪く、「不定期+的」と区切れば自然だというわけです。
定期的にふをつけるのは気持ち悪いのに、不定期に的をつけるのは気持ち悪くないってめっちゃ面白い現象だね。
水野さんはこれを右枝分かれか左枝分かれかという構造の話だとし、分散形態論 ── 語の内部構造を、統語論と同じ仕組みで要素を組み合わせて分析する理論。語がどの順番で組み立てられるかを問題にしますの入り口だと告げます。
水野さんは、島村先生が出したテスト問題として「unbelievable」の構造を紹介します。「unbelieve」という動詞はないので、先にbelieveとableからbelievableをつくり、それにunを付けた構造だと分析できるそうです。
最後に水野さんは、辞書サービスのジャパンナレッジ ── 日国やデジタル大辞泉、角川類語辞典など多数の辞典・事典を引ける月額会員制サービス。水野さんは月額1600円ほどと話していますに登録すればリスナーも日国を確かめられると勧めます。第三版の完成まで8年あるので、コメント欄でも気になる新表現を募集していくそうです。
水野さんにとって日国の改訂は今年最大のニュースで、首相が変わったことより大きいとまで言います。堀元さんは、辞書過激派すぎるので気楽にコメントしてほしいと呼びかけて締めました。
まとめ
日国第三版に載せたい語を挙げていくと、「逆回転」「大喜利」「色物」「目線」のように、すでに辞書にある語でも現代の意味が拾われていない例が多く見つかりました。典型例が変わると意味もずれていくという即時マッピングの考え方や、似た語どうしの役割分担など、言葉の意味が変わるしくみも見えてくる回です。
- 日国第三版は2032年から徐々に刊行される見込みで、語の追加だけでなく既存の語への意味の加筆も提案された
- 大喜利はもともと興行の最後の一幕で、『笑点』から今の意味を学んだ人が多い可能性がある
- 目線は業界用語の「見ている先」から、視点・視座の意味へと変わった
- アダルトメディアや広告コピーは、印象を残す必要があるため新しい表現の温床になっている
- 「不定期的」の違和感は、語をどこで区切るかという構造の問題として説明できる



