「よろしくお願いします」が消える日──AIの消費電力が敬語をなくす?焼肉の焼き方に人間性が出る話
ゆる言語学ラジオの堀元見さんと水野太貴さんが、「AIの消費電力のせいでビジネスメールの丁寧表現が消えるかもしれない」という大胆な仮説から、焼肉の焼き方に表れる人間性、そして水野さんの著書『会話の0.2秒を言語学する』6万部突破の報告まで、雑多なテーマを語り合った回です。その内容をまとめます。
AIの消費電力が「よろしくお願いします」を消す?
水野さんが提唱するのは、消費電力を理由に、丁寧な言い回しや社交辞令がビジネスコミュニケーションから消えるかもしれないという仮説です。
背景にあるのは、生成AIがメールの送受信の両方に介在するようになっている現状です。送り手がカジュアルに喋った内容をAIがフォーマルなビジネス文書に整え、受け手はそのメールをAIに要約させて読む。実質的にはAI同士が対話しているような構造になっています。
ある時人類が『あれ、これAIに間に挟む必要なくね?』って気づいたら、ビジネスっぽい形に整える作業をカットすれば直接喋れるじゃん
サム・アルトマンOpenAI社のCEO。ChatGPTの開発を率いる。AI業界で最も影響力のある経営者の一人。は、ChatGPTに対する「ありがとう」「お願いします」といった礼儀正しい言葉が数十億円分の電力消費につながっていると発言しました。水野さんはこの点に着目し、「お世話になっております」「引き続きよろしくお願いします」のような定型句をカットすれば、消費電力を大幅に削減できると指摘します。
もし「エコじゃないですよ」という口実が社会に広まれば、フランクな言葉遣いでビジネスのやりとりをする方がむしろ「配慮が行き届いている」とされる世界が来るかもしれない──水野さんはそう問いかけます。
ただし堀元さんは、この仮説に一定の理解を示しつつも懐疑的です。日程調整ツールSpirカレンダーの空き時間を自動で抽出し、相手にリンクを送るだけで日程が確定するスケジューリングツール。ダブルブッキングを防げる利点がある。に対して「礼を失している」と怒る経営者や、それに賛同する声がSNSで多数あった事例を挙げ、非効率を尽くすこと自体が「礼」として機能している現状を指摘しました。
みんな「意味ない」とうっすら感じつつも、やめる口実がないので社交辞令を続けている
「消費電力の無駄=エコじゃない」という大義名分が生まれ、一気にカジュアル化が進む可能性
水野さんはこれを食器洗浄機初期の食洗機は「楽をするだけ」と受け入れられなかったが、「節水になる」というエコの口実が加わったことで普及が進んだとされる。の普及や、Amazon.comの日本上陸の経緯に例えます。どちらも「口実」が用意されたことで、潜在的に望まれていた変化が一気に進んだケースです。
テクノロジーの制約が言語を変えてきた歴史
堀元さんは、テクノロジーの制約による言語変化の先例としてポケベル1990年代に流行した携帯型の受信端末。電話回線経由で数字しか送れなかったため、数字を日本語の音に対応させる独自の暗号文化が女子高生を中心に発達した。の事例を紹介しました。
たとえば「49」は「至急」、「11014」は「会いたいよ」。数字しか送れないという制約から、独自の対応表が発達したのです。電報の世界でも文字数課金のため表現を切り詰める工夫がありました。
水野さんが「消費電力が言語変化の要因になったケースは過去にない」と述べたのは、まさにこの点が新しいからです。テクノロジーの制約自体は言語を変えてきたものの、電力コストという間接的な要因が言語行動を変えるとすれば、それは前例のない現象になります。
AIネイティブ世代への危機感と楽観論
話題は自然と「AIと言葉の未来」に移ります。水野さんは取材で「AI時代に言葉をどう使うべきですか」と頻繁に聞かれるそうですが、大人がAIを使うことに対してはそれほど切実な危機感がないと語ります。
ただし、AIネイティブの子供たちについては話が別です。川原繁人慶應義塾大学教授の言語学者。音声学が専門。著書『言語学者、生成AIを危ぶむ──子どもにとって毒か薬か』で生成AIが子供の言語発達に与える影響を論じている。先生の著書『言語学者、生成AIを危ぶむ』では、特にAIと会話するツール(ベネッセの「AIしまじろう」など)を子供に使わせることへの警鐘が鳴らされています。身体性やマルチモーダル性を伴わないコミュニケーションで会話を覚えた子供が、本当に人間同士の会話をできるのかという懸念です。
マッキントッシュが流行り始めた時に「学生にMACを持たせるな、脳が腐る」って言われてたの、全く同じだなと思って
堀元さんはテクノロジー楽観論者の立場から、MACが当初は「脳を腐らせる」と言われていたのに、今やクリエイティブの源泉と位置づけられている事例を引き合いに出します。一方で水野さんは、「パソコンまでは大丈夫だったけど、AIぐらいまで行くとアウトだった可能性に人類は気づいていないだけかもしれない」と指摘しました。
また、テキストコミュニケーションにAIを介在させることで「対面で会った時の印象が全然違う」という現象が起きそうだという話も興味深いポイントです。水野さんの著書『会話の0.2秒を言語学する』で論じた「即時的な応答が評価される」という傾向は、AIがテキストの精度を底上げする時代にこそ、対面でのアドリブ力が際立つ形で加速するかもしれません。
焼肉の焼き方に人間性が出る
話題は一転、水野さんの自己分析へ。「僕、焼肉屋で肉焼くの早いですね」という告白から始まります。
堀元さんが以前、水野さんに「定型の気遣いしかできないよね」と言ったことがあるそうです。サラダの取り分け、おしぼり配り、飲み物の注文──こうした定型的な気配りは完璧にこなすのに、相手の秘密をうっかり言ってしまうなど、人間の機微に関わる部分が抜け落ちている、という指摘です。
網の上に何も乗っていなくて、網は熱せられていると。であればこのリソースを使ってガンガン供給していった方がよかろうと
全体最適でもないなそれ。工場の最適化みたいな、生産最適化みたいなこと
水野さんは自分の行動を分析し、「気遣いではなく全体最適化をしているだけ」だと気づいたと語ります。空いているグラスを埋める、サラダを取り分ける──すべて「Pの時はQせよ」という条件分岐で処理しているだけで、相手の心を参照していない。堀元さんはこれを「産業用ロボットと何も変わらない」と表現しました。
焼肉の網、本を読む時間、二人で食事に行く時にトイレ中の読書用の本まで持参する──水野さんの人生は「余白を埋める」という一貫した原理で動いているのだと堀元さんは看破します。これは『会話の0.2秒を言語学する』で論じた「間を埋めて早く行動する」傾向と構造が同じだと、水野さん自身も認めました。
しかし堀元さんは、「水野さんは焼肉を一緒に行った人を平均値より圧倒的に楽しませる能力が高い」とフォローし、肉を焼くのが早いこと自体は問題ではないと結論づけます。むしろ「一番ガサツなやつが肉を焼くのが正しい」──繊細な人が焼き係になると、気配りにリソースを取られて場を楽しめなくなるからだと。
網の肉は誰が管理すべきか
ここで興味深い世界観の違いが浮き彫りになります。水野さんのモデルでは、肉を網に置いた時点で各人に所有権が移転し、その後の管理はそれぞれの責任です。一方、堀元さんのモデルでは、トングを持って肉を置いた人が最後まで面倒を見るのが自然です。
網というリソースが空いていたら埋めるのが自分の仕事。焼けたら各自に配布し、あとは各人の自由。焦げるのもその人の自己責任
自分が置いた肉はベストな状態で食べてほしい。食べるペースを観察し、場合によっては自分の分だけ一枚焼く。相手が食べない場合は声をかける
水野さんは「一枚ずつ焼いていい」という発想自体が今回の発見だったと驚きます。常に全員分を同時に焼くのが「機械の平等」「社会主義的な焼肉」だと考えていたのです。
堀元さんは「陰キャ」の視点から、トングを手に取ること自体が責任を背負うことであり恐怖なのだと力説。バスケの体育の授業でパスを受けたくないのと同じ心理で、水野さんのように率先して焼いてくれる存在は「いい従属先」としてありがたいのだと語りました。
水野さんは、焼肉という場が「正解を誰も教えてくれないのに参与者の裁量権がかなり大きい」空間であり、人間力がかなり出る場所だったのだと気づいたと振り返ります。堀元さんも「焼肉は文化資本の差が出る」と同意しました。
『会話の0.2秒を言語学する』6万部突破と新番組
最後に、水野さんから嬉しい報告がありました。2024年8月末に出版された『会話の0.2秒を言語学する』が、出版から約6ヶ月で6万部を突破。当初の目標3万部を倍で達成しています。
次の目標は10万部。達成すれば新潮社が革製の特装本を制作してくれるほか、印税寄付の枠を拡大し、企業スポンサーの獲得にも動きたいとのことです。印税の寄付先については、言語学を学ぶ学生から応募を受け付け、贈呈式も実施されました。印税贈呈式の様子はYouTubeで公開されています。
また、水野さんがMCを務める新しいPodcast番組「神保町で会いましょう」の紹介もありました。ゲストを招いて神保町を歩き、ゲストの専門や関心を通じて街を見る「街ブラPodcast」です。初回ゲストはジャンクション写真集で知られる大山健さんで、古本屋やカレー屋ではなく竹橋ジャンクションに向かい、コンクリートから「拡張された千葉」を見出すという内容だったそうです。
堀元さんは初回を聞いて「水野さんがしっとりしてて、文化人感がある」「モテそう」と感想を述べました。ゆる言語学ラジオとは異なる雰囲気の水野さんが見られる番組として、興味のある方はぜひチェックしてみてください。
まとめ
AIの消費電力という思いもよらない角度から「敬語が消えるかもしれない」という仮説を出発点に、テクノロジーと言語変化の歴史、AIネイティブ世代への危機感、そして焼肉という日常の場面に潜む人間性の問題まで、話題は縦横無尽に展開しました。
特に印象的だったのは、水野さんが「自分の気遣いは定型的な全体最適化に過ぎなかった」と気づく過程です。「一枚ずつ焼いていい」という発見は小さなことのように見えて、相手のペースを見るという、AIにはまだ難しい「人間の機微」に通じています。AIがテキストコミュニケーションを代行する時代だからこそ、対面での即時的な反応や、焼肉の網の上で見せる人間性がより際立つ──前半と後半の話題は、実はそこでつながっているのかもしれません。
- AIが送受信の両方に介在する時代、「お世話になっております」「よろしくお願いします」は消費電力の無駄として消える可能性がある
- ポケベルや電報のように、テクノロジーの制約が言語を変えた前例はあるが、「消費電力」が要因になるのは前例のない現象
- 大人のAI利用には楽観的な二人だが、AIネイティブの子供が身体性なしに会話を覚えることには危機感がある
- 焼肉の焼き方は「正解を誰も教えてくれない」のに裁量権が大きく、人間性や文化資本の差が如実に出る場面である
- 水野さんの著書『会話の0.2秒を言語学する』が6万部を突破。次の目標10万部に向けて印税寄付の枠拡大も計画中
- 水野さんMCの新Podcast「神保町で会いましょう」が隔週更新で配信中
