水野さんは「蒸す」がわからない?
この回は、ゆる学徒カフェでのファンとの交流で起きた出来事から始まります。リスナーから「ブロッコリーは茹でると栄養素が流出するので、蒸すのがおすすめ」と言われた際、水野さんが「蒸すと茹でるって違うんですか?」と返したことに、堀元さんは衝撃を受けたといいます。
言ったよ。言いましたよ。何があるんすか?それの。それでじゃあテストの点数上がりますか?
水野さんは開き直りつつ、まず「茹でる」の説明から試みます。沸騰した液体に浸して熱する、というイメージ自体は正しいものの、そのたとえ方が独特でした。
なんか茹でるはね、液体に浸してたはずなの。沸騰した液体に浸して、その中で、言ったら熱々スイミングみたいな。
堀元さんは「将来水野さんが国語辞典を編纂したら、茹でるの項に『熱々スイミングの意』と書いてありそう」と笑いながらも、「でもそう、合ってるわ」と認めています。
せいろの水はどこから来るのか
水野さんの「蒸す」のイメージは、竹のせいろをパカッと開けると水蒸気がすごく出てくる、というものでした。せいろを直接火にかけていると考えていたため、シュウマイから水蒸気が出るとは思えず、水蒸気の出どころがわからなくなります。
でも最大の難点は、せいろって多分あの隙間が多くて水漏れそうだなと思って。
せいろの下はスカスカで、敷いてある紙では水を止められない。水野さんはこれを「消えた水の謎」と呼び、堀元さんは「せいろミステリー」と名付けます。
ただ堀元さんによれば、水野さんの推測は「8割5分ぐらい合ってる」そうです。蒸したことのない人が頑張って推測するとここにたどり着く、という意味で面白いと評しています。
水野さんはさらに、別府で入った蒸し風呂の記憶も持ち出します。地熱で床が熱いのに蒸気が充満していたことから、密閉された中の自分の汗が蒸気になるのでは、と考えますが、堀元さんは「汗をかく前の蒸気はどこから来るのか」と返します。
蒸すって存在しないんじゃない?
水野さんが「時間は存在しない」になぞらえた新説を出し、堀元さんは「するよ」と即座に否定しています。
蒸すのポイントは「高さを出す」こと
堀元さんは、蒸すという調理法は直感に反していて面白いと前置きし、そのポイントは「高さを出す」ことだと説明します。
具体的には、フライパンに足のついた網などを置いて高さを出し、その足に達しない程度のごく低い水位で水を張ります。そのまま火にかければ、具材は水に浸からず浮いた状態で、湯気だけで熱せられます。これが茹でるとの決定的な違いです。
沸騰したお湯に具材を浸し、お湯の熱で火を通す
具材を網などで水面より高く浮かせ、下の水から出る湯気で熱する
いや、これすごいわ。これ考えたやつマジで鮮やかすぎる。ね、熱いの上に行くとかも使ってるから。
驚く水野さんに対し、堀元さんは「紀元前6000年とかに蒸すを発明した人はそうなった気がするが、今は2024年だから驚いている人はあまりいない」と突っ込みます。
せいろについても、水野さんはおしゃれだから竹で作られていると思っていたそうです。堀元さんによれば、せいろは本質的には高さを出すための道具で、水蒸気発生装置のような蒸し器にたくさん積み重ねて一気に蒸せる点に意味があります。
堀元さんは、一人暮らしで蒸し器を買いたくない人が、フライパンとザルなどで高さを作って蒸す試行錯誤を、多くの人が大学生くらいでするものだと話します。水野さんはそれをせずに「焼きゃええ」で過ごしてきたようです。
「焼く」と「炒める」はどう違う?
水野さんは、調理を表す動詞は国語辞典の世界で問題になってきたジャンルだと話を広げ、「焼く」と「炒める」の違いを堀元さんに問います。どちらもフライパンの上で加熱しているので、区別は難しいはずだというわけです。
ダイナミックなものが炒める。スタティックなものが焼く。
堀元さんは、豚肉を片面ずつじっくり焼く生姜焼きのような静かな調理が「焼く」、細切れの野菜や肉をフライパンに入れてジャカジャカ混ぜながら加熱するのが「炒める」だと答えました。
答え合わせに水野さんが新明解国語辞典 ── 三省堂が刊行する国語辞典。主観的で個性の強い語釈で知られ、愛読者も多い辞書ですを引くと、「炒める」は「肉、野菜、米飯などを油を引いた鍋の上などで、短時間によく混ぜながら火を通す」。「焼く」は「火や熱源に直接当て、少し焦げたり、部分的に変化を生じたりするまで十分に熱を加える」とあり、堀元さんのイメージとおおむね一致しました。
火や熱源に直接当て、少し焦げたり部分的に変化を生じたりするまで十分に熱を加える
油を引いた鍋の上などで、短時間によく混ぜながら火を通す
一方で、水野さんが紹介した日本国語大辞典 ── 小学館が刊行する日本最大級の国語辞典で、「日国」と略されます。用例の豊富さで知られていますの精選版では、「炒める」は「野菜、魚肉などの食品を少量の油などで焦げ付かないように火を通して料理する」とあり、焼くとの違いはわかりにくいままです。
水野さんによれば、野菜炒めと野菜焼きはどう違うのかといった点を考える中で辞書の側に反省があり、新明解のような詳しい語釈になったという経緯があるそうです。
「蒸す」と「茹でる」は辞書でも区別できていない?
焼くと炒めるの曖昧さを聞いて、堀元さんは一瞬「だから蒸すがわからなくても仕方ない」と丸め込まれそうになったと言います。ただ、焼くと炒めるは曖昧でも、蒸すと茹でるは明確に違うはずだと反論しました。
そこで精選版の日本国語大辞典を引くと、「蒸す」は「湯気を通して熱する」「熱気を通して熟させる、ふかす」、「茹でる」は「ものを熱湯に入れて煮る」でした。
これ違いわかんないよな。やっぱ小学生には厳しいよ、これじゃあ。
蒸気で温めるのとお湯に通して熱通すのと全く違いますよ。茹でるのと蒸すの全く違います。
最後に堀元さんは、いつも賢そうに話す水野さんが蒸すをわからないと知れば、リスナーも気楽におたよりを送れるはずだとまとめ、二人で「人生相談なら答えられる」と笑い合っています。
国語辞典が「大きい」をどう説明したか
水野さんは国語辞典を頭から最後まで通読しており、「この語はこうやって説明するのか」と感心する語釈に出会うといいます。まず堀元さんに出した問題は「動く」の説明でした。
堀元さんは物理の知識から「位置が変わること」と答えます。新明解の語釈も「時の経過に従って基準としたところからそのものの位置が変わる」で、堀元さんは「物理の力で鼻を明かした」と大喜びしました。
続く問題は「大きい」です。水野さんは、大きい犬と小さい象なら小さい象のほうが大きい、という例を挙げ、「大きさ」という言葉を使わずに「大きい」を説明する難しさを突きつけます。
うわぁ難しい。大きさって言わずに大きい説明するの難しい。
堀元さんは「同じ集団の中でサイズを比べたとき」と言いかけて「サイズは大きさのこと」と指摘され、最後には「食べるとよりお腹いっぱいになるものが大きい」という食前提の珍説まで出しています。
「包み込んで、なお余りがある」という語釈の美学
水野さんが紹介した新明解国語辞典の「大きい」の語釈は、次のようなものでした。目に見える形を備えていて互いに比較できるものについて、問題となるものが比較される他方を包み込んだと見なされる状態になり、なおかつ余りがあると想定できる様子。
うわぁ、包み込むで考えるんだ。
もちろん「被害が大きい」「僕より大きい子」のような、数量や程度、規模を表す別の意味も辞書には載っています。ただ、物理的な大きさについては、包み込んで、なお余りがあるという発想で循環を避けて説明しています。
本来僕らが大きいを理解する時には使わないようなレトリックを持ってきて、こういうものですよって言って、大きいという言葉を使わずに説明するっていう、この美学を。
堀元さんは「とんちが効いている」「マトリョーシカを見て思いついたのでは」と感嘆します。水野さんは、シンプルな語ほどしっかり説明する新明解の努力に比べれば、蒸すがわからないことなど大した問題ではない、と強引に話を戻しました。
「和える」は混ぜ合わせて味をつけること
水野さんが次に挙げたのは、辞書を読むまでよくわかっていなかった調理の動詞「和える」です。堀元さんは、白和えやごま和えのように、豆腐やごまなどを細かくして他のものと混ぜるイメージだと予想しました。
新明解の語釈は「生の野菜、魚、貝などに、味噌、酢、ごま、豆腐などを混ぜ合わせて味をつける」。堀元さんは「生」に限定されている点に引っかかり、実際には茹でたタコを味噌で和えるようなケースもあるのでは、と話しています。
水野さんが面白いと感じたのは、混ぜ合わせて味をつけるという行為に1つの動詞が当てられていることです。英語で「和える」にあたる動詞はあるのか、という疑問も出て、堀元さんは英語話者のリスナーにコメントで教えてほしいと呼びかけました。
カルパッチョのマスト要素は何か
話題は、何をしたらカルパッチョで、何をしないとカルパッチョではないのか、という問いに移ります。二人とも自信がないまま、まずは自分たちでカルパッチョの必須要素を確定させることにしました。
最初に浮かんだのは酢です。ただ漬け込むと締め鯖のようになってしまうので、酢は味付けに使われているのだろう、という推測になりました。オリーブオイル、ルッコラや玉ねぎなどの野菜、ブラックペッパーも候補に挙がります。
まあまあでもあの魚介は確定じゃん。とりあえず。
議論の末、二人が出した結論は「生の魚介」「野菜」「酢などを含むソースを上からかけている」の3つでした。堀元さんは油はマストではないと判断しています。
辞書が明かしたカルパッチョの正体
新明解国語辞典の「カルパッチョ」の語釈は「生の肉や魚を薄切りにして、オリーブ油などをかけた料理」でした。二人が確定とした酢と野菜は出てこず、「薄切り」と「肉」が入っていました。
ちょっと。恥かいた。恥かいた。
新明解が範囲を狭めている可能性に望みをかけて日本国語大辞典も引くと、まず同名のイタリア初期ルネサンスの画家が出てきます。料理の項は「イタリア料理の一つ。薄切りの牛肉、時に魚介類を生のままオリーブ油、スパイスなどで食する」で、むしろ牛肉がメインでした。
| 観点 | 二人の予想 | 辞書の語釈 |
|---|---|---|
| 主な素材 | 生の魚介 | 生の肉や魚(日国では牛肉が主で時に魚介類) |
| 調理 | 野菜とともに盛り付ける | 薄切りにする |
| 味付け | 酢などを含むソースをかける | オリーブ油、スパイスなど |
堀元さんは「オリーブオイルが本体だった」とショックを受けつつ、カルパッチョは大体酸っぱいイメージがあると話します。水野さんは途中で油を挙げていた自分が「正鵠を射ていた」と振り返りました。
水野さん蒸すわかんないのかよって馬鹿にしてたけど、これね、俺もわかってないわ。いろんなもの。
水野さんは、料理の必要な要件は意外とわかっていないのに、「和える」でイメージができ、カルパッチョと聞けば何が来るかわかるのは不思議だと指摘します。「言語化」を得意とする二人でも、料理のことばは言語化できていないというのがこの回の核心です。
揚げ物は4種類しかない
堀元さんは反撃として、唐揚げ、天ぷら、フライ、カツレツを正しく区別できるかを水野さんに問います。水野さんは素揚げ、唐揚げ、フライまではおおむね説明できたものの、天ぷらの衣がわからずギブアップしました。
さらに水野さんは「フライは揚げるという意味だから、フライの中にカツも天ぷらもコロッケも含まれる」という包含関係説を出しますが、堀元さんの答えは「違います」でした。
卵などを使って作った衣をつけて、その後にパン粉をつけて揚げたものなので。フライとカツとコロッケは全部同じで、全部同じ料理です、あれは。
堀元さんによれば、野菜や魚を揚げればフライ、肉ならカツ、ジャガイモとひき肉などならコロッケと呼ばれるだけで、揚げ方は同じです。天ぷらはパン粉をつけず、卵などを溶いた液だけをつけて揚げたものだといいます。
堀元さんがこの区別を整理できたのは、料理の四面体 ── 作家・玉村豊男さんによる料理エッセイ。さまざまな料理を火・水・油・空気の関係から体系的に捉え直したことで知られますという本のおかげだそうです。同書では揚げ物は4種類に分類されると紹介しています。
| 分類 | やり方 | 例 |
|---|---|---|
| 素揚げ | 何もつけずそのまま油に入れる | 素揚げ |
| 粉揚げ | 粉だけつけて揚げる | (番組では例示なし) |
| 衣揚げ | 卵を溶いた液などをつけて揚げる | 天ぷら |
| 変わり衣揚げ | 衣にさらにパン粉などをつけて揚げる | フライ、カツ、コロッケ、磯辺揚げ |
変わり衣揚げには、細かく切ったそばや柿の種をつけて揚げるものも含まれ、水野さんが挙げたちくわの磯辺揚げも、衣に海苔を入れているので変わり衣揚げにあたります。フライは英語、コロッケはフランス語と、元の名前が混沌としているからこそ、この分類に感動したと堀元さんは話しています。
ちなみに堀元さんは昔、カツとフライの違いを母親に聞いたところ「わかんない」と言われたそうです。世の大人もあまり明快な説明を持たないまま暮らしているのでは、と話しています。
スケトウダラの語釈に突然現れるサイドカー
最後に水野さんは、スケトウダラの辞書の語釈を紹介します。堀元さんはかまぼこやタラコの原料になる魚だとは知っていたものの、辞書の説明は想像していませんでした。
水野さんが読み上げた語釈には「サイドカーのような形でつながった卵」という表現があり、堀元さんはタラコが体の脇にくっついていると勘違いしかけて「体内にあるんだと思ってた」と驚きます。
漫然と辞書読んでたらさ、急にサイドカー出てきて。スケトウダラの話聞いてたのにさ、サイドカー出てきて。
エピソードは、ゆる言語学ラジオ初の書籍『言語沼』の告知で締めくくられます。
まとめ
「蒸す」がわからない水野さんをきっかけに、焼くと炒める、和える、カルパッチョ、揚げ物と、料理のことばを辞書で確かめていくと、二人とも知っているつもりで説明できないものばかりだと明らかになりました。辞書の語釈の工夫も含め、身近なことばを言語化する難しさと面白さが伝わる回です。
- 「蒸す」は具材を水面より高く浮かせ、湯気で熱する調理法で、高さを出すのがポイント
- 新明解国語辞典は「炒める」を「短時間によく混ぜながら火を通す」とし、「焼く」と区別している
- 「大きい」を「包み込んで、なお余りがある」と説明する新明解の語釈は、循環を避ける工夫の好例
- 辞書のカルパッチョは酢や野菜ではなく、薄切りの生の肉や魚にオリーブ油などをかけた料理
- 『料理の四面体』によれば揚げ物は素揚げ・粉揚げ・衣揚げ・変わり衣揚げの4種類で、フライ・カツ・コロッケは同じ揚げ方



