刊行3年以上の本から選ぶ「本大賞」とは?
「ゆる言語学ラジオ本大賞2025」は、堀元さんと水野さんがその年に読んだ本のうち、刊行から3年以上たった本からベストを選ぶ企画です。新刊にばかり光が当たる出版業界で、少し古い良書を掘り起こそうという狙いがあります。
どうしてもね、出版業界はね。新しい本にばっかり光が当たっちゃうから、ちょっと古いもの発掘してきて、いい本の話しようじゃないかという回ですね。
去年は大がかりな発表イベントを開いたものの、今年は年末まで全国5大都市ツアーが続いていたため、通常の収録で発表式を兼ねる小さめの規模になりました。
堀元さんが選んだのは、平凡社ライブラリーの『フォークの歯はなぜ四本になったか』です。2人とも昔から存在は知っていて、水野さんは大学生の頃から読みたい本リストに入れていたものの、まだ読んでいなかったといいます。
堀元さんが手に取ったきっかけは、ゆるコンピューター科学ラジオを続けるうちに、身の回りのものの設計思想に興味が湧いたことでした。ところが読んでみると、中身は想像と違っていたそうです。
この本、設計思想の本だと思ったんだけど、設計思想の本じゃなかったですね。
これはここまで言うと言い過ぎなんだけど、設計で大事なのは思想じゃないって本ですね。
タイトルは狭く、問いは「全ての人工物」
『フォークの歯はなぜ四本になったか』はタイトルこそ狭いものの、実際には人間が作ったあらゆるもののデザインに共通する原理を解き明かそうとした本だと、堀元さんは紹介します。著者は略歴上、工学者です。
堀元さんがしびれたのは前書きでした。ナイフ、フォーク、スプーンの進化をとことん調べれば、テクノロジーが生んだもの全ての進化の理論を導き出せる、という趣旨の一文です。
ほんまかと。嘘つけと思うでしょ、これ。
水野さんが「過言ですね」と返すと、堀元さんは、読んでみると結構本当だったと話します。ファスナーはなぜ生まれたのか、流行に踊らされたデザインはなぜダサいのかといった問いにも、この一冊から答えが導けるといいます。
デザインの形がどう決まるかについて、従来の定説は「形は機能に従う(Form follows function)」でした。機能から逆算すれば自然とその形になる、という考え方で、頭韻を踏む気持ちよさもあって有名になったと堀元さんは説明します。
これ俺デザイナーだったらドヤ顔で言いたいもんね。いや、これは私がデザインしたのではなく、機能にデザインさせられたんですとか言いたいもんね。
しかし本書は、この定説では説明できない現象が多すぎると異を唱えます。食べるという機能は同じなのに、なぜ西洋ではナイフとフォークで、東洋では箸なのか、という問いです。
水野さんが「食文化が違うから」と返すと、堀元さんは、本書には「文化が違うからに逃げるな」という趣旨のことが書かれていると紹介しました。本当に通底する原則なら、どちらか一方になるはずだという立場です。
形は機能に従う。機能から逆算すれば自然と最適な形にたどり着く
食べる機能は同じなのに、西洋はナイフとフォーク、東洋は箸に分かれている
フォークはナイフから生まれた?
堀元さんは本書の答えをすぐには明かさず、「形は◯◯に従う」の◯◯を予想しながら聞いてほしいと、タイトルの問いから話を始めます。まず、身の回りのフォークはほぼ全て歯が4本という、それほど支配的なデザインです。
フォークとナイフのどちらが先に生まれたかという問いに、水野さんは「さすがにフォーク」と答えて外しました。正解はナイフで、昔はナイフ1本で食事をしていたそうです。
最初は片手で肉を押さえ、片手のナイフで切り、手づかみで食べていました。手づかみを避けたくてナイフを2本持つようになると、今度は口を切る危険が生まれます。
あとこの著者はね、冗談も入れてくるんですよ。肉を頬張っている時に背中からよっってやられたら死ぬよねっていう。
さらに、ナイフ1本で肉を刺して押さえると一点で刺しているため肉がぐるぐる回ってしまいます。そこで刃を2本に分けて支点を2つにした結果、二股のフォークが生まれたと堀元さんは説明します。
水野さんは「デザインは怪我しないことに従う」「デザインはナイフから生まれる」と答えを出しますが、堀元さんからは「ナイフすぎる」と突っ込まれ続けました。
ナイフイン、ナイフアウトなだけ。何にもなってない。
2本歯・4本歯・6本歯の運命を分けたもの
二股のフォークは今も鉄板焼きの店や調理場で使われています。堀元さんによれば、2本歯は肉を素早く刺したり抜いたりするのに効率がよく、プロ用の機材として優れているそうです。
歯を増やすと肉に刺さる面積が大きくなり、抜きにくくなります。逆に食卓で2本歯を使うと抜けやすすぎて、ステーキをぽろぽろ落としてしまいます。
そこで3本歯が生まれ、さらに4本歯まで増えました。5本歯や6本歯も作られたものの、今度は抜けにくすぎて食べづらく、ある時期から淘汰されたといいます。
ナイフ2本
押さえた肉がぐるぐる回る
2本歯
食卓では抜けやすく、肉を落とす
3本歯・4本歯
歯を増やして食べやすくなる
5本歯・6本歯
抜けにくすぎて食べづらく、淘汰される
水野さんの「デザインは不便から生まれる」は「ほぼ正解」でしたが、言い直した「ポロッと抜けちゃって、あーから生まれる」は「キレが皆無」と一蹴されます。
著者が提唱する新説は、形は失敗に従う(Form follows failure)です。定説と同じくFで頭韻を踏んだフレーズになっています。
本書のサブタイトルは「実用品の進化論」です。実用品は誰かが意図を持って作るのではなく、失敗を繰り返すうちに進化して生まれてくる、というのが堀元さんの読み取りです。
日用品のデザインは生物の進化と同じなのか?
水野さんは、4本歯に適応したあと過剰な形質を持った5本歯や6本歯が淘汰される話を、ドーキンスを読んで出てくるような話だと受け止めました。堀元さんも、日用品のデザインが生物の進化とパラレルだと提案している点を本書の出色の部分に挙げます。
本書はフォーク以外にも、針金を細長く二重にしたペーパークリップなど大量の例を取り上げ、今の形になるまでの紆余曲折を示しているそうです。初期値が少し違えば、全く違う形になっていただろうとも語られます。
現代の進化論の理解って、神が生物を意図を持ってデザインするっていうのは否定されてるじゃないですか。
インテリジェントデザイン説ってやつですかね。それ納得いくんだけど、工業製品はさ、人間が意図して作ってるわけじゃん。と思っていたら、引きで見たら違うって言ってるわけです。
堀元さんはこの本を読んで、1人のデザイナーが本当にものをデザインしたとは言えないのではないかと感じたといいます。
水野さんは反証の可能性を問い、洗剤のジェルボールを例に挙げました。計量が面倒だというアンケートがあったわけではないのに、発売されると大ヒットした製品です。
これに対して堀元さんは、著者の立場なら、面倒だと思った人が少なくとも1人はいたはずなので、それも失敗から生まれていると説明します。意訳すれば、デザイナーの仕事は失敗を見つけることだといいます。
2人は、誰かに受け入れられたものは誰かが不快だと思っていたことの裏返しだとすると、この論は反駁しにくいと認めつつ、そうしたものの見方自体に感動したと話しています。
この前提に立つと、冒頭の箸とナイフ・フォークの問いにも説明がつきます。生物と同じく、初期値が少し違えば独立に進化した2つの系統は合流しない、というわけです。
ブドウマニアと韓国の銀の箸
水野さんは、動物図鑑に夢中になる子どもはいるのに、カトラリーのバリエーションに夢中になる子どもがいないのはなぜかと問いかけます。そこで堀元さんが紹介したのが「ブドウマニア」という言葉でした。
本書によれば、スプーンやフォークを異常に集める人たちをブドウマニアと呼ぶそうです。フォークの柄にブドウの房をあしらうのが基本だったことから来ているといいます。
確かになーって。ブドウっぽいもんな、ここ。ブドウマニアだなってなりますよね。
ならないです。
話は箸にも広がります。水野さんは、先端の細い箸になぜ高級感を覚えるのかが不思議だと話し、堀元さんは韓国料理店の銀の箸を挙げました。
ビビンバのさ、鉄鍋にこううっかり置いてっちゃってさ。で、話に夢中になった後に食おうと思って手に持った時のトラップ感。あっちあちになるよね、あれ。
水野さんは「国際問題に発展する」と前置きしつつ、あの箸では冷麺が食べづらすぎると告白し、韓国の人はあれで冷麺を食べられるのか教えてほしいと呼びかけていました。
割り箸の粉とささくれにも「失敗」がある
堀元さんはかつて、割り箸を100種類ほど集めて割り比べる遊びをしていました。当時はこの本の視点がなかったものの、今思えば割り箸にもかなり個性があるといいます。
安い割り箸は割った瞬間に粉が散り、ささくれ立つ
高級な割り箸はきれいに割れ、粉も出ない
堀元さんは、高級な割り箸も「粉っぽいのが嫌だ」という不満を直した結果だとすれば、やはり失敗に従っていると考えます。水野さんが挙げた、割った箸の先をこすり合わせる仕草も、ささくれへの対処だろうと2人は話しました。
だから結局この本読んで一番思ったのは、僕、身の回りの工業製品って誰かが作ったからあるんだと思ってたんだけど、
どうも違うっぽくて。人類が積み重ねてきたからあるんですよね。
突然変異種が生まれては消えるのを繰り返した結果、マイクもパソコンも机もここにある、と堀元さんは語ります。水野さんは、シジュウカラ研究者の鈴木俊貴鈴木俊孝さんが次はマイクを研究し始めるかもしれないと冗談を飛ばしました。
毎日2000個出会う「割のいい」教養
水野さんは、教養書は「身近なものの見方が変わる」と言われがちだが、その対象に出会う頻度という尺度もあると指摘します。
地方に住む人は頻繁には見ない
日常を過ごせば必ず見る。堀元さんいわく毎日2000個ほど
スーパーに行けば情報量の洪水で、一度読んでおくだけで見方が変わるので相当割がいい、というのが水野さんの評価です。堀元さんも、世界の見え方がすごく変わるという意味で、この本を2025年のベスト本に選んだとまとめました。
水野さんのベストは写真集、でも売りは写真じゃない
水野さんが選んだのは、大山健大山顕さんの写真集『立体交差』です。堀元さんは、以前ゆるゲームカレッジで聞いた話だと反応しますが、そちらは同じ著者の別の本『ジャンクション』でした。
『立体交差』は高速道路などで道と道が交差する場所を集めた写真集です。ただ水野さんによれば、最大の売りは写真ではなく、巻末の「立体交差論」と題された25ページほどの論考だといいます。
個別のジャンクションへのキャプションではなく、大山さんにとってジャンクションとは何かをまとめた文章です。水野さんはそのすごさを視点・雑学・構成の3つに分解し、冒頭の構成を紹介していきます。
生麦事件は交通事故だった?
「立体交差論」は、1862年(文久2年)に現在の横浜市鶴見区で起きた「重大な交通事故」から始まります。薩摩藩の行列と、横浜に滞在していたイギリス人らが衝突した生麦事件です。
生麦事件を交通事故と呼ぶこと自体がひとつの視点だと水野さんは言います。島津久光の一行は、現代ならグリーン車や新幹線を利用していたはずで、そうであれば事故は起きなかった、と大山さんは書いているそうです。
後に薩英戦争へ発展するこの事件は、大名の前を横切ってはいけないという文化慣習の衝突であると同時に、本来交わるべきではない交通の衝突でもあった、という二重の見方が示されます。
グリーン車と歩行者がぶつかった事件だって言ってるんです。
さらに、イギリス人らが向かっていたのが川崎大師で、この寺には自動車交通安全祈祷殿がある、という雑学も差し込まれます。ここまででまだ最初の1ページです。
なぜ大名行列の前を横切ってはいけないのか
論考は、目的地までの距離によって移動の性質が変わるという話に進みます。遠くへ行く移動は速くなるだけでなく、一時停止しなくなることも意味する、と大山さんは述べているそうです。
生活道路で車が一時停止せず事故になるのも、運転手のマナーの問題ではなく、自動車が高速・長距離移動のために進化した道具で、止まる性能がポンコツだからだという見方です。
そして大名行列にも同じことが言えるといいます。前を横切るのが禁じられたのは無礼だからであると同時に、長距離を移動する大集団は容易に止まれないという現実的な理由もあったのではないか、という3つ目の視点です。
堀元さんはここで、美食ブログ「タケマシュラン」で読んだテーブルマナーの記事を思い出しました。ナイフとフォークをハの字に置けば「まだ食べている」、斜めにそろえれば「下げてよい」という合図になり、会話を途切れさせずにウェイターと意思疎通できるという話です。
機能性が独り歩きした結果、カルチャーになったっていうパターンだという点では一緒ですよね。
大山さんは、立体交差をこうしたモードの異なる交通が衝突しないよう、高さの違いで分離する仕組みだと位置づけます。その論に従えば、生麦事件が起きたのはジャンクションがなかったから、ということになります。
生麦事件
文化の衝突であり、交通の衝突でもあった
移動の性質
長距離移動は速く、止まらなくなる
大名行列
止まれないから前を横切れない
立体交差
異なるモードの交通を高さで分離する
2冊が重なった「形は失敗に従う」
生麦事件の話を聞いた堀元さんは、自分が紹介した本との一致に気づきます。生麦事件という失敗から、ジャンクションという工業製品が生まれたと読めるからです。
ほんでその話あれやな、生麦事件という失敗からジャンクションが生まれたな。
形は失敗から生まれる。あれ?
今日セットでやる意味あるぞこれ。
水野さんは続けて、大山さんが工場萌え ── 工場の配管や夜景などに美しさを見出して楽しむ趣味や感性のこと。2000年代後半に写真集などを通じて広まりましたの提唱やショッピングモール批評、マンションポエムへの関心で知られることを紹介します。バラバラに見えるこれらの関心の共通点も、「立体交差論」の中で言語化されているといいます。
ここまで紹介したのはわずか2ページ分で、25ページ全体ではこの視点と雑学がざっくり13倍ある計算になると水野さんは話しました。
本の実況プレイで見えた「視点の暴力」
後半は、互いの本を読みながら「視点だ」と思ったら声に出す「本の実況プレイ」のダイジェストです。堀元さんが「立体交差論」を、水野さんが『フォークの歯はなぜ四本になったか』を読みました。
堀元さんが反応したのは、スケールの違いを論じた部分です。送電線は国土全体のスケールを相手にしているため、個人のスケールで見ると異様に見えるが、引いて見れば効率のよい網になっている、という指摘でした。
ああ、土木工事って時間を止めようとする行為なんだ。
高架下や発電所、臨海部のコンビナートの話から、工場萌えの大山さんがジャンクションの裏側に惹かれたのは当然だ、と他の関心がつながっていく箇所でも、2人は文章のうまさに声を上げます。
一方の水野さんは、フォークの普及がかなり遅れたという記述に注目しました。堀元さんによれば、本書の解説者がその時期はルネサンスと重なると補足していて、解説まで完成度が高いそうです。
あー視点だね。必要ではなく贅沢こそが発明の母なのである。
「立体交差論」のラストは、2017年に完成した生麦ジャンクションの話です。その高架下に生麦事件碑がひっそり建てられている、という一文で締めくくられます。
生麦事件の話から始まり、それはジャンクションがなかったからだって言って、実際つい最近できた生麦ジャンクションの話で終わる。すごいよ。
堀元さんは「そんな見方あんの?」と12回ぐらいなったと振り返り、水野さんはそれを「視点の暴力」と表現しました。水野さんは、この25ページだけで写真集の価格2500円プラス税を払ってもいいと考えています。
「俺が書きたかった文章はこれだ」
水野さんは「立体交差論」を、説明というより「レトリックで殴る」「面白説明おじさんすぎる」文章だと評します。読んだとき、自分が書きたかった文章はこれだと感じたそうです。
メモの中に言語版の立体交差論っていうのを作って、もし彼のような文章を言語で書くならどういうものが有り得るのかっていうのはちょっと思考錯誤したことがある。
ゆる言語学ラジオ始めて5年経っただけのやつが書ける文章のレベルじゃない気がするんだよな。
それでも水野さんは、大山さんのおかげで自分が持ちたい作家性がわかったといいます。今年は大山さんの過去作を含めてほぼ全て読み、その中でも出色なのが「立体交差論」だという位置づけです。
水野さんは、届いたら紅茶やウイスキー、コーヒーを用意して、1ページずつじっくり味わって読んでほしいと勧めます。収録中に急いで読まされた堀元さんも、もっとゆっくり読みたかったと話しました。
言葉で見る人のための写真集スターターキット
水野さんは、写真もとても良いと強調したうえで、この本は写真集をあまり見ない、テキストの方が理解しやすいタイプの人のスターターキットとして優れていると話します。
「立体交差論」を読むと、立体交差の写真が違って見えるといいます。夜景や広角レンズで撮った強い曲率の写真はそれだけでも格好いいものの、文章を読むことで立体交差を味わえる体になるというのが水野さんの実感です。
堀元さんも、全ての写真を極端なパノラマで撮っているのは自分の心象風景を写真に落としたかったからだ、という記述を読んでから写真を見ると、大山さんに見えている世界がわかる気がしたと話しました。
ただ、大山さん多分言語化能力もむっちゃ高いので、写真で視点を提示しつつ、言語でも視点を提示できるっていう稀有な存在なんじゃないかと思いますね。
誰も価値を認めないものを記録する人
水野さんは、大山さんが昔から撮っていた工場の持ち主の会社に招かれ、感謝されたという話を紹介します。会社の人たちは自社の工場を貴重だと思っておらず、記録を残していなかったからです。
大山さんは立体交差、高架下建築、団地、工場、ショッピングモールと、同時代には価値を評価されないものばかりを撮ってきました。水野さんは、そうした人が視点を持って撮るからこそ後世の人が助かると考えています。
堀元さんは、ゆる民族学ラジオの黒川さんから聞いた話を重ねました。暮らしに密着した道具、たとえば米を炊いていた釜のようなものは当たり前すぎて誰も残さず、捨てられていくといいます。
最後に2人は、第2回の大賞として『フォークの歯はなぜ四本になったか』と『立体交差』を改めて発表しました。VALUE BOOKSで購入すると実況プレイのノーカット版が見られることを案内し、2人でも面白く読めるこのジャンルの本をコメント欄で教えてほしいと呼びかけています。
まとめ
今回選ばれた2冊は、別々の本でありながら、どちらも日常にあるものの背後に積み重なった歴史と理由を見せてくれる本でした。フォークの歯の本数も、ジャンクションの存在も、失敗を直してきた積み重ねとして読むと、身の回りの見え方が変わります。
- 堀元さんのベストは『フォークの歯はなぜ四本になったか』。「形は機能に従う」ではなく「形は失敗に従う」と説く
- フォークはナイフから生まれ、抜けやすさと抜けにくさの失敗を経て4本歯に落ち着いた
- 水野さんのベストは写真集『立体交差』。巻末の25ページの論考「立体交差論」が最大の売り
- 「立体交差論」は生麦事件を交通事故として読み、ジャンクションを交通を高さで分離する仕組みと位置づける
- 生麦事件という失敗からジャンクションが生まれたと読め、2冊の視点が重なった




