辞書は詳しくないほうがいい?飯間先生の「圧縮」の技
国語辞典ナイトは、国語辞典のマニアたちが「私しか知らない国語辞典の秘密」をテーマに1人ずつ発表するイベントです。この回では、発表のたびに堀元さんが容赦なくツッコミを入れる形で進みました。
1人目の飯間先生は、辞書を編纂する中で気づいたことを話します。発表は、世間の常識に反して「辞書は詳しくないほうが望ましい」という主張から始まりました。
飯間先生の発表タイトルは「圧縮、統合、そして項目削除」です。辞書の説明を短くする方法を3つに分け、実例をもとに紹介していきます。
圧縮
1つの項目の説明を短く切り詰める
統合
細かく分かれた語義を1つにまとめる
項目削除
項目そのものを辞書から削る
飯間先生が最初に取り上げた圧縮の例は「いたちごっこ」です。三省堂国語辞典 ── 三省堂が出している小型の国語辞典。新しい言葉や用法を積極的に載せることで知られ、飯間先生は編纂者の一人ですは、同じような問題がすぐまた起こることを繰り返す、という短い説明に例文を添えています。
一方の新明解国語辞典 ── 三省堂が出している小型の国語辞典。独特で個性的な語釈で知られ、愛読者も多い辞書ですは、江戸時代後期の子どもの遊びから説き起こす長い説明です。しかも第4版の説明は、第8版よりさらに長かったといいます。
なんか終盤すごいこと書いてありますよ。「当局の試みが何ら根本的な解決にはなっていないために」みたいな感じあるよ。なんか文句言ってません、こいつ。
飯間先生が実際に切った例は「石膏」です。第8版の原稿段階では「硫酸カルシウムの化合物」「熱水の冷却によってできる」などと書かれていましたが、「熱水」はみんなが理解できる言葉ではないと考えたといいます。
原稿段階では、水を含んだ硫酸カルシウムの化合物で、海水などの蒸発や熱水の冷却によってできる、と説明していた
海などが蒸発した後にできる白い結晶。彫刻材料、ギプスなどにする、と短くなった
「タウリン」も、血圧降下や解毒などの作用の記述を削り、「魚介類に多く含まれる物質」だけにしました。執筆時のメモによると、国立の研究所のホームページでは、そうした効き目が「俗に」言われるものとされていたためです。
「花言葉」は、隣の「話し言葉」の説明を大幅に増やした分、行数を減らす必要がありました。例文を「バラの花の花言葉は恋愛、無邪気など」から「バラは恋愛など」に縮めたところ、かえって身が締まったと飯間先生は話します。
「かすむ」では、新しく足した語義の例文「素敵な夜景もヒロインの前ではかすむ」が長すぎるとして、「主役もかすむ子役」に変えました。堀元さんも「例文おしゃれで腹立ちます」と笑いつつ、短いほうがいいと認めています。
分けなくていい語義は1つに。「統合」で辞書がすっきりする
飯間先生の2つ目の方法は統合です。細かく分かれた語義を、分けなくていいなら1つにまとめるという考え方です。
たとえば「口金」は、旧版では瓶の口金、がま口やハンドバッグの口金、ケーキのクリームを絞り出す口金の3つに分かれていました。これを「入れ物などの口に付ける金具」と1つにまとめ、瓶、バッグ、絞り袋、電球の口金は例文で示す形にしました。
確かに。これ(口金の説明)、三省堂国語辞典作ってる方々って頭いいんですね。
「軽快」も、旧版では4つの語義に分かれていましたが、違いがわかりにくいとして全部を統合しました。飯間先生はその中で、ママチャリを「軽快車」と呼ぶことを初めて知ったそうです。
「プレゼンテーション」の変化は、時代の移り変わりがよく見える例です。1992年に項目が立ったとき、2番目の語義は「広告代理店が広告主に対して計画の概要を示すこと」でした。
1992年の立項時は、広告代理店が広告主に計画の概要を示すことが独立した語義になっていた
誰もがプレゼンをするようになり、語義を分ける必要がなくなった。広告代理店は例文として残った
「シンクロ」も、重なり合うこと、シンクロナイズドスイミングの略、自動車の変速機の方式、映画の画面と音響の一致、写真のフラッシュとシャッターの一致など、いくつもの説明がありました。今日ではどの分野でも一般的に「シンクロ」と言うようになったため、シンクロとシンクロナイズをまとめて1つにしました。
堀元さんは、シンクロの説明が3分の1か4分の1ほどになったと驚いています。飯間先生も、これで行数がかなり節約されたと振り返りました。
MD、井戸塀、ジュラ紀。削られた項目の理由
飯間先生が「真骨頂」と呼ぶ3つ目の方法は、項目そのものを削る項目削除です。
三省堂国語辞典から削られた項目の1つが「MD」です。削除には批判も来たそうで、堀元さんは初デートのプレイリストをMDに書き込んだ青春の思い出を持ち出して、クレームの気持ちを代弁しました。
「井戸塀」は、政治活動に財産を使い果たし、後には井戸と塀しか残らないことを表す言葉です。1986年の新聞ですでに「昔は井戸塀政治家がいたけれど」と書かれていたことから、削除が決まりました。
堀元さんが「ジュラ紀はいるやろ」と驚いた「ジュラ紀」も削除されました。デボン紀やシルル紀などほかの地質時代を小さな国語辞典にすべて入れるわけにはいかず、ジュラ紀だけを特別扱いする理由がないという判断です。
飯間先生は、項目の削除だけでなく、記述を詳しくなくした箇所が多いことはあまり知られていないと話します。そのうえで、詳しくなくした結果、分かりやすくなったところも多いと信じている、と発表を締めくくりました。
手紙文国語辞典とは?髪型を変えただけで手紙を書いた時代
2人目の西村さんは、手紙文国語辞典に「エモい文例」がたくさんあることを紹介します。手紙文国語辞典は、前半が国語辞典、後半が手紙の書き方の文例集になっている辞典です。
西村さんによると、昔は気軽に使える通信手段が手紙か電話くらいしかなかったため、どんな些細なことでも手紙に書いて送っていたといいます。「日々の便り」は、差し迫った用件がなくても相手に語りかけたいときに書く手紙で、今でいえばLINEくらいの感覚です。
その例として紹介されたのが、髪型を変えたことを伝えるだけの文例です。長い髪を切ったら気持ちまで軽くなった、と始まり、フルーツパーラーやビアホールに寄って、10時前には「ねぐら」に帰るという一日が綴られます。
文例は「明日からはまた当分ケチって暮らす私です」で終わります。堀元さんは「俺好きかもこの人」と、この書き手に惹かれていました。
弟から姉への手紙では、姉に買ってもらったダルマインコが「こんにちは」と喋ったことを伝えます。インコと競争で30分も「こんにちは」と喋り続けたという文面に、堀元さんは「どういう精神状態?」とツッコミを入れました。
「ルビコン河を渡る」ラブレターの応用文がすごい
手紙文国語辞典には、ラブレターの文例も多く載っています。書き方のポイントとして、男性から女性への告白は素直で明快に書くこと、脅迫的な文言にならない範囲で強く訴えること、外来語はあまり使わないことなどが挙げられています。
西村さんが特に注目したのは応用文です。「一人で悩み続けることが限界に」と始まる文例の中に「ルビコン河を渡る」という表現があり、堀元さんは「カエサルじゃねえか」と反応しました。
「あなたが必要です」という文例は、北海道の北の果ての港町に転勤した男性が恋人に宛てた手紙です。卑猥な歌声の渦巻く酒場まで描かれ、西村さんは「ついでにディスられる北海道」と読み解きました。
ほかにも、旅先の土地ごとに恋人の幻を見る手紙や、郷里に帰った恋人に家族へ話してくれたかを確かめる手紙が続きます。
「嫉妬を感じて」の文例では、恋人がほかの男性と歩いていく姿を見た書き手の心情が綴られます。「あなたの縁談が気になる」では、縁談の話の前に、稲作の出来や生産者米価の話から入るという展開に笑いが起きました。
相談、拒絶、問い合わせ。文例が描く昭和の人間模様
手紙文国語辞典には、相談の手紙の文例もあります。彼女の妊娠を知らされた男性の相談や、夫を亡くした女性が夫の親友と暮らしていることが相手の妻に知られた相談など、まるで漫画のような展開の文例が紹介されました。
「弟のような年下の青年を愛して」という相談では、美容院を営む女性が10歳年下の従業員と深い仲になった経緯が語られます。西村さんは、「深間にはまる」という、男女の仲が深くなることを表す言葉にも触れています。
拒絶の手紙の文例もあります。「友を裏切ることはできない」では、受け取った手紙を「火中させていただきました」、つまり燃やしたと書かれています。
西村さんは、今なら痛いLINEをスクショしてXで炎上させるところだとして、「今も昔も燃やすことには変わりがない」と笑いを取りました。
恋愛以外では、問い合わせの手紙の文例もあります。子犬をもらう約束をしたとき、母犬に牛肉を贈る慣習があるのかを尋ねる手紙で、隣には「牛肉を寄進する慣習はあるそうです」という返事の文例まで載っていました。
山林を買いたいと申し出てきた人物が本当にその番地に住んでいるかを問い合わせる文例では、その番地には明治時代から寺があるという返事になっています。堀元さんは「詐欺師じゃん」と驚いていました。
最後に西村さんが引こうとした文例中の言葉は、手元の国語辞典に載っていないというオチで発表が終わります。国語辞典の秘密というより漫談だったとして、会場は笑いに包まれました。
「品詞」の品詞は何?三省堂国語辞典は形容動詞の積極認定派
3人目の稲川さんは、「品詞の品詞は何でしょう」というクイズから始めます。ほとんどの辞書は名詞としていますが、明鏡国語辞典 ── 大修館書店が出している小型の国語辞典。言葉の使い方や誤用についての解説が詳しいことで知られますは形容動詞でもあるとしています。
稲川さんのテーマは、ある辞書だけが独自に認定している品詞です。同じ言葉でも、辞書によって品詞の判定がかなり違うといいます。
たとえば「鋭角」「冷暗」「音痴」は、ほとんどの辞書が名詞としていますが、三省堂国語辞典だけが「だな」、つまり形容動詞 ── 「静かだ」「静かな」のように、「だ」「な」の形で物事の性質や状態を表す品詞です。名詞との境目がはっきりしない語も多くありますとしても扱っています。「鋭角な論理」「音痴な人」のように言えるからです。
稲川さんはこれを受けて、私見としながら三省堂国語辞典を「形容動詞積極認定派」と呼びました。
稲川さんが品詞に注目する理由は、仕事の校閲にあります。文章中で名詞に「な」が付いていて本当にそう言うかと迷ったとき、いろいろな辞書を引き、三省堂国語辞典に載っていれば通せるので、非常にありがたいといいます。
「噴射する」「猛烈」「危機一髪」。サ変動詞と副詞の独自認定
稲川さんは次に、名詞に「する」が付くサ変動詞 ── 「勉強する」のように、名詞などに「する」が付いてできる動詞です。サ行変格活用をするため、こう呼ばれますを取り上げます。「噴射する」と言えるかどうかは、判断が分かれそうなところです。
「噴射する」「仁王立ちする」を認めているのは明鏡国語辞典です。堀元さんは、「模擬する」は普通の作文では言えないが、論文なら「先行事例を模擬して実験を行った」と言えると気づき、不思議がっていました。
「する」の認定は明鏡国語辞典だけではありません。新明解国語辞典は「細胞分裂する」、三省堂国語辞典は「アサーションする」、旺文社国語辞典は「既決する」と、それぞれほかの辞書にない形を載せています。
副詞の認定にも違いがあります。三省堂国語辞典は「猛烈」を単体で副詞として使えるとしており、新明解国語辞典は「危機一髪」が副詞的にも使われると書いています。
辞書オタクの方ってやっぱそうなんですね。ここではこの品詞なんだみたいなのが嬉しいですね。
岩波国語辞典の「名なの」。形容動詞を厳しく絞る逆パターン
稲川さんは続いて、独自の品詞を少なく認める「逆パターン」を紹介します。「愚か」は大抵の辞書が形容動詞としていますが、岩波国語辞典 ── 岩波書店が出している小型の国語辞典。規範的で厳密な記述を重視する辞書として知られますだけは「名なの」という独自の分類にしています。
岩波国語辞典の凡例によると、「名なの」は連体修飾に「な」「の」の形も使う名詞で、形容動詞ではありません。その基準は、巻末の「語類概説」に書かれています。
語類概説では、「〜に」の形が、動詞に対して副詞と同じ連用修飾の働きをするものだけを形容動詞としています。たとえば「有能な男」とは言えても、「有能に歩く」とは言わないので、「有能」は形容動詞ではないという考え方です。
「鋭角」「冷暗」「音痴」など、「な」を付けて使えるものを積極的に形容動詞と認める
「〜に」の形が副詞と同じように動詞を修飾するものだけを形容動詞とし、それ以外は「名なの」にする
堀元さんは、三省堂国語辞典と岩波国語辞典は真逆で、かなり思想が違うと反応しました。
「空を飛ぶ」は自動詞か他動詞か。辞書同士の決戦
もう1つの対立は、自動詞と他動詞の区別です。岩波国語辞典は「歩く」「立つ」を自動詞としていますが、三省堂国語辞典は「歩く」を自動詞にも他動詞にもなるとし、「空港を立つ」の「立つ」は他動詞だとしています。
岩波国語辞典の語類概説によると、「山を越える」「空を飛ぶ」の「を」は動作の基準点や経過点を示すもので、動作の影響が相手に及ぶことに表現の重点はないため、自動詞になります。
空を飛ぶって(言った時は)別に空に影響与えてないんやけど、それ他動詞ちゃうやろって。
一方の三省堂国語辞典は、「を」を受けたら他動詞という立場です。道や空のような「を」の部分は、「北に歩く」の「北に」と違って動作に直接必要な要素だから、他動詞だと考えます。
だから空を飛ぶって言った時に、いや空ないとお前飛べんやろがいってことだ。
「を」は動作の基準点や経過点を示すだけなので自動詞
「を」の部分は動作に直接必要な要素なので他動詞
ところが稲川さんは、三省堂国語辞典でも「移る」「流れる」は自動詞になっていると指摘し、理由はわからないという問題提起で発表を終えました。
発表者の入れ替わりの間に、飯間先生はその理由を「見落としです」と即答します。第8版で自動詞と他動詞の基準を決め、全部の動詞を洗い直したものの、まだ至らないところがあったといいます。堀元さんは、イベントでミスが見つかるのも素晴らしいと話しました。
「人気の秘密」の秘密は隠していない?見坊さんのクイズ
4人目の見坊さんもクイズから始めます。ある学習辞典の宣伝文にある「人気の○○は初級者に優しいこと」の空欄に入る言葉を尋ねると、堀元さんは「理由」や「わけ」と答えました。
実際の宣伝文に入っていたのは「秘密」です。見坊さんは、「秘密」という言葉には「理由」や「わけ」のような意味があることがわかると説明しました。
見坊さんは、国立国語研究所のコーパス ── 言語研究のために、実際に書かれたり話されたりした文章を大量に集めたデータベースですでも、「人気の秘密」「成功の秘密」のような使い方がたくさん見つかることを示します。どれも「理由」や「わけ」に置き換えられそうです。
ところが辞書を引くと、三省堂国語辞典の「秘密」には、隠して知らせないこと、公開しないこと、ひそかにすることといった語義しかありません。新明解国語辞典にも、「人気の秘密」のような用例はありませんでした。
広辞苑や岩波国語辞典には「成功の秘密」「味の秘密」の用例がありますが、語釈はやはり「隠して人に知らせないこと」です。見坊さんは、宣伝で自ら「人気の秘密」と言っている以上、隠してはいないと指摘しました。
大辞林にある「人に知らせない秘法、秘術」の語義は近いものの、用例が浄瑠璃からの引用で、古語として載せているように見えます。こうして見坊さんは、「秘密」の語義の書き漏れこそが「私しか知らない国語辞典の秘密」だとまとめました。
1997年にもう書かれていた。国広哲弥『理想の国語辞典』
見坊さんの発表には続きがありました。「私しか知らない」には嘘があり、このことを確実に知っていた人がもう1人いたといいます。
その人物は、意味論を専門とする日本語学の大御所、国広哲弥 ── 日本語の意味論を専門とした言語学者。『理想の国語辞典』など、辞書の語義記述のあり方を論じた著作があります先生です。1997年の『理想の国語辞典』で、寒さに耐える力の「秘密」という実例を挙げ、その「秘密」は「人に知られていない理由」という意味だと見抜いていました。
堀元さんは、つまり三省堂国語辞典がまだ直っていないのはなぜなのかという話だと、飯間先生に話を振ります。飯間先生は、学生時代にこの本を読んだけれど「忘れた」と答え、その歯切れのよさに会場が沸きました。
見坊さんはさらに、ある辞書は直していたことを明かします。小学館の新選国語辞典は、1994年版では通り一遍の説明でしたが、2002年版で「知られていない理由」という語義が加わりました。
見坊さんは、国語辞典は「秘密」の語義くらいちゃんと書いていると思うかもしれないが、こういうこともあると話します。そして会場に、自分でも国語辞典の秘密を探してみようと呼びかけました。
辞書で隣り合う語は「運命」。水野さんの妄想の楽しみ方
5人目の水野さんは、新明解国語辞典を通読した経験から、「隣り合った語の運命をエモがろう」というテーマを持ってきました。辞書では語が一列に並んでいるので、隣り合う単語に妄想の余地があるという話です。
水野さんは、実際の言葉は会社なら「プリンタ」「出社」、タクシーの車内なら「国道」「渋滞」のように、関係ある語どうしがまとまって存在していると説明します。あいうえお順は、それを人間の都合で無理やり並べたものだといいます。
水野さんはこれをデスゲームにたとえ、日本国民全員が並べられたとき、前後が同じ中学の知り合いだったらテンションが上がるのと同じだと話しました。堀元さんは「デスゲームにする必要あった?裁判員とかで良くなかった?」とツッコミを入れています。
水野さんによると、「オストリッチ」と「押すな押すな」は英語の辞典なら絶対に隣り合いません。あいうえお順自体も歴史的な産物で、昔の辞書にはいろは順のものもあります。辞書によって収録語が違えば、隣り合う語も変わります。
水野さんは、現代のあいうえお順の辞書で前後に注目するのは結構楽しい遊びだと提案しました。
終業と就業、怪我と外科。隣り合う語の実例コレクション
水野さんが最初に挙げたのは、社畜を感じる並びです。「終業」の後に「就業」が並び、同じページには「週給」「宗教」「終局」もあって、堀元さんは「ブラック企業感あるな」と反応しました。
ただ、同音異義語は読みの部分が重なるので簡単に見つかります。水野さんは、語源的にまったく異なる語どうしの並びのほうが面白いと考えています。
恋の予感を感じる並びは「打ち上げ花火」と「打ち明け話」です。大人な恋愛を感じる並びとしては「おっぱい」の後に「おっぱじめる」が来て、周辺には「オットセイ」「お勤め」「夫」もあるといいます。
水野さんがこれを新明解国語辞典の中の人に伝えたところ、「素晴らしい読解ありがとうございます」という言葉をもらったそうです。
技巧的な並びとして挙げたのが、「怪我」の後に「外科」が来る例です。英語ではinjuryとsurgeryで語源は無関係ですが、語尾の「ry」が似ているため、水野さんはお互いを意識し合っていると妄想しています。
サイレンとサイレント、ゴジラと腰弱。意味が背中合わせのコンボ
水野さんは続いて、意味がまったく異なる語が背中合わせで並ぶ例を紹介します。うるさい「サイレン」と静かな「サイレント」、そして「コントロール」と「混沌」です。
水野さんは、サイレンとサイレントはRとLで音が違うので、英語話者はこの運命に気づけないと話します。さらに、lessonを並べ替えるとsilentになるので、サイレントは実は音を聞きたいのだと妄想を広げました。
集英社国語辞典の「ゴジラ」と「腰弱」は、対義語かもしれないという並びです。三省堂国語辞典にはゴジラが載っていないので、集英社国語辞典でしか見つからない組み合わせだといいます。
ほかにも、意味の連関がある「御託宣」と「ごたごた」、時間の流れを感じる「詐術」と「差し許す」、「親睦」と「シンポジウム」が挙げられました。挿絵で決める組み合わせとして、「シイラ」と「シーラカンス」も紹介されています。
| 分類 | 例 | 水野さんの見立て |
|---|---|---|
| 恋の予感 | 打ち上げ花火と打ち明け話 | 曲のタイトルになりそうな並び |
| 前の語が語釈に出る | 怪我と外科 | 英語でも語尾が似ていて意識し合っている |
| 意味が背中合わせ | サイレンとサイレント | 英語話者は気づけない運命 |
| 時間の流れ | 親睦とシンポジウム | 順番が逆ならなお良い |
| 挿絵で決める | シイラとシーラカンス | 挿絵が運命を強調している |
水野さんが、シイラとシーラカンスは近縁種だと示唆しているのでは、と話すと、堀元さんは「偶然だよ」と即座に否定しました。
堀元さんに一番刺さったのは、手紙文国語辞典
5人の発表を終え、堀元さんが一番刺さった発表を選びます。堀元さんが選んだのは、手紙文国語辞典を紹介した西村さんでした。
堀元さんは、わけのわからない手紙の文例や、ちょっとエッチな文例が自分の好みにぴったりだったと話します。ダルマインコの手紙など、面白いものを選び出した西村さんのチョイスも評価しました。
堀元さんはさらに、西村さんが触れなかった「あなた以外の女性は僕にとって不必要な存在です」という文例にも注目します。
このレベルのやつ(文例)をフィーチャーしなくていい辞書ってやばいですよ。面白い場所多すぎるだろこれ。
手紙文国語辞典は古本屋でたまに見かけるそうです。国語辞典と合体していない手紙文の本も多く出ていて、昭和のもののほうが面白いと話されていました。
まとめ
国語辞典ナイトの5つの発表は、辞書が編纂者の判断や時代の変化、辞書ごとの思想によって形づくられていることを、それぞれ違う角度から見せてくれました。詳しさを削る編集、昭和の手紙の文例、品詞の認定の違い、語義の書き漏れ、隣り合う語の偶然と、辞書の楽しみ方は1つではありません。
- 飯間先生は、圧縮・統合・項目削除によって、詳しくない辞書のほうが分かりやすくなると示した
- 手紙文国語辞典の文例からは、どんな些細なことも手紙で伝えていた昭和の暮らしと人間模様が見える
- 品詞や自動詞・他動詞の判定は辞書によって異なり、三省堂国語辞典と岩波国語辞典は対照的な立場をとる
- 「人気の秘密」の「理由」という意味は、1997年に国広哲弥先生が指摘し、新選国語辞典だけが反映していた
- あいうえお順で偶然隣り合う語に注目すると、辞書を読む新しい楽しみが生まれる

