「料理」はもともと火を使う言葉ではなかった?
この回の題材は『新明解語源辞典』です。水野さんは2年ほど前に読み終えていながら、この辞典で撮った回が3回分ほどしかないことに気づき、データベース化した面白い語源からまだ番組で話していないものを紹介すると宣言します。
読み終わって喋った回って3回分ぐらいしか撮ってないんですよ。こんなに喋りしろのある辞典なのに。
最初のお題は「料理」の意味です。堀元さんは『料理の四面体 ── 作家・玉村豊男さんによる料理論の本。世界の料理を「火・水・油・空気」などの要素の組み合わせとして捉え直す内容で知られています』で読んだ知識をもとに、西洋との比較を交えて答えます。
堀元さんによれば、英語のクッキングはラテン語の「火熱を加える」という意味の語に由来するため、欧米では料理とは火を加えるものです。一方、日本語の料理は「うまく計らう」程度の意味なので、火を通さない刺身も料理と見なされるといいます。
火熱を加えることが核。サラダをよそうのはコックではなくウエイターの仕事
いいように計らうこと。火を加えない刺身も料理に含まれる
水野さんはさらに、現代中国語でも「料理」はうまく処理するという意味しかなく、食材を美味しい形にする意味はないらしいと補足します。二人は字面からも、料理は「理を測る」、つまり理に沿うようにする言葉ではないかと話しています。
辞典には意味の変化の時期も書かれています。「料理」は中国から入り、平安時代前期にはすでに日本で食材を扱って味を調える意味で使われていたそうです。
江戸時代に生まれた動詞「料理る」と、砂糖を買わない水野さん
水野さんによると、江戸時代には「料理」を動詞の連用形と見なした「料理る」という動詞が現れたといいます。堀元さんは「今ないよ」と面白がり、二人は「料理る」「完全に飯を切らす」などとふざけて言葉遊びを始めます。
そこから話は水野さんの自炊事情へ。水野さんの戸棚には甜麺醤や豆板醤、オイスターソースなどがそろってきた一方で、砂糖は最後の方に買ったと明かします。
一回野菜炒めを甜麺醤だけかけて炒めちゃったことあって。
なんかあれ、この甜麺醤まずくね?と思って。変なの買っちゃった、最悪って。
香味ペーストのような「チューブ1本で完結する調味料」を経験した直後だったため、甜麺醤も単体で味が決まると思い込んだそうです。堀元さんは「一要素に過ぎないですからね」とツッコみます。
砂糖を買わなかった理由について、水野さんは調味料の賞味期限を切らした経験から、期限の分からないものは生鮮食品より少し長い程度しか持たないと考えていたと話します。
なんか砂糖ってさ、密閉された袋に入ってるじゃん。なんかそこがちょっと私デリケートですみたいな顔してるじゃん。
最初は呆れていた堀元さんも、塩は卓上の瓶で売られているのに砂糖はあまり売られていないという水野さんの観察に納得します。売り方が違うなら期限も違うはずだという推論を、堀元さんは「いいアブダクション」と評価しました。
「街道」はもともと「海道」だった
次のお題は、川越街道などの「街道」です。水野さんが「元々表記が違った」と問うと、堀元さんは道の字は固定だと推理し、「全ての道は海に通ず」と冗談めかして「海の道」の海道だったと答えます。これが一言一句正解でした。
水野さんの説明によると、海道は漢籍にも例があり、元々は海路の意味でした。それが海沿いの道の意味に広がり、やがて山の中の道まで海道と呼ぶようになります。
そこで17世紀の書物『諺草 ── 江戸時代前期に貝原好古が著した、ことわざや言葉の由来を集めて解説した書物です』が、陸路を海道と呼ぶのはおかしいと文句をつけました。その結果、近世以降は町の字を当てた「街道」が主流になったといいます。
水野さんは、この『諺草』の筆者を「昔の堀元さんみたいなやつ」と表現します。堀元さんが自分のYouTubeで言葉への不満を語っていたことになぞらえたもので、堀元さんは自ら都営新宿線の名前への不満を語り始めます。
新宿を通ってることを特徴にしちゃったらさ、もう新宿通ってる全ての路線(が)新宿線になっちゃうからダメじゃん。
堀元さんにとって、線は2点を指定しないと決まらないので、1点しか言わない都営新宿線は「面」を指定しているようなものです。それに比べれば、道はいつか海に着くという叙情性のある街道はまだ許せると笑います。
水野さんが注目するのは、人が言葉に文句をつけた結果、実際に言葉が変わった例は少ないという点です。言語は使う人が作るものなので、一人が文句を言っても普通はそうならないと話します。
特に表記ってね、海の道って書いてたものを街の道って変えるのってコストとハレーションが結構大きい気がしていて。
堀元さんは、暴走族を「珍走団」と呼ぼうという提案が定着しなかった例を挙げます。そのうえで、17世紀の表記変更は、引力を振り切って地球の外に出るほどの力があったからこそ起きたのだろうと二人は語り合います。
懐石と会席、高級なのはどっち?
辞典の「街道」と同じページには「懐石料理」も載っています。和食の高級な料理というイメージの懐石には、「懐石」と「会席」の2つの表記があり、辞典では両者の違いが説明されています。
堀元さんが辞典を読み上げると、懐石は茶の湯で茶の前に出す簡素な料理でした。石は温石 ── 石を温めて布で包み、懐に入れて体を温めた道具。カイロのように使われていましたのことで、茶の席で懐に入れて体を温める石を指します。一方の会席は宴会などで出される料理です。
茶の湯で茶の前に出す簡素な料理。石は体を温める温石
宴会などで供される料理
今は同音異義語として混同されていて、水野さんは「懐石の方が高級感がありそう」なことも混同の一因ではないかと話します。つまり本来の意味では、豪華なのは懐石ではなく会席でした。
今日懐石予約しといたからって懐かしい石(の字で)言われるとなんかいいもん食えそうだなってワクワクしてたけど、本来はそうか、お茶の前に出る簡素な料理か。
水野さんが「じゃあ食べてから行った方がいいですか?」と返すボケに、二人は語源ガチ勢と懐石に誘われた人のすれ違いを描く「語源アンジャッシュ」ができると盛り上がります。
「客寄せパンダ」も本来は褒め言葉だった?
堀元さんが最近集めた似た話が「客寄せパンダ」です。堀元さんによれば、最初に言ったのは田中角栄 ── 1970年代に首相を務めた政治家。高い人気と実行力から「今太閤」とも呼ばれましたで、応援演説に呼ばれて各地を回っていた頃の発言だといいます。
私は人寄せパンダだと。呼ばれればどこにだって行くぞみたいなこと言ったらしくて。
そこから「人寄せパンダ」という表現が定着し、いつの間にか「客寄せパンダ」に切り替わったそうです。ただ、現代では実力は伴わないのに知名度だけある人に使われることが多く、実力者だった田中角栄の用法とはニュアンスが違うと堀元さんは指摘します。
田中角栄が自らを「人寄せパンダ」と呼ぶ。呼ばれればどこへでも行く人気者
実力は伴わないが知名度で人を集める存在
この意味のずれからも、褒められたと思う人と貶したつもりの人のすれ違いコントが作れそうだと話が広がります。水野さんは、怒られていることに気づかない後輩を描くジャルジャルのコントを紹介します。
さらに水野さんは、客と言い合いになるウエディングプランナーのコントにも触れます。後藤さん演じるプランナーは、相手が話している途中に割り込んでくるのが特徴です。
水野さんはこれを、社会学の会話分析 ── 日常会話の録音などを細かく書き起こし、人が会話を組み立てる仕組みを調べる社会学の研究分野。サックス、シェグロフ、ジェファーソンらが創始者として知られますで説明します。話者は交代できそうなサインを出し合い、被らないように順番を取り合うので、話し終わる前に割り込むと相手を苛立たせるのだといいます。
順番交代組織を破壊してる。
「王道」には出身地が2つある
続くお題は「王道」です。堀元さんは、情報を王へ素早く伝えるために整備された新アッシリア帝国の「王の道」が由来だと答え、水野さんは「素晴らしい部分もあります」と応じます。
水野さんによると、現代の王道は「物事を行う正当なやり方」という意味です。ところが、ある1つの言い回しだけは「王だけが通れる近道」という別の王道を使っていて、堀元さんは即座に「学問に王道なし」と正解します。
「学問に王道なし」は楽な方法はないという意味なので、正当なやり方の意味では通じません。これは英語のロイヤルロードを王道と訳したもので、漢籍由来の王道とたまたま表記が重なったのだと水野さんは説明します。
孟子が説いた理想の政治のやり方。のちに物事を行う正当なやり方の意味に広がる
ロイヤルロードの訳語。王だけが通れる近道で「学問に王道なし」に残る
ロイヤルロード自体の語源は辞典に書かれておらず、堀元さんの挙げた新アッシリア帝国とつながるかはわかりません。堀元さんは、西洋の表現に直接つながりそうなのは古代ローマかもしれないと推測しつつ、「わからんね」と結論を保留します。
漢籍由来の王道は、もともと理想の政治のやり方に限定された言葉で、孟子の言葉です。対義語は武力による政治を意味する覇道 ── 力や武力によって天下を治めるやり方。仁徳で治める王道と対比して、儒教では否定的に扱われますで、平家物語でも政治に限った意味で使われているといいます。
辞典によれば、政治以外にも正当なやり方の意味で使われるようになったのは昭和に入ってからと思われます。そのため明治ごろまでの文学の王道は政治の話として読み、昭和以降は意味を見分ける必要があると二人は話します。
ちょっと王道で衝突させちゃったのはね。翻訳したやつの罪ですね。
水野さんは、近道なのだから小道を意味する「径」を使って「王径」とでも訳せばよかったと提案します。堀元さんも、既存の言葉と衝突しないか確認してから翻訳すべきだと冗談めかして締めくくりました。
「革命」は王朝交代のこと。江戸時代からあった「楽屋落ち」
王道からの連想で、水野さんは「革命」も中国での元々の意味と現代の意味がずれていると話します。辞典には被支配階級が国家権力を奪う現代の意味が最初に書かれていますが、本来は中国で王朝が変わることを言いました。
その背景にあるのが易姓革命 ── 中国の政治思想。天命を受けた天子が徳を失えば、天命が別の一族に移り王朝が交代するとする考え方ですです。水野さんによれば、王朝は天に代わって政治をしているので、徳を失った支配者は自ら禅譲 ── 君主が位を血縁ではなく徳のある人物に譲ることすべきで、居座るなら民衆が討伐してもよいとされました。
王朝が変わること。易姓革命は王朝討伐を正当化する理論
被支配階級が国家権力を奪い、新しい社会体制を立てること
今では「認知革命」「AI革命」のようにも使われています。堀元さんは、AI革命の特集に「誰が徳を失ってるんだ?」とレスしに行けばいいと言い、二人は何にでも「今俗に◯◯と言うは悪し」と文句をつける「17世紀の堀元」ネタで盛り上がります。
同じ辞典の「革命」のページには「楽屋落ち」も立項されていました。辞典によると、元は芝居などで楽屋仲間にだけわかって客には通じないことを言い、『東海道中膝栗毛 ── 十返舎一九による江戸時代後期の滑稽本。弥次郎兵衛と喜多八の旅を描いたベストセラーです』以来使われているそうです。
堀元さんは、実力派芸人が楽屋受けを狙いすぎて賞レースでウケないという現代の言い方と全く同じだと驚きます。水野さんは、江戸時代から楽屋受けがあったこと自体に加え、それを拾って立項する辞典のサービス精神も好きだと話します。
「東京」の名付け元は中国の洛陽
最後のお題として出されたのは「東京」です。堀元さんが「西の京都に対する東の京」と答えると、水野さんはそれは合っていると認めつつ、実は中国に由来があると明かします。
堀元さんは「北京と同じ理論では」と推理しますが、水野さんの答えは「ほとばしるほど違います」。中国では長安を西京と呼ぶのに対し、洛陽 ── 中国・河南省の古都。後漢や北魏など多くの王朝が都を置き、長安と並ぶ代表的な都でしたを東京と呼んでおり、この故事に倣って江戸を東京と名付けたそうです。
堀元さんはこれを「和製エマ・ワトソン」のような「日本版洛陽」だとまとめます。なおエピソード説明の監修者コメントでは、この表現は誤りではないものの、江戸時代くらいだと京都のことを「洛陽」と呼ぶことも割とあったと補足されています。
読み方にも経緯があります。水野さんによると、明治20年代までは京を漢音で読む「トウケイ」が多かったそうです。東京の「トウ」は漢音、「キョウ」は呉音で、系統の違う読みが混ざっています。
辞典では、西京をキョウと読むことを意識して、おそらくトウケイからトウキョウになったのではないかと説明されているそうです。
中国の故事
長安を西京、洛陽を東京と呼んだ
1868年
慶応4年、この故事に倣い江戸を東京とする
明治20年代まで
漢音でトウケイと読むことが多い
その後
西京の読みを意識してトウキョウになったとされる
堀元さんは、欧米列強に追いつこうとしていた明治維新のタイミングなら英語の名前でもおかしくなかったと話し、「ニューニューヨークになった可能性もある」と笑います。
「後楽園」に込められた為政者の心得
水野さんは東京ドームでおなじみの「後楽園」の由来も尋ねます。堀元さんは「東京ドームという楽園の後ろ」だと冗談で答えますが、もちろん違います。
水野さんが『新明解国語辞典』で知ったところでは、後楽は四字熟語「先憂後楽」から取られています。為政者は民に先立って国を憂い、民が楽しんだ後に自分が楽しめ、という心得を説いた言葉です。
はあはあはあはあ。だから心配は先にしなさいと。楽しむのを後にしなさいってことですね。
堀元さんはこれを経営者に当てはめ、誰より会社を心配し、バイアウト後に大きな利益を得たZOZOの前澤友作さんを例に挙げます。水野さんは、為政者の例えなら従業員が先に潤う必要があり、先にリスクを取って最大のリターンを得た人は当てはまらないのではと反論します。
堀元さんは、ZOZOが6時間勤務を実践していたことを挙げて従業員も潤っていたと食い下がります。最後には「褒めといたら株くれるかなと思って」と、前澤さんの肩を持った理由を自ら明かして笑いを誘いました。
先憂後楽の話から、水野さんは読売新聞の報道で知った豆知識として、政治資金パーティーの利益率が最大9割ほどになるらしいと紹介します。欠席を見込んで会場の定員より多くチケットを売ることもあるそうです。
急に乗り気になった堀元さんは、スピーチを求められたらと問われ、全てのラーメン屋の券売機に領収書ボタンを付けるというマニフェストを即興で掲げました。
隠しテーマは「漢籍由来」。明治日本の複雑な自意識
水野さんは、この回が実は「漢籍由来の驚きの語源」という隠しテーマで通していたと言い出します。堀元さんは「冒頭で言ってなかった」と突っ込み、順番に話していたらたまたまつながったのではと疑います。
振り返ると、料理、街道、王道、革命、東京、後楽園は、どれも中国語や漢籍に由来があり、現代日本語の意味とは少しずつ違っていました。二人が特に衝撃を受けたのは東京です。
中国の都を踏襲する自意識がこじれてる感じがします。
堀元さんは、福沢諭吉の脱亜論 ── 1885年に新聞「時事新報」に掲載された論説。日本はアジアの近隣国と距離を置き、西洋文明の側に立つべきだと主張しましたのようにアジアを突き放す空気がありながら、中国の名前を踏襲していたのは変だと指摘します。水野さんも、西洋の概念を訳すときに哲学や経済のような漢語風の言葉にしていたと続けます。
経済は漢籍由来の「経世済民」から来ています。和語風に「金動き」とでもしてよかったはずなのに、そうしなかった点に、二人は明治日本の複雑な態度を見ます。
水野さんは社会言語学的な説明がありうるとし、英語圏で英語の上にラテン語があるように、日本では日本語の上に舶来の漢語があったのではないかと話します。堀元さんはこれを「本当は中国がみんな好きだった」というツンデレ説にまとめます。
水野さんは、日本と中国の付き合い方を冊封体制 ── 中国の皇帝が周辺国の君主に位を与えて臣下とし、朝貢を受ける代わりに権威や保護を与えた国際秩序にたとえ、志賀島の金印「漢委奴国王」を例に挙げます。大国の後ろ盾を得ることが権威になり、中国側は朝貢に気前よく返礼しすぎて財政的な負担になったこともあったはずだと話しています。
『新明解語源辞典』が信頼できる理由
最後に水野さんは、この回は『新明解語源辞典』に書かれている語源だけを話したと改めて説明します。この辞典は断言できないことは断言せず、諸説ある場合はそれぞれの説を列挙しているといいます。
場合によっては「ある文献ではこう言うが、平安時代の音韻を考えるとこの説は成り立たない」といった注意喚起もしています。水野さんが番組の監修者に確認したところ、全部に目を通したわけではないが、諸説あるものは諸説あると紹介していて信頼がおけると言っていい、という答えだったそうです。
一方でこの辞典は、楽屋落ちを立項するような嗅覚もあり、語釈や例文に雑学的な面白さがあります。堀元さんは「広告」の例文「新聞紙にして他人の旧悪を記載して天下に広告す」を読み上げ、人の黒歴史を新聞に晒したという意味ではと面白がります。
外来語も立項されています。「リンチ」はアメリカ・バージニア州の治安判事リンチの名に由来し、「ボイコット」もアイルランドの土地管理人チャールズ・ボイコットに由来するそうです。
水野さんは、パラパラ読むだけで楽しい辞典だと勧め、今後も面白かった内容をまとめて話す回をやりたいと話します。かつて滑った企画の黒歴史を上書きできたと、二人は満足げに回を締めくくりました。
まとめ
『新明解語源辞典』をもとにした今回の無限語源トークでは、漢籍由来の言葉が、表記や意味を変えながら現代日本語に残っている様子が次々に見えてきました。
- 「料理」は本来うまく計らう意味で、平安時代前期には調理の意味で使われていた
- 「街道」は元は海路を指す「海道」で、17世紀の『諺草』の批判などを経て表記が変わった
- 本来の懐石は茶の湯の簡素な料理で、宴会料理は会席だった
- 「王道」には漢籍由来の正当なやり方と、英語ロイヤルロード由来の近道という2つの出自がある
- 「東京」は長安を西京、洛陽を東京と呼んだ中国の故事に倣った名前だった



