「飲みに行きたいっす」は先輩に失礼?
この回のテーマは、先輩に向かって言う「飲みに行きたいっす」のような「〇〇っす」という言い方です。水野さんはこの文体を「っす体」と名付け、これが失礼なのか、もっと根本的には敬語なのかを考えようと切り出します。
堀元さんの最初の感覚は、「っす」はカジュアルすぎて失礼寄りだというものでした。
なんか感覚的には割と失礼な感じするぞ。怒られても文句言えない感じがします。
これに対して水野さんは、「っす」を失礼・軽薄とする論調に反対する立場をはっきり示します。
僕のポジションをはっきりさせておくと、なんとか「っす」が失礼とか軽薄っていう、その論調に真っ向から反対したいと。
堀元さんは「〇〇です」で十分で、わざわざ「っす」と言う必要はないと返します。水野さんは、ほとんどの話者がそう思っているからこそ、その誤解を2回にわたって解きほぐしたいと宣言しました。
「っす」の使い手は誰? 初出はサザエさんのおじさん
水野さんが「っす体」の印象を尋ねると、堀元さんは「だいぶ砕けてきた敬語」で、初対面の相手には使ってはいけないイメージだと答えます。許容できる距離感は、同じ職場で3ヶ月ほど毎日世間話をした後輩くらいで、会うのが5回目までなら無理だといいます。
使っている人の印象を聞かれた堀元さんは、若い人、特に部活をやっている体育会系の人を挙げました。水野さんはこれを受けて、「っす体」は体育会系コミュニティ由来だと言われていると説明します。
堀元さんは野球部の「あざーっす」「あざした」を例に挙げて軽薄だと言いかけ、慌てて野球は心身の育成にすごくいいと言い直します。このあたりの掛け合いは、番組らしい脱線として笑いを誘っていました。
泳がすとすごいとこまで出てきますね。
水野さんが紹介した「っす体」の確認されうる最初の例は、1954年10月12日付の朝日新聞に掲載された漫画『サザエさん』です。棟梁のような人物が「仕事は済んだんっすが節が残ってたもんで」と話しています。
水野さんは、サザエさんが「っす」を生み出したのではなく、実際に使われていたから描かれたのだろうと補足しています。
棟梁やな、これ。おじさんだな。
その後、1970年代ぐらいになると学生の使用が目立つようになるそうです。堀元さんは、若者言葉のイメージとは逆に、もともとはおじさんが言っていたのかもしれないと意外がっていました。
「です」から「っす」へ。北海道の「っしょ」と女性が使わない謎
「っす」のルートはあまりわかっていないものの、水野さんによれば「です」の短縮形であることは確かだとされています。ポイントは「ます」の短縮ではない点で、「行きます」が「行きっす」にはなりません。
アムロ行きっすって言ってなかったもんね。
つまり「っす体」は、「です」の「で」が促音 ── 「っ」で表される、詰まる音のこと。「きって」「がっこう」などに現れる、日本語特有の一拍分の無音の区間です、つまり小さい「っ」になってできた形です。
水野さんは、堀元さんが使っていた北海道方言由来の「〇〇っしょ」も同じ現象だと指摘します。「ダサいでしょ」の「で」が促音になり、「ダサいっしょ」になったというわけです。
この「っしょ」は北海道方言が起源とされ、茨城県日立市や千葉県木更津市でも見られることから、千葉経由で東京に入ってきたのではないかと言われているそうです。最近では「お疲れ様でした」が「お疲れ様っした」になる例もあります。
です
「〇〇です」が「〇〇っす」になる
でしょ
「ダサいでしょ」が「ダサいっしょ」になる
でした
「お疲れ様でした」が「お疲れ様っした」になる
さらに水野さんは、この後に効いてくる重要な点として、「っす体」は女性があまり使わないことを挙げます。堀元さんも「このネイルきれいっす」のような言い方は見たことがないと同意しました。
主な種本は、中村先生の『新敬語「マジヤバイっす」:社会言語学の視点から』です。この本でも、男子大学生と女子大学生を観察すると、女子大学生は「っす」をほとんど使わないとされています。
堀元さんは、漫画『あたしンち』に「〇〇っす」と話す個性の強い女性の後輩キャラが出てくると思い出します。女性があまり言わない表現を多用することで、キャラを立たせていたのだと納得していました。
本には、番組『マツコの知らない世界』でイラストレーターの水森亜土さんが「そうっすか」と連呼する場面も書き起こされています。水森さんは現在85歳で、放送当時は70代中盤だったため、その世代の女性の「っす」はとても新鮮に映るといいます。
一方で、女子大学生の中でも体育会系コミュニティに属する人は「っす」を多用するそうです。女性はなぜ使わないのか、なぜ体育会系では使うのかという謎は、後半で説明されます。
敬語は敬意だけを表している? ポライトネスで見る「っす」
水野さんは、敬語は何を表しているのかという本質的な問いに進みます。初期の番組で水野さんは堀元さんに「おっしゃった」などの敬語を使っていて、堀元さんはそれに心の距離を感じていたといいます。
固いなって思ったよね。おっしゃったは俺、仲良くなりたい人に言わんもん。
堀元さんは最初、「おっしゃる」が表しているのは敬意だと答えます。しかし水野さんは、現代の敬語は敬意だけでなく、もう一つ別のものも表していると問いかけました。
親疎関係とは、親しいかどうか、言い換えれば距離感の近さ・遠さです。敬語は「敬意がある・距離が遠い」、普通体は「敬意がない・距離が近い」を表しているという整理になります。
ここで水野さんは、以前の回で紹介したポライトネス ── 人間関係を円滑にするための言語的な配慮を扱う語用論の概念。相手に近づく配慮をポジティブ、相手の領域に踏み込まない配慮をネガティブと呼び分けますを思い出させます。ポジティブポライトネスは相手に近づきたいという配慮、ネガティブポライトネスは距離を置く配慮で、ネガティブといっても悪い意味はありません。
この整理を聞いた堀元さんは、先に論旨を見抜きます。
ス体が出現したのは、敬意は示しつつ、距離も近いっていうアピールをしたかったからでしょ。
水野さんによれば、日本語の敬語体系は2軸4象限のうち2つしか埋まっていませんでした。目下の人が敬意を保ちつつ距離を縮めたい場面に合う形式がなかったのです。
| 文体 | 敬意 | 距離感 |
|---|---|---|
| 敬語(です・ます、おっしゃる) | ある | 遠い |
| 普通体(堀元が言ったように) | ない | 近い |
| っす体 | ある | 近い |
それを補うために、これまでは敬語の中に独り言のような普通体を混ぜたり、方言を混ぜたりする工夫が使われてきました。地方議会の議事録では、本会議で共通語を使う議員が、委員会では「多かろうと思うとですよね」と方言を組み込むことがあるそうです。
ただ、こうした工夫は誰でも使える言語資源とは限らず、場面も限られます。もっとシンプルな形式を求める欲求が生んだのが「っす」だったのではないか、というのが水野さんの主張です。
言語学の言葉で言えば、「っす体」はネガティブポライトネスとポジティブポライトネスの両取り形式です。堀元さんは「10割納得した」と絶賛しました。
発明者は野球部やラクロス部の人かもしれないと言われた堀元さんは、今度は野球部を称賛し始めます。水野さんが「カメラが回っていない」と振るたびに本音が漏れる、という即興のコントが続きました。
「っす」を使う後輩も「です」に戻る場面とは?
中村先生の観察によると、普段は常に「っす」で話す後輩でも、同じ先輩に対して必ず「です」が出る日常的な場面があるそうです。堀元さんは車の助手席でナビをするとき、「次の角どっち?」に「左です」と答える場面を思いつき、水野さんから正解だと言われます。
抽象度を高めると、先輩が後輩に情報を求めるときに「です」になるということです。本には、「佐藤ってどの高校出身?」と聞かれた後輩が「〇〇です」と答える場面が載っています。
この理由を説明するのが、語用論のフェイス ── 人が会話の中で保ちたい自己イメージのこと。日本語の「面子」や「体面」に近い概念で、会話参加者は互いのフェイスを守ろうとするとされますという概念です。先輩が後輩より情報を持っていない状況は、先輩の面子が立たなくなる状況だといいます。
こうした面子を脅かす行為は、フェイス侵害行為(FTA)と呼ばれます。水野さんは、「っす」のまま情報を教えるとさらに侵害が強まるため、そこだけ「です」を出して先輩のフェイスを守る距離感調節をしていると考えられると説明しました。
「承久の乱が起こったの何年だっけ?」とか先輩に聞かれた時に、「1221年っす」とは言わないね。
水野さんは、話者はこの仕組みを言語化できていなくても、運用面ではちゃんとできていると指摘します。堀元さんが「面白いっす」と返し、「っす」で締めくくる流れになりました。
縦社会ほど「っす」が生まれやすいのはなぜ?
ここまでの話から、なぜ男子学生に典型的なのか、なぜ体育会系では女性でも使うのかがある程度説明できると水野さんは言います。上下関係に基づく垂直的な組織では、距離の近さと上下関係に基づく敬意の両方を示したい欲求が出やすいからです。
水野さんの理解では、男性は交友関係でも上下関係を意識しやすいため「っす」が典型的に出やすく、女性はそうした状況が比較的少ないとされます。加えて、女性の「っす」は下品だというイデオロギーも使用を抑えていると考えられるそうです。
堀元さんは、女性のコミュニティでは年上相手でもタメ口で話している印象があると振り返ります。水野さんも、男性と女性の談話の記録を見るとコミュニケーションの質がかなり違うと応じました。
男性はコミュニケーションの中でマウンティングというか、主導権争いをする。
水野さんによれば、男性は年齢だけでなく面白さやモテなどでも序列を作ろうとし、女性は共感を軸に据える傾向があるそうです。その傾向に従えば、男性の方が「っす」を使いたがると考えられます。
堀元さんは、「っす」で話しかけられるということは、自分のフェイスがそこまで大きいとは思われていないのだろうと、少し安心できる面もあると話しました。その後、水野さんの「お前ほんと何もできねえな」は敬意が保たれているかをめぐり、2人の脱線トークが続きます。
「っす」は日本語を支える縁の下の力持ち
水野さんは今回の話を、「〇〇っす」は日本語の敬語体系の空白を埋める縁の下の力持ちだとまとめました。堀元さんは、こんなに納得したのは久しぶりだと応じます。
いつもリアルタイムだと騙されてて、家帰ってから聞き直したらなんかあんま納得できないなってなるんですけど、今回もう完全に納得しましたね。
次回予告として、水野さんは「この花は美しいです」という言い方が、ある時代の規範ではダメだったという話を持ち出します。この規範と「っす体」は大きく関わっているそうです。
言語変化ってね、そういう玉突きの結果起きてるんですよ。
番組の最後で堀元さんは、身の回りにある興味深い「っす」の用法について、リスナーからのコメントを呼びかけていました。
まとめ
今回のエピソードでは、失礼で軽薄だと思われがちな「〇〇っす」が、実は敬語と普通体の間の空白を埋める合理的な形式として説明されました。後輩が状況に応じて「っす」と「です」を使い分ける姿からも、話者が無意識に距離感を細かく調節していることが見えてきます。
- 「っす」は「です」の「で」が促音化した形で、「ます」の短縮ではない
- 確認されうる初出は1954年の『サザエさん』で、話していたのは棟梁風のおじさんだった
- 現代の敬語は、敬意だけでなく相手との距離の遠さも表している
- 「っす体」は、敬意を保ちながら距離の近さも示せる、ポライトネスの両取り形式とされる
- 先輩に情報を教える場面では、先輩のフェイスを守るために「です」に戻ると考えられる

