美ら海水族館のガラスは何がすごいのか?
「うんちくしりとりパンクラチオン」は、しりとりのように、前の人が出したうんちくの一部を拾って自分のうんちくをつなげていく企画です。対戦ではなく、途切れずにつなげることを目指す遊びで、これまで2回ほど行われてきました。
今回のゲストは、英語語源に詳しい歴史言語学者の堀田隆一先生です。水野さんは、何を聞いても雑学が出てくる堀田先生なら、この競技がかなり強いのではないかと予想します。
初手は、ランダム単語ガチャで出た「防弾ガラス」「仏道修行」「名無しの権兵衛」から、堀元さんが1語を選んで始めます。
難しくない?すげえ難しくない?何それ。
堀元さんが選んだのは防弾ガラスです。防弾ガラスと同じく強度が必要なガラスとして、水族館の水槽のガラスを挙げます。水槽は大きくするほど水圧がかかるので、ガラスも分厚くしなければなりません。
ジンベエザメがいる美ら海水族館の大水槽では、ガラスが厚すぎるため、普通の製法だと向こう側がきれいに見えないという問題がありました。堀元さんによると、特殊な製法でとても透明なガラスを作ったことで、あの大水槽が実現したそうです。
実は水族館の大事な技術って、魚の飼育技術とかだけじゃなくて、透明なガラスを作る技術もあります。
水野さんも美ら海水族館の話でつなぎます。水族館には、客が見る展示水槽のほかに、具合の悪い生き物を引っ込めたり、代わりの個体を待機させたりする予備水槽があります。
その飼育員さんが「このイソギンチャク、記載されてるどの種とも違うっぽい」って言って(予備の)水槽の中に置いていたみたいで。
水野さんによると、そのイソギンチャクを分類学者の泉先生が調べ、新種として記載論文を出して認められたのが「リュウグウノゴテン」です。猛毒を持ち、素手で触ると危ない種だといいます。水族館の飼育員と協力して新種を見つける「水族館生物学」という考え方も提唱されているそうです。
OEDは「言葉の水族館」なのか?
堀田先生は「水族館」から話をつなげます。19世紀のイギリスでは、動物園や水族館が社会的に新しい役割を担うようになりました。大英帝国は七つの海を支配しているという建前があり、地球の裏側の生き物をロンドンに運んで見せることが、国威発揚の手段になったといいます。
珍しく、エキゾチックなものほど価値があるとされ、植物園も含めて同じ発想で作られていきました。明治維新以降の日本も、台湾や南洋から珍しい魚を連れてきて、水族館や動物園を作り出したそうです。
堀田先生はそこに、自身の考えとしてオックスフォード英語辞典 ── Oxford English Dictionary(OED)。英単語の用例と意味の変遷を歴史的に記録した大規模な英語辞典で、19世紀後半に編纂が始まりましたを重ねます。英語は世界中の言語から言葉を借りてきていて、OEDはそれを辞書の中に陳列している、つまりOEDは言葉の水族館なのではないかという見立てです。
堀田先生によると、編纂者たちは国家意識が強かったわけではなく、職業的な辞書編纂者でした。それでもできあがったものは水族館と似た発想になっていて、成立も同じ19世紀後半だといいます。英語史研究者として毎日OEDを引く堀田先生は、この背景を忘れてはいけないと話します。
この話から、博物館の由来とされる「驚異の部屋」も話題になりました。堀田先生はドイツ語の呼び名ヴンダーカンマー ── 「驚異の部屋」を意味するドイツ語。15〜18世紀のヨーロッパで、王侯貴族や学者が世界中の珍品を集めて並べた部屋や陳列棚を指し、博物館の前身とされますをすぐに挙げ、出演者を驚かせます。
続けて、17世紀ヨーロッパの王族に見られた「怪物への憧れ」も紹介されます。この雑学は『イメージの歴史』という本に書かれていた内容で、植民地主義から生まれたものだといいます。
ギリシャ神話の神は人間の姿をしていますが、エジプトなどの神は異形の姿をしています。そうした神をかたどった置物を飾ることは、衝撃的な異文化を持ち込んだ証になり、外の世界とのパイプを持つ権威の証明にもなったそうです。
ガソリンスタンドの溝と、発音が多すぎる英単語
次は「意外な理由」つながりで、ガソリンスタンドの入口にある大きめの溝が話題になります。水野さんによると、あの溝は法律で定められたもので、ガソリンがこぼれたときに道路へ広がらないよう食い止める、防災上の設備だそうです。
堀元さんの雑学から少し遠いと言いながらも、面白ければOKというルールで、話は次へ進みます。
堀田先生は「ガス」でつなげます。英語ではガソリンスタンドではなく、ガスステーションやペトロルステーションと呼びます。ガスは気体を意味する、近代の科学用語です。
その形容詞形が gaseous です。堀田先生が調べた限りでは、正統な発音が最も多い単語だといいます。ギャシアス、ギャシャス、ゲイシャスなど、発音辞典には5〜6種類が載っていて、どれでもよいとされています。
読み方が2〜3通りある単語はよくありますが、5〜6通りは珍しいそうです。綴りは1つなのに、みんななんとなく「ガスの形容詞だな」とわかるので、そのまま流されているといいます。発音辞典で最も行が長い単語という話でした。
SHA-256は「シャーニゴロ」と読むのが通?
読み方が割れる話として、コンピューターの世界の例が出ます。インターネット通信で使われるハッシュ関数「SHA-256」は人によって読み方が違い、「シャーニゴロ」と読むと通っぽく聞こえるそうです。
命令セットの「x86」も、エックスハチロクではなく「ペケハチロク」と読むのが通だといいます。違う読み方をすると「シャバい」と思われる、と冗談まじりに紹介されました。
「ペケ」から、学校で先生が記号を読むときの地域差の話につながります。「①」は一般にマルイチと読みますが、山形県ではイチマルと読むそうです。カッコイチもイチカッコと読むといいます。
東北全体ではなく山形で局所的に見られる読み方で、なぜそこにとどまっているのかはわからないそうです。山形から引っ越した人が読み上げて初めて気づくような違いで、マルイチと読まなければならない理由もない、という読み方の自由さが面白いと話されます。
引用符の起源は「指マーク」だった?
堀田先生は「①」や「(1)」から、句読記号の話に広げます。現代の句読記号は数十種類にまとまっていますが、中世の英語では100以上あり、絵文字に近いほどバリエーションがあったそうです。
そこで堀田先生が出したのが、クオーテーションマークの起源というクイズです。見た目がアポストロフィーに似ているのでそこから独立したのではという推測は、「もともと全然違う形だった」と否定されます。
ヒントは、引用符の基本の使い方が引用であること、そして西洋での引用はたいてい聖書からだということでした。十字架説やホッチキスの針説が飛び出しますが、ホッチキスはマシンガンから着想を得たはずなので中世にはない、とツッコミが入ります。
堀田先生の答えによると、昔は引用を示す方法がなく、聖書の一節も地の文に埋め込まれていました。そこで使われたのが、指で指している手の絵です。本文と欄外に同じ指マークを書き、対応関係と引用の始まりを示したそうです。
面白いのは、中世の引用記号には閉じがなかったことです。始まりさえわかれば終わりはわかるでしょう、という感覚で、読んでいるうちにいつの間にか地の文に戻っていることもあったといいます。閉じの記号は近代になって作られました。
ホッチキス説について、堀田先生は「聖書の一部を貼り付けるマーク」という意味では近いと、広めのストライクゾーンで受け止めていました。
聖書の次に売れた本と、1600年かかった定理
聖書つながりで、世界で一番売れた本は聖書だとして、2位は何かというクイズが出されます。数え方によって諸説あり、堀田先生はグリム童話という説を聞いたことがあると答えます。
コーランや資本論などの予想が出た末の答えは、ユークリッドの『原論』でした。古代ギリシャから2500年ほど人類が書き写し続けてきたので、累積すると2位ではないかという話が、本に書かれていたそうです。
続いて幾何学の雑学として、高校数学で習うメネラオスの定理とチェバの定理が出ます。どちらも三角形の比の積が1になるよく似た定理で、セットで習いますが、メネラオスの定理が発見されてからチェバの定理が証明されるまで1600年かかったそうです。
英語の子音は1600年かけて弱まっている?
堀田先生は「1600年」を拾います。英語の歴史も、5世紀半ばから数えるとちょうど1600年ほどです。言葉の変化には一気に進むものと、何百年、何千年もかけてゆっくり進むものがあり、英語には1600年かけて一方向に進み、まだ終わっていない音の変化があるといいます。
それが「母音が強まり、子音が弱まってきている」という大きな傾向です。母音は大母音推移 ── 15〜18世紀ごろに英語の長母音が大きく変化した現象。綴りと発音のずれの大きな原因となり、英語史でよく知られる変化の一つですをはじめ、長くなったり二重母音になったりして、減らずに変わり続けています。
一方で子音は、なぜか種類が減ってきています。たとえば knife や knight の語頭の kn は、昔は「クニフェ」のようにそのまま読まれていました。sing の最後の g も、300〜400年ほど前に発音されなくなったそうです。
長母音化や二重母音化を重ね、減らずに増えたり変わり続けたりしている
kn の k や sing の g のように脱落し、差し引きで種類が減っている
ランダムな変化なら平均的になるはずなのに、ほぼ一方通行になっている理由はわかっていないそうです。水野さんは、日本語ではむしろ母音が減ったという説もあり、英語特有の事情ではないかと話します。
堀元さんは、以前堀田先生から聞いた「コンソナント(子音)は母音と共に響く音」という語源を思い出します。共に響く存在として呼ばれたのに、母音に居場所を奪われていく子音は片思いのようで切ない、と話が盛り上がりました。
「母音・子音」という訳語はなぜ親子なのか?
堀田先生は、英語の consonant にも vowel にも「母」や「子」の要素はないと補足します。vowel は語源をたどると voice、つまり「声」にすぎません。
明治時代に日本語へ訳すとき、訳語はいろいろ模索され、母音に対して「父音」という言葉が作られたこともあったそうです。堀田先生は、同じ言語の音を仕分けるのに親子関係を持ち込んだのは、西洋にはなかった日本独自のイノベーションだと話します。
ただし言語の世界には、親子や母子の比喩がもともと多くあります。系統図を書くとき、日本語では「親の言語、子の言語」と言いますが、英語では daughter や sister を使い、女系で表現するそうです。母語も英語で mother tongue と言いますが、father を使う言語もあるといいます。
水野さんは、形態論の本で「第一姉妹の原理(first sister principle)」という用語に出会い、樹形図で一番近い位置を「第一姉妹」と呼ぶ感覚が面白かったと話します。
堀田先生は、ツリー構造では1つの要素から次の要素が生まれるので、「生み出す側」として女性のイメージが選ばれるのではないかと推測します。
膝で霊を呼んだフォックス姉妹と、叶恭子さんのアリ
「姉妹」からは、アメリカに交霊術ブームを起こしたフォックス姉妹の話が出ます。家に霊を呼べると主張し、マスコミの前でも謎のラップ音を鳴らして、多くの人に信じられました。
ところが後の暴露によると、音の正体は膝の関節でした。膝をいくらでも鳴らせることに気づいた、というオチに、出演者たちは「最高の雑学」と大笑いします。
続いて日本の姉妹として叶姉妹が登場します。叶恭子さんはアリが大好きで、自宅で飼う黒いアリにエリザベスやアンソニーという名前をつけているそうです。
アリが共食いをするので、恭子さんは美香さんに自然に返してくるよう頼みました。美香さんが東京で放そうとすると「東京ではダメ」と言い、富士山麓まで行かせたというエピソードです。なぜ西洋風の名前なのか、なぜ東京ではダメなのか、理由がなさすぎると出演者たちは困惑します。
「アリ」という言葉がない言語がある?
この難しいバトンを、堀田先生は「アリと名前」で5秒ほどで拾ってみせます。インドのとある小さな言語では、アリを1種ずつ見分けて固有の名前をつけていて、「アリ」という上位概念がないそうです。
堀田先生によると、1つ1つが生活に密着して特別すぎるため、まとめる言葉を作る発想に至らないのではないかといいます。カゴという上位概念がない言語や、日本語の「着る・被る・履く」が英語では wear 1語になる例も挙げられました。
堀田先生は、科学の進歩で下位分類はどんどん増えていく一方、抽象化して上位概念を見つけるのは哲学的な飛躍が必要で難しいと話します。上へ上へと考える癖をつけることは、思考の訓練になるのかもしれないといいます。
知識が増えれば、調べることでどんどん細かく分けられる
当たり前のものを束ねて呼ぶ発想の飛躍が必要で、見つけるのが難しい
水野さんは、英語の授業で「無生物主語」と聞いて、生物と無生物で切るのかと驚いた経験を挙げます。また、「やばい」「うざい」のように新語は広い意味で生まれ、細分化していくのではないかと話しました。
一方で、『分類思考の世界』には、系統樹も種の名前もいらず「生命の樹そのものを指すユニークかつ究極的な時空ワームただ一つ」を仮定すれば十分、という究極の上位概念が出てくるという紹介もありました。紹介した本人も意味がよくわかっていなかったことが明らかになり、話は笑いに包まれます。
エシャロットとエシャレットは別物?
次の話題は、表記揺れに見えて実は別物という雑学です。エシャロットはフレンチなどで出てくるらっきょうの若いもののような野菜で、エシャレットは長ネギのような野菜です。
同じように、ベンジンとベンゼンも別物です。ベンジンは原油から精製した揮発性の高い可燃性の液体で、ガソリンとも呼ばれると読み上げられ、話がまたガスに戻ってきたと盛り上がります。
さらに、天気予報のウェザーニュースを提供している日本の会社の名前は「ウェザーニューズ」です。ニューズピックスの表記も含め、英語では「ニューズ」なのに、カタカナでは「ニュース」と書かれがちだという話になりました。
| 言葉A | 言葉B | 違い |
|---|---|---|
| エシャロット | エシャレット | らっきょうの若いもののような野菜と、長ネギのような野菜 |
| ベンジン | ベンゼン | ベンジンは原油から精製した可燃性の液体で、ガソリンとも呼ばれる |
| ウェザーニュース | ウェザーニューズ | 前者が天気予報の名前、後者が提供する会社の名前 |
「ニュースは東西南北から」は本当か?
最後のバトンは、堀田先生が「ニュース」で受けます。news は North・East・West・South の頭文字で、四方から新しい情報がやってくるから、という説はよく聞かれますが、これはこじつけだといいます。
実際には、形容詞 new をそのまま名詞化し、複数形にしたものが news だとされています。
東西南北の頭文字を集め、四方から情報が来るという意味になった
形容詞 new を名詞化し、複数形にした
堀田先生は、こうした俗説と真の語源が混同されるものを民間語源 ── 学問的な根拠がないまま、音や綴りの似た語から推測して広まった語源説。もっともらしく覚えやすいため、事実として語られやすいのが特徴ですと呼ぶと説明します。語源には人を納得させる強い力があり、真の語源を知っていれば、俗説による説得や策略を見抜いて防御できるといいます。
社長や校長先生のように役に立つ話をする機会が多い人は、人を動かす俗説と背後にある本当の語源の両方を知っておくとよい、というのが堀田先生の考えです。
これに対し、校長先生が「ニューにエスがついただけ」と話しても「だとして何?」となるので、正しければ勝つゲームではない、というツッコミが入ります。
堀田先生は、etymology はギリシャ語で「真実の学」を意味すると紹介します。それでも語源には諸説があり、印欧祖語より前はさかのぼれないので、語源に関しては権威を信用しすぎてはいけないと話しました。
話を聞いた水野さんは、ハリー・ポッターの「闇の魔術に対する防衛術」を連想します。民間語源を振り回す相手と戦うには、民間語源も正しい語源も知っておく必要があるという話で、堀田先生たちの『英語語源ハンドブック』と『英語語源辞典』はその教科書だとして紹介されました。
締めくくりに、2人は堀田先生が語源の話をほとんど使わずに戦い抜いたことに驚きます。考える時間をもらっていた2人に対し、堀田先生は5秒ほどで話し始めていたといい、「僕らより強い」と絶賛されていました。
まとめ
堀田先生を迎えたうんちくしりとりは、水族館のガラスからOEDの帝国主義的な背景、英語の子音の衰退、訳語の親子メタファー、上位概念のない言語、民間語源の危うさへと、分野を越えて連鎖しました。語源をほとんど封印したまま無茶なバトンを拾い続けた堀田先生の知識の幅が際立つ回です。
- 19世紀のOEDは、世界の言葉を集めて陳列する「言葉の水族館」とも見られるという視点が示された
- 英語は1600年かけて母音が強まり、子音が減ってきているが、その理由はわかっていない
- 中世の引用記号は指マークで、閉じの記号は近代になってから作られた
- news の語源は東西南北ではなく new の複数形で、民間語源を見抜くには真の語源を知る必要がある

