オノマトペを使うと記憶に残る?13週間後の実験結果
水野さんが最初に紹介したのは、オノマトペを使った文は記憶に定着しやすいという心理学の実験です。堀元さんは「疑似科学感すごいぞ」と疑ってかかりますが、水野さんはちゃんとした実験だと説明します。
この実験で使われたのは「風が吹く」「風がひゅうひゅう吹く」「風が強く吹く」「乾いた風が吹く」の4つの文です。参加者には覚えるよう指示せず、「どれぐらい生き生きとしたイメージが浮かぶか」という関係のない質問をしてから、後日記憶のテストを行います。
テストは直後、1週間後、13週間後に、ダミーの選択肢を混ぜて行われました。直後は短い文なので全員が覚えていて、1週間後にはどの条件もそれなりに忘れ始めています。
(13週間後に)オノマトペを使った文だけずば抜けて……うわぁ、これすごいな。
堀元さんがグラフを読み上げたところでは、オノマトペの文の記憶は1週間後で82%ほど、13週間後でも80%ほどと、ほとんど減っていませんでした。13週間後の差が圧倒的だったといいます。
水野さんは、オノマトペのレトリカルな効果の1つとして「心に残る」こと、そしてその結果「記憶に定着する」ことが挙げられるとまとめます。
堀元さんは会社の幹部ミーティングで自分の出した指示を毎週忘れていると明かし、指示をオノマトペで出せば覚えていられるのではと言い出します。
「この仕事のオファーメール、条件がうわぁって感じだから、ズシャってやっといて」って言えば覚えてられるんじゃないですか。
水野さんからは「要求がファジー」と一蹴され、堀元さんも指示の内容を覚えていても、指示そのものが曖昧では意味がないと納得します。
「ぎゅっと握って」で握力が伸びる?スポーツ指導と感性派・理論派
水野さんによると、オノマトペの心理的な効果には「力が出る」というものもあります。握力測定で先生が「強く握って」と言うより「ぎゅっと握って」と指示したほうが、測定値が伸びたそうです。
垂直跳びでも同様で、「高く飛んで」より「ピョーンと飛んで」と言われたほうが測定値が伸びたといいます。堀元さんは「スポーツ指導者に必要な理論じゃん」と驚きます。
こうした研究はオノマトペ研究の一分野として「スポーツオノマトペ」と呼ばれ、言語学のオノマトペより広く、「サー」や「チョレイ」のような叫び声まで含めることがあるそうです。柔道の指導でも、細かく説明する代わりに「グッと引き寄せて」だけで伝わる、と水野さんは話します。
堀元さんはここで、元巨人の長嶋監督が「ぐわっといって、ブンと振ったら、カキーンってなるから」のような感覚的な指導で「何言ってるか全然わかんねえな」と言われていたエピソードを思い出し、理論的には合っていたのではと言います。
一方で水野さんは、為末大 ── 陸上競技の400mハードルで活躍した元選手。世界選手権で銅メダルを獲得し、引退後は走りや身体の使い方について発信していますさんの本では、地面の蹴り方をありありとしたイメージで伝えて指導がうまくいった話があったと紹介します。細部は忘れたとしつつ、オノマトペが絶対によいとも言えないと話します。
二人はここから、教えられる側にも感性派と理論派がいるのではという話に進みます。堀元さんが思い出したのは、理系の強い進学校で出会った体育教師の走り幅跳びの説明でした。
すでに走ってて真横方向に力が発生してるんだから、45度で与えちゃうと45度より横方向が強くなっちゃうよねと。
だからイメージは60度とか70度とかの高さで跳ぶような気持ちで跳ぶとちょうど45度になって最も距離が出るだろ。
堀元さんはこの説明に感動したと話します。水野さんも中学でバク転を習ったとき、上に跳ぼうとすると首から落ちるので、真後ろに向かって跳ぶ感覚でやれと教わり、わかりやすかったといいます。
「ぎゅっと握って」「グッと引き寄せて」など、短い言葉で体の動きを伝える
走り幅跳びは60〜70度の気持ちで跳ぶと45度になる、など仕組みやイメージを説明する
話は水野さんの中学の体育教師に脱線します。器械運動にこそ人間性が出るという考えで、跳び箱の前方・後方倒立回転跳び、前宙、バク転まで練習させていたそうです。堀元さんは、怪我をしないことを一番に考える自分の高校の先生とは真逆だと驚きます。
浄瑠璃のオノマトペを全部消すとどうなる?
オノマトペは情景がありありと浮かぶため記憶に残りやすいのかもしれない、と整理したうえで、水野さんは浄瑠璃 ── 三味線の伴奏に合わせて太夫が物語を語る日本の伝統芸能。人形劇と組み合わせた人形浄瑠璃(文楽)がよく知られていますの話に移ります。浄瑠璃には「どうと押し伏せ」「むずと組み」「からりと打ち倒し」のようなオノマトペがよく出てくるそうです。
山口仲美先生は、この浄瑠璃の文からオノマトペを全部取り除いたらどうなるかを試しています。水野さんが読み上げると、オノマトペを抜いた文は淡々と事実を並べるだけになり、臨場感が完全になくなりました。
(オノマトペを)全部取ると、それだけで簡単に無味乾燥な記事っぽくなるなと思ったんですよね。
水野さんは「本日未明、新宿でドカーンと爆発があった」は新聞記事にならないと例を挙げます。日本語ではオノマトペを使うだけで語り物らしくなる側面がある、と話します。堀元さんも、講談の「ひらりと身をかわし」のような語りを思い浮かべます。
面白いのは、浄瑠璃が発展するにつれてオノマトペがマンネリ化し、本来のレトリック的な効果が薄れてしまったことです。そこで『仮名手本忠臣蔵』や『国性爺合戦』などでは、既存のオノマトペを長くしたり、新しいオノマトペを導入したりして効果を保とうとしたそうです。
導入
「どうと押し伏せ」など、臨場感を出すためにオノマトペを多用
マンネリ化
使い古されて、ありありとしたイメージが湧かなくなる
工夫
「どんどん」を「どんどんどんどん」と長くする、新しいオノマトペを作る
堀元さんはすぐに「現代の漫画やん」と反応し、『ピューと吹く!ジャガー』でハンサムな人物の登場に「ハーンサム」という擬音が入る例を挙げます。
水野さんは、漫画の独自オノマトペには実在の言葉から作られたものが多いと指摘します。『Dr.スランプ』でものをかじる音の「かじかじ」、『宇宙兄弟』で牛乳を飲む場面の「ぎゅにゅぎゅにゅ」、『ONE PIECE』で日が照りつける「照り」などがその例です。
『北斗の拳』はなぜ全コマに擬音があるのか
水野さんによると、かつての漫画はオノマトペが今ほど多くなく、話の展開に必要なものだけ、しかもありふれたものが使われていたそうです。そこで紹介されたのが『北斗の拳』第7巻の見開きページでした。
堀元さんはまず敵キャラクターの「うはうは、ひゃひゃひゃ」という笑い方に気を取られますが、本題はほとんどすべてのコマにオノマトペが書き込まれていることです。ケンシロウが拳を舐める「ペロ」、腕を動かす「シュー」、構えの「ゴゴゴゴゴ」、指をセットする「ピタリ」、相手の顔が震える「ピクピク」と続きます。
どんどんどんどん現代のその漫画の多分歴史的な観点でいけば増えていっていて、今やもうインフレしていると。
独自のオノマトペを使う作家も増えています。水野さんは『浦安鉄筋家族』の、猛スピードで走ってくるときの「ズピュー」のように、オノマトペ辞典に載らないものもあると認めつつ、一から作るのは大変なので既存の単語に頼ることが多いのだろうと話します。
堀元さんは、アメリカの漫画の爆発音「BOOM」や、パンチの場面に「PUNCH」と書かれる例も同じ発想だと応じます。
BUZZやVROOMは英語のルール違反?音素配列論とオノマトペ
水野さんは、蜂が飛ぶ音を表す英語の「BUZZ」が言語学的にとても面白いと言います。英語の綴りでは通常、語末にZZが続くことは許されず、オノマトペの場合だけこうした並びが許されるそうです。
この「音を並べてよい制約」を扱うのが、以前ゲストの川原繁人先生が話していた音素配列論 ── ある言語で、どの音をどの順番で並べてよいかという規則を研究する分野。日本語で「ン」から始まる語がないのもこの規則の一例ですです。英語のQの後にはほぼUしか来ないのも典型例で、カタールの「QATAR」のような例外がWikipediaに一覧で載っていると二人は話します。
堀元さんはその一覧から、オスマン帝国の下級役人を指す「Qaimakam」を見つけて「覚えておくと使い道がある」とボケますが、オスマン帝国はもうないと水野さんに突っ込まれます。
オノマトペで教えてくれないと。オスマン帝国がぶわーっと勃興したとか、そういうこと言ってくれないと忘れちゃう。
英語では本来VRから始まる単語も許されませんが、エンジン音の「VROOM」はオノマトペとして使われています。日本語でも、パ行がハ行に変わる歴史的変化のなかでオノマトペにだけパ行が残ったという話が以前の回にありました。
ナイジェリアで話されるハウサ語 ── 西アフリカのナイジェリアやニジェールを中心に話される言語。アフリカで広く使われる共通語の1つですでも、ほとんどの語は母音で終わるのに、オノマトペ的な言葉は多くが子音で終わるそうです。水野さんは、オノマトペが音素配列の例外になりやすいのは他の言語でも見られる特徴だとまとめます。
眠りを表す「ZZZ」の話では、堀元さんが調べた限り英語圏で生まれたが由来は謎とされていると紹介します。辞書や索引の最後の項目をZZZにする遊びもあり、以前の番組で見つけて喜んでいたのは水野さん自身だったと指摘され、水野さんも「オノマトペで言ってくれないとわかんない」と返します。
「平安女流文学はオノマトペが少ない」は本当か
水野さんが最後のレトリックの話として取り上げたのは、『枕草子』や『源氏物語』などの平安女流文学はオノマトペが少ないという通説です。これを疑ったのも山口仲美先生でした。
山口先生が調べてみると、源氏物語のオノマトペは延べ語数で『今昔物語』より多かったそうです。それなのに、今昔物語はオノマトペが多いというイメージを持たれていました。
その理由は、今昔物語には下品なオノマトペが多かったことにあると水野さんは説明します。嘔吐の音「エブエブ」などが出てきて、俗語なので著しく目立つというのです。同じく平安時代の『落窪物語』にも、下痢の音「ビチビチ」やお腹の「ゴホゴホ」があるそうです。
美しい形で使うより、ゲロ吐いてる時の音とかの方が印象に残るんだね、みんな。
一方の源氏物語は優美な世界を描こうとしていて、オノマトペも小さなかすかな物音や声、美化する方向の擬態語ばかりだったといいます。さらに、それまでの文学では俗語的すぎたオノマトペを美しい場面で使い、雅な世界に引き入れていたそうです。
堀元さんは、藤井風さんが「なんなん」という俗語をおしゃれなメロディーに乗せて驚かせたことに近いと例えます。水野さんによると、著者は源氏物語のオノマトペを極めて異質だと述べているそうです。
延べ語数は源氏より少ないが、嘔吐音「エブエブ」など卑俗なものが目立ち、オノマトペが多い印象を持たれた
延べ語数は多いが、かすかな物音や紫の上を形容する「あざあざ」など優美なもので目立たず、少ないとされた
水野さんは、オノマトペは下品な方向にも上品な方向にも持っていけるが、下品に使われたものほど目立つため、調べるまではそれが通説になっていたとまとめます。
笑われた研究が本になるまで 山口仲美先生とオノマトペ研究史
シリーズで使わなかったネタはまだ多いと水野さんは話します。「太郎はすたすたと歩いた」は自然なのに「太郎はすたすたと早歩きをした」は変に感じる理由や、「のらりくらり」がなぜ「くらりのらり」ではだめなのか、といった問いです。
半年ほど続いたオノマトペシリーズはここで一旦終わりとし、のらりくらりの話は、その言葉が入った歌がヒットしたときなどにやろうと二人は約束します。
最後に水野さんが紹介したのは、山口仲美先生の『オノマトペの歴史1』に書かれていたエピソードです。オノマトペはかつて研究対象としてあまり認められていなかったそうです。
山口先生は駆け出しのころの学会発表で、濁点が書かれていない古語について、オノマトペ研究の蓄積から見て、たとえば水の音なら今の「ピチャピチャ」のように濁点や半濁点で読むはずだと発表しました。すると会場で大笑いされたといいます。
それが今では、オノマトペを中心から扱った『言語の本質』が売れ、握力や垂直跳び、記憶の定着といった隣接分野からも研究が出てきました。山口先生はそれを知って心から感動し、「隔世の感がある」と書いているそうです。
山口先生の貢献がなかったら、オノマトペの研究とか分析っていうのはおそらくもっともっと遅れていたであろうと思われる。
堀元さんはこの話を起業家のサクセスストーリーのようだと例え、「信じ抜くんだ、たとえ一人になっても」という感じがすると感想を述べます。
粗品の「ただ」はイシツブテ?芸人の新語とポケモンの聞きなし
シリーズを振り返った堀元さんは、浄瑠璃がマンネリ化したオノマトペの代わりに新しいものを作った話が、さらば青春の光のネタで「浄瑠璃やん」と挟むボケに通じると話します。
水野さんも、芸人のエピソードトークに浄瑠璃と同じものを感じると言います。「ガー行って」が陳腐化したとき、三四郎の小宮さんの「バチボコ」や「バッチバチ」のような言葉で新鮮さとおかしみを足しているというのです。
オノマトペじゃないんですけど、エピソードトークしててもなんかちょっとパンチが弱いなとか、ガー行ってみたいなのがもう陳腐化した時に、僕やっぱバチボコ。
堀元さんは、宮川大輔さんの新しい形容詞や、粗品さんの「終わり上げる」のような新しい構文にも触れ、日々新しいトークを生み出そうとした結果として自然に生まれるのかもしれないと話します。
そこから堀元さんは、粗品さんのコーナー「一人ニュース賛否」で、賛から否に切り替えるときの大声の「ただ」が、ポケモンのイシツブテの鳴き声とそっくりだとネットで話題になったと紹介します。
水野さんも、難関校の合格発表で受験生が叫んだ声がパルキアの鳴き声にそっくりだとミームになり、今ではネットに強い受験生がこぞって真似をするという例を挙げます。元祖が一番パルキアっぽいと言われているそうで、聞きなし ── 動物の鳴き声などを人の言葉や意味のある音に当てはめて聞くこと。ウグイスの鳴き声を「法、法華経」と聞く例が有名ですの遊びとして二人は盛り上がります。
小さなオノマトペからなぜ言語学の面白さが見えるのか
水野さんがこの回、そしてシリーズで伝えたかったのは、オノマトペという小さな題材でも、形態論、統語論、語用論、言語進化、言語発達、レトリック、心理学の実験など、さまざまな側面から切り取れるということでした。
水野さんは、オノマトペを否定できるかを確かめる例文も紹介します。「玉がゴロゴロ転がらなかった」は変ですが、「玉がゴロゴロと転がったのではなく、積み荷のキャベツが道路にバラバラこぼれ落ちた」なら成り立つそうです。
さらに研究で「変な文」として示された「玉がゴロゴロという様子でしたのは、転がることではなく弾むことであった」には、堀元さんも「気持ち悪い」「よくそんなもん生成できたな」と反応します。水野さんは、こうした問いが単語を飼い慣らす「馴化」という現象に関わっているのではという示唆も得られたと話します。
堀元さんは、無意識に使っているものに実験や例文でいろいろな角度から光を当てると輝きが見えると感想を述べます。水野さんは今後も、リサーチが十分に終わったものから小さなテーマを多角的に扱っていきたいと締めくくりました。
まとめ
この回は、オノマトペが記憶や筋力に作用する実験から、浄瑠璃や漫画でのマンネリ化と新語づくり、平安文学の通説の見直し、芸人の言葉やネットミームまで、オノマトペの力を幅広く紹介しています。そして、ありふれた言葉ひとつから多くの研究分野がつながることが、言語学の面白さとして示されました。
- オノマトペを使った文は13週間後でも約80%が記憶されていたという実験が紹介された
- 「ぎゅっと握って」「ピョーンと飛んで」と指示すると、握力や垂直跳びの測定値が伸びたという
- 浄瑠璃も現代の漫画も、オノマトペのマンネリ化に対して長くする・新しく作るといった工夫をしてきた
- 「平安女流文学はオノマトペが少ない」という通説は、今昔物語の下品なオノマトペが目立ったことによる印象だった
- かつて学会で笑われた山口仲美先生の研究の蓄積が、今のオノマトペ研究の広がりを支えている

