妙な分布の容疑者「雨降ったさかい」
今回の題材は、原因理由を表す接続助詞の方言です。「雨が降るから外出をやめよう」の「から」にあたる部分が、地域によって形を変えます。
水野さんは、東京の「から」に対し、愛知の「で」や「もんで」、九州の「けえ」など、全国にさまざまな形があると説明します。
関西とかだと(接続助詞が)さ。
あれだ、うちの親、北海道の人なんですけど、うちの親父が言うのは「だもんで」とか言うわ。
そのなかで今回注目するのが、近畿に多く分布するさかい ── 「〜だから」にあたる原因理由の接続助詞で、近畿を中心に使われる方言。「雨が降るさかい外出をやめよう」のように使うです。分布地図を見ると、この語形にはいくつもの仲間があると水野さんは言います。
堀元見さんは地図から、「さけ」「はげ」「すけ」など、「さかい」と音の似た語形が一群をなしていると読み取ります。水野さんはこれらをまとめて「さかい類」と呼ぶことにしました。
圧倒的に「から」が多い
愛知は「で」「もんで」、九州は「けえ」、四国は「けん」、近畿は「さかい」など地域ごとに形が異なる
「さかい類」は西に伸びず、東の日本海側へ伸びる
「さかい類」の分布を地図でたどると、まず近畿、とくに滋賀や京都のあたりに集中しています。ここまでは想定どおりです。
ところが目線を北へ移すと、石川や富山といった北陸まで「さかい類」がニョキニョキと伸びていると水野さんは指摘します。さらに新潟や山形など、日本海側の東北にまで及んでいます。
一方で、西へは伸びていません。しかも東北側は沿岸部に集中しています。堀元見さんは、この分布が奥羽山脈で太平洋側と分かれている点にも気づきます。
これすごい。奥羽山脈で分かれてんだ、これ。
つまり「さかい類」は、関西だけでなく、なぜか北陸と日本海側の東北に偏って分布しているのです。
「さかい」を広めたのは海運船なのか
沿岸部に伸びるという特徴から、堀元見さんは前回の話を思い出します。前回は、内陸の甲府盆地へ塩を運ぶ富士川水運が、塩とともに言葉も運んだという内容でした。
同じ要領で考えると、京都の人が日本海を渡って北陸や東北の人と交易するうちに、「さかい」が沿岸を伝って広がったのではないか、という仮説が立ちます。
水野さんは、江戸時代に整備された北前船 ── 江戸時代の海運ルート。大阪から下関を経て北海道へ至る西回り航路を通り、船のスタッフが各地で商品を買い、売買して利益を上げたを挙げます。この船は運送業者というより、船上で商品を売買する商社のような存在でした。
そこで、北前船の寄港地と「さかい類」の分布を重ねてみます。堀元見さんは「ぴったり一致するんでしょうね」と予想します。
そうするとですね、ぴったり一致はしないんですよね。
北陸と東北は寄港地とも分布とも重なります。しかし、北前船は下関を通っているのに、山陰や瀬戸内には「さかい類」が来ていません。堀元見さんは、下関周辺はむしろ「けー」や「から」が強いと読み取ります。
結局、この北前船説は成り立たないと水野さんは結論づけます。今回は水運では説明できないのです。
内陸の甲府盆地へ塩を運び、言葉「ん」も一緒に運んだ
寄港地と「さかい類」の分布が一致せず、言葉を運んでいない
陸路で広がり、飛び地を生んだ「さかい類」
水野さんは、あまり面白くない結論として、「さかい類」は単に陸路で広がっただけらしいと明かします。北前船以前から畿内と北陸・東北を結ぶ交流の道があり、それが「さかい」を広めたと考えられています。
ここで注目すべきは、分布が止まる場所です。堀元見さんが地図を見ると、山形まで多くあった「さかい類」が、秋田に入った途端に「あんて」「えんて」に変わって途切れています。
ところが、青森と岩手の県境に、また「すけ」という「さかい類」が突然現れます。分布が飛び地になっているのです。
だから言ったらこれ飛び地みたいになってるわけですよ、また。さかい類が岩手と青森の県境でポーンと生まれる。
この飛び地は珍しい現象ではありません。ある語形が広がるとき、途中の地域で受け入れられないことがあると水野さんは説明します。
受け入れられない理由は、その地域の言葉の体系がすでにガチガチに固まっているからです。たとえば鳥取・岡山あたりでは、順接の「けー」と逆接の「けーども」がきれいに対応しています。徳島・愛媛では「けん」と「けんど」が対応します。
こうした地域に「さかい」が入ろうとしても、逆接の「さかいども」のような対応する形がないため、体系が崩れてしまいます。だから新入りの語形が席を奪えないのです。
順接と逆接が「けー/けーども」「けん/けんど」のように対応し、新しい語形が入る余地がない
対応が緩く、新しい語形が席を取りに行ける
なぜ受け入れられない地域を「貫通」して飛び地が生まれるのか
堀元見さんは、体系の固い地域を、コンビで固まった職場に例えます。息の合ったAさんとBさんの職場に、Aさんと同じ仕事ができる新入社員が来ても、Bさんとの連携が取れず追い出される、というイメージです。
そこでAさんの職の経理なら経理で俺も同じことできますっていう新入社員入れたとて、Bさんとの連携はお前Aさんほどできねえだろってなって、結局Aさんのすげ替えできないなってなって追い出されたみたいな現象ですね。
ここで疑問が残ります。ある地域でブロックされたのなら、その先の地域には伝わらないはずです。堀元見さんも直感に合わないと言います。
水野さんは、それは人が全く動かない場合の話だと答えます。人がある程度移動すれば、途中でブロックされても、その先の地域まで語形が届くことがあるのです。
山形の人が秋田だけでなく船で青森まで行くこともある。だから秋田で途切れつつ、青森と岩手の県境に「さかい類」がポンと現れる飛び地が生まれたわけです。
なお水野さんは、西日本に「さかい類」が伝わらなかった理由については、体系が固かったからだと断定はしていません。西日本にも体系のゆるい地域はあるので、単に「さかい類」が中国地方より先へ伝わらなかっただけと考えるのが無難だとしています。
儲け話は言葉を運ばない。北前船が「さかい」を運ばなかった理由
ここから、著者の大西先生による興味深い結論に話が進みます。富士川水運は言葉を運んだのに、なぜ北前船は「さかい」を運ばなかったのか。
両者はどちらも水運を使った交易で、しかもどちらも塩を運んでいました。共通点が多いのに、結果が正反対です。
違いは塩の役割にあります。富士川水運の塩は、内陸の甲府盆地に住む人にとって生きるために必要不可欠なものでした。一方、北前船の塩は、蝦夷地から上方へ運ぶ魚を保存するための手段にすぎませんでした。
つまり塩ってのは目的ではなく手段だったんですよ、北前船は。
ここから大西先生は、生活必需品の運搬は言葉も運ぶが、利潤を追求する交易は言葉を運ばないという結論を導きます。
堀元見さんは、生活必需品を求めているときの受け取り方と、ビジネスライクな取引とでは、コミュニケーションの質が違うと補足します。塩が欲しくてたまらないときに運んでもらえば、感謝のあまり相手の言葉まで真似てしまいそうだ、というわけです。
内陸の甲府盆地で生きるための生活必需品。言葉「ん」も一緒に運ばれた
魚を保存するための手段(儲け話の道具)。言葉「さかい」は運ばれなかった
現代でも東西対立が残るのはなぜか
大西先生はここからレトリックで畳みかけると水野さんは言います。実は現代でも同じことが起きているのではないか、という指摘です。
新幹線と飛行機で東京と大阪を往来する人は昔より格段に多いのに、東京の人が「言わへん」「言わん」と言うようにはなりません。往来が激しい現代でも、東西の方言対立は残り続けています。
新幹線と飛行機で移動する人々がいくらいても、東京の人は言わへんとか言わんって言わないじゃない。
堀元見さんは、大阪出張で関西弁が移る人と移らない人の差にこれを重ねます。仕事を離れて周りの人と仲良くなる人には関西弁が移り、ビジネスライクな態度の人には移らない、というわけです。
これまさに、もうけ話は言葉を運ばない。
水野さんは、鳥取大学にいた友人が関西弁になり、就職で福岡へ行くと福岡弁になった例を挙げます。行く先々で飲みの席のノリまで持ち帰るタイプで、儲け話抜きで人と交わっていたから言葉が移ったのだと、伏線が回収されました。
生活必需品が人を狂わせる。カーゴカルトという連想
堀元見さんは「生活必需品は言葉を運ぶ」という話から、カーゴカルト ── 主にメラネシアに見られた信仰。先祖の霊や神が船や飛行機に文明の利器(積荷)を載せて自分たちのもとに現れると信じ、受け入れの準備をしたを連想します。
白人が大量の物資を持っている理由がわからなかった原住民が、自分たちのもとにもいつか積荷がやってくると信じ、それを待ち続ける信仰だと堀元見さんは説明します。
積荷を受け入れる準備は大イベントで、人々はトランス状態で歌い踊り、水平線を見つめ続けたといいます。日常のルーティンが放棄され、村が荒れていくこともあったそうです。
堀元見さんは、豊かさをもたらすものがやってくるという感覚が、それほどまでに人を狂わせるのだと語ります。生活必需品を運んでくる相手への態度は、それだけ切実で特別なものだったのでしょう。
「塩ねえよ」っつって、「これもうこのままだと死んじゃうよ」みたいな時に塩来たら「やった」ってやっぱなるよね。
水野さんは、現代人には生活必需品を直接誰かからもらう感覚がなさすぎるため、当時のコミュニケーションの質は今とはまったく違ったのだろうと締めくくります。
道半ばを見せる誠実さ。大西先生のファンになる回
最後は、題材となった書籍の紹介です。堀元見さんは「素晴らしい」と何度も言った一方で、これは本当なのかと問い返します。水野さんは、大西先生自身が断言を避けていると答えます。
水野さんは『ことばの地理学』のあとがきを紹介します。「方言はなぜそこにあるのか」という問いへの答えはまだ示せていない、と大西先生が正直に書いている箇所です。
大西先生のあとがきの要旨は、方言がなぜそこにあるのかという問いに十分な答えはまだ出せておらず、未解明なことが多い。それでも「研究というのはそういうものであって、常に途上にあるからこそ生きた研究なのだ」と理解してほしい、というもの。
誠実。
さらに水野さんは、9章の締めくくりも紹介します。言語地理学は、地理学や歴史学、民俗学、社会学などとの交流を通じて「人間とは何か」に接近する営みだと再定義したうえで置かれた一段落です。
大西先生の9章の締めの要旨は、歩きながら考え、わからないことは道行く人に尋ねればよい。方言調査ではおじさんやおばあさんの何でもない話に解決の糸口が見つかる。こんな旅が続くのだから、面白そうだと思った人はご一緒におしゃべりしながら歩くのも楽しいだろう、というもの。
堀元見さんは、これがフィールドワークの実際であると同時に、わからないものに共に向かって歩いていこうというメタファーにもなっていると評します。
水野さんは、この一般向けの2作でファンになり、より硬そうな『現代方言の世界』にも手を伸ばしたと言います。硬い章立てでも面白い事例を紹介してくる嗅覚と、使い回さず新ネタを書く姿勢に感心したそうです。
方言は「言葉がなぜ変わるか」の宝庫
水野さんは、言語地理学シリーズ全4回を振り返ります。それぞれの回が違うパターンで言葉の変化を扱っていたと整理します。
トウモロコシの回は海外から新しいものが来て言葉が変わる例、ジャガイモの回は類推や連想で言葉が変わる例、前回の「ん」と今回の「さかい」は水運によって言葉が変わる例でした。
方言を見ていくと、言葉がなぜ変わるのかを示す資料がいくらでもあると水野さんは言います。大西先生の本には、同音衝突など、さらに多くのパターンが網羅されています。
水野さんは今後も名古屋方言などを含め、方言シリーズを続ける予定だと語ります。この1年はオノマトペと方言の話が中心になりそうだと見通しを示して回を締めくくりました。
まとめ
関西の「さかい」の妙な分布から出発し、水運という共通点を持つ交易でも、生活必需品を運ぶか儲け話かによって言葉が運ばれるかどうかが変わるという結論にたどり着いた回でした。断言を避ける大西先生の誠実さも印象に残ります。
- 原因理由の接続助詞「さかい」は近畿から北陸・日本海側の東北へ偏って分布している
- 北前船の寄港地とは一致せず、「さかい類」は陸路で広がり、途中を貫通して飛び地も生んだ
- 体系が固い地域では、対応する逆接形がないなどの理由で新しい語形が入りにくい
- 大西先生の結論は「生活必需品の運搬は言葉を運ぶが、儲け話の交易は言葉を運ばない」
- 往来の激しい現代でも東西の方言対立が残るのは、交流の質の違いによると考えられる



