方言界の黒幕、甲府盆地の謎の「ん」
この回は、水野さんがミステリー仕立てで話を切り出すところから始まります。犯行時刻に別の場所にいる「アリバイ」を持つ怪しい人物のように、日本語の方言にも「なぜここにいるのか」がわからないものがあるといいます。
ミステリーとかで、どう見ても殺人をしてるっぽい怪しい人なのに、犯行時刻に全然違うところにいるっていうアリバイがあって、それを崩すみたいなやつがあるじゃん。
水野さんが挙げたのは、甲府盆地に存在する否定辞の「ん」です。「しない」を「しん」、「買わない」を「かわん」と言うときの「ん」を指します。
(甲府盆地の否定辞の「ん」は)飛び地になってるんですよ。
周囲では言わないのに、その地域でだけ使われている。堀元さんはすぐにミステリーの構図を読み取ります。
ここでだけ言うけど、周りの人全然言ってないみたいな。不思議だね。
東と西できっぱり分かれる、方言の東西対立
水野さんはまず、方言学の基本概念である東西対立 ── ある言葉の使い方が、日本列島の東側と西側できっぱり分かれて分布する現象。方言学でよく取り上げられるを説明します。否定辞の「ん」は関西側、「ない」は関東側という対立です。
東西対立は否定辞だけではありません。命令形も「起きろ」「起きよ」と言う地域と「起きい」と言う地域に分かれ、「買う」の過去形も東の「買った」に対し西では「買うた」になります。
面白いのは、どの単語で線を引くかによって、東西の境界の位置が少しずつずれることだといいます。
だから「買うた」と「買わへん」でちょっとずれてたりするってことね、境界線が。
水野さんが取り上げた種本の著者・大西先生も、関西出身で、東京からの転校生が「そんなことは言わないよ」と話すのを新鮮に感じたと書いているそうです。
「かわん」「言わん」のように「ん」で否定する
「買わない」「言わない」のように「ない」で否定する
水野さん自身も名古屋出身で、東京に来たとき「言わない」という言い方に驚いたといいます。実際、堀元さんも日頃から水野さんの否定辞に気づいていました。
(水野さんは)否定辞は確かに「ん」が多いなって俺思ってた。一緒に飯食ってる時に。
境界線はなぜそこにできるのか
否定辞の「ん」と「ない」の境界は、糸魚川と浜名湖を結ぶラインとおおむね一致し、方言の分野では「糸魚川浜名湖線」と呼ばれるそうです。水野さんは、なぜここに境界があるのかを堀元さんに問いかけます。
(境界ができるのは)地形で分断されてるからってこと。湖のこっち側とあっち側でちょっと意識違うよねみたいな感じ。
水野さんはこれを肯定します。日本アルプスが内陸を走り、浜名湖や安倍川といった交通の難所があるため、人の往来が少ない。往来がなければ言葉は持ち込まれず、独自に変化していきます。
堀元さんは、これを昔のヨーロッパの国境になぞらえます。フランスとドイツが山脈で大きく分けられるように、地形が言語の境界を決めるという見立てです。
人の往来があれば言葉は似ていき、なければ似てこない。地理的に分け隔てられた場所では、言葉も際立って違って見えるという整理です。
境界線を引くと、山梨だけが邪魔をする
ここから水野さんは、本題である甲府盆地の謎に戻ります。否定辞の「ん」と「ない」の境界は、研究者によってずれがあるといいます。ある研究では長野県の西側に、別の研究では山梨の中央部まで入り込む形で線が引かれます。
「ない」か「ん」かという対象ははっきりしているのに、なぜ線の位置が食い違うのか。水野さんは、その理由を探るために堀元さんに地図を見せます。黒丸が「ん」、縦棒が「ない」を表す分布図です。
静岡の真ん中あたりでは分布が明確に切り替わっており、線が引けそうに見えます。しかし堀元さんは違和感に気づきます。
この山梨さえなければ綺麗に線引けるのに、山梨がこっちにはみ出ちゃってるせいで、境界線どうやって引いたらいいんだろう。
これは堀元さんの思いつきではなく、種本の著者も同じ壁にぶつかっていました。
調査は(甲府盆地について)こう書いてますね。直線を引きたくなるが、甲府盆地の「ん」が邪魔。
著者は「無視したくなるが無視できない」と葛藤をにじませて書いているそうです。これは調査の不備ではなく、実際に甲府盆地の「ん」が飛び地として奇妙に分布しているためだといいます。
クイズ開始、堀元さんの仮説はことごとく外れる
水野さんは、この飛び地には鮮やかなトリックがあると予告し、堀元さんにクイズとして仮説を立てさせます。堀元さんはまず武田信玄を持ち出します。
武田信玄が「我々は今日から否定として『ん』を使うこととす」って言ったから、甲府はもう全部「ん」になった。
水野さんは「大幅に違います」と一蹴します。次に堀元さんが持ち出したのは、山梨で流行した地方病の話でした。ただしこれも否定辞とはつながりません。
今、僕が聞いているのは、なぜ甲府盆地に「ん」があるんでしょうか、です。で、つなげてください。どうぞ。
つなげることはできん。
続いて堀元さんは、山梨は山が多いのだから、山脈が変な形で入り込んで境界を作ったのではないかと地形説を出します。これはアイデアの一つとしてはありうるものの、否定辞「ん」だけが飛び地になっている点を説明できません。
(山梨に)他の境界線は引かれてるのに「ん」だけ引かれてないのもおかしいわけじゃない。
他の語彙ではきれいに線が引けるケースもある。だとすれば、原因は地形ではない。水野さんはそう結論づけます。
外から持ち込まれた「ん」と、塩の水運
水野さんは、いったん自然に思える仮説を示します。もともと全体が「ん」で、それを「ない」や「のう」が取り囲むように広がり、甲府盆地の「ん」だけが取り残された、という説です。しかしこれも違うといいます。
堀元さんが「関東の学生が山梨に遊びに行く」という発想から、外部の人の交流に目を向けたことで、少しずつ答えに近づきます。ただし、それなら関西の人が甲府盆地に来ていなければ「ん」は伝わりません。
正解は、先ほどの説の真逆でした。もともと甲府盆地全体が「ない」で、外から「ん」がもたらされたという発想です。その運び手が塩でした。
甲府盆地は内陸で塩が取れないため、沿岸で作られた塩を運んでこなければなりません。その塩とともに「ん」が持ち込まれたというのが、水野さんの示した答えです。
塩と一緒に「ん」を輸入したってこと?
甲府盆地は塩と「ん」を輸入したんですよ、外から。
堀元さんは、これが「敵に塩を送る」の故事ともつながることに気づきます。上杉謙信が武田信玄に塩を送った逸話です。塩に困窮していたからこそ、その塩とともに「ん」が輸入されたという構図です。
瀬戸内で製塩
内陸の甲府盆地では塩が取れない
富士川の水運で運搬
港から富士川の水運で甲府盆地まで塩を運ぶ
荷揚げ地で言語が接触
西日本の運び手と甲府盆地の人が直接やり取りする
「ん」が定着
「ない」を「ん」に置き換えるだけで導入コストが低く定着した
なぜ飛び地になったのか、水運の特徴
残る謎は、なぜ地続きではなく飛び地になったのかです。水野さんは、その理由を水運の特徴に求めます。陸運は地続きで運ぶため、途中の人々とも交流が起きます。
一方、水運は出発地と目的地を直接つなぎます。海の上には住む人がいないため、中間地点での言語接触が起きません。堀元さんはこれを、陸運では途中で運び手が交代することと対比して理解します。
陸運だったら、途中から違う人が運ぶってケース結構あるもんね。船の場合はそうしようがないから、最終目的地の人と直接喋ることになる。
さらに「ない」も「ん」もどちらも未然形接続で、「食べない」を「食べん」に置き換えるだけで運用できます。活用を変えずに済むため、導入コストも低かったといいます。
荷揚げ場所と荷降ろし場所が直接言語接触を起こした結果、途中を飛ばして甲府盆地だけ飛び地で塩とともに「ん」がもたらされたというのが結論です。
方言から見える、当時の人々の暮らし
水野さんは、この話を言語地理学のまとめへとつなげます。方言を見ると、その地域の歴史が見えてくる。そしてその歴史の背景にいるのは、常に人だといいます。
甲府盆地の人がなぜ「ん」を使うのかという問いは、戦国から江戸あたりにかけて塩を川で運んだ歴史に行き着きます。つまり方言の体系を調べると、当時の人々がどんな生活をしていたかにまで結びつくのです。
堀元さんは、これが水野さんのふだんの結論と重なると受け止めます。言葉には認識や歴史などさまざまなものが詰まっている、という主張です。今回は事例そのものが強く、深く納得させられたといいます。
堀元さんは、何の歴史を調べても最後はシルクロードを渡って伝来してくる、という話を引き合いに出します。今回の「ん」は、シルクロードではなく富士川の水運を渡ってきたわけです。
商人は塩の取引をしてると思ってるわけじゃない。でも実際は(言葉の取引も)していたんだ。
まとめ
甲府盆地だけ否定辞「ん」が飛び地になっているのは、内陸で塩を作れない甲府盆地が瀬戸内の塩を富士川の水運で運んだ際、塩とともに西日本の「ん」を輸入したためでした。水運は出発地と目的地を直接つなぐため、途中を飛ばして飛び地が生まれたと説明されます。
- 日本語の方言には東と西で使い方が分かれる「東西対立」があり、否定辞は西の「ん」と東の「ない」で対立する
- 方言の境界は、山脈や湖など人の往来を妨げる地形と結びつきやすい
- 甲府盆地の「ん」は、塩の水運を通じて西日本から持ち込まれた飛び地だと考えられる
- 「ない」と「ん」はどちらも未然形接続で置き換えるだけで使えるため、導入コストが低かった
- 方言を調べると、当時の人々の暮らしや交流の歴史まで見えてくる



