言語って、実は「出来が悪い」?
ゆる言語学ラジオを始めて3年ほど経った水野さんは、日に日に強くなる思いがあると切り出します。それは「言語って出来が悪い」というものです。
言語って出来が悪いなっていうことですね。
え?言葉大好き水野がそんなこと言っちゃうんですか?
水野さんの言う「出来が悪い」とは、自分の意図や考えている内容を、相手に正確に伝えたり表現したりできるかどうか、という意味です。
堀元さんはすぐに共感し、身近な例を挙げます。「適当にやっといて」と言われたとき、いい加減にやってよいのか、妥当なことをやるべきなのかがわからない、という例です。
堀元さんはもう一つ、コンピューターの父と呼ばれるチャールズ・バベッジ ── 19世紀イギリスの数学者。歯車式の計算機「階差機関」「解析機関」を構想し、現代コンピューターの先駆者とされますの伝記で混乱した体験を紹介します。「チャールズは最愛の息子チャールズの死で落ち込み、親友のハーシェルの勧めでハーシェルと一緒に旅に出た」という一文に、同名の人物が2人ずつ出てきたそうです。
本人の名前がチャールズで、息子の名前にチャールズつけちゃってて。あと親友の名前がハーシェルで、それにちなんでまた息子の名前ハーシェルつけちゃってて、大パニックなの。
堀元さんは「人間はマイナンバーで呼べば明確に呼び分けられる」と冗談を飛ばし、適当に言った番号が水野さんのマイナンバーだったという掛け合いで笑いを誘います。そのうえで水野さんが、言語の小さなミスやすれ違いで起きた大トラブルを単発で紹介していく、とこの回の趣旨を告げます。
ポツダム宣言の「黙殺」は本当に誤訳だったのか
最初の題材は、早押しクイズ形式で出されたポツダム宣言の話です。水野さんがヒントを出していきますが、堀元さんは玉音放送や青年将校の話を思い浮かべるばかりで、なかなか正解にたどり着きません。
水野さんの説明によると、ポツダム宣言 ── 1945年7月、アメリカ・イギリス・中華民国の名で日本に降伏を求めた宣言。日本は8月にこれを受諾し、第二次世界大戦が終結しましたは7月26日にトルーマン、チャーチル、蒋介石の連名で出されました。これに対して鈴木貫太郎首相が「政府はこの声明を黙殺する」と述べたとされます。
広く流通している逸話では、この「黙殺」が「激しく拒否する」と訳されたせいで戦争が泥沼化し、原爆投下にまでつながった、と語られます。
これが割と広く流通している逸話なんですけど、実際には誤訳のせいで戦争がこうなったみたいなわけではなさそうだっていう。
水野さんによれば、この誤訳説は実際には怪しいとされているそうです。「黙殺」は日本語の感覚では拒絶というより無視に近い一方で、「殺す」という字面が怖いために誤解が生じたのではないか、という見方があるといいます。
つまり冒頭の例は、言語のミスで入れ違ったと思いきや、そうでもなかったという、少しひねった導入でした。堀元さんは「もっとドンピシャの例を持ってきたらよかったのでは」とツッコみます。
堀元さんからは、第二次世界大戦期の別の例も出ます。当時の駐米大使だった野村吉三郎は英語力が怪しく、交渉の場で齟齬を来したこともあったとされる、という話です。
堀元さんは、この話が三田紀房さんの漫画『アルキメデスの大戦』で大きく誇張して描かれていたことや、ハル・ノート ── 1941年、日米交渉の最終段階でアメリカ国務長官コーデル・ハルが日本に示した提案文書。日本側はこれを事実上の最後通牒と受け止めましたで知られるハルの回顧録に、野村の英語についての記述があるらしいことを紹介します。
さらに堀元さんは、Wikipediaで見つけた野村吉三郎の逸話も披露します。校長をしていた時期、注意された生徒が逆恨みして先生に石を投げ、倉庫の窓ガラスを何十枚も割ったのに、野村は「なかなか元気のいいことをやったな」と言ったそうで、堀元さんは「違うだろ」と笑います。
「We will kill Richard Nixon」は殺害予告だったのか?
本題の1つ目は、「We will kill Richard Nixon」と演説して起訴された黒人リーダーの話です。水野さんは「殺すとは言っていない」と謎をかけ、堀元さんを困惑させます。
え?We will killでしょ。じゃあ完全に殺すって言ってる。
舞台は1960年代後半のサンフランシスコです。ベトナム戦争をめぐる政府の政策に抗議する集会で、黒人社会のある程度有名なリーダーが、ニクソン大統領による国内外の少数民族の扱いを批判する流れで、この言葉を口にしました。
演説は聴衆の白人から強い反発を受け、マスコミにも報じられます。演説者は逮捕され、大統領の生命を脅かしたとして起訴されてしまいました。
堀元さんは最初、コンピューター用語の「プロセスをkillする」のように、ニクソンという名のプロジェクトを止める意味なのでは、と推理します。しかし水野さんは、ここでのニクソンはまさにニクソン大統領本人だと返します。
水野さんの解説の鍵は、演説が黒人教会の説教スタイルに似ていたことです。このスタイルは精力的で激しく、聴衆も叫び声や手拍子で参加するものだといいます。
ところが、この集会の聴衆はほとんどが白人の中産階級で、黒人は10%しかいませんでした。聴衆の9割は、そのスタイルの合図を共有していなかったことになります。
珍しいね、それ。矢沢永吉のライブなのに9割(矢沢永吉を)聞いたことないやつみたいな。それ変なノリになるよ確かに。
演説の書き起こしを見ると、聴衆の反応が否定的になるにつれて演説者の口調は激しくなり、3単現のsが欠けるなど、典型的な黒人英語 ── アフリカ系アメリカ人の間で話される英語の変種。独自の発音・文法・語彙の体系を持ち、言語学ではAAVEなどと呼ばれますの発音に変わっていったそうです。
そして重要なのが、黒人英語の「kill」は「殺す」という用法では使われない、という点です。水野さんによれば、この「kill」は、ある人の影響力に打撃を与えるという意味で使われます。
黒人コミュニティでの「kill」の用法を調べた調査では、飲み干す、笑い転げる、辞めるといった意味ばかりで、命を奪う用法は見られなかったといいます。人を殺す意味では、「wipe out」や「waste」といった比喩表現が使われていたそうです。
演説
黒人教会の説教スタイルで「ニクソンの影響力に打撃を」という意味の「kill」を使う
聴衆とのずれ
聴衆の9割が非黒人で、スタイルや語法の合図が伝わらない
報道
発言が切り取られてマスコミに報じられ、非難が高まる
逮捕・起訴
大統領の生命を脅かしたとして起訴される
堀元さんはこれを、チャゲ&飛鳥のライブに何も知らない人が行き、「YAH YAH YAH」の歌詞を暴行予告と思って通報するようなもの、と例えます。水野さんも、尾崎豊の「盗んだバイクで」を聞いて窃盗だと通報するようなもの、と重ねます。
水野さんは、日本にも似た例があると続けます。沖縄の傷害事件で、検事は加害者の「クルサリンドー」を「殺されるぞ」と訳して殺人未遂だと主張しましたが、沖縄方言では「ぶつぞ」程度の軽い意味だったそうです。
「適当」「overlook」は真逆の意味を同時に持つ?
堀元さんは、もともと自然言語は不便だと感じていたと話します。その例として改めて挙げたのが、いい加減と妥当の両方の意味を持つ「適当」です。
水野さんは、こうした真逆の意味を持つ単語を「ヤヌスワード ── 1つの語が正反対の2つの意味を持つ語のこと。前後を同時に見る2つの顔を持つ、ローマ神話の門の神ヤヌスにちなむ呼び名です」と呼ぶと紹介します。英語の「overlook」には「監視する」と「見落とす」の両方の意味があり、「sanction」には「承認」と「制裁」の両方の意味があるといいます。
さらに水野さんは、よく似た語「oversight」にも「見落とし」と「監視」の両方の意味があると説明します。堀元さんは、役割を分担させればいいのに同じ役職が2人いる状態だ、と納得がいかない様子です。
オーバールックを見落とす専用にして、オーバーサイトを監視する専用にすりゃいいじゃん。
堀元さんは「政府が取り締まって、決めた意味以外で使った人を逮捕すればいい世界になる」と冗談を言い、水野さんは「ならないと思いますけどね」と受け流します。
| 語 | 意味1 | 意味2 |
|---|---|---|
| 適当 | いい加減 | 妥当 |
| overlook | 監視する | 見落とす |
| oversight | 監視 | 見落とし |
| sanction | 承認 | 制裁 |
| けんえん | 不満足なさま | 満足に思うさま |
趣味で辞書を読む水野さんが一番テンションが上がったヤヌスワードは、「けんえん(慊焉)」という言葉です。辞書には、1つ目に「飽き足らず思うさま、不満足なさま」、2つ目に「満足に思うさま」と書かれています。
満足または不満足なんだから、人間って。今水野さん(は)けんえんだね。
満足か不満足かのどちらかなら、どんな状態でも当てはまってしまうため、堀元さんは「何の意味もないじゃん」と嘆きます。水野さんによると、1文字目の漢字自体が「飽き足りるさま」と「飽き足らないさま」の両方の意味を持っているそうです。
推しに「自殺してくれ」は最上級の褒め言葉?
堀元さんは「We will kill Richard Nixon」の話から、よく似た現象が今のSNSでも起きていると話します。インフルエンサーが「死を祈られている」と恐怖を感じる出来事です。
英語圏では、好きなYouTuberやイラストレーターに「Please kill yourself」と書き込む文化があるといいます。日本の「尊くて死ぬ」の最上級のような表現で、あなたが尊すぎて自分が大変なことになるから、もう出てこないでほしい、という意味だそうです。
もともと英語圏には、気に入ったイラストに「Delete this」と書く褒め言葉があったといいます。それが過剰になって「Please kill yourself」にまでエスカレートしたそうです。
Delete this
尊いから消してくれ、という以前からの褒め言葉
Please kill yourself
尊すぎてしんどいから死んでくれ、という最上級の賛辞に
混乱
英語圏以外の人が本気の暴言と受け取ってパニックに
同じ系統には、「これ以上恥ずかしくさせないでくれ」という表現や、「I am mentally ill(精神的に病んじゃった)」という表現もあるそうです。
堀元さんの友人のボーカリストは、歌ってみた動画を英語圏の人に気に入られた結果、「自殺しろ」というコメントが付いて荒れたと思い、慌てて調べてこの文化を知ったといいます。
英語圏のオタクの人から注意喚起が起きてますよ。
英語話者がこうした表現を気軽に使うと他の母語の人がパニックになるからやめよう、という呼びかけが拡散されていたそうです。水野さんは、日本の「待って無理しんどい」「待って死ぬ」程度と比べると、英語圏のほうがずっとエスカレートしていると驚きます。
セミコロン1つで人の生死が分かれた判決文
続いて水野さんは、実際に人が亡くなった例として、セミコロン ── 英語の句読点「;」。2つの完全な文を、ピリオドより緩やかにつなぐ働きを持ちますだけを扱った『セミコロン』という本の事例を紹介します。プログラミングでセミコロンを付け忘れて怒られた経験から、堀元さんは「プログラマーはみんな恨みを持っている」と笑います。
水野さんの説明では、現代のセミコロンは2つの文をつなぐ記号で、コロンと違い、前後がどちらも完全な文でなければならないという制約があるそうです。
事件は1927年、ニュージャージー州で起きました。2人の男が第一級殺人 ── 計画的な殺人や、強盗・放火などの重罪の過程で起きた殺人を指す、アメリカの最も重い殺人の区分で有罪となり、その評決文にセミコロンがなかったことが大きな問題になりました。
評決文の形は「Aを第一級殺人で有罪、およびBを第一級殺人で有罪として、重労働を伴う終身刑を勧告する」というものでした。刑罰が書かれているのは後ろのBだけのように読めるため、Aの刑はどうなるのかで解釈が揺れたのです。
カンマと「and」でつながっているので、終身刑の勧告はAとBの両方にかかる。Aを死刑にする意図ならセミコロンで区切るはず
Aは「有罪」とだけ書かれているので、終身刑の勧告が付かないAは死刑になる
堀元さんは「判決を下した人に確認すればいいのでは」と疑問を投げます。実際に陪審員一人ひとりに確認が行われましたが、全員が同じ文を繰り返すだけでした。
私は被告人Aを第一級殺人で有罪とし、被告人Bを第一級殺人で有罪とし、重労働を伴う終身刑を勧告します。
あの、もう大丈夫です。わかりました。
その後、裁判長は評決記録が陪審の評決を正確に表していないとして書き換え、Aについての文を「有罪とする」で区切りました。それでも争いは最高裁まで続き、最後まで無実を訴えたAは電気椅子で死刑になったといいます。水野さんは、経緯が複雑なので間違っていたら訂正を出すと付け加えています。
水野さんは、イントネーションやリズムでその場の人には明らかだった意味が、文字にした瞬間に失われた可能性も指摘します。また、当時は同じイタリア系移民の冤罪事件があった時期で、移民への偏見が判断に反映された可能性も本の中で示されているそうです。
堀元さんは、以前のコラボ回で聞いた薬機法 ── 医薬品や化粧品、健康食品の広告表現などを規制する日本の法律。効能をうたう表現には細かな制限がありますの話を思い出します。「〇〇成分で××が良くなる」は因果関係を示すので良くないが、「〇〇成分配合。××に効く」ならセーフ、というもので、1文を切るかどうかで意味が変わる点が似ていると話します。
「お嫁さんのまんじゅう」と「〜死ね」の方言すれ違い
次の題材は、社会言語学者の井上文雄先生が記事で報告している「方言殺人事件」です。水野さん自身は裏が取れておらず、確度はわからないと前置きしています。
戦後まもなく、ある村に遠方から嫁いできた女性に、近所のおばあさんが「お嫁さんのまんじゅうです」と言ってまんじゅうを置いていきました。それを食べたお嫁さんは亡くなってしまいます。
まんじゅうには確かに毒が入っていましたが、殺意はなかったといいます。その地方ではネズミのことを「お嫁さん」と呼んでいて、まんじゅうは殺鼠剤入りのネズミ用の餌だったのです。
ちょっとこれ(お嫁さんのまんじゅうの話)出来すぎていてほんまかって気もするんですけど。
井上先生はもう1つ、岡山に転校した子どもがクラスメイトに「死ね」と言われ、いじめと受け取られた話も報告しているそうです。岡山方言の「死ね」は「しなさい」の命令形で、「死んでください」と誤解した親が訴えたこともあったといいます。
堀元さんは、姉妹番組のゆる民俗学ラジオで聞いた、じゃんけんの掛け声に「死ね」を使う地域の話を思い出します。水野さんも、給食のプリンをかけたじゃんけんで転校生が「死ね、死ね、死ね」と言われたら衝撃的だろう、と想像して笑い合います。
水野さんは、こうした方言の例は「同じ日本語を喋っている」という幻想から大きな誤解に帰結する事例だとまとめます。
言葉は「十全に工夫すれば伝わる」のか?
ここで水野さんは、この回で伝えたかったことを1つ挙げます。言語化が得意な水野さんは、言葉を過剰に信頼していましたが、どうやら言葉は完全ではなさそうだ、という気づきです。
一方の堀元さんは、伝わらないのは言う側の責務だと考えます。判決文にややこしいことを書いたのが問題なのであって、十全に工夫すれば問題なく伝わるはずだ、という立場です。
うっかりすると変な意味になっちゃうっていう意味で設計の悪さはあると思う、言語は。これ(言語は)フェイルセーフじゃないって。
フェイルセーフ ── 機械やシステムが故障や操作ミスを起こしても、安全な側に倒れるように設計しておく考え方。エンジニアリングの基本概念の一つですは、人間が失敗しても問題が起きないようにする設計のことです。堀元さんは、言語は失敗すると変な意味で伝わってしまうからフェイルセーフではない、と表現します。
水野さんは、十全に使いこなすにはスキルが必要だと返し、「セミコロンの正しい使い方を知っていましたか」と問います。堀元さんは知らないと認め、水野さんは、セミコロンの使い方は文法家の間でも諸説あって論争になっていたと補足します。
句読点には気をつけているという堀元さんは、番組裏方の海保さんのチャットの例を挙げます。カフェのアカウントから「やっておきました」と返信があり、海保さんは「誰かわからないけど、ありがとう」と伝えたかったはずでした。
ところが文面は「誰かよ!ありがとう!」のような形で、見方によっては「おい誰だよ、名乗れよ」とキレているようにも読めました。実際に、後で「海保さんキレてませんでした?」と言う人が出たそうです。
水野さんは、プログラミング言語と違って自然言語は誰かが設計したものではないと指摘します。そのうえで、文ではなく話せばわかるという人もいるので、正しい文の運用を求めることはハラスメントにもなりうると話します。
言語学者が言う「言語は民主主義みたいなもの」
水野さんは、番組監修の島村先生と高田先生と宅飲みをした際、家に向かう途中で「言語ってつくづく出来が悪いと思うのですが、言語学者はどうですか」と聞いてみたそうです。
高田先生の答えは「言語学者で言語の出来がいいと考えている人なんていないんじゃないですか」というものでした。島村先生はもっと慎重で、思念内容が丸ごと伝わるようなオルタナティブに出会ったことがないから比べようがない、という立場だったといいます。
水野さんによれば、島村先生の考えは、絵を描いて伝え合うよりは言葉のほうが伝わりやすく、今あるものの中では一番使える、というものです。そこで水野さんが「民主主義みたいな」と言いかけると、堀元さんも同じことを言おうとしていたと応じます。
チャーチルの名言と一緒ですよね。「民主主義は最悪の政治体制だ。ただし、他の全てを除けばだが」みたいなやつよね。
ここで水野さんは、この回で取り上げたトラブルのタイプを整理します。それぞれ原因が違っていた、というまとめです。
| 事例 | 原因のタイプ | 補足 |
|---|---|---|
| ポツダム宣言の「黙殺」 | 日本語と英語の訳の対応 | 誤訳説そのものが怪しいとされる |
| We will kill Richard Nixon | 特定のコミュニティでの語の意味 | 黒人英語の「kill」 |
| お嫁さんのまんじゅう | 方言 | ネズミを「お嫁さん」と呼ぶ地方 |
| 判決文のセミコロン | 正書法 | 書き言葉の句読点の有無 |
水野さんは、言語学者も言語化が得意な自分も、言語は出来が悪いと思いながら頼らざるを得ないと話します。その意味で言語は民主主義と同じで、人々がコミットして最善にしようとする意識を持って使うことで、日常が少しでも良くなるといいます。
堀元さんは、テクノロジーも同じだと付け加えます。化石燃料を燃やしながらも電気自動車やハイブリッド車を少しずつ導入していくように、すべては前進の途中だという見方です。
水野さんは、科学も政治も行政も言葉でできている以上、言葉は社会のインフラだと語ります。そして今回のリサーチを通じて、言葉のすれ違いだけでむやみに目くじらを立てるのはやめよう、と思うようになったと締めくくります。
「十全に伝わる自信がある」直後の自爆エピソード
最後に2人は、言葉のすれ違いのネタをコメントやおたよりで募集します。堀元さんが提案したコーナー名「言葉トラブル」に対し、水野さんは「一旦オーバールックします」「サンクションします」とヤヌスワードで返し、どちらの意味なのかと堀元さんを翻弄します。
水野さんに自身のトラブルを聞かれた堀元さんは、ゆる学徒カフェの店長・黒川くんとのミーティングの話をします。サービス精神旺盛な黒川くんがイベントの準備をどんどん増やそうとしたとき、堀元さんは「やりすぎると疲弊するから」と伝えたかったそうです。
ミーティングの中で、「いや、そんな面倒ごとばっかり増やして」って言って、すっごい厄介者扱いしちゃって。
水野さんは、初手で「君が消耗するから」と言わないと、後から何を言っても言い訳のようになってしまうと指摘します。
俺10分ぐらい前に「いや、僕は十全に伝わる自信がありますよ」とか言ってたよ。全然できてねえじゃん。
言う側が工夫すれば伝わると主張していた堀元さん自身が、直後にすれ違いの実例を披露する形になりました。水野さんの「やっぱ謙虚に行くしかないですよ」という言葉で、この回は幕を閉じます。
まとめ
この回では、誤訳説、黒人英語の「kill」、英語圏の褒め言葉、判決文のセミコロン、方言といった多様な言葉のすれ違いを通して、言語が意図を正確に伝えるには不完全な道具であることが語られました。それでも他に代わるものがない以上、言語は民主主義のように、すれ違いを前提にしながら少しずつ良くしていくものだと考えられます。
- ポツダム宣言の「黙殺」誤訳説は広く知られているが、実際には怪しいとされている
- 「We will kill Richard Nixon」は、黒人英語では「影響力に打撃を与える」という意味だったが、聴衆の9割に伝わらず起訴に至った
- セミコロンのない評決文の解釈が争われ、被告の1人が死刑になった事例がある
- 方言や特定のコミュニティの語法は、「同じ言葉を話している」という思い込みから深刻な誤解を生む
- 言語は出来が悪いが今のところ最善の道具であり、すれ違いを前提に謙虚に使うことが大切

