「愛」と叫ぶと見えてくる、「愛する」だけの奇妙なアクセント
この回は、黒島規史先生が以前ゲスト出演した「おしゃれな論文タイトルを紹介する」企画の第2弾です。黒島先生は、2回目は滑りやすいので恋愛要素を入れておけば何とかなると考え、言語学の論文だけで「恋愛編」を組んできたと話します。
おいなめてるぞ。こいつ視聴者なめてるぞ。
1本目は、三宅知宏さんの論文「『愛』からはじめる文法研究」です。黒島先生はまず堀元さんに「愛」と叫ばせ、アクセントが最初の「あ」にあることを確かめてもらいます。
続けて「愛する」と言ってもらうと、アクセントの位置が変わり、「あいす」まで上がって「る」で下がります。一方で「整理」と「整理する」、「反省」と「反省する」、「勉強」と「勉強する」では、元の語と「する」付きの形でアクセントは変わりません。
黒島先生によると、「する」が付く語の大半は元の語とアクセントが同じで、「愛する」は例外的な振る舞いをする語です。この小さな単語から文法研究が広がっていく、というのが論文の主旨だと紹介されます。
違いはアクセントだけではありません。「勉強する」と「愛する」を活用させて比べると、次のように形がずれます。
| 活用 | 勉強する | 愛する |
|---|---|---|
| 否定 | 勉強しない | 愛さない(愛しないとは言いにくい) |
| 命令 | 勉強しろ | 愛せ(愛しろとは言いにくい) |
| 条件 | 勉強すれば | 愛すれば/愛せば |
この比較から、水野さんは「愛する」の振る舞いもアクセントも他の「する」動詞と違うと整理します。さらに水野さんは、恋すると愛するの違いを聞かれた日本語学者が内部構造の話でごまかす、という話を本で読んだと思い出します。
恋するは「恋はする」とか真ん中に「は」が入れられるけど、愛するは「愛はする」は変じゃないですか。
言語学者テクニックですね。聞かれてよくわかんないことを返す時は、語の振る舞いについて喋ってごまかす。
黒島先生は「愛する」の仲間として「属する」「害する」を挙げます。条件は漢字1字の漢語 ── 中国から伝わった、音読みで読む語。「愛(あい)」「害(がい)」のように漢字1字でも1語として使われるものがありますであることで、訓読みの語や「旅する」のような語は当てはまりません。水野さんは正しい例を探す途中で「閲する」「嘉する」などを挙げ、堀元さんに「最悪だなこの人」と返されます。
「愛す」が元だった?「事故る」「タピる」まで広がる研究
黒島先生によると、「愛さない」のような「愛する」の一部の活用は、「愛す」という形が元になっています。現在の「愛する」には、「愛す」由来の活用が混ざって存在している状態だといいます。
一見同じ「なんとかする」に見えるけれども、「なんとかす」を元にしてるものと「まるまるプラスする」になってるものが、一見今は同じような見た目になってるから、違う振る舞いをしているように感じるってことなのかな。
この発見は、「属する」「害する」のような漢字1字の漢語の研究に広がっていきます。黒島先生はさらに、アクセントのパターンが似ている例として「事故る」を挙げます。
「事故」はアクセントが頭にありますが、「事故る」では「こ」に移り、「る」の直前でアクセントが落ちます。「トラブル」も、動詞の「トラブる」にすると同じように位置が変わります。「タピる」のように語の最後に「る」を付けた動詞のアクセントを考える場面でも、「愛する」が手がかりになると黒島先生は説明します。
「愛する」
アクセントと活用が他の「する」動詞と違う
「愛す」由来
一部の活用が「愛す」から来ていると分かる
漢字1字の漢語
「属する」「害する」などの仲間へ広がる
「る」動詞
「事故る」「トラブる」「タピる」のアクセントの考察へ
タイトルの含意について、水野さんは「愛」が五十音の最初の2文字であり、AmazonのロゴのようにAからZへ向かうイメージもあるかもしれないと話します。堀元さんは、文法への愛がなければ研究は始まらない、という読み方もできると付け加えます。
「恋に」「愛を」「恋愛と」、格助詞がそろわないのはなぜ?
2本目は、于一楽さんの論文「『恋する』『愛する』『恋愛する』のトリセツ」です。「トリセツ」がカタカナ表記と聞いた堀元さんは、西野カナさんの曲「トリセツ」への意識を感じ取ります。
この論文は、3つの語の違いを、意味ではなく文の構造の面から論じています。黒島先生が例文で示すと、3語は取る格助詞 ── 「が」「を」「に」「と」など、名詞に付いて文の中での役割を示す助詞。動詞によってどの格助詞と結びつくかが決まっていますがそれぞれ違います。
| 語 | 例文 | 「を」を入れられるか |
|---|---|---|
| 恋する | 太郎が花子に恋した | 恋をする(言える) |
| 愛する | 太郎が花子を愛した | 愛をする(言わない) |
| 恋愛する | 太郎が花子と恋愛した | 恋愛をする(言える) |
全然思ったことなかった。そう言えばよかったじゃんね。
「愛をする」と言えないのは、「愛する」がもともと「愛す」という動詞で、分解しにくいからだと黒島先生は説明します。堀元さんは、「恋」と「恋愛」はまず名詞があり、そこに「する」が付いた形だと整理します。
黒島先生は次の論文にある例として、結婚情報誌ゼクシィのキャッチコピー「愛をしようぜ」を紹介します。本来言わない「愛をする」をあえて使い、恋ではなく本格的に愛をしようと呼びかけるコピーだといいます。
言語学コピーじゃないですか、これは。
水野さんは、ゼクシィが緊密に結びついた「愛」と「す」を引き裂いていて縁起が悪いと言い出し、堀元さんとインチキマナー講師のかけ合いが始まります。黒島先生はそれを制止し、話を論文に戻しました。
恋は自分に、愛は相手に向く?「恋する女性」と「愛する女性」
同じ于一楽さんの論文では、「恋する」と「愛する」に絞った比較もしています。「花子のことを恋する」は言えませんが、「花子のことを愛する」は言えます。逆に「花子に対して恋する」は言えても、「花子に対して愛する」は言いにくくなります。
論文は、「恋する」が「に」や「に対して」を使うことから、恋は一方的な行為ではないかと論じています。水野さんは、文法の振る舞いの違いから意味にアプローチしていると受け止めます。
黒島先生は、次の論文に出てくる「恋する女性」と「愛する女性」という例も紹介します。堀元さんは、2つの表現から浮かぶイメージが大きく違うと気づきます。
恋する女性だと、「私、今恋してるんです」っていう女性が想起されるのに対して、愛する女性だと「俺には愛する女性がいるんだ」って男性が言ってるようなイメージ。
「恋する女性」は恋をしている本人。主体に焦点が当たる一方的な行為
「愛する女性」は愛される相手。対象に向かう行為
水野さんは、「俺が恋する女性は」のように文脈を与えれば「恋する」でも対象の解釈は出るものの、何もなければ主体の解釈になると補足します。
恋と愛の違いは振る舞いを見ればわかる、と盛り上がる水野さんに対し、堀元さんは、いい感じの相手に「恋と愛ってどう違うんだろうね」と聞かれて「じゃあ例文を見てみようか」と返すと台無しになると笑います。
恋に愛を足すと相互行為に?「中和」と時間の幅
水野さんは、「恋愛する」が「と」を取ることに注目します。「花子が太郎と恋愛する」と「太郎が花子と恋愛する」は同じことを表せるので、恋愛するは両思いのような相互行為になるという指摘です。
不思議じゃない?だから恋にさ、似た感じの愛を足しただけなのにさ、恋愛するにしたら相互行為になるし。
この話に、堀元さんは化学の中和のような現象を見出します。
恋するは主体にやっぱ焦点が当たってるわけじゃん。で、愛するは対象に焦点が当たってるわけじゃん。
その2つをセットにすると並列になるってさ、中和みたいなのが起きてない?
黒島先生は、「と」を取る例として「結婚する」も挙げます。水野さんは、妻を取るという意味の「娶る」は「を」を取るので相互行為らしくないと対比し、堀元さんに昭和の人だと突っ込まれます。
黒島先生はさらに、「愛する」は対象を必要とするため、単に「愛したい」とは言いにくいと指摘します。「最近恋したい」は自然でも、「最近愛したいわ」は奇妙に聞こえます。
時間の幅にも違いがあります。「彼女を見て一瞬で恋した」は自然ですが、「一瞬で愛した」はかなり変だと水野さんも同意しました。
違いを並べて「全然違うやん」と興奮する水野さんに、堀元さんは冷静に返します。
人生の考え方みたいなのを知りたくて、その話題投げてるんですよ。振る舞いを聞きたわけじゃないですよ。
恋は「する」経験、愛は「与える」もの?「恋に落ちる」の謎
3本目は、今泉志奈子さんの論文「恋スル言語学 ―『恋』に落ちても、『愛』に落ちないのはなぜか―」です。英語でも「fall in love」と言い、韓国語にも同じような表現があるなど、多くの言語で恋に「落ちる」という表現が使われると紹介されます。
出演者からは、「落ちる」はダークサイドに落ちるのような急激な状態の変化に使われるので、一瞬でする恋と相性がよく、徐々に変化する愛とは相性が悪いのでは、という説が出ます。黒島先生によると、これは2本目の論文で唱えられていた説と同じです。
ただし、恋は沼や穴のような場所ではありません。堀元さんが「眠りに落ちる」も言えると指摘すると、黒島先生は、ある状態に落ちるという表現もやや比喩的だと応じます。
今泉さんの論文は、アイフルのCMの「そこに愛はあるんか」を例に取ります。「愛はある」と言えることから、愛を所有できるもののように捉え、恋は「する」もの、つまり経験のように捉えているのではないか、という考察です。
「する」もの。経験のように捉えられている
「ある」もの。所有でき、与えたり受け取ったりできるもの
黒島先生は、愛はアンパンマンが自分の顔をあげるような、与えるものだと論文が述べていると説明します。これを受けて水野さんは、Mr.Childrenの歌詞の「愛はきっと奪うでも与えるでもなくて、気がつけばそこにあるもの」を持ち出します。
愛はあるっていうのは、その点では桜井さんは合ってるんですけど、与えるでも奪うでもないの部分は間違いという。
堀元さんは、有島武郎 ── 明治から大正にかけて活躍した小説家。『或る女』などで知られ、愛についての評論『惜しみなく愛は奪う』を書いていますの『惜しみなく愛は奪う』は愛をやり取りできるものとして描いているので「合ってる」と続け、桜井和寿さんに部分点を付ける流れになります。
水野さんは、「落ちる」が抽象的な意味に広がりやすい基本動詞なのではないかと黒島先生に尋ねます。黒島先生によると、韓国語の「落ちる」も恋愛のほか、ハマるような意味で使えます。ヨーロッパの他の言語でも使えるらしいといいます。
黒島先生は、レイコフとジョンソンの『レトリックと人生』が、理性は上、感情は下に例えられやすいと述べていることも紹介します。このメタファー ── ある物事を別の物事に例えて理解する仕組み。認知言語学では、日常の言葉の多くがこうした比喩に支えられていると考えますから、感情である恋に「下に落ちる」イメージが使われている、と考えることもできるそうです。
「距離に負けぬよう」の距離は、恋愛のどんな敵なのか
黒島先生は、今泉さんの論文の結論を、愛は育んだり与えたり受け取ったりする物的なもので、場所的ではないので落ちることができない、と考えられるかもしれない、とまとめます。そのうえで、メタファーの必要性から4本目の論文へ進みます。
黒島先生は突然、松任谷由実さんの「シンデレラ・エクスプレス」の歌詞「力をください。距離に負けぬよう」を棒読みします。堀元さんからは、読み上げソフトの方がマシだったと言われてしまいました。
4本目は、甲斐雅之さんの論文「遠距離恋愛における『距離』はどんな『敵』か?」です。距離は本来、勝ち負けを争う相手ではないのに、なぜ「距離に負けぬ」と言えるのかを分析しています。
メタファー研究には「Love is war(恋は戦争)」という比喩があり、日本語でも「恋の駆け引き」「恋のライバル」、城を落とすように「相手を落とす」などの表現があります。ただ、この比喩で敵になるのは恋の相手やライバルです。
彼を落とすみたいなことを言う時は彼が敵になっているのであって、距離が敵に設定されることはまずないですよね。
ビジネスの現場でもそう言いますね。これはもう時間との戦いだとか言うよね。
黒島先生は、堀元さんの指摘が論文の議論と重なると応じます。論文では「困難なものは敵だ」というメタファーが挙げられ、インフルエンザと闘う、誘惑に負ける、闘病生活などがその例になります。
もう1つの鍵が「恋愛は旅」というメタファーです。結婚を「ゴールイン」と言い、2人が「岐路に立つ」「別々の道を歩む」とも言います。恋愛という旅の中では、長い距離が困難になります。
恋愛は旅
ゴールイン、岐路、別々の道などの表現がある
旅の困難
恋愛という旅では、長い距離が困難になる
困難は敵
困難なものは、闘ったり負けたりする敵に例えられる
距離に負けぬ
遠距離恋愛の距離が「敵」として表現される
論文ではさらに、マイナスの評価を持つものは基本的に敵に例えられると述べています。「貧困と闘う」「危険が潜んでいる」とは言っても、「幸福が潜んでいる」とはあまり言いません。
「恋愛は戦争」っていうメタファーを持ち出したことでうまくいかなかったんだけど、それは持ってくるスキームを間違えちゃったんだっていう話ですよね。
堀元さんは、こうした分析は何のためにあるのかと率直に尋ねます。黒島先生は、「距離に負けない」はマラソンランナーのように恋愛以外でも使うので、日常の言葉のメタファーを分析するうえで説明が必要だと答えます。
水野さんは、『レトリックと人生』から始まった認知言語学 ── 言葉を、人間の認知や身体経験と結びつけて説明しようとする言語学の流れ。メタファーの研究が代表的なテーマの1つですでは、ある言語のメタファー表現が既存のリストのどこに当てはまるか、足りないものは何かを検討していると説明します。堀元さんは、戦争系より旅系に近い、と分類するためのものだと理解して納得しました。
黒島先生によると、恋愛については旅、病人、狂気、魔法、戦争など多様なメタファーが提案されています。堀元さんの「恋の病」、水野さんの「愛に狂う」がその例です。言語によって違う場合も共通する場合もあるので、いろいろな言語で研究する必要があるといいます。
文法からメタファーまで。恋愛の言語研究はこんなに多彩
最後に黒島先生は、4本の論文を振り返ります。紹介された論文は次のとおりです。
| 著者 | 論文タイトル | 主な論点 |
|---|---|---|
| 三宅知宏 | 「愛」からはじめる文法研究 | 「愛する」のアクセントと活用 |
| 于一楽 | 「恋する」「愛する」「恋愛する」のトリセツ | 格助詞、主体と対象、時間の幅 |
| 今泉志奈子 | 恋スル言語学 | 恋に落ちても愛に落ちない理由 |
| 甲斐雅之 | 遠距離恋愛における「距離」はどんな「敵」か? | 距離に負けるのメタファー |
黒島先生は、恋愛というテーマだけでも文法研究からメタファー研究まで幅広く行われていると話します。堀元さんは、研究者の深掘りのすごさを改めて感じたと言います。
堀元さんは、西野カナさんや松任谷由実さんの歌、アイフルやゼクシィの広告など、紹介された研究がポップなものから着想を得ている点にも注目しました。黒島先生も、研究のアイデアはいろいろなところに広がっていると応じます。
意外とポップなものを見て研究のアイデアを得てるかもしれないですね。
締めくくりに堀元さんは、心理学や行動経済学などの面白い論文をリスナーに募ります。以前の回で寄せられた「おならの形而上学」という論文を例に挙げ、知っている論文があればコメントしてほしいと呼びかけました。
まとめ
この回では、「愛する」のアクセントという小さな違いから、格助詞、時間の幅、「落ちる」の比喩、遠距離恋愛の「距離」のメタファーまで、恋愛にまつわる言葉が言語学でどう分析されているかが紹介されました。恋と愛の違いは、哲学的に考えるだけでなく、言葉の振る舞いからも見えてくるようです。
- 「愛する」は「愛す」由来の活用を持ち、アクセントも他の「する」動詞と異なる
- 「恋に」「愛を」「恋愛と」と格助詞が違い、恋は主体、愛は対象を向く行為として捉えられる
- 一瞬でする恋は「落ちる」と相性がよく、愛は「ある」もの、与えるものとして扱われる
- 「距離に負けぬよう」は、「恋愛は旅」「困難は敵」というメタファーの組み合わせで説明できる

