ひっつき虫の呼び名は、なぜ40年で激変したのか
この回は、水野さんが「本当の下ネタ言語学を見せる」と宣言して始まります。以前、堀元さんが下ネタ語彙の意味を水野さんに推測させる企画を行い、水野さんが「金玉の土用干し」などの答えで恥をかいたことへの意趣返しという位置づけです。
今回のテーマ、先にざっくり結論から言うとですね、ヴァギナからペニスになった植物の話をしたいと思ってます。
ちょっと何一つもわからないです。何?ヴァギナからペニスになった植物?
水野さんが取り上げる植物は、衣服にくっつく「ひっつき虫」です。オナモミをはじめ、人の服について種子を遠くへ運ぶ植物の総称で、この呼び名には地域差、つまり方言があります。
水野さんが題材にしたのは長野県の諏訪地方です。植物の生息域ではなく、ひっつき虫の「呼び名」の分布が、ここ40年でドラスティックに変わったといいます。
水野さんは1970年代と2010年代の方言分布図を堀元さんに見せます。1970年代の諏訪地方は、大きく「バカ類」と「ベベ類」の2つに分かれていました。
2010年代の分布図では様子が一変します。「シジバサミ」「ジジバサミ」のほか、「チンコバサミ」「チンコグサ」などの「チンコ類」が登場し、ベベ類は数を減らしてバカ類などに置き換わっていました。
1970年代: バカ類とベベ類の大きく2つに分かれていた
2010年代: シジ類、ジジ類、チンコ類などが現れ、ベベ類は減少
なぜ40年でこれほど変わったのか、と問われた堀元さんは、明治政府が男根信仰の祭りの模型を猥褻として川に捨てさせた、という逸話を持ち出します。ただし水野さん自身が「必然性がねえな」と返したとおり、ひっつき虫の呼び名とは関係のない脱線です。
「ベベ」の正体は衣服か、女性器か
ひっつき虫の話に戻り、水野さんはまず「ベベ」という言葉の意味を堀元さんに尋ねます。堀元さんは即座に「女性器のことですか」と答え、これが正解でした。
ただし「ベベ」は本来、衣類を指す言葉です。水野さんは「おべべ」という言い方を例に挙げ、長野県方言辞典でもベベは衣類を指していたと説明します。
だからなんで(ひっつき虫を)ベベって言うかっていうと、その衣類にくっつく草だからですよね。
実際の方言の語形には「ベベバサミ」「ベベ草」などがあり、意味としては「服の草」です。ところが諏訪地方では、ベベがたまたま女性器も指していました。
そのため「ベベ草」「ベベバサミ」は、現代の感覚に置き換えると「女性器草」「女性器バサミ」のような響きになります。堀元さんはこれを、英語圏でよく使われる社名「アクメコーポレーション」と同じ類だと例えます。
堀元さんによれば、欧米ではアクメは「すごくいいタイミング」という意味の縁起のよい言葉で、アメリカのアニメにアクメコーポレーションが出てくると日本人が驚く、というのはよくある話だそうです。多義語のせいでエッチに聞こえる言葉は世の中に多く、ベベもその一つだったというわけです。
女性器から男性器、そしてジジイへ
ベベ類の地域で起きたのが、ベベが「シジ」に置き換わる変化です。水野さんによると、シジはこの地域で男性器を指す言葉でした。
えー、女性器が男性器にすり替わった。
水野さんの説明は、女性器だと卑猥に聞こえるから男性器に変えた、というものです。堀元さんは「性器じゃないものにすればいいじゃないですか」とツッコみ、服バサミのような言葉にすればよかったのではと指摘します。
なんで語彙のプールが性器しかないの?女性器ダメだから男性器の方がマシかじゃないのよ。
水野さんは、元の語形と結びつけて覚えやすくしたいという事情があったのではと応じます。さらに一部の地域では、シジバサミがもう一段変化して「ジジバサミ」になりました。
ジジバサミのジジは老年の男性、つまりジジイです。性器の名前自体がよく聞こえないため、「男性」という共通項をもとにジジイへと移ったと考えられています。
ベベバサミ
ベベは衣類の意味だが、この地域では女性器も指した
シジバサミ
女性器を避けて、男性器を指すシジに置き換わった
ジジバサミ
性器そのものを避け、男性という共通項でジジイに移った
女性器から男性器へ移す発想について、水野さんは、そもそも昔は性器への羞恥心がそれほどなかったのではないかという仮説を紹介します。例として挙がるのが、明治以降に来日した外国人が衝撃を受けたとされる混浴文化です。
仮説によれば、西洋の常識が入ってきた明治期から性への意識が変わり、明治期に教育を受けた世代が話者として育つにつれて、女性器名の入った方言形への忌避感が強まったといいます。
堀元さんは、ベーゴマの紐の巻き方にも似た現象があると話します。上級者向けの巻き方が「ちんこ巻き」、初心者向けが女性器の名前の巻き方と呼ばれ、女性器側だけが先に言いづらくなったそうです。
ちんこ巻きの方はやっぱ言いやすいから、比較的普通にこち亀とかにも出てきていて。
堀元さんによれば、ベーゴマの巻き方は最近では「男巻き」「女巻き」に変わっているそうです。水野さんも、まず女性器の方が消え、男性器の方は残り、最終的に両方なくなったという順番がひっつき虫と共通していると受け止めます。
音の節約ではなく、羞恥心が変えた言葉
水野さんがこの事例を面白いと感じる理由は、典型的な言語変化との違いにあります。言語学でよく調べられてきたのは、名古屋方言で母音の連続が融合するような、言語の体系内で完結する変化です。
そうした音の変化は、口が楽になる、つまりエネルギーを節約するためと説明されることが多いといいます。一方、諏訪地方のひっつき虫の事例は、人々の意識が言語を変えた例だと水野さんは話します。
堀元さんは、同じ理屈なら居酒屋メニューの「なめろう」や植物名の「オナモミ」も今後変わるかもしれないと言い出します。水野さんも、あながち否定できないと応じます。
水野さんが連想したのは、以前番組で扱ったティーバッグ、ティーバック、ティーパックの3つの語形です。日本語には濁音が2つ続くと1つを省く傾向があり、ティーバッグは下着を指す「ティーバック」になりがちです。
そこで、下着の名前で言うのが恥ずかしい人が「ティーパック」という新しい語形を生み出したのではないか、という話だといいます。堀元さんは、これを日本人の「工夫の歴史」とも言えるかもしれないと評します。
ティーバッグの流れで堀元さんは、ゆる学徒カフェで余った紅茶の茶葉を、新品の排水溝ネットに詰めて淹れた体験を披露します。紅茶はちゃんと美味しくできたものの、排水溝を飲んでいる気がしてあまり美味しく感じなかったそうです。
内的な変化と外的な変化はどう違うのか
ここまでの話の参考文献は、以前の回でも扱った大西先生の『方言はなぜ存在するのか』です。水野さんは、ここまではほぼ大西先生の論に沿った説明で、ここからはプラスアルファの話だと前置きします。
水野さんは現在、雑誌『中央公論』で言葉の変化をテーマにした短期集中連載を担当しています。言葉の変化に関心を持つ、専門分野の異なる研究者に話を聞きに行くスタイルで、みんな言うことが違うのが面白いといいます。
研究者の話で大きな分かれ目になったのが、変化の原因を「内側」と見るか「外側」と見るかという区別です。内的な変化は、話者が楽をしたくて音を省くような、言語の体系内で完結する変化を指します。
外的な変化は、羞恥心や、商品作物が他の地方から入ってくるといった、文化や社会の変化による変化です。
内的な変化の例として、水野さんは撥音便 ── 動詞などの活用で、語の一部が「ん」に変わる現象。「噛みた」ではなく「噛んだ」となるような変化を指しますを挙げます。「噛む」を過去形にすると「噛んだ」になり、「挟む」も「挟んだ」になるように、「む」で終わる動詞では例外なく起きるといいます。
こうした規則性から、ヨーロッパの青年文法学派 ── 19世紀後半のドイツを中心に活動した言語学者の一派。音の変化は例外なく規則的に起きると主張し、比較言語学の方法を大きく発展させましたは「音韻変化に例外なし」という格言を残したそうです。
一方で外的な要因による変化は、例外だらけで予測が難しいと水野さんは話します。江戸や室町の人からすれば、性器の名前が言えなくなることも、黒船が来てカタカナ語が流入することも、予想できなかったはずだというわけです。
言語の体系内で完結する。音を省いて楽をするなど、例外なく規則的に起きやすい
羞恥心や新しい作物の流入など、社会や文化の変化が原因。例外が多く予測しにくい
言語変化は予測できるのか?
水野さんは連載の取材で、専門家に共通の質問をいくつか用意していました。その一つ「言語の変化に再現性はありますか」への回答は、研究者によって割れたといいます。
音韻変化に例外がないという立場から見れば、他の言語での変化から予測できるので、再現性はあると言えます。一方、社会と言語の関わりを調べる人からすれば、再現性は乏しいという答えになります。
街の人にさ、言葉って何で変化すると思いますか?って聞いて、その要因でさ、性意識の変化って上げる人いると思います?
社会言語学の先生は、そもそも言語と社会を分けられないという立場でした。そうなると言語変化の予測は社会変化の予測と同じになり、非常に難しいという結論になります。
水野さんによれば、専門家だからこそ「詳しく知っているからこそわからない」と答える人が多かったそうです。そして「日本語の今後起きうる変化を予測してください」という質問には、全員が口を揃えて無理だと答えました。
水野さんは音韻論の先生に食い下がり、音韻変化に例外がないなら予測できるのではと尋ねます。先生の答えは、変化の中身はある程度予測できる、というものでした。
たとえば母音の「あい」の連続は融合しやすい傾向があり、名古屋方言では「高い」がある音に、江戸では「えー」のような音になります。ただし、それがいつ、どこで、何をきっかけに起きるかはわからないといいます。
ここ変化しそうだなみたいな。リーチはわかるんだけど、ビンゴの瞬間がわからん。
水野さんもこの例えに同意し、しかもどのエリアでビンゴが起きるかもわからない、と付け加えます。変化の種は見えても、きっかけは当てられないというのが、音韻論の先生の言う「予測できない」の意味でした。
その先生が気になっている日本語のアクセントの変化については、『中央公論』の連載に掲載予定だとして、番組では詳しく語られませんでした。
食事の誘いもセクハラになる?
水野さんは、女性器から男性器、そしてジジイになった植物の話を、奇跡のような変遷としてまとめます。
堀元さんが今回の話から得た感想は、「今後セクハラになる語彙がめっちゃ増える」というものでした。ここから、外国語や研究結果をもとに日常の言葉がセクハラに聞こえるという話が次々に出てきます。
堀元さんが挙げた例は次のようなものです。いずれも、外国語の隠語や研究結果を持ち出して「セクハラになる」とこじつける冗談です。
- 「外で食事しない?」: 英語のeat outが性的な隠語にあたる
- 「一杯ごちそうするよ」: フランス語で性的な意味になる表現がある
- 「寒くなってきましたね」: 冬ほど男性が女性に性的魅力を感じるという研究がある
- 「飲みに行こうよ」: 酒で異性が魅力的に見えるビールゴーグル効果がある
水野さんも「ふるさと納税でマンゴスチンを取りすぎた」「マンチカンを飼っている」と誘い文句を考えますが、堀元さんにどちらもダメだと判定されます。最後は「アクメだけは欧米で社名に使われているから大丈夫」という逆説的なオチで、この話題は締めくくられます。
『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』とは?
今回の下ネタ回は、堀元さんの新刊『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』の発売に合わせた企画でした。水野さんは「しょうがなくやった企画」と言い張りますが、堀元さんからは「絶対面白いくだりを見つけたと思ってただろ」と突っ込まれます。
表紙はレオナルド・ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図 ── レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた、円と正方形の中に両腕両脚を広げた男性が収まる素描。人体の比率を示した作品として知られますをもとにしたデザインで、タイトルの文字が人体図の股間を隠す配置になっています。水野さんはこの場を借りて、ダ・ヴィンチに謝罪しました。
帯は「金」と「玉」の文字だけが色を変えて大きくなったデザインです。担当編集者の最初の案はさらに「金玉」が極端に大きいもので、新潮社の会議で営業部から「シャイな書店員さんが置きたくない」と却下され、今の案に落ち着いたそうです。
堀元さんによれば、この本は歴史、医学、宗教、生物学、経済学、テクノロジーなど、あらゆる観点から下ネタを論じた一冊です。約2年かけて執筆し、英語の論文にも当たって内容の裏取りをしたといいます。
僕ね、この単語何だろうなと思って調べたら、おちんちんの骨っていう意味の単語でした。
先ほどのセクハラ語彙の話も、この本の一節の内容だそうです。堀元さんは、ゆる言語学ラジオのリスナーには、社会構造から乳首責めを捉える第7部「乳首責めの社会学」が特に刺さるはずだと勧めます。
締めくくりに水野さんは、品のない話で失礼したと詫びつつ、苦手な人は苦しみながらついてきてほしいと、冒頭と同じ言い回しで回を閉じました。
まとめ
長野県諏訪地方のひっつき虫の呼び名は、女性器を含む「ベベ」から男性器の「シジ」、さらに「ジジ」へと移り変わりました。音の節約ではなく羞恥心という社会の意識が言葉を変えた事例であり、社会の変化を予測できない以上、こうした言語変化の予測も難しいことが語られています。
- 諏訪地方のひっつき虫は、1970年代のバカ類・ベベ類から、2010年代にはシジ類・ジジ類・チンコ類などへと呼び名の分布が大きく変わった
- ベベは本来衣類の意味だが女性器も指したため、男性器のシジ、さらにジジイのジジへと置き換わったと考えられている
- 言語変化には、体系内で規則的に起きる内的な変化と、羞恥心など社会の変化による外的な変化がある
- 音韻論の専門家でも、変化の中身は見通せても、いつどこで起きるかは予測できないという
- 堀元さんの新刊『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』は、多様な学問の観点から下ネタを論じた一冊として紹介された

