「まだ労働」は何がまだなのか?
この回の冒頭で、堀元さんはコスプレ界隈でしか使われない表現として「まだ労働」を紹介し、水野さんに意味を当ててほしいと切り出します。
水野さんは最初、定時後にコスプレ活動を始めたいのに業務が長引いている、という意味だと推測しました。堀元さんによると、「まだ」はyet、「労働」はworkという理解で合っているものの、この表現は段階的に進化して生まれたものだといいます。
水野さんは、笑いを表す「草」が「大草原」に発展したのと同じ構造だと気づき、「まだ労働」の手前にある表現を考えないと意味が読めないと整理します。
そう、(コスプレの)制作の進捗を言い表してるうちに、まだ労働って表現が生まれたんですよ。
堀元さんの説明では、コスプレイヤーはミシンで縫っている途中など、制作過程の写真をSNSに上げることがよくあります。まるで進捗が出ていない人が「俺まだ布」と言ったのが始まりだそうです。
そこに、もっと進捗が出ていないコスプレイヤーが「俺まだ金」と返しました。布を買いに行けてすらいない、という意味です。そして究極形として、布を買うお金すらないという意味の「俺まだ労働」が生まれたといいます。
まだ布
何も着手しておらず、素材がただの布のままの状態
まだ金
布を買いに行けてすらいない状態
まだ労働
布を買うお金すらなく、まず働いて稼ぐ段階
堀元さんは、進捗の出てなさをインフレさせていった結果として独自表現が発展したことを「いい話」だと評し、界隈言葉の面白さを強調しました。
Windows2000とOffice365は誰のこと?
「まだ労働」に続いて、堀元さんは集めている業界用語をクイズ形式で出題します。お題は、IT企業などの古い大企業で、窓際族なのに高い年収をもらっている人の呼び名です。
具体的には、年収2000万円ほどを得ながら仕事をろくにしていない人を指し、IT系の会社では昔から「Windows2000」と呼ばれていたそうです。窓際の「窓」と年収の「2000」を掛けた表現です。
さらにリモートワークの普及で、年収2000万円の窓際族なのにオフィスにすら来ない在宅勤務の人は「Windows2000 Home Edition」と呼ばれるといいます。対義語として、めちゃくちゃ忙しく毎日オフィスに行かされる人は「Office365」です。
| 呼び名 | 指す人 | 掛けている要素 |
|---|---|---|
| Windows2000 | 年収2000万円前後の窓際族 | 窓際と年収2000万 |
| Windows2000 Home Edition | 年収2000万円で在宅勤務の窓際族 | 窓際・年収・在宅 |
| Office365 | 毎日オフィスに行かされる忙しい人 | オフィスと365日 |
水野さんは、トヨタ系や三菱商事の人がよく使う言葉として「面直」を挙げます。対面で直接会って話すという意味で、水野さんはメールで「面直でしたら」と書かれて初めて知ったそうです。
堀元さんはさらに、日立用語 ── 日立製作所の社内で使われているとされる独自の言い回しの通称。社外の人には通じにくい略語や定型表現が多いことで知られていますを紹介します。本部長を「ボン」と呼ぶ、課長以上には「山田(K)」のように役職記号を付ける、「拝承」「拝復」「拝受」を好んで使う、「念のため」を「念タメ」と略す、といった例です。
カクヨムには「日立製作所の方言で桃太郎書いてみた」という作品もあり、「カッコおじい」「カッコおばあ」や「拝受。以上」といった言い回しで物語が進むといいます。水野さんは、クローズドなコミュニティの中で言葉がどんどん発展していくことこそ言語の面白さだと話しました。
「つづり」のアクセントを直さない理由とは?
水野さんは少し真面目な話として、直近の回のコメント欄で、スペルを意味する「つづり」のアクセントが変だという指摘が多く寄せられたことを取り上げます。これまでも「畑」や「周り」などで同様の指摘があったそうです。
水野さんの結論は、アクセントを直す気はまったくない、というものです。そのうえで、自分と違うアクセントの人に対して、現実の場で「変だ」「気持ち悪い」と言うのはやめてほしいと呼びかけました。
自分の慣れてるアクセントと違うと引っかかるっていう感情自体は素朴にあると思うんですね。でもそれを言語の多様性を受け入れる練習として使ってほしいんですよ。
水野さんが背景として挙げたのは、方言の格差です。イケてるとされる方言とそうでない方言があり、後者の話者はアクセントや単語を使わないよう練習することがあります。堀元さん自身も、「25日」のアクセントを矯正したといいます。
水野さんは、極端に言えばそれは差別にもつながると指摘します。堀元さんが挙げた方言札 ── 方言を話した生徒に罰として首から下げさせた札。明治以降の標準語教育の中で、沖縄などの学校で使われたことが知られていますは、方言を話した生徒に札を下げさせ、他人の方言を指摘すれば札を渡せる仕組みで、相互監視のようになっていたそうです。
水野さんは、指摘するコメントを書いた人を攻撃しないでほしいとも付け加えています。悪意があるわけではなく、自分が深く傷ついたわけでもないと断ったうえで、方言には暗い過去もあったという視点を持ってほしかったのだと説明しました。
堀元さんも、上京して間もなく「アクセント変だぞ」と言われて少し落ち込んだ経験を明かし、この話をしておくことは大事だと応じます。
水野さんは逆に、方言で話してくれる人がいると心を開いてくれた気がして嬉しいといいます。コテンラジオの樋口さんが地元の友達と話す番組では田川方言で話していることに触れ、自分たちとも田川方言で話してくれることが「隠れた目標」だと話しました。
水野さんは、方言に寛容な人が増えるほど、方言を押し通せる話者も増えると考えています。堀元さんも、みんなが好きに喋れるほうがいい社会だと同意しました。
『BLUE GIANT』のダイはなぜ吹き続けたのか?
方言の話から、堀元さんは最近読み返しているジャズ漫画『BLUE GIANT』の話に移ります。ニューヨーク編の冒頭、主人公のダイが若者しかいない店での初ライブで「うるせえからやめろ」と言われる場面です。
ダイはそこで、仙台での人生初ライブを思い出します。常連のおじさんに「君の音はでかすぎる」と言われ、演奏をやめて落ち込んで帰った日です。ニューヨークでは、ブーイングを受けても、酔った客がステージに上がってきても、最後まで吹ききったといいます。
堀元さんによると、ダイは後悔があるとすれば仙台のあの日だけで、みんなが呆れて笑うまで吹けばよかったのだと語るそうです。水野さんも、ダイがニューヨークでも東北方言を使い続けていることに触れました。
二人は、方言についても同じ姿勢でいこうと話をまとめます。延々と自分の方言を使い続ければ、相手もいつか呆れて笑うだろう、という着地です。
「もう一人の母からの手紙」は美談なのか?
堀元さんは、友人から聞いた「美談なのかそうでないのか判断に苦しむ話」を、水野さんに判定してもらいます。タイトルは「もう一人の母からの手紙」です。
その友人はちょっとした有名人で、不妊治療をしていました。病院の専用の部屋で精液を採取する際、毎回お気に入りのセクシー女優の動画を見ていたそうです。
数年後、念願の子どもがまさに生まれる日、友人が落ち着かずにスマホを見ると、ファンからのDMの中に、そのお気に入りの女優からのメッセージがありました。友人の作るものが好きなので今度通話しないか、という内容だったといいます。
その直後に「産まれます」と呼ばれて子どもが誕生し、友人は美談のようなテンションでこの話をしていたそうです。
美談なわけねえだろ。
ただソワソワした話じゃねえか。
水野さんに「もう一人の母って言うのやめて」とまで言われ、堀元さんは自分の感覚が合っていたと安心し、「美談じゃなかったです」と結論づけました。
「右回り」を人はどう覚えているのか?
水野さんは、Xで取ったアンケートの話を始めます。きっかけは、以前番組に来た今井むつみ先生の「右回りって実際には右に動いていない時がある」という指摘です。時計の針は、上半分では右に動きますが、下半分では左に動いています。
水野さんと堀元さんはどちらも、12時から1時へ動くときに針の初動が右に向かうので右回り、と覚えていました。ところがアンケートでは、この俯瞰での初動派は70%弱しかいなかったそうです。
18.7%が選んだのは、自分が時計の針の先端になって外側を向けば常に右方向に動く、という覚え方です。堀元さんは最初理解が追いつかなかったものの、3時の位置でも右に動いていると気づいて納得します。この人たちは逆に「みんなこうじゃなかったの?」と驚いていたそうです。
ビジュアル理解を諦めて暗記した人も7%いました。この人たちは、英語のclockwiseとcounterclockwiseのように「時計回り」「反時計回り」と言ってほしいと考えているといいます。残り5%はその他です。
| 覚え方 | 中身 | 割合 |
|---|---|---|
| 俯瞰での初動 | 12時から1時へ、針が最初に右へ動く | 70%弱 |
| 針の先端になる | 針の先端で外を向くと常に右へ動く | 18.7% |
| 暗記 | ビジュアルを使わず回転の向きを覚える | 7% |
| その他 | 時計の中心に立つ、おもり、右手の渦など | 5% |
その他の中には、時計の中心に立てば針は常に自分から見て右に動く、という派閥もいました。さらに、壁掛け時計や観覧車の右側におもりを付けると回る方向が右回り、という覚え方もあり、堀元さんは「みんなのメンタルモデル違うね」と感心します。
水野さんが一番面白く、子どもに教えるならこれだと感じたのは、右手を握ってできる渦巻きが、人差し指から中心に向かって右回りになっている、という覚え方です。堀元さんによると、これを送ったのは『7日間でハッキングをはじめる本』の著者で、セキュリティ分野で知られるノミゾウさんでした。
堀元さんはここから理科の右ねじの法則を思い出します。中学の教科書では「右ねじと同じ向き」と教えますが、ねじを回す生活感覚がない生徒には覚えにくいといいます。堀元さんの中学の理科の先生は、親指が電流、他の指が磁界の向きという「右手の法則」で覚えるよう教えたそうです。
水野さんは、この問いへの反響の大きさから、記憶の仕方には認知が反映されるので番組で扱う価値があると感じたといいます。堀元さんも「なぜ人は右回りが覚えられないのか」という新書が書けそうだと応じました。
右と左はどうやって見分けていたのか?
右回りから話は右と左の覚え方へ移ります。堀元さんの「お箸を持つ方が右」に対し、水野さんは、それは右がわかっている前提だと反論します。
水野さんは右左の初心者だった頃、「右」と言われるたびに両手を振ってみて、慣れているほうが右だと判断していたそうです。堀元さんは、天才数学者で大人になっても右がわからなかった人がいると話し、志村五郎さんか谷山豊さんのどちらかだった気がする、と記憶をたどりました。
水野さんは、利き手がすぐ判別できても、それに「右」と「左」どちらの音を当てるかは二択になると指摘します。ここで持ち出したのが言語記号の恣意性 ── 言葉の音や記号と、それが指し示すものとの間には必然的な結びつきがない、というソシュールの考え方です。
東西はなぜこんなに覚えにくいのか?
堀元さんは、小学生の頃に「東」の位置がまったく納得いかなかったと話します。右と西、左と東は音の響きも文字数もそっくりなのに、地図では右が東で左が西になっていて、逆のほうがいいと感じていたそうです。
だから絶対にこれ(東と西)逆じゃないとまずいのよ。気持ち悪いのよこれ。
水野さんは、太陽がどちらから昇るかを「西から昇ってお日様が東へ沈む」というバカボンの主題歌を経由して思い出していたと明かします。そのうえで、語源説で東西を補強したといいます。
「去(い)ぬ」に由来するイニシ。日が去っていく方、沈む方
ヒムカシ。日が昇っていく方
沖縄での東の呼び方。太陽が上がっていく方
水野さんはさらに、東を判断するときは必ず頭の中に日本地図を描き、「東の京」である東京がある方向で考えているそうです。池袋駅では東に西武、西に東武があってややこしく、愛知にいた頃から毎回東京を経由して東口を判断していたといいます。
英語のWestとEastも、水野さんはたまに自信がなくなるそうです。直感の逆で覚えようとした結果、裏の裏を読むような状態になったと話し、堀元さんは西部劇が「ウエスタン」であることや、和月伸宏さんの漫画『ガンブレイズウエスト』のファンだったことで西は覚えられたと応じました。
一方で、二人とも北と南は絶対に間違えないといいます。北は響きも漢字も軽く吹いたら飛んでいきそうで、南は重心が低く下支えしている感じがあるからです。水野さんは、日本語を母語としない人に方角の名前を当てさせても南は当たるだろうと考え、学習者に聞いてみたいと話しました。
キリンはなぜ「軽薄なテニサー」なのか?
堀元さんは、千原ジュニアさんの「犬はドッグ、猫はキャットでいいけど、キリンはジラフじゃなくない?」という指摘に共感したと話します。キリンという命名は、Kの音が入っていてキリン感がすごいのだそうです。
堀元さんによれば、キリンはあのサイズにしては見た目が軽く、ノリが軽薄です。トラやライオンが国際協力サークルや体育会の部活にいそうなのに対し、キリンはめちゃくちゃ酒を飲むテニスサークル、カバはモテないけどいいやつがいるボードゲーム部だといいます。
まつ毛や模様がおしゃれで、大学デビューで首を伸ばしすぎた軽薄なテニサー
体育会の主将クラスのような真面目な響きで、キリンの実像に合わない
高校時代おとなしすぎたから、大学デビューしようと思って。
二人は、キリンが首に持つ血流の調整の仕組みも「ピアスを開けるような大学デビュー」だと冗談を広げます。水野さんは、カバは「ヒポポタマス」と聞いてからそれ以外に思えなくなり、長い名前を付けられた後で「ヒッポ」と縮められるのはおかしいと話しました。
日本語の名前にも話は及びます。堀元さんは、みんな裸なのに一種だけ「裸」と付けられたハダカデバネズミはかわいそうだと言い、水野さんは、ヒトリシズカやホトケノザの命名センスと比べて、オオイヌノフグリは「ガキじゃないんだから」とこき下ろしました。
全国ツアーとスポンサー募集の中身は?
最後に堀元さんから、2025年に全国ツアーを行うことが告知されます。札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の5大都市を、だいたい1か月に1回のペースで回り、150〜200人規模の会場でトークライブをするそうです。
これまでのイベントでは、生だと台本の進行のテンポが落ちるなどの理由で雑談回に近い内容を中心にしてきました。今回は初めて、ゆる言語学ラジオやゆるコンピュータ科学ラジオの本編らしい話をお客さんの前でやる試みだといいます。
水野さんは各地の方言やご当地ネタを考えており、堀元さんも北海道のさくらインターネットのデータセンターや、熊本のTSMC、北海道のラピダスなど、土地にちなんだコンピューターの話ができそうだと話しました。
今回は会場費がかさみ、チケット代だけで黒字にするのが難しいため、スポンサーを募集します。堀元さんが全国ツアーをやりたがらなかった一番の要因も、移動や宿泊を含めた採算性だったといいます。
1会場につき1社・1団体限定で20万円。イベント内での言及、全会場での配布物、公式パンフへのロゴ掲載
ツアー全体への協賛で10万円。全会場での配布物、公式パンフへのロゴ掲載
水野さんに、200社から10万円ずつ来たらと聞かれた堀元さんは、2000万円に大喜びしてシャワーを浴びながら叫ぶと答え、よだれの話で盛り上がります。
水野さんは、8月から12月まで土日が埋まり、本の執筆後も忙しくなりそうなため、来年すぐに再びやることは絶対にないと断言しました。スポンサーや参加を迷っている人は今回を逃すと次がいつかわからない、と呼びかけています。
番組の締めくくりでは、右回りや左右、東西の覚え方、「これ絶対違うやろ」と思う動物の名前などを、コメント欄やお便りフォームで教えてほしいと募集していました。
まとめ
今回のゆる言語学ラジオは、小ネタの雑談回でありながら、言葉が閉じた集団の中で育つ面白さと、人それぞれ異なる認知や方言をどう受け止めるかというテーマが通底していました。
- コスプレ界隈の「まだ労働」は、「まだ布」「まだ金」と進捗の出てなさを競ううちに生まれた表現
- 水野さんは方言アクセントを直さず、違和感を多様性を受け入れる練習に使ってほしいと呼びかけた
- 右回りの覚え方は、俯瞰での初動派が70%弱で、針の先端視点や右手の渦など多様なメンタルモデルがある
- 東西は音の響きや地図の連想が絡んで覚えにくく、北と南は響きの印象で迷わないという
- 2025年に5大都市の全国ツアーが行われ、20万円と10万円の2種類のスポンサーが募集されている

