辞書版トラップストリート「マウントウィーゼル」とは?
この回は、国語辞典をめぐる過去の話題から始まります。水野さんが挙げたのは、辞書に載っている「まつる」の意味が多くの辞書で間違っていたことを暴いた、暮らしの手帖の記事です。
暮らしの手帖の記事は、最初の辞書の誤りを他の辞書が真似したのではないか、その出発点は新明解国語辞典 ── 三省堂の国語辞典。編者の個性が強く出た語釈や用例で知られ、ファンの多い辞書ですだったのではないかと指摘したものでした。過去の回で堀元さんは、この件を「トラップストリート」になぞらえていました。
地図の中にあえて存在しない道を書き込んでおくことで、パクられた時に、「おい、お前、この存在しない道書いとるやないかい」と言えるようにするための道ですね。
水野さんは、堀元さんがとっさに言った「トラップまつる」にぴったり当てはまる単語があることを知ったといいます。それが「マウントウィーゼル」です。
マウントウィーゼルの由来は、新コロンビア百科事典に載っていた「リリアン・バージニア・マウントウィーゼル」という人物の記事です。この人物は実在せず、剽窃を防ぐために入れられた架空の記事でした。そこから、百科事典や辞書に入れる架空の項目をマウントウィーゼルと呼ぶようになったそうです。
地図にあえて書き込む存在しない道。地図をパクられたときの証拠になる
百科事典や辞書にあえて入れる架空の記事。剽窃を見抜くための仕掛け
堀元さんは、辞書の剽窃がほかの国でも意識されていたことに驚き、「万国一緒ですね、やってること」と話しました。そのうえで、こんな複雑な概念をドンピシャで表す一語があることそのものを面白がっています。
水野さんは趣味で辞書の通読を続けていて、1年かけて「す」まで、700ページを超えたところだといいます。1日2ページのペースで、少なくとも400回は読んできた計算です。この回は、その通読メモとリスナーの投稿フォームから「これ一語で表せるんだ」と驚いた語を紹介する企画です。
辞書なんか読んでると、まさにそのような、あ、これを表す一言があるんだみたいな。まあ場合によってはいつこれ使うん?っていうものもありますけど。
過去にはオックスフォード英語辞典の変わった単語や、歳時記の変わった季語を紹介した回もありました。堀元さんは、食卓の残り物を与えられる人を指す「レジデンシャリアン」レジデンシャリアンが、あまりの悲しさで忘れられないと振り返っています。
下着姿で酒を飲む気分「カルサリカンニッ」
リスナー投稿の1つ目は、プロクルステスの寝台列車さんからです。ハンドルネームは、基準に無理やり合わせることを指すプロクルステスの寝台 ── ギリシア神話の盗賊プロクルステスが、旅人を寝台に合わせて引き伸ばしたり切ったりした話から、基準に無理に合わせることのたとえをもじったものです。
寄せられたのはフィンランド語の単語で、意味は「外出の予定がなく、自宅で一人下着姿でお酒を飲んでいる時の気持ち」です。投稿では「カリカルサンニ」と書かれていて番組でもそのまま読まれましたが、エピソード説明によれば正しい発音に近い表記は「カルサリカンニッ」です。
でもそういう日あるもんな。今日何にも用事ねえなっつって、パンイチでウイスキーとか飲んでる時あるもんね。
水野さんが即座に否定すると、堀元さんは大学生の頃、嫌なことがあった日にパンイチでウイスキーをちびちび飲みながら音楽を爆音でかけていたと明かします。
ただ水野さんは、その場面そのものではなく、似た気持ちを別の場面でたとえとして使うのが言葉の使い方ではないかと指摘します。堀元さんは「ラジオで失言した時に、もう俺今カルサリカンニッだわ」と言えばいいと応じ、二人で「パンイチ気分ってなんだよ」と笑い合いました。
パンツを食い込ませる「ウェッジー」はどこまで細かい?
プロクルステスの寝台列車さんはほかにも多くの語を送っていて、水野さんが続けて紹介したのが英語の「ウェッジー」です。意味は、パンツが尻の間に挟まって食い込んでいる状態、またはパンツの腰の部分を引っ張り上げて意図的に食い込ませる行為です。
水野さんは悪ノリして、さらに英語の「ムーニング」も持ち出します。動いている乗り物の窓などから尻を丸出しにして人を驚かせることを指す単語です。
(ムーニングは)しかも割とシンプルな語じゃなかった?そんな文字数少ないやつにそんなマニアックな状況割り当てちゃダメよ。
堀元さんはモールス信号 ── 点と線の組み合わせで文字を表す通信方式。よく使う文字ほど短い符号が割り当てられていますを例に、使用頻度の高いものほど短く、低いものほど長くするのが基本だと説明します。人生で一度もないような状況に短い語を当てるのはおかしい、という言い分です。
ケンブリッジ辞典では、ムーニングは冗談として、あるいは抗議として公共の場で尻を見せる行為と説明されています。堀元さんは、ルターも95か条の論題を貼り出すか尻を出すかで悩んだのでは、と冗談を重ねました。
さらに堀元さんがウェッジーをWikipediaで調べると、話はますます細かくなります。1980年代中盤のラトガース大学の学生寮には、他の学生のパンツを引っ張るために徒党を組んで徘徊する「ウェッジーパトロール」がいたと記録されているそうです。
ウェッジーにはやり方ごとの呼び名もあります。堀元さんが読み上げた記事の内容を、呼び名ごとに整理すると次のとおりです。
パンツが尻に食い込んだ状態。背後からパンツを引き上げるいたずらも指す
ラトガース大学の寮でパンツを引っ張るために徘徊していた一団
前から近づいてパンツを引き上げる場合の呼び名
頭や肩に届くほど強く引き上げるもの
アトミックウェッジーの説明を聞いた水野さんは、すぐに「ハリウッドザコシショウだ」と反応します。堀元さんは、乱暴なウェッジーはパンツが裂けたりけがをしたりする危険があり、シカゴでは少年2人が逮捕された例もあるとして、真似しないよう呼びかけました。
嫌です。嫌です、そんなケツ言語学ラジオやってる僕。
一切漏らさず記録する「ボズウェリアン」と人名由来の単語
堀元さんは、フォームではなく自分で本を読んで集めた単語として「ボズウェリアン」を紹介します。ボズウェルという記憶力の凄まじい人物が、日常で起きたあらゆることを日記に記録していたことから、起きたことを一切漏らさずに書くという意味の英単語になったそうです。
俺もずっとこれ(一つのこと)をやる人って認知されれば、後世に名前、単語として残るんじゃねえかなって思ったんですよね。
水野さんは、こうしたエポニム ── 人名など固有名詞に由来する言葉のこと。サンドイッチやボイコットなどが有名な例ですには「一語で表せるんだ」と思うものが多いと話します。例に挙げたのは、画家ルーベンスの絵のような女性を指す「ルーベネスク」です。
水野さんによれば、日本語では女性に「太っている」と言っても美しいイメージは湧きにくいものの、ルーベネスクは肉付きの良さと美しさが同居している語だといいます。一方、堀元さんはボズウェルを調べると生涯で19回も性病にかかっていたと付け加え、最後はやはり下ネタで締めくくりました。
空高く飛ぶヒバリ、一羽だけのガン。日本語の妙に細かい語
水野さんは新明解国語辞典の通読メモから、鳥の様子を指す語がとても多いと気づいた話をします。「アゲヒバリ」は空高く飛び上がるヒバリを指す専用の語です。
ほかにも、夜に鳴くチドリを指す語や、群れから離れて一羽だけで飛んでいるガンを指す語があります。水野さんは「群れから離れて一羽だけ飛んでるガンでいいはずなのに」と不思議がっています。
空に高く飛び上がるヒバリ
夜に鳴くチドリ
群れから離れて一羽だけで飛んでいるガン
馬の一本の足の下端が白いこと
堀元さんは、こうした語は趣を表すためのもので、俳句を詠むときなどに使われるのではないかと話します。水野さんも、季語になっているものが多いと応じました。
水野さんが一番「何それ?」と思ったのは「イッパク(一白)」です。馬の一本の足の下端が白いことを指す語ですが、二人とも実際の姿を想像しきれませんでした。
これに対して堀元さんは、競馬好きなら使う場面があるかもしれないと話します。競馬ファンは馬の足先の色の違いを「白い靴下を履いている」と言ったり、顔の特徴を細かく言い分けたりするからです。
つまりどういう必然性があってそれ(珍しい語)を使ってるのかっていうのを普通に聞きたいので。
水野さんは、自分の生活では使わない語として紹介しているものの、実際に使っている人の感覚をコメントで聞きたいと呼びかけました。
論文を細切れにする「サラミスライス戦略」は自分たちにも刺さる?
堀元さんが最近読んだ本から紹介したのは「サラミスライス戦略」です。水野さんは、どこを切っても断面が変わらないことから金太郎飴のような対応を指すのでは、と予想しました。
正解は、1つの論文にまとめるべき成果を細かく分けて、論文の本数を稼ぐことです。堀元さんによれば、『Science Fictions ── 科学研究の再現性の問題や不正、論文の粗製乱造などを扱ったノンフィクション。邦題は『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』です』の中で、論文を粗製乱造する技術としてこう呼ばれていると書かれていたそうです。
ところが堀元さんは、ラジオでも収録後に「全4本のシリーズにしたけど2本でよかった」と思うことがあり、それもサラミスライス戦略だと言い出します。水野さんが慌てて止めるなか、堀元さんは自分たちの首を絞めたと気づきました。
根拠がないのに妬く「空悋気」とは?
リスナーのなにうどんさんから寄せられたのは、日本語の「空悋気(そらりんき)」です。堀元さんは最初、外来語の響きからフィリピン語だと思い込み、さらにタガログ語と言い直すなど、短い時間に間違いを連発しました。
悋気は嫉妬のことで、空悋気は「根拠がないのにやきもちを焼くこと」を意味します。堀元さんは悋気という言葉を落語のセリフで知ったと言いかけ、実は落語を題材にした漫画『昭和元禄落語心中』のセリフだったと訂正しています。
水野さんは、間違えるたびに太鼓の音が鳴る「太鼓の達人」なら堀元さんは高得点だと茶化しつつ、根拠のないやきもちの場面が思い浮かばないと話しました。
恋人に連絡したけど、単に寝てるだけなんだけど、なんか2時間返事返ってこなくて、なんか俺より楽しいやつと一緒にいるんだろうなみたいな。
堀元さんは、対象が存在しないのに仮想敵を作って妬いている状態が空悋気だろうと整理します。水野さんは辞書の例文として浄瑠璃 ── 三味線の伴奏に合わせて物語を語る日本の伝統芸能。人形浄瑠璃として文楽などで上演されます『鑓の権三重帷子』の一節を読み上げましたが、堀元さんは「今情報量一個も増えてないです」と返しました。
最後に堀元さんは、例文を言われても情報が一つも増えないことを表す単語があれば教えてほしいと付け加えています。
学んだばかりの病気を疑う「医学生症候群」
次の投稿者のハンドルネームはあまりに下品で、水野さんは「帰ってください」と即答します。それでも堀元さんは、寄せられた語そのものはとても良いと紹介を続けました。
その語が「医学生症候群」です。医学生は臨床実習の前に、講義室で各診療科の病気をひたすら学びます。知識は増えても実際の臨床経験がないため、学んだばかりの珍しい病気ばかりを心配するようになるそうです。
講義で学ぶ
臨床実習の前に、教科書で各科の病気を次々と学ぶ
経験が足りない
実際の患者を診た経験がなく、病気のありふれ具合がわからない
珍しい病気を疑う
足の青あざで白血病、みぞおちの痛みで胃がんを疑ってしまう
堀元さんは、何かを学んだせいで全部がそれに見えてしまうことは自分たちにもありそうだと話します。すると水野さんが、心当たりがあると手を挙げました。
Official髭男dismはチョムスキーを歌っている?
水野さんの「医学生症候群」は、生成文法 ── 言語学者チョムスキーが提唱した理論。人間は生まれつき言語の仕組みを持ち、有限の規則から無限の文を生み出せると考えますを勉強しすぎて、Official髭男dismの「Subtitle」がチョムスキーの歌に聞こえるというものです。
根拠の1つ目はサビの「言葉はまるで雪の結晶」です。水野さんは、チョムスキーが『Syntactic Structures』の中で言葉を雪にたとえたとし、初期値の違いでさまざまな結晶ができること、言葉が自然現象であることを示しているのではと説明しました。
水野さんは根拠をさらに重ねていきます。挙げられた根拠と、それぞれをチョムスキーとどう結びつけたかを整理すると次のとおりです。
| 根拠 | チョムスキーとの結びつけ | その後 |
|---|---|---|
| 「言葉はまるで雪の結晶」 | 言葉を雪の結晶にたとえた話 | 堀元さんが「ヒゲダンだ」と同調 |
| 「理想だけはあるけど…まるで見つからない」 | 普遍文法の神経基盤がまだ見つかっていない話 | 堀元さんは「絶対深読み」と否定 |
| 前の曲「Anarchy」 | チョムスキーもアナキストで『On Anarchism』を共著 | 堀元さんが一転して「間違いない」 |
| バンド名の「髭」 | 若い頃のチョムスキーには髭がない | 晩年の写真に髭があり「確定」 |
2つ目の根拠として水野さんは、「理想だけはあるけど、心のどこ探してもまるで見つからないんだよ」という一節も挙げます。一時はFOXP2 ── 言語能力との関係が注目された遺伝子。ただし他の動物も持っており、言語の遺伝子そのものとは考えられていません遺伝子が普遍文法の基盤と言われたものの、そうではなかったという話だろうというのです。
しかし堀元さんは、チョムスキーがアナキストだという3つ目の根拠を聞くと一転して「間違いない」と言い出し、ご本人に会ったら堂々と開陳してほしいとまで勧めます。最後の難点はチョムスキーに髭がないことでしたが、最近の写真には髭があったため、「チョムスキーが髭を生やし始めたからオフィシャル」という珍説で着地しました。
まさに全部が学んだものに見えてしまう医学生症候群の実演のような一幕で、水野さんは最後に「太鼓、鳴ってないですよね」と確かめていました。
北海道弁「つっぺ」は常識語彙?
キュービックルーブさんの投稿では、まずハンドルネームが話題になります。ルービックキューブの頭の音を入れ替えたもので、堀元さんはこうした言い間違いを指す「スプーナリズム ── 頭の音を入れ替えてしまう言い間違い。よくこれをやったとされるイギリスの聖職者ウィリアム・スプーナーにちなむエポニムです」を挙げました。
堀元さんの例は「夏は暑いね」を「暑は夏いね」と言うようなものです。水野さんは、阿藤快さんと加藤あいさんがスプーナリズムの典型だと冗談を言いました。
キュービックルーブさんの投稿には「堀元さんに聞いてください」と書かれた北海道弁がありました。1つ目の「つっぺ」は、鼻血が出たときにティッシュを詰めて栓をすることです。
つっぺ知らんの?え、つっぺも知らんで生きてきたの?マジで?
北海道出身の堀元さんは「ちゃんとつっぺかいなさいって言われますね」と話し、全国共通の言葉だと思っていたそうです。子どもの頃にしか鼻血を出さず、上京後は言う機会がなかったため、方言だと気づかなかったといいます。
ところが2つ目の「角食・山食」は、堀元さんも聞いたことがありませんでした。意味は食パンのことで、四角い食パンを角食、上が山形の食パンを山食と言い分けるそうです。
四角い形の食パン
上がもさっと山形になっている食パン
水野さんは「これ一語で表すんだってレベルのものか?」と疑問を投げかけ、堀元さんも、言い分けていない形の違いではあるものの、一語で表せて当然かもしれないと認めました。
「マウラーフェ」と定期コーナー化への期待
堀元さんは、フォームに125件もの投稿が来ているので、少しずつ分けて100本ぐらいの動画にすれば無限に更新できると言い出します。そして自分で「お前サラミスライス戦略やわそれ」とツッコみました。
水野さんが何も言い返せずにいると、堀元さんはその状態にぴったりの語として、投稿で寄せられていた「マウラーフェ」を紹介します。ポカンと口を開けた間抜け面の男性を指す語で、検索するとドイツ語で見つかったそうです。投稿者は夢月アカユキ夢月アカユキさんでした。
今いいわ、便利だ。こうやって辞書的にも使えて。
水野さんは、国語辞典や歳時記、ほかの本から集めたストックが相当あるものの、まとめ方に迷って収録していなかったと明かします。外来語の知識は弱いので、いろいろな言語に詳しい黒島先生黒島先生とも一緒にやりたいと話しました。
堀元さんは、この企画を「うんちくエウレカクイズ」に続く定期コーナーにしたいとして、引き続きフォームでの投稿を呼びかけています。
まとめ
この回では、マウントウィーゼルやカルサリカンニッ、ウェッジー、医学生症候群など、複雑な状況や気持ちをたった一語で言い表す単語が次々と紹介されました。脱線や下ネタを挟みながらも、言葉は人間の細かすぎる関心の跡でもあることが伝わる回で、投稿フォームは定期コーナーとして続いていく予定です。
- 辞書や百科事典に入れる架空の記事は「マウントウィーゼル」と呼ばれ、地図のトラップストリートにあたる
- 下着姿で一人酒を飲む気分のカルサリカンニッや、パンツの食い込みを細かく言い分けるウェッジー系の語など、意外な状況に専用の語がある
- アゲヒバリやイッパクのように、日本語にも鳥や馬の様子を細かく表す語が多い
- サラミスライス戦略や医学生症候群は、論文や学習の落とし穴を表す言葉で、出演者自身にも跳ね返ってきた
- 北海道弁の「つっぺ」は、北海道出身の堀元さんも方言だと気づいていなかった



