話し言葉を調べるのに使える文献はどれ?
文献学の話は、堀元さんの素朴な疑問から始まります。文献学が文献を使うことまではわかるものの、具体的に何を資料にしているのかがピンとこない、という疑問です。
なんか具体的に何を文献にしてるのか全然わかんねえなというか。源氏物語とかそういうこと?っていうイメージなんですけど。
これに対して蔦先生は、大学の授業でも出しているという4択クイズを出題しました。問題は「成立当時の話し言葉の文法を調べる資料として使えるのはどれか。すべて選べ」というものです。
選択肢は、奈良時代の『古事記』、平安時代の『源氏物語』、鎌倉時代の『徒然草』、江戸時代の『曽根崎心中』の4つでした。『曽根崎心中』は近松門左衛門 ── 江戸時代前期の浄瑠璃・歌舞伎の作者。心中事件などを題材にした作品で知られ、日本の劇文学を代表する人物とされますによる浄瑠璃の台本です。
二人の方針は、森鷗外の「石炭をば積み果てつ」のような、かしこまった書き言葉っぽいものを除外するというものでした。
片肘張ったやつとか除けばいいよね。
『古事記』については、蔦先生が「稗田阿礼が口述した」とヒントのように口にしたため、堀元さんは一度「話し言葉だ」と揺れます。
口述したならもう話し言葉やんけ。そしたら。
それでも堀元さんは、神話は荘厳な文体で書かれるものだろうと考え直し、『古事記』は書き言葉だと判断しました。『源氏物語』は「あまたさぶらひける」のような言い回しが口頭の言葉とは思えないとして除外します。
『徒然草』は「じじいのTwitter」のようなエッセイだから話し言葉、『曽根崎心中』は小説のようなものだから書き言葉と考え、二人の答えは「徒然草のみ」になりました。
答え合わせの最初は『古事記』です。蔦先生によると、奈良時代にはまだひらがなもカタカナもなく、『古事記』は基本的に漢字だけ、つまり漢文で書かれています。そのため、日本語としてどう読めばよいのかがよくわからないのです。
『古事記』は話し言葉の資料には使えない、という点で二人は正解しました。ただ堀元さんは、推論の過程はまったく違っていたと認めています。
水野さんが「研究すれば読み方は1つに決まるのでは」と尋ねると、蔦先生は昔から2つの説があると説明しました。当時は1通りの読みがあり、今はわからなくなっているだけだという説と、意味が伝わればよく、1文字ずつの読み方までは決まっていなかったという説です。
後者はかなりラディカルな説だと蔦先生は断っています。そのうえで、「於いて」の「於」のように、読み方を意識しなくても意味が通じる字は現代にもある、という例を挙げました。
平安の物語は『すべらない話』の台本だった?
次は『源氏物語』です。二人が「話し言葉ではない」と答えた『源氏物語』について、蔦先生の答えは「当時の話し言葉の文法を研究する資料として使える」というものでした。
蔦先生によると、物語はもともと本当に「物語る」ものでした。初めはプロットだけが書き留められ、それをもとに誰かが話芸として語っていたといいます。
源氏物語って滑らない話だったんですか?
蔦先生は、紫式部が彰子のために毎晩すべらない話をしていたようなものだと、たとえで応じます。世界最古の女流文学とも言われる立派な作品だと思っていた水野さんは、急に親しみがわいたようです。
蔦先生の説明では、語りの工夫が複雑になるにつれて、プロットだけでは再現できなくなりました。そして、そのまま読むとその場で人が語っているように聞こえる台本へと整っていった、と考えられています。
プロット
最初はあらすじだけが書き留められる
語り
それをもとに話芸として物語る
高度化
伏線や言葉遣いの工夫が複雑になり、メモでは再現できなくなる
台本
読み上げると語っているように聞こえる形に整えられる
蔦先生は室町時代の喜劇である狂言 ── 室町時代に成立した日本の伝統的な喜劇。能と組み合わせて上演され、日常の出来事を笑いにする演目が多く残っていますにも同じ流れがあると話します。プロットだけの台本から、細かく書き込んだ台本ができていき、『源氏物語』はそれが究極まで高度化したものだと考えればよい、という説明です。
堀元さんは、講演などを文字にする書き起こしサービスのログミーにたとえました。蔦先生はこのたとえを面白がり、明治時代に速記術という新しい技術が登場して、落語家の名人芸が忠実に書き起こされた歴史と重なると応じています。
一文が長いのは話し言葉だったから
水野さんは、『源氏物語』を読んで感じていた「一文が長い」という違和感が、話し言葉だと考えると腑に落ちたと話します。
俺、源氏物語読んで思ったんすよ。一文長えなと思って。
子供の発話って基本的に「て」っていう単純な接続とかでずっと話を続けちゃう。
水野さんによると、「〜して、〜して」と文を切らずに続けるのは口語としてはむしろ自然です。編集者でもある水野さんは、自分が紫式部の担当編集なら「文を切れ」「主語を補いましょう」と赤を入れたくなる、と冗談を交えています。
途中で堀元さんは、『源氏物語』を「語ったものを後から書き起こしたもの」と受け取っていました。蔦先生はこれを訂正し、語った後に書き起こしたのではなく、語る際の台本として最初から作られていたと説明しています。
ログミーのたとえに自分で引っ張られた堀元さんが「ログミーの例えを出さないほうがよかった」と言い、水野さんに「お前が出したんだよ」と突っ込まれる場面もありました。
『徒然草』はなぜ森鷗外パターンなのか
3つ目の『徒然草』は、二人が唯一「使える」と答えた作品です。しかし蔦先生の答えは「使えない」でした。
だって3分の2を二択外してるんでしょ。猿じゃん。猿以下じゃん。
蔦先生によると、『源氏物語』以降の文芸作品はだんだん文語化していきます。当時の話し言葉そのままではなく、「源氏というすごい作品の文体や言葉遣いを真似しよう」という姿勢で書かれている、という説明です。
堀元さんはこれを、最初に話題に出た「森鷗外パターン」だと受け止めました。蔦先生も同意し、鎌倉時代以降の文芸作品はおおむねそうだと話しています。
蔦先生は『舞姫』の一節を読み上げ、鷗外が家族とこんな言葉で話していたとは考えにくいと指摘します。明治時代の言葉は今とほとんど変わらないからです。
じゃあ徒然草ってTwitterのくせに昔の言葉遣いで書いてるみたいな感じだよね。
蔦先生の説明では、『源氏物語』が1000年ごろ、『徒然草』が1300年ごろの成立で、300年の開きがあります。今から300年前の1700年代、つまり江戸時代前期の言葉でTwitterをしているようなもので、堀元さんも「確かに違和感すごいな」と納得しました。
『源氏物語』は語りの台本として、当時の話し言葉に近い形で書かれた
鎌倉時代以降の文芸作品は、『源氏物語』などの文体に倣った文語で書かれるようになる
ただし「使えない」というのは、当時の話し言葉の文法を調べる場合に限った話です。蔦先生によると、新しい単語は出てくるので語彙の研究には使えますし、当時の文語文そのものを調べる研究にも使えます。
同じ浄瑠璃でも時代物と世話物で違う
最後の『曽根崎心中』について、二人は「小説のようなものだから使えない」と答えていました。蔦先生の答えは「全部ではないが使える」です。
『曽根崎心中』は浄瑠璃の台本です。劇なのでセリフがある一方、小説のような地の文、つまりト書きにあたる部分もあります。地の文は当時の話し言葉とは違う言葉で書かれているため、使えるのはセリフの部分だけになります。
堀元さんはここで、地方大学のTEDxに出たときの体験を持ち出しました。演出やナレーションはかっこいいのに、登壇者が「えーと、本日はですね」と話し始める落差が浄瑠璃と同じだと言い、水野さんに「同じではないです」と一蹴されています。
蔦先生はさらに、近松の浄瑠璃なら何でも使えるわけではないと続けます。近松の作品は大きく「時代物」と「世話物」に分かれるからです。
時代劇にあたる作品。セリフも時代劇らしい言葉で書かれ、当時の話し言葉の資料には向かない
同時代の事件を題材にした現代劇。セリフは当時の現代語で書かれ、話し言葉の資料に使える
世話物の「世話」は世間話の意味です。『曽根崎心中』は、今の大阪にもある曽根崎で起きた心中事件を題材にしていて、水野さんは「トゥルークライムもの」や「アンビリバボー」のようなものだとたとえました。
一方で、同じ江戸時代でも『奥の細道』『好色一代男』『雨月物語』は、当時の文語文で書かれているため使えないと蔦先生は説明します。
ただ江戸時代は出版産業が大きく盛り上がった時代です。それまでとは桁違いの数の作品が作られ、その中に話し言葉で書かれた作品も出てくる、と蔦先生は補足しました。
| 作品 | 二人の答え | 蔦先生の答え |
|---|---|---|
| 古事記(奈良時代) | 使えない | 使えない。漢字だけで書かれ、読み方がわからない |
| 源氏物語(平安時代) | 使えない | 使える。語りの台本として書かれた |
| 徒然草(鎌倉時代) | 使える | 使えない。昔の文体に倣った文語で書かれた |
| 曽根崎心中(江戸時代) | 使えない | 一部使える。世話物のセリフ部分が当時の現代語 |
堀元さんは、未来の研究者にとっては今の時代のYouTubeやPodcastが話し言葉の宝庫になると話します。蔦先生は、ジェスチャーなども残るYouTubeのほうが情報量が多くてよいと応じました。
今から500年後ぐらいの研究者が500年前の日本語どんなだったか知りてえって思った時、YouTubeとか探せば死ぬほどあるから、めちゃくちゃ便利な時代ですね。
文字資料の主役は文芸作品ではない
蔦先生によると、文芸作品は文字資料の中では実はメインではありません。今の二人が書くものも、文芸作品より企画書やメールなど実用的な文章のほうが多いはずだ、というたとえです。
それなら当時の手紙や日記、書類を使えばよいと思えます。しかし蔦先生によると、江戸時代ごろまでの実用文はほとんどが漢文でした。特に男性同士の手紙は漢文が基本で、女性とのやりとりではひらがなも使われたといいます。
堀元さんは、日露戦争の際に秋山真之 ── 明治時代の海軍軍人。日本海海戦の作戦立案に関わり、名文家としても知られていますが送った電報の「本日天気晴朗なれども波高し」を挙げました。蔦先生も、当時の文章はかなり漢文をベースにしていると応じています。
漢文の問題は、音読みか訓読みかがまず決められず、訓読みでも何と読むかが1つに定まらないことです。手紙には返り点も普通はつきません。さらに、漢文の読み下しは文語文なので、話し言葉とは違う可能性が高いといいます。
水野さんが指摘したとおり、これは『古事記』と同じ「読み方がわからない」問題が再び出てきたということになります。
現代のさ、テキストメッセージのやりとりもそうだもん。草とか送ってるけど、草って口で言ってる人はそこまで多くない。
二人は、笑いを表す「w」を歌詞に入れた藤井風さんの曲を例に、後世の研究者はこの「w」の発音に迷うだろうと盛り上がりました。
古生物学と文献学に共通する「あるある」
蔦先生は、文字で書かれたものは歴史上たくさんあるものの、書かれた当時の言葉を知れる資料はかなり限られていると整理します。そのわずかな資料の1つが、文芸作品の一部だということです。
話し言葉を研究したい人と書き言葉を研究したい人では、使う資料が必然的に違ってきます。研究者がどの資料を使っているかを聞けば、何をやりたいかにもある程度見当がつくそうです。
堀元さんはここで、古生物学会で聞いた話を持ち出しました。古生物学会では「デボン紀後期をやっている」と言うと「やっぱり」と返されるほど、その時代が花形なのだといいます。ダンクルオステウスのような古生物が出てくるからだそうです。
文献学でも、室町後期をやっていると言うと「キリシタン?」「狂言?」と返されることがある、と蔦先生は話しました。
蔦先生の感覚では、近世、つまり江戸時代は資料が爆発的に増えるため手を出しにくい「未知の世界」です。人気はおそらく中世以前にあり、近世は最近になって人気が出てきたといいます。
その背景として蔦先生は、国語学が江戸時代に生まれた国学から出ていることを挙げます。国学の人々にとって江戸時代の言葉は自分たちの言葉なので研究対象にせず、上代や中古あたりが伝統的に熱い分野だった、という説明です。
堀元さんは、古生物学も顎の出現で大きく2つに分かれ、顎がある生き物は形が似通っていく一方、顎がない時代は多様だと紹介しました。そして最近、顎のない魚のサカバンバスピスがネットで流行ったことを、近世文芸が最近注目されていることと重ねています。
顎の出現を境に二分される。花形はデボン紀後期で、顎のない生き物は最近ブームになった
人気は中世以前で、資料が爆発的に増える近世は20世紀後半ごろから注目されてきた
蔦先生自身の専門は上代と中世で、係り結びの起源を研究するには奈良時代を扱うしかないのだと話しました。堀元さんは顎のたとえを当てはめようとして混乱し、「顎の例え一回やめましょうか」と自分で打ち切っています。
最後の注意喚起と『抄物を読む』
水野さんは、今回のパンチラインを『徒然草』が当時の話し言葉の文法を調べるのには使えないという意外さだとまとめました。
前回、蔦先生からは係り結びの起源を倒置で説明する倒置起源説について、研究者の間で統一見解がないので注意が必要だという「注意喚起」がありました。今回は注意事項の代わりに、蔦先生の本の告知がありました。
蔦先生が関わった『抄物を読む』は、今年3月に臨川書店から出た本です。蔦先生によると、抄物 ── 室町時代ごろに作られた講義録。難しい漢文をみんなで読み、先生がその読み方や意味を講義した内容を書き留めたものですは講義の言葉を結構そのまま書いているため、話し言葉の資料になります。
ただ、内容がとても難しいので手を出しにくく、この本はそれを噛み砕いて資料を整備したものだそうです。抄物の専門家は両手で収まる、10人ほどしかいないといいます。
読者として想定しているのは、研究者よりも学部生や院生です。国文系の学生のほか、中国古典を大昔の日本で読んだ記録として、中国文学の人にも役立つと蔦先生は話しています。
小物を読もうって人生で一回も思ったことないです。
最後に堀元さんは、自分からも「注意」があるとして、ネットで広まったサカバンバスピスの姿は古い復元図にもとづくもので、最近出たより正確な復元図があると紹介しました。キャッチーなほうがバズってしまうという点で、問題の根っこは倒置起源説と同じだと話しています。
まとめ
この回では、4択クイズを通して、昔の文献のどこに話し言葉が残っているかを見極めるのが文献学の大事な仕事だとわかります。同じ古文でも、書かれた目的や文体の事情によって、資料としての使い道がまったく違います。
- 『古事記』は漢字だけで書かれ、読み方が定まらないため、当時の話し言葉の資料には使いにくい
- 『源氏物語』は語りの台本として作られたため、当時の話し言葉の資料に使える
- 『徒然草』など鎌倉時代以降の文芸作品は、昔の文体に倣った文語で書かれている
- 『曽根崎心中』は世話物の浄瑠璃で、セリフ部分だけが当時の現代語として使える
- 手紙など実用文の多くは漢文で書かれ、話し言葉を知れる資料はかなり限られている

