宇宙人ジョーンズの作り手が、なぜ言語学ラジオに?
この回は、広告コピーを作る側のプロと一緒に広告コピーを読むという企画です。ゲストはテレビCMを中心に広告を作るCMプランナーの福里真一さんと、広告業界で働く若手の山田百音さんです。
福里真一さんは、サントリーの缶コーヒー「ボス」の宇宙人ジョーンズシリーズを手がけています。シリーズは収録時点で18年目で、堀元さんは「僕が鼻垂らして小学生の時からCMを作ってらっしゃる」と驚いていました。
福里さんはその前に、競合の缶コーヒーであるジョージアのCMも担当していたそうです。業界倫理的に大丈夫なのかと堀元さんが尋ねると、福里さんは「間が3年空いてますので」と答え、堀元さんは「間に3年間があるさ」とジョージアのCMソングにかけて返していました。
競合をめちゃくちゃ作ってる。それ大丈夫なんですか?業界倫理的には。
福里さんと山田さんは、広告を深掘りするYouTubeチャンネル「広告ウヒョー!」を運営しています。山田さんは難しいことを言う福里さんに「それってなんでこのコピーいいんですか?」と突っかかる役回りだそうで、同じ立場の堀元さんは強いシンパシーを示していました。
今回は両チャンネルのコラボ企画で、ゆる言語学ラジオ側では二人が持ってきたコピーをゲストに読んでもらいます。チャンネル名の「ウヒョー」は、「批評」ではなく「心を動かされた」ことを紹介するという意味だと福里さんは説明しています。
「よくある」と「よくない」、同じ「よく」なのか?
水野さんが最初に持ってきたのは、ヘアサロン「クラウドヘア」のコピー「よくある髪型にしているとよくある人になっちゃいそうで、それは良くないと思うのです。」です。
水野さんが面白いと感じたのは、「よくある」と「よくない」で「よく」の成り立ちが違う点でした。見た目は同じ形態なのに意味がまったく異なり、それを1つの文にまとめることでコントラストが際立っていると水野さんは読みます。
よくあるのよくは副詞ですよね。つまり頻度の話をしているけれども、もう一個のよくってのは形容詞ですよね。グッドの意味なので。
水野さんはさらに、「ある」は存在を表すのに対し、「ない」は否定であって存在しないという意味ではないとも指摘しました。堀元さんはこれを「形態論コピー」と名づけています。
| 表現 | 品詞 | 意味 |
|---|---|---|
| よくある | 副詞 | 頻度が高い、ありふれている |
| よくない | 形容詞 | グッドではない |
堀元さんは関連して、昔インターネットで見た飲み物のコピー「美味しいところが良い」の話を出しました。堀元さんの記憶ではペプシのコピーだったかもしれない、とのことです。
当時のテキストサイト管理人によれば、このコピーには「美味しいところが良い」という素直な読みのほかに、「いい」を「いらない」の意味で取る読み方もできるといいます。福里さんは、それでは広告の逆になってしまうと笑っていました。
短いコピーから長いコピーへ、何が変わったのか?
福里さんは、クラウドヘアのコピーが長いことに注目しました。従来の広告コピーは短いほうが覚えてもらいやすいとされ、作り手もそう訓練されてきたそうです。
ところが最近は、長くてもいいという流れがあると福里さんは話します。Xなどでは文字をそのまま貼り付けられるので、覚えてもらわなくても「こんなコピーがあった」と共有してもらえるからです。
堀元さんはこれを、コピーアンドペーストというテクノロジーが広告コピーの世界を変えたとまとめました。福里さんは似た例としてゼクシィの有名なコピーを挙げ、言いたいことを全部言ってもいいのではないかという流れを説明しています。
福里さんは、長いコピーが好まれる理由として、広告っぽい言い方は嘘くさく感じられる点も挙げました。長いほうが少し下手に見え、うまく言おうとするより伝えたいことを伝えようとしている感じが出るといいます。
短く言いたいことを絞るのが技。短いほうが覚えてもらいやすい
言いたいことを全部言ってもいい。貼り付けて共有でき、少し下手なほうが誠実に見える
堀元さんは、この現象を商品写真の流行に重ねました。一眼カメラで撮りすぎるとプロっぽくて嘘っぽく見えるため、あえてスマホで撮るという話です。
テクノロジーが発達したことによって、プロっぽさがもう嘘っぽさになってしまって、あえて素人っぽいものが好まれるみたいなことだよね。
福里さんが最初に「どこに置かれたコピーか」を気にしたのも、この流れと関係していました。ポスターなら写真に撮ってネットに上げてもらうことを狙っているのか、と考えるためです。テレビCMだと、長いコピーは読み切れないと福里さんは話しています。
「試される大地」はネガティブなのになぜ強い?
続いて北海道出身の堀元さんが持ってきたのは、北海道庁のコピー「試される大地」です。水野さんは、これが広告コピーだと知らず、ネットミームだと思っていたそうです。
堀元さんは、行政がこんなハードな言葉を使っていいのかと感じつつも、北海道で過ごした19年間を振り返ると「試されてたな」と思うといいます。降雪量が多く、積もった雪をかき分けて登校していたからです。
北海道札幌南高校、進学校なんですけど、そこの歌詞の中にですね、雪に鍛えし精神はって言ってて。
福里さんによれば、「試される大地」は一般公募で選ばれたコピーです。落ちかけていたところを、文化人的な審査員の一人が強く推したと福里さんは記憶しています。
福里さんは、普通なら「大自然があって、食べ物も美味しくて」と当たり障りのない言葉にしがちなところを、あえてこの言葉にしたことで印象に残ると分析しました。広告的にいうと、これはネガティブアプローチだそうです。
堀元さんが、プロがクライアントにネガティブなコピーを提案するのは怖くないかと尋ねると、福里さんは「なります」と答えました。だからこそ世の中の広告コピーはほぼポジティブなのだといいます。
福里さんは「自分褒め」という言葉で、広告の不自然さを説明しました。人間は自己紹介で「私は素晴らしい人間で、性格も良くて」とは言わないのに、商品の自己紹介である広告だけは平気で自分を褒めすぎてしまう、という指摘です。
これを受けて堀元さんは、ゆる言語学ラジオのコピーを「時々間違えます」にしようと提案しました。水野さんも負けずに、堀元さんのコピーとして「31歳嘘つき」を考えています。
水野さんが面白がったのは、福里さんが「試される」と「大地」を分けて考えていた点です。福里さんは、作り手はおそらく大地の部分にほかの言葉がありえないかを検証しただろうと推測しました。
水野さんはこれをパラディグマティック ── ソシュールが整理した言語の関係の一つ。文の同じ位置に入れ替え可能な語どうしの関係を指し、語を横に並べてつなぐ「シンタグマティック」な関係と対になりますな関係だと説明し、福里さんも「コピーライターは最後には必ずやります」と応じました。
話はさらに広がり、堀元さんは『HUNTER×HUNTER』の「試しの門」にかけて、青森県が「友達を試すなんて間違ってるんだ」というコピーで北海道と対立したらどうかと提案します。福里さんは、話題にならないと意味がない広告にとって、対決軸を作ると参加する人が増えるので良いと話していました。
一方で水野さんは、大人になると対決広告は調整が大変だったのだろうと見てしまうといいます。山田さんも、双方のクライアントの言いたいことを両立させる大変さを認めていました。
新聞の一面広告は「調整の塊」
水野さんは新聞を4紙取っていて、記事よりも広告コピーを読むために新聞を読んでいるそうです。一面広告は、すごい予算と才能が集まった「調整の塊」だからだと水野さんは話します。
一面広告とかさ、調整の塊じゃん。
水野さんが挙げたのは、書籍『DIE WITH ZERO』の新聞広告にあったコピー「貯金を残して死ぬことは、その分ただ働きしたのと同じ」です。水野さんは本を読んではいないものの、「過言すぎるだろ」と思いつつ、その思い切った言い切りに惹かれたといいます。
雑誌や書籍の編集をしている水野さんは、本の要素を並べて組み合わせるような書き方ではこのコピーは出てこないと感じています。一回頭を使わないと出ないコピーが好きで、こうしたコピーを載せるダイヤモンド社の広告を楽しみにしているそうです。
新聞広告では「DIE WITH ZERO」が一番大きく、その上に「ゼロで死ね」、下に小さくこのコピーが書かれていたと水野さんは説明しました。福里さんはすかさず、どちらにするか迷って両方入れたパターンだろうと読み解いています。
福里さんは、新聞は滞在時間をかけて読むことが前提のメディアなので、考えないとわからないコピーも成立すると話しました。テレビで急に言われたら「今何言ったんだっけ?」となるものでも、新聞ならしっかり読まれるからです。
ちなみに山田さんは、人生で新聞を取ったことがないそうです。水野さんは「いっぱい調整の塊が載ってるのに」と残念がっていました。
ポカリ、カロリーメイト、お正月を写そう。広告で季節を感じる
福里さんにとって新聞広告は「広告の王様」でした。元々は新聞広告でいいコピーを競い、商品がそこでデビューして全国区になる場だったといいます。
水野さんは、ファッション誌はビジュアルで見せてくるのに対し、理屈っぽい自分には面白い文が載る新聞が肌に合うと話しました。母の日のユニクロ、夏のポカリを楽しみにするなど、水野さんの中には「広告バイオリズム」ができているそうです。
福里さんによれば、季節を感じさせることは広告がとてもやりたいことです。夏のポカリ、受験シーズンのカロリーメイトはそれを実現できている例で、福里さん自身も何十年も富士フイルムの「お正月を写そう」のCMを手がけています。
水野さんは、正月の大手出版社やサントリー、成人の日の伊集院静さんの文章も毎年楽しみにしていると話し、何月と言われればその時期の新聞コピーを言えることに自分で気づきました。堀元さんは、植物の変化に気づかない水野さんは季節感を新聞だけで感じている、とからかっています。
「ゴムじゃないコンドーム」はダジャレか、歴史への目配せか?
堀元さんが次に持ってきたのは、相模ゴム工業のコピー「チン謝、品不足をお詫びします。帰ってきたゴムじゃないコンドーム。」です。陳謝の「チン」がカタカナになっています。
堀元さんは、これをただのダジャレだと思うのは踏み込みが浅いと主張します。合成樹脂製のコンドームが売れて品不足になり、その解消後に出したコピーだろうと堀元さんは推測したうえで、本『コンドームの歴史』を念頭に置くと100倍良くなると語りました。
堀元さんの説明では、昔はゴムという素材がなかったため、コンドームは羊の腸や動物の皮で作られていました。手袋を作った革の余りで作られていたため、欧米圏では今でも手袋がコンドームの隠語になっているそうです。
さらに堀元さんによれば、100年ほど前のゴム製コンドームは品質が悪く、昔の人は羊の腸が一番だと考えていた時代が長くありました。
昔
ゴムがなく、羊の腸や動物の皮でコンドームを作っていた
約100年前
ゴム製は品質が悪く、ゴム以外のほうがいいと考えられていた
その後
技術革新でゴム製が使えるようになった
コピー
ゴムじゃないコンドームの時代が「帰ってきた」というプレイバック
ゴムが粗悪だった時代の昔の人たちが、やっぱゴムよりな他のやつのほうがいいかなって思っていたあの頃が帰ってきた、プレイバックっていう意味も含めた素晴らしいコピーだと思うんですよ。
しかし水野さんは「考えすぎです」と一蹴し、福里さんも羊のコンドームが帰ってきたわけではないと指摘しました。プロの評価は「素晴らしいダジャレコピー」でした。
ダジャレコピーは、なぜ提案の最後に置かれるのか?
福里さんは、ダジャレはコピーの中で昔からある王道の一つだと話します。例として、ホンダを「買うボーイ」とカウボーイのビジュアルをかけた広告や、ゲーム『神撃のバハムート』の広告に出てきた「バッハ武藤」を挙げました。
福里さんによると、広告制作者は最初にダジャレ系も考えておこうと思うものだそうです。覚えてもらいやすく、言いたくもなるうえ、「ダサいよね、あのダジャレ」という批判でも印象には残るからです。
もうそれで勝ちなのか。ダセえなって言われても。
福里さんは、ネットの時代は「いかに参加してもらえるか」が大事になってきていて、ツッコミも参加の一つだと話しました。ただし、ツッコんでくださいと露骨にやりすぎるとうまくいかず、頃合いが難しいといいます。
意外だったのは、ダジャレ案を提案のどこに置くかです。福里さんは、ダジャレ案は提案の最後に入れがちだと明かしました。「ちなみにこういうのも考えちゃったんですけどね」と言いながら出し、そこで笑ってもらえればという位置づけです。
福里さんは、クライアントの望む案だけでは「予想通りのものしか来なかった」となるので、最終的にそれが選ばれるとしても別の案があったほうがいいと説明しました。ダジャレはその方法の一つだそうです。
水野さんは、研究者が論文の書き方をネットで公開する例はあるのに、コピーの企画書の並べ方を解説したものは見当たらないと話しました。福里さんは、広告ウヒョー!で出せばいいかもしれないと応じています。
「エネゴリラくん」から「ラ」を消したのは誰か?
山田さんが、何十年も続くコピーが実はサブ案だったこともあるのではと尋ねると、福里さんはクライアントの修正を経て世に出た例を挙げました。福里さんが長く手がけるENEOSの「エネゴリくん」です。
元々は「エネゴリラくん」で提案して決まったものの、最後に当時のENEOSの会長が「ラはいらないだろ」と言い、「エネゴリくん」になったそうです。
エネゴリラくん(福里さんの提案時の名前)
エネゴリくん(会長の「ラはいらないだろ」で変更)
水野さんは、この変更は日本語の音韻構造に従っていると解説しました。言語学の音の研究者は、発音しやすいのは4つ程度までだと言っていて、あだ名も「さっちゃん」「みっちゃん」のように5以上にはあまりしないといいます。
エネゴリラよりはエネゴリの方が普通の人は発音しやすいとは思うんですね。
福里さんは、企業のトップが本当に「ラを消せ」と言うのか半信半疑だったそうです。ところが十数年後、日経新聞の「私の履歴書」でENEOSの会長が連載した際、自分がエネゴリラをエネゴリにしたとちゃんと書かれていたといいます。
堀元さんも、ライター時代に似た経験をしています。合コン企画の広告記事で、クライアントの偉い人から「うんこという表現は下品なので何とかしてください」と修正要望が入りました。
どうしようもないけどなと思いながら、僕半信半疑で一応うんちに書き換えて出してみたんですけど、そしたらOKですって言われて。
福里さんは「うんちの方が生っぽいですけどね」と笑い、堀元さんはやけくそで出したら通ってしまったと振り返っていました。
ガスターの「ナンバーワンと言ってはいけない」は何を伝えたのか?
水野さんが最後に挙げたのは、胃腸薬ガスターのコピー「薬事法により薬の広告では、たとえ事実だとしてもナンバーワンと言ってはいけないんです。」です。水野さんの紹介では1997年のコピーです。
水野さんはこのコピーを、グライスの公理 ── 哲学者ポール・グライスが整理した、会話が成り立つための原則。量・質・関係・様式の4つからなり、一見これに反する発話から聞き手は裏の意図を推論するとされますで読み解きました。会話は量、質、関係性、様式の4つのルールに従っていて、一見違反しているように感じられる発話には裏の意図がある、という考え方です。
ガスターの広告でいきなり薬事法を持ち出すのは、関係性の公理に違反しているように見えます。だからこそ聞き手は、わざわざ言うということは本当はナンバーワンなのだと推論する、と水野さんは説明しました。
表現
薬の広告ではナンバーワンと言ってはいけない、と薬事法の話をする
違和感
胃腸薬の広告と関係なさそうに見える(関係性の公理への違反)
推論
わざわざ言うのには意図があるはずだと考える
含意
ガスターは本当はナンバーワンなのだと受け取る
グライスの公理に違反して本当に言いたいことを言うっていう、すごくトリッキーな書き方の広告だと思う。
ただし水野さんは、含意レベルで言って表現レベルでは言わないというやり方自体、今ならダメそうな気がするとも話しています。堀元さんは、難しい法解釈の話になりそうだと応じました。
堀元さんはさらに、ゲーム『UNDERTALE』に出てくる謎の言葉「ガスター語」は、この広告を元に作られたに違いないと言い張ります。作者がアメリカ人であることも認めつつの断言で、水野さんは「時々間違えるわけですもんね」と受け流していました。
広告表現を突き詰めると法解釈になる?
福里さんは、薬事法に加え、テレビ局がCMをチェックする局考査 ── テレビ局が自局で放送するCMの内容を審査する仕組み。法律とは別に、放送にふさわしい表現かどうかを局ごとの基準で確認しますがあると説明しました。法的にはNGではなくても表現として禁じられていることが山のようにあり、それとのせめぎ合いだといいます。
福里さんは、ガスターのコピーも当時の普通のマス広告でできたのかと首をかしげます。これができるならみんなやってしまうからです。
理屈では「言えないと言っているのだからルールに則っている」となりますが、福里さんによれば、それが通用するほどチェックする側は柔軟ではありません。堀元さんは、脅迫にならないよう「夜道は気をつけた方がいいぞ」と言っても脅迫だ、という例えで応じました。
この広告コピーの世界突き詰めていくと法解釈の世界みたいになるのかもしれないですね。
規制は非常に細かいと福里さんは話します。たとえば「なんとか成分が入っているから何々に効く」とは言えなくても、「なんとか成分配合」のところで一度句点を打てば、因果関係を言っていないので言える、といったやりとりの連続だそうです。堀元さんは思わず「言語学やん」と反応していました。
チェックは何重にも行われます。福里さんによれば、薬事関係の商品を扱うクライアントには社内チェックがあり、東京都庁などにもチェックする部署があり、各テレビ局にも考査担当がいます。
クライアント社内
薬事関係の商品を扱う企業には社内のチェックがある
行政
東京都庁などにもチェックするところがある
テレビ局
各局の考査担当が細かい言い回しまで確認する
堀元さんが「水野さん、調整の塊」と振ると、福里さんも「調整の塊ですよ」と同意しました。広告コピーがたくさん載った本を読むと、背後にいる大人の数を感じ、「偉い人がこれ通したんだ」という感動があると福里さんは話しています。
最後に福里さんは、今後堀元さんにいいコピーを言われたら「それはどの媒体に載ってたんですか?」と聞くと宣言しました。堀元さんたちが出演する広告ウヒョー!側の動画にも、「まずは媒体を確認」という心得で臨むそうです。
まとめ
言語学の視点で語の多義性や推論の仕組みを読む水野さんと堀元さんに対し、福里さんは媒体、提案の順番、クライアントや規制との調整という制作の現場からコピーを読みました。同じ一行でも、見ている場所がまったく違うことがわかる回でした。
- コピペで共有できる時代になり、短さより「言いたいことを全部言う」長いコピーも増えている
- 「試される大地」は、自分褒めを避けたネガティブアプローチで印象に残るコピーだと福里さんは分析した
- ダジャレ案は覚えられやすく話題にもなるが、提案では最後に置かれがちだという
- ガスターのコピーはグライスの公理を逆手に取り、言えないことを含意で伝えている
- 広告表現の背後には社内・行政・テレビ局の細かいチェックがあり、まさに「調整の塊」である


