方言の伝わり方はタピオカブームと同じ?
水野さんが持ち出したのは、方言周圏論 ── 方言の分布は、京都など文化的な中心地を起点に同心円状に広がるという考え方。柳田国男が提唱したことで知られていますという考え方です。柳田国男がカタツムリの呼び方を例に唱えたことで有名になりました。
水野さんによれば、この説から言われる示唆の一つに、同心円の一番外側にある語形は、古語の特徴を残しているものが多いというものがあります。
電波が同心円状に広がるなら、京都にあった語形が隣へ隣へと伝わり、時間が経った結果、沖縄にまで届く。そうすると、沖縄の語形が昔の京都の言葉である可能性が高い、という理屈です。
堀元さんは、これをタピオカブームにたとえます。
タピオカブームの時に渋谷とかでは真っ先に店舗がいっぱいできたけど、地方ではあんまできなくて。北海道とかにタピオカ屋がめちゃくちゃできてる頃には、もう渋谷のタピオカ屋は潰れ始めてて、別の店が増え始めている。
水野さんは、この理屈が直感と逆である点を面白がる堀元さんの整理に感心します。京都の古い言葉を知りたいなら京都を調べるのが当然に思えるのに、実際は一番外側のほうが古い形を残している、というわけです。
北海道まで伝わってきたブームこそが昔の姿を表しているのであって、渋谷を今調べちゃうと、もう今のものになっちゃってて、5年前のブームは残ってない。
ただし水野さんは、方言周圏論がいつも成立するわけではないと釘を刺します。カタツムリの呼び方も、実際に見ると同心円状の分布と言うにはかなりの想像力が必要で、東西対立のような分布もあると説明します。
中心地で新しい語形が生まれる
京都など文化的な中心で、新しい呼び方が使われ始める
同心円状に外へ伝わる
隣の地域へ、また隣の地域へと、時間をかけて広がっていく
外側に古い形が残る
中心では次の語形に変わり、遠い地域ほど昔の語形が残る
方言オノマトペの資料はなぜ少ないのか
今回のテーマである方言のオノマトペが何の役に立つのか。水野さんは、その一つとして、昔の日本語の形に示唆を与えることを挙げます。
ただし、ある地域で使われるオノマトペをまとめた辞典のような、記述的な研究はほとんどないと水野さんは言います。
水野さんによると、仙台のあたりに一つ例があるものの、それは地元のオノマトペに関心のあるおじいさんが、独力で聞き取りをしてまとめた資料でした。そうした変わった人がいないと、その地域には資料がほとんど残らないといいます。
特に現代は今オノマトペの研究って大事だよねってなってるけど、ちょっと前まではオノマトペなんてやってもしょうがないでしょ、って思われていた。
水野さんは、全国的なオノマトペの横断調査は多くなく、地方によって進み具合にばらつきがあると話します。東北はオノマトペが中央語と比べて独特なため、調査が進んでいる地域ではないかというのが水野さんの所感です。
ただし水野さんは、それが逆かもしれない可能性にも触れます。東北だけ調べてあるからユニークに見えているだけで、各地を調べればそれぞれに際立った特徴があるのに、調べがついていないだけかもしれないと補足します。
古語「つと」は沖縄に、牛の鳴き声は昔「む」だった
水野さんは、古い日本語の形を方言が残している例として、高校生のときに古文の担任から聞いた話を紹介します。
その先生は、草冠に包むと書く「つと」という名詞を教えてくれました。手土産という意味の古文単語です。現代では「つと」と言っても伝わりませんが、沖縄では今でも食べ物の手土産などを「つと」と言うそうです。
続いて水野さんは、全国の方言を調べ上げた日本言語地図 ── 国立国語研究所が全国の方言を調査してまとめた言語地図。1897地点という細かい単位で聞き取りが行われましたを紹介します。
この地図では、県という単位ではなく、1897地点という細かい単位からデータが取られています。県は明治以降に人為的に引かれた区分で、言語の実態とは合わないためだと水野さんは説明します。
愛知県を例に、水野さんは尾張と三河の間を木曽川が流れ、交流が起きづらいため言葉がきっぱり分かれていると話します。同じ県でも喋りはかなり違うといいます。
日本言語地図では、スズメの鳴き声のオノマトペが調べられました。最も多い語形は、現代のチュンチュンではなくチューチューだったといいます。
このスズメの鳴き声も、周圏的な分布をなしていたようだと水野さんは言います。地方に残る語形が、古い日本語の形だった可能性があるわけです。
牛の鳴き声も例に挙がります。現代のモーに対して、昔は「む」で、ムームーと鳴くとされていました。秋田や石川、奄美などでは、今でもムーやムームーという鳴き声が使われているそうです。
最も多い語形は昔チューチュー。現代のチュンチュンと違い、周圏的な分布をなしていた
昔は「む」でムームー。秋田・石川・奄美などに今も残る
赤べこの「べこ」も牛の鳴き声だった
水野さんは、牛を指す「べこ」という語も、実は牛の鳴き声から来ていると説明します。
牛の鳴き声には「む」のほか、「べー」や「めー」のような語形もあったといいます。「め」と「べ」は両唇で出す音で交代しやすく、赤べこの「べこ」もこの鳴き声から来た名前だと水野さんは話します。
水野さんは、愛知で寒いことを「さぶい」と言う例を挙げ、「む」と「ぶ」、「め」と「べ」が近い音であることを示します。
話の途中、二人は赤べこの図像そのものにも脱線します。牛を赤く塗り、抽象化された描き方をしている点を、水野さんはピカソのゲルニカの牛にたとえて面白がりました。
赤べこの由来について、堀元さんが調べた内容を紹介します。赤い体色には魔除けの効果があるとされ、黒い斑点は天然痘を表しています。病にかかっても重くならないようにと、子どもに贈られたデザインだといいます。
堀元さんによれば、赤べこを作る工房は天然痘の蔓延時に売れ行きが上がり、2020年以降は新型コロナウイルス感染症の収束を祈願して購入する人が増えたそうです。水野さんは、アマビエと同じような存在だと受け止めます。
オノマトペを動詞にする方法は地域で違う
ここから話は、単語のレベルから、より構造的な話へ移ります。水野さんは、オノマトペを動詞化するやり方が地域で違うことに注目します。
中央語や近畿あたりでは、フラフラをふらつくのように「つく」をつけて動詞化するケースが多いといいます。一方、東北では「めく」や「めかす」をつけるそうです。
水野さんは、ざわめくや土用めくなどに「めく」が残っている一方、現代では「めく」でオノマトペを動詞化することはあまりないと指摘します。ざわつくのように「つく」のほうが自然だといいます。
二人は、新しいオノマトペで試してみます。画像が粗いことを表すガビガビは、ガビめくとは言いにくいものの、ガビつくなら自然に聞こえる、という具合です。
この画像ガビついちゃってるなは普通に言うけど、この画像ガビめいちゃってるなは言わないですね。
水野さんは、日本語の文法を学ぶと、逸脱を論理的に作れるようになると話します。東北ではオノマトペに「めく」をつける、と知っていれば、新しいオノマトペで挑戦する余地が生まれるというわけです。
日本語の文法とかこういうの勉強するとさ、逸脱を論理的にできるようになるの。だから逸脱って作りやすくなるんですよ。
堀元さんは、「めく」が秋めく・春めくのように季節の趣ある変化を表すことに気づき、犬の換毛期に「お宅のワンちゃんモフめいてきましたね」と言えそうだと発想を広げます。
フラフラ→ふらつく。現代では「ガビつく」のように新しい語にも使いやすい
ざわめく・土用めく。めくは自動詞、めかすは他動詞を作る
津軽・那覇のオノマトペ動詞化がすごい
水野さんは、津軽方言で「めく」を使ったオノマトペ動詞の例を挙げます。ピカラメクはピカピカ光ること、ビックラメクはびっくりすること、ワッタメカスはドシドシやることだといいます。
さらに那覇や首里の方言では、「ミカスン」をつけて他動詞を作るそうです。パラパラに対応するパーラミカスンは雨が急に強く降ること、ポトンミカスンはポトンと落とすことを指します。
水野さんによれば、那覇の方言には自動詞を作る「ミチュン」もあります。二人の内省からすると、ミカスンやミチュンはかなり不思議に感じられるといいます。
我々の内省からするとミカスンってすごい不思議だなと思いますけど。
水野さんは、東北方言では「めく」「めかす」が非常に生産的 ── 新しい語にも次々と適用できて、いろいろな語形を作り出せる性質。文法の規則が生きて働いていることを表しますで、いろいろなものに使って動詞を作れると説明します。
堀元さんは、母親が那覇の出身であることから、後で「ふわみかすん」と言えるか本人に聞いてみようと話します。水野さんも、父親に方言の内省をよく尋ねると明かし、親はインフォーマントだと語り合います。
| 地域 | 接尾辞 | 例 |
|---|---|---|
| 津軽 | めく・めかす | ピカラメク(ピカピカ光る)、ワッタメカス(ドシドシやる) |
| 那覇・首里 | ミカスン・ミチュン | パーラミカスン(急に強く降る)、ポトンミカスン(ポトンと落とす) |
副詞化の「り」が津軽と那覇では「ら」になる
水野さんは、オノマトペの副詞用法にも地域差があると話します。中央語ではふわり、ゆっくり、じんわりのように「り」を使いますが、津軽でも首里でも那覇でも、これが「ら」になるといいます。
つまり、ふわりが「ふわら」に、がたりが「がたら」のようになるわけです。堀元さんは、がたりよりがたらのほうがしっくりくると受け止めます。
水野さんは、東西の全然異なる場所で同じ「ら」という方式を採用していることに注目します。ここから考えられるのは、昔は「ら」でやっていたのではないか、という仮説です。
全然東西異なる場所で同じような方式を採用してるとなったら、昔はらでやってたんじゃないかな。
この話も方言周圏論のように、遠い両端に古い形が残っている可能性を示すものだと二人は整理します。
方言オノマトペは音のルールを突破する
水野さんが特に興奮したというのが、オノマトペの音の制約に関する話です。オノマトペは自由にどんな音でも使えそうに思えて、意外とそうではないといいます。
例えば、第2音節にH音は基本的に来ません。コヒコヒ以外に思いつかず、検索しても出てこないだろうと水野さんは言います。テヘテヘやシハシハも、ほとんど使われません。
例えば第2音節にH音って基本的には来ないんですよ。
水野さんは、これが音素配列論 ── 言語の中で、どの音がどの位置に並べるかを定める制約を扱う分野。オノマトペにも、こうした音の並びのルールが働いていますによる制約だと説明します。ところが津軽方言では、H音が2音節目に来るケースがあります。胸元が大きく開いている様子を指すガホがその例です。
水野さんは、こうした細部でも中央語と異なるルールを採用していることが、オノマトペのバリエーションの広さを表していると考えます。
堀元さんは、漫画のキャラクターが「シハシハ」と笑う例を持ち出し、既存の音のルールに縛られない新しい笑い声を作った結果ではないかと推測します。ただし笑い声はオノマトペとして扱うのが難しく、話は脱線気味に進みました。
方言オノマトペから、もっと昔の日本語が探れるかも
最後に水野さんは、こうした方言の観察から、日本語と琉球語の祖先である日琉祖語 ── 日本語と、沖縄などの琉球諸語がともに枝分かれする前の、共通の祖先とされる言語。まだ多くが解明されていませんのオノマトペにどんな特徴があったかを推測できるのではないかと話します。
水野さんによると、参考文献の『感性の方言学』の第1章では、津軽や那覇、今帰仁などを見て、8つの仮説が提案されています。例えば、昔は「めかす」がメインで、東京などで「する」に取って代わられた、という見立てです。
この本では不明な点や仮説の問題点も挙げられており、まだまだ全然わからないというのが実情だと水野さんは付け加えます。
堀元さんは、話をこう整理します。現代のオノマトペから昔の日本語がわかり、方言周圏論から昔のオノマトペが探れるなら、もし昔のオノマトペがわかれば、もっと昔の日本語のことがわかりそうだ、というわけです。
水野さんは、オノマトペにだけ生きていた音があった可能性にも触れます。実際、徳之島のオノマトペには、現代日本語では使わない母音が使われるといいます。
そのうえで水野さんは、方言オノマトペを記録して残すことの意義を語ります。琉球や離島の方言は話者が減り、消滅の危機にあるものもあるからです。
皆さんが当たり前のように使ってるオノマトペが、実はそういったことに示唆を与えるんだけれども、まだそれが研究者に見つかってない可能性もある。
現代のオノマトペ
音象徴などの特徴から、昔の日本語の形の手がかりになる
方言周圏論
遠い地域に残る古い語形から、昔のオノマトペが探れる
日琉祖語のオノマトペ
昔のオノマトペがわかれば、さらに古い日本語に迫れる
まとめ
方言のオノマトペは地味なテーマに見えて、昔の日本語の姿を探る手がかりになりえます。単語だけでなく、動詞化や副詞化のやり方、音のルールにまで地域差があり、そこから遠い過去の日本語が透けて見えるかもしれません。
- 方言周圏論では、遠い地域に残る語形が古い日本語の形を残している可能性がある
- 古語「つと」が沖縄に、牛の鳴き声「む」が各地に残るなど、方言に古い形が見つかる
- オノマトペの動詞化は、中央語の「つく」に対し、東北は「めく」、那覇は「ミカスン」と地域で異なる
- 副詞化の「り」が津軽・那覇で「ら」になるなど、遠い両端が同じ方式を採用する例がある
- 方言オノマトペの記録は、消滅の危機にある言葉を残す点でも意義がある



