「神」が陳腐化したら、次は何と褒める?
半年ぶりのおたより回で、水野さんが最初に読んだのは、「させていただく」の回で話した「使われすぎた表現は陳腐化する」という話題を受けたおたよりです。
「させていただく」の回で、使われすぎるとそれが陳腐化してしまうという話がありました。現代人の、特に若者は「神」を形容詞的に使うことが多々ありますが、「神」が陳腐化した時には一体何が現れるのか予想してみてください。ちなみに私は「神」を絶対に陳腐化させたくないと心に決めている比較的若い人間です。
堀元さんは、自分自身が「神」を陳腐化させている側だと打ち明けます。番組の制作サーバーには50人ほどのスタッフがいて、依頼して2分後に作業が返ってくるたびに「神」スタンプを押しているそうです。
だから僕多分月に200回ぐらい押してますよ、「神」って。
月200回も押せば、「神」は「本当に君は素晴らしい」程度のニュアンスに薄まってしまう、というのが堀元さんの実感です。
次の候補として堀元さんがまず挙げたのは「弥勒菩薩」でした。「この店弥勒菩薩だわ」と使ってみたものの、水野さんからは若者が言うには語感が年配っぽいと返されます。
水野さんは代わりに「アラカン ── 阿羅漢のこと。仏教で、修行を積んで悟りの境地に達した、あるいは近づいた聖者を指す言葉ですうまい」を提案しますが、神から阿羅漢ではランクの差が大きすぎるという結論になりました。
そこで堀元さんは、天使の名前をもじったラジオネーム「親の脛ガブリエル」を思い出し、天使路線を提示します。水野さんは「ミカエルうまい」「ラミエルうまい」と次々に繰り出し、「メタトロン ── ユダヤ教の伝承に登場する天使の一人。天使の中でも高位の存在とされることがありますうまい」にたどり着きました。
お、え、流行るんじゃない?流行語大賞狙いじゃね?
ただ、Wikipediaでメタトロンを調べると「自分に背く者たちを串刺しにしたという逸話がある」と出てきて、2人は「やめましょうか」と引き下がります。
その後もアブラハムの息子イサクを「ヨサク」と言い間違えた堀元さんが、北島三郎さんの歌に引っ張られていたと白状し、「サブちゃんうまい」へ脱線するなど、雑談らしい連想が続きました。
マイナス語で強調するか、教養で攻めるか
水野さんは、「神」とは逆にマイナスの方向へ振る手もあると指摘します。愛知では「ゲロうまい」と言うそうです。
堀元さんは慶應の学生時代を振り返り、「あのとんかつ屋クソうまい」「あいつクソ面白い」がナチュラルに使われていたことに抵抗を感じていたと話します。マイナスの言葉を付けて強調するパターンは「鬼」も同じだと2人は整理しました。
「鬼」では安直なので、水野さんは「羅刹うまい」「修羅うまい」を提案します。水野さんは2音節くらいが言いやすいとし、メタトロンうまいの長さを反省する流れにもなりました。
一方の堀元さんは、もう少し教養を見せたいと言い出します。北欧神話やインド神話から探し、「ケツァルコアトルうまい」、さらには神々の集団を指す「アーディティヤ神群」から「神群」を見つけ出しました。
お前、神群っていうフレーズいけるんじゃないですか、これ。次じゃん。
お前、神群?一人なのに。
1人の相手を褒めるのに神の集団を持ち出すのはおかしい、というツッコミです。水野さんは、気の利いたことを言おうとする発想そのものに無理があると締めくくりました。
この章で挙がった「神」の後継候補を並べると、路線の違いが見えてきます。
ラブホテル清掃員が口にした「やり上げる」
堀元さんが読んだのは、ラジオネームとして話題に出ていた親の脛ガブリエルさんのおたよりです。スタッフへの気配りを書き添えたうえで、面白い日本語の報告が続きます。
僕はラブホテルでアルバイトをしている大学院生です。先日、部屋の清掃をしていると、ベッドの上に使用済みコンドームが4つも放置されているのを発見しました。それを見た一緒に清掃している社員さん、40代男性の一言です。「かー、やり上げとるで」。果たしてやりあげるという日本語は存在するのでしょうか。
水野さんは、「〜上げる」が補助動詞 ── 本来の意味が薄れ、ほかの動詞に付いて意味を添える動詞。「書き上げる」の「上げる」や「食べてみる」の「みる」などが例ですとして使われていると整理します。2人とも「やり上げる」は聞き慣れず、普通は「やり遂げる」と言うと確認し合いました。
ところが辞書を引くと、「やり上げる」には「物事を完成させる、すっかり仕上げる」という意味が載っていました。宮地嘉六の小説『煤煙の臭ひ』に用例があり、水野さんによると1603年の日葡辞書には船を「進めて陸に上げる」という意味の用例も出ています。
それでも現代人はあまり使わない言葉です。堀元さんは、ない語彙をとっさに口にした社員さんの造語能力を絶賛しました。
この人造語能力すごくない?普通だったら、はぁ、お盛んなこってみたいな。なんか使い古された表現言っちゃいそうだよね。
水野さんは、新語ウォッチャーが注目している補助動詞として「〜散らかす」を挙げます。「滑り散らかす」のように、実際には散らかっていなくても「盛大に〜している」というニュアンスで使われているそうです。
さらに水野さんは、「完全に〜する」の意味で最近主流なのは「〜倒す」だろうと話します。コーパスで確かめたわけではないと断ったうえで、増えている実感があるとのことでした。
| 補助動詞 | 例 | 番組での位置づけ |
|---|---|---|
| 散らかす | ハゲ散らかす、滑り散らかす | 最近注目されている用法 |
| 倒す | やり倒す | 最近主流と水野さんが実感 |
| 上げる | やり上げる | トレンドではない珍しい用法 |
最後には、水野さんがすでに話した日葡辞書の話を堀元さんがもう一度持ち出し、水野さんも直前の「魑魅魍魎うまい」を忘れていたことが発覚します。2人はラジオを始めて以来、記憶力が衰えていると嘆き、「記憶力なくなり上げてる」と新表現で落としました。
無言の読書動画はアリか
次は、若者は本を読めさんからのリクエストです。
堀元さんと水野さんがただただ1時間無言で読書をしているだけの作業用動画があったら嬉しいです。ぜひとも検討をお願いいたします。
2人は、QuizKnockの勉強配信や、河野玄斗さんが10時間以上の勉強配信を定期的にしていることを例に挙げ、作業用動画という形式自体はありうると話します。
ただ、Podcastでは無音になってしまうのが課題です。堀元さんは、1時間読んだあと5分だけ「今日学んだのはこれでした」と話す構成ならありそうだと提案しました。
水野さんは、読むなら快適な環境がいいと注文を付けます。水野さんにとっての快適さは、ふんぞり返れることと、読書しながらモンスターストライクができることでした。
堀元さんは、ゆる学徒カフェで開いた「通読会」の失敗談を明かします。1人では読む気にならない古典をみんなで読む企画でしたが、堀元さんは『カーマ・スートラ』の面白い記述を見つけるたびに喋り始めてしまいました。
それでいうとこれもあるんすよって言って喋り始めた結果、ラジオになりました。
山月記の朗読リクエストと「口が気持ちいい」問題
それでもさんからは、水野さんへの朗読リクエストが届いています。
水野さんの声が好きなので、ぜひ山月記の朗読をアップしてほしいです。寝る時や散歩の時に聞きます。よろしくお願いします。
中島敦の『山月記』をめぐって、2人の読み方の違いがはっきり出ました。堀元さんは冒頭の「隴西の李徴は博学才穎」を口にして、意味がわからなくても音が気持ちいいと力説します。
老妻の李徴は博学才英って、もうこれだけで気持ちいいよ、口。
一方の水野さんは、漢検で覚えた難しい漢字が次々に出てくることに興奮して、中身に集中できなかったといいます。高校のテストで書き取りが出るのを期待したのに、全く出なかったことが不満だったそうです。
水野さんは「旧懐を叙す」「無聊を慰める」「一粲を博す」のような表現を集めていたと話します。堀元さんは、日常で見ない字を書き取りさせても仕方がないので、テストに出ないのは正解だと返しました。
音読して音とリズムを楽しむ。意味がわからない語があっても気持ちいい
漢検で覚えた漢字の登場に興奮し、語を全部調べる
朗読については「全部読むのはめんどくさい」と水野さんが本音を漏らし、堀元さんは自分で音読すると発見があると勧めました。
消えたセーブデータと、山月記ネットミーム
ニックさんからは、ゲーム実況の再開リクエストが届きました。
ゆる言語学ラジオの7 Days to End with Youを拝見してやってみたいと思い、Steam版を購入して進めています。過去の動画でやらないとおっしゃっていたようですが、ゆる言語学ラジオさんがどのように進めていくのかどうしても気になるので、ぜひ再開をご検討いただきたいです。
堀元さんの答えは謝罪でした。再開しようと起動したところ、Steamの連携の失敗と誤操作でデータが消えていたそうです。4日目まで進めて編纂した辞書がすべて消えたため、再開が難しくなったと説明されました。
ここで堀元さんは、山月記の一節を借りて許しを乞います。さらに、李徴の自嘲の場面のほうがふさわしいと言い直しました。
笑ってくれ。7 Days to End with Youのデータを消してしまった哀れな男を。括弧、袁傪は昔の青年李徴の自嘲癖を見出しながら悲しく聞いていた。
水野さんが「ネットミームみたい」と反応し、堀元さんは括弧の地の文まで含めるのがポイントだと分析します。自嘲だけで終わらず、第三者の視点が入ることで文章として完成するという見立てです。
続いて堀元さんは、中身が下ネタなので本文は読まずに、ラジオネームだけを「ベスト用例名賞」として紹介しました。それが「チョムスキーがお好きでしょ」です。CMの「ウイスキーがお好きでしょ」の言い方をなぞった名前に、2人はキレがあると喜びました。
助数詞ーズハイ先生の最新作を読む
水野さんが最後に読んだのは、常連の助数詞ーズハイ先生の作品です。先生はSM体験談を、番組で扱った言語学ネタを織り込みながら文学調で書き送ってくる投稿者です。おたよりには、研究者を茶化す意図はないが不快に感じる人もいるかもしれないので慎重に判断してほしい、という断りも添えられていました。
匂いの記憶って一番残るんだよ。そう耳元で教えられながら口にガムテープを貼られる。
堀元さんはこの書き出しに、新海誠監督の『秒速5センチメートル』冒頭のセリフとの類似を見つけ、「エモ小説への冒涜だ」と抗議します。
作中には、女王様が鞭を床に打つ音を「シジュウカラ語でジジジ(集まれ)」になぞらえる一文が登場しました。番組で取り上げた鈴木俊貴先生のシジュウカラ研究を下敷きにしたもので、水野さんは「先生の友人として許さない」と憤ります。なお水野さんは、書籍『動物たちは何をしゃべっているのか?』の編集には関わっていないと補足しました。
その後も、ヘビの鳴き声「ジャージャー」の拾い方や、以前の投稿で導入した比喩の再登場など、過去回のネタが次々に回収されます。2人は要素の密度に驚き、全作を読まないとわからないタイプの作品だと評しました。
物語の後半、女王様はダイヤル式の鍵を主人公に掛け、解除の番号は「君だけにわかるように日記に書く」と告げます。
最後の日記が明かした別れ
1週間後に更新された日記は、とてもシンプルなものでした。
楽しかった奴隷との日々も今日でお開き。女王様が鞭を置いた日付で鍵は開いてしまった。以上、今回も卑猥な話を長々と失礼いたしました。敬愛する女王様はきっと戻られませんので、もう次回はないかもしれません。
下品な書き出しから一転したエモい結末に、堀元さんは冒頭の「匂いの記憶って一番残るんだよ」も別れを意識した言葉だったと読み直します。
冒頭
「匂いの記憶って一番残る」と告げられる
調教
女王様が解除の番号を日記に書くと約束する
1週間後
日記に別れの言葉が書かれる
解錠
鞭を置いた日付で鍵が開き、別れを悟る
水野さんは、「楽しかった奴隷との日々」という言葉でS嬢の役割が脱ぎ捨てられていると指摘します。さらに「女王様は笑っていた」という一文も、嘲笑だけでなく本当に楽しかったという二重の意味に読めると話しました。
ここ、ここテクいっすね。鞭を置いただよ。
「鞭を置く」は「筆を置く」や、アイドルが引退するときの「マイクを置く」と同じ象徴的な表現だと、堀元さんも補います。
堀元さんは、このまま連載が完結しても構わないと言い切ります。水野さんも、2021年下半期ごろの初投稿から2年を経て、人が仲良くなり別れるまでの物語を見せられたと振り返りました。
「令和の天才が書いた昭和のすれ違い小説」という評論
堀元さんは、評論とは自分の切り口を設定することだとしたうえで、助数詞ーズハイ先生の作品に自分なりの評を付けます。
堀元さんによると、駅で会えずに駆け落ちが成立しないような「すれ違い」は、昭和の定番でした。今はLINEで連絡が取れるので、そうした物語は描けなくなったと言われています。
そして堀元さんは、この作品もテクノロジーに駆逐されうると続けます。今はWi-Fiでつながり、スマホから遠隔で開け閉めできるスマート型の貞操帯が増えているそうです。
アナログのダイヤル式。番号を自分で入れるしかなく、日付を入れて開いた瞬間に別れを悟る
スマート型。タイマーで勝手に解除されて終わり、女王様の叙情は生まれない
アナログだったからこそ残った叙情がある、というのが堀元さんの評論の核です。水野さんも、コメントやDMの機能がない日記だったため、鞭を置かれたら本当に会えなくなるというすれ違いもあると付け加えました。
堀元さんはさらに、貞操帯の由来の一説として、十字軍で遠征する兵士が妻や恋人を取られないように作ったという話を紹介します。愛する人への願いが込められた道具を最後のプレイに選んだことにも、特別な思いが読み取れるという解釈です。
公開鍵暗号とプルースト効果まで読み込める
水野さんは、女王様が全員に見える日記で、本人にだけわかる番号を示した点に注目しました。
公開鍵でブログにさ、その人にだけにわかるように出してるってのは、これさ、暗号じゃない。
堀元さんはこれをRSA暗号 ── 公開鍵暗号方式の代表例。誰でも使える公開鍵で暗号化し、対応する秘密鍵を持つ人だけが元に戻せる仕組みで、通信の安全を支えていますになぞらえて説明しました。誰でも見られる鍵を公開しつつ、合図だと読み解けるのは先生だけという非対称性が、女王様の日記と重なるという読みです。
| 暗号の要素 | 作品での対応 | 意味 |
|---|---|---|
| 公開鍵 | 誰でも見られる日記 | 情報は全員に開かれている |
| 秘密鍵 | 鞭を置いた日付だと気づけること | 本人だけが読み解ける |
| 復号 | 貞操帯の解錠 | 別れのメッセージを受け取る |
水野さんはさらに、女王様が鞭を置いたタイミングで先生自身も筆を置いた、という重ね合わせに気づきます。
堀元さんは、冒頭の「匂いの記憶」はプルースト効果 ── 特定の匂いをきっかけに過去の記憶がよみがえる現象。プルーストの小説『失われた時を求めて』でマドレーヌの香りから記憶が戻る場面に由来しますそのものだと指摘しました。『失われた時を求めて』とこの作品が、どちらも冒頭に匂いと記憶を置いているという読みです。
2人は、文学に詳しい人が読めばまだ読み落としがあるはずだと認め、オマージュや下敷きをリスナーから募りたいと話しました。水野さんはゆる学徒カフェの芸術鑑賞会の題材にしてはどうかと提案し、堀元さんは「前向きに検討を加速させていきます」と政治家の答弁風にかわしています。
挑め、助数詞ーズハイ賞?
締めくくりで、2人とも「助数詞ーズハイロス」に陥っていると明かします。水野さんはプレッシャーをかけたくないと言いつつ、続きを求めてしまう気持ちをアンビバレントだと表現しました。
水野さんは、これを超える作品を書く人が現れたら熱いと期待します。堀元さんは、おたよりフォームは文学賞の登竜門ではないので、気楽に普通のおたよりも送ってほしいと呼びかけました。
SM体験談を文学チックに、かつゆる言語学ラジオのネタを大量に拾って書くっていう発想も別で立てなきゃいけないから、かなりハードル高いね。
水野さんは、助数詞ーズハイ先生の作品なら音読すると即答します。堀元さんは、鞭を失った先生は虎になって草むらへ帰ってしまったのかもしれないと、山月記になぞらえて話を戻しました。
最後に2人は、直接連絡する手段のない常連投稿者への感謝を、コメントで寄せてほしいと呼びかけて回を閉じています。
まとめ
今回のおたより回は、「神」に代わる褒め言葉探しや「やり上げる」の検証という言葉遊びから始まり、助数詞ーズハイ先生の最終作を2人が多角的に評論するところで最高潮を迎えました。
- 「神」の後継候補は、仏教・天使・マイナス語・神話と広がったが、気の利いた言葉を狙いすぎると失敗する
- 「やり上げる」は辞書にある古い言葉で、40代社員のとっさの造語的な使い方が面白がられた
- 山月記は、音で味わう堀元さんと漢字で味わう水野さんで楽しみ方が分かれた
- 助数詞ーズハイ先生の作品は、すれ違い小説、公開鍵暗号、プルースト効果など、いくつもの切り口で読み解かれた



