6時間の講義を「要約」しない理由とは?
ゆる言語学ラジオでは前回、島村先生を招いて「ちょいガチ言語学ラジオ」の統語論回を収録しました。その尺はおよそ6時間にのぼり、水野さんは最後まで見て理解した人はかなり珍しいだろうと話しています。
前回の講義では「John ate pizza」という簡単な文が、非常に複雑な樹形図になる様子も扱われました。堀元さんは「睡眠導入」というコメントが付くのではと冗談を言い、水野さんは「絶対に眠れる生成文法入門」というタイトル案で応じています。
今回は、島村先生から教わった内容を水野さんが堀元さんに噛み砕いて説明する回です。ただし水野さんは、6時間分の講義を要約する形はとらないと宣言します。
生成文法って結局結論だけ取るとよくわかんないんですよ。そういうものなんですね。
水野さんによれば、講義を平たく要約すると「変形規則をたくさん提案したあと、最終的に移動とそれに関する制約に帰着させた学問」になります。けれど基礎がないまま結論だけ聞いても意味がない、というのが水野さんの判断です。
そこで今回は、生成文法の研究者が手作業として何をしているのかを、堀元さんに樹形図を描いてもらうことで体験させる方針がとられました。ゴールは「言語は一次元ではなく二次元の広がりを持つ」と実感してもらうことです。
だって今んとこ俺絶対一次元やろって思ってるもん。
単語は一度に1つずつしか発音できないので、言語は横一列に並ぶものだと考えるのが普通です。生成文法の研究者にとっては当たり前の「二次元性」が、多くの人には届いていないと水野さんは話しています。
「お互い」は人生を狂わせる文なのか
言語に二次元性があることの手がかりは、言語学あるあるで「地味」だと水野さんは言います。今回扱う題材は「お互い」という単語です。
お互いにっていうのが含まれた文で人生が狂った研究者がいっぱいいるってことです。
水野さんは、生成文法の研究史を「人を狂わせた文」と格闘し続けた歴史だと表現します。堀元さんは、番組が最初にバズった「ゾウは鼻が長い」も同じように論争を巻き起こした文だと重ねています。
生成文法で有名な例として、水野さんは「Flying planes can be dangerous」を挙げます。この文は「飛んでいる飛行機は危険になりうる」と「飛行機を飛ばすことは危険だ」の2通りに読めてしまう文です。
堀元さんは派手で絵が浮かぶ飛行機の文のほうが楽しそうだと提案しますが、水野さんは飛行機の文は基礎がいるのでややこしいと退けます。図形的な広がりを感じやすいのは「お互い」のほうだ、というのが選んだ理由です。
水野さんは、6時間の講義では「お互い」の動きの面白さに特に焦点を当てていたわけではないとも説明します。堀元さんが面白がるならここだろうと考え、講義の一部を切り出して組み立て直した構成になっています。
また、前回の生成文法回では島村先生に「英語の用語禁止」「例文は日本語」「ツリーはあまり使わない」という制約をかけていました。そのため生成文法の核となる樹形図をほとんど説明できておらず、今回こそ堀元さんに描けるようになってもらうのが狙いです。
「語」とは何か?樹形図の前に押さえる文・句・節
樹形図に入る前に、水野さんは前回の生成文法回で何を覚えているかを堀元さんに尋ねます。堀元さんが覚えていたのは、どの言語でも主要部が左に来るか右に来るかの2パターンにほぼ収まる、という話でした。
水野さんによれば、それはXバー理論 ── 句の内部構造をどの品詞にも共通する型で表そうとした生成文法の理論。主要部・補部・指定部といった要素で句を組み立てますの話です。理論の発展段階でいえば進化後の姿にあたり、島村先生も「第二形態、第三形態ぐらい」と補足しています。
水野さんは、今回は積み上げの最初にあたる「第一形態」の話をすると説明します。前回、積み上げを飛ばして雰囲気だけ伝えようとした結果が「言語はブロッコリー」という説明だった、と振り返っています。
ここで水野さんは「文はわかりますか」「語はわかりますか」と堀元さんに問いかけます。堀元さんは「語は単語のことでしょ」と答えますが、島村先生は語は難しいと言います。
語とは何かはもうわかるって言ったら、もうあなたは一流の言語学者です。
堀元さんは、哲学の有名な問い「コウモリであるとはどのようなことか」を引き合いに出し、うかつに「わかる」と言えない問題だと応じています。
続いて水野さんは、受験英語レベルの知識として句と節の違いを説明します。主語と動詞を持つまとまりが節で、そのセットを持たないまとまりが句です。
節の例として「the information John told him」のような関係節が、句の例として「the beautiful flower」のような名詞句が挙げられました。途中で水野さんが同格のthatと関係節を取り違え、島村先生に訂正される場面もあります。
初めての樹形図はどう描く?
いよいよ堀元さんが樹形図を描きます。最初の例文は「堀元は水野を叱った」です。
堀元さんは一番上に置く「S」を、受験英語の主語(subject)だと思い込みます。水野さんが、ここでのSはsentence、つまり文全体のことだと訂正しました。
さっきさ、俺さ、Sって言われた瞬間に主語だなって思ったの。受験英語の。
水野さんの説明では、文全体のSはまず主語の名詞句(NP)と動詞のまとまり(VP)に分かれます。さらにVPが「水野を」にあたる名詞句と、動詞「叱った」に分かれます。
本来は「は」や「を」も扱う必要がありますが、今回はこの段階で止めています。例文に「殴った」と言いかけた水野さんに、堀元さんが「例文あるある、殴りがち」と突っ込む場面もありました。
水野さんは、生成文法を理解したいときに我慢してほしい点として「例文が英語であること」を挙げます。研究自体が英語の分析を中心に進んできたためです。
わしゃ英語は本当に読まんのじゃ。日本語だけで生成文法を極めてやるんじゃっていう水野っていうバカがいるんですけど。
次の例文「John loves her」では、堀元さんがさっきの説明を吸収して、JohnをNP、loves herをVP、さらにlovesをV、herをNPと分けていきます。
ただ、NかNPかで迷う場面では、カメラが回っていないところで島村先生から「ここはNPではなくDPだ」と言われていたことも明かされます。堀元さんはこれをNP困難 ── 計算機科学で、効率よく解けるかが未解決の難しい問題のクラス。P≠NP予想と関わる概念で、文法用語のNPとは無関係ですになぞらえて笑いに変えています。
水野さんは、学び始めは名詞ならNP、動詞ならVPと素直に描けても、途中からTPやIP、CPといった記号が次々に出てくると話します。今回は厳密さより、こういう図を描いているという感覚をつかんでもらうことを優先しています。
樹形図を描いて何がうれしい?
樹形図を描くと何がうれしいのか。堀元さんは、前回聞いたXバー理論の印象から、バラバラに見える言語がツリーにすると似た形になり、普遍的な形を発見できる点だと答えます。
島村先生はこの理解を「間違ってはない」としつつ、引っかかりも見せます。水野さんは、厳密性は島村先生にとって大事だろうが今回は捨てていいとして、堀元さんの理解で進めました。
水野さんが挙げるもう1つの利点は、構造を描くことで文の意味が引き出せるケースがあることです。例文は「I saw a man with a telescope」です。
堀元さんはこの文を、まず「望遠鏡を持った男を見た」と読み、続いて「望遠鏡で男を見た」というもう1つの意味にも気づきます。
これは二個意味があるんだが、ツリーを書くと二通りのツリーになりうる可能性があるので、意味が二種類になるんだって説明ができるんですよ。
「望遠鏡を持った男」の読みでは、a manとwith a telescopeが先にくっついて1つの名詞句になり、それがsawと結びつきます。この場合、樹形図はひたすら二股に分かれていく形になります。
「望遠鏡で男を見た」の読みでは、堀元さんは素朴にsaw、a man、with a telescopeの3つをVPの下に並べる三股の形で描きました。途中、sawとwith a telescopeを先にくっつける描き方も試しましたが、島村先生から「語順が出なくない?」と指摘されています。
a manとwith a telescopeが先にまとまって名詞句になり、それがsawと結びつく。二股が続く形
with a telescopeが動詞のまとまり側にかかる。堀元さんの描き方では、VPの下にsaw・a man・with a telescopeが並ぶ三股の形
島村先生は三股はあまり使わないとし、水野さんが島村先生式の描き方も紹介しました。VPの下でPPを動詞句の側に付ける形にすれば、二股だけでも2つの読みが別の構造として描き分けられます。
ただし、どんな多義でもツリーで捉えられるわけではありません。水野さんは、最初に出た「Flying planes can be dangerous」はツリーの形がそれほど変わらないのに意味が違う例だと補足しています。
堀元さんは、ここまではもともと肌感覚としてイメージがあったので理解しやすかったと話し、文を分解するのは楽しいと感想を述べました。水野さんは、ツリーにはもっと破壊力があることがあまり伝わっていないと考えており、ここで「お互い」が登場します。
「太郎と二郎の先生はお互いを褒めた」の「お互い」は誰を指す?
最初の例文は「太郎と二郎はお互いを褒めた」です。この文の「お互い」が指すのは太郎と二郎で、二人が褒め合っている状況です。
次に水野さんは、主語を「太郎と二郎の先生」に変えます。堀元さんは、太郎と二郎の英語の先生と数学の先生が褒め合っている状況だろうと解釈しました。
では、この文で「お互い」が太郎と二郎を指す解釈はありうるのか。堀元さんは、その読みはできないと答え、水野さんも実感に合っていると認めます。
太郎と次郎の先生はお互いを褒めたになった瞬間に、出てきてる二人は関係なくなって。(文に)出てきてないやつを想定しなきゃいけなくなる。
さらに水野さんは、「お互いは太郎と次郎を憎んでいる」はどう考えてもおかしいと指摘します。「お互い」には先にそれを指すものがあってほしい、というのが大原則です。
ここで堀元さんが「お互いに太郎と次郎は憎み合っている」なら言えるのでは、と例外を持ち出します。島村先生は、「太郎と次郎はお互いに憎み合っている」の「お互いに」を前に出したと考えられるかもしれないと応じ、議論が盛り上がりました。
盛り上げ役として俺入ってきたわけじゃないから。
この話はややこしくなるため、一旦脇に置かれます。押さえておくべき点は、「お互い」が指す相手は基本的に前にあるべきなのに、「太郎と次郎の先生」の文では前にあっても太郎と次郎を指せない、という奇妙さです。
前にあるのに指せない「三郎」の文
水野さんは、言語学者が「熱いぞこれ」と燃え上がった例をもう1つ出します。「太郎と次郎は三郎がお互いを憎んでいると知っている」という文です。
この文で「お互い」を太郎と次郎と読み、「三郎が太郎と次郎を憎んでいる」という意味にできるかを堀元さんに考えてもらいます。堀元さんは、どう解釈してもそうはならないと答えました。
でもおかしくないですか?だって太郎と次郎前にあるからさ、お互いが別にそれ(太郎と次郎)をさしてもいいはずじゃないですか。
無理に意味を取ろうとした堀元さんは、クラスに山田三郎と池田三郎がいて、二人が憎み合う「クラス三郎事変」を太郎と次郎が知っている状況なら言えなくもない、とひねり出します。水野さんはこれを「めちゃめちゃ素晴らしい内省」と評しました。
水野さんがここで確認したかったのは、「お互い」が指す二人が「お互い」より前にあっても、なぜか文がわからなくなるケースがあることです。そして、研究者でない堀元さんでも苦労すればおかしさがわかる、という点です。
水野さんによれば、この「なぜなのか」が理論言語学の生成文法で燃えたテーマの1つです。英語でも同様の現象が確認されていて、そこで浮上したのがツリーでした。
3つの「お互い」文を樹形図にする
堀元さんは3つの文の樹形図を順に描いていきます。まずは素直に読める「太郎と次郎はお互いを憎んでいる」です。
例文で兄弟が憎み合うのは悲しいと言う堀元さんに、水野さんは山田太郎と池田次郎かもしれないと返します。島村先生は「憎み合う」にすると話が変わるので「憎んでいる」でと指定しました。
1つめの文は、Sが「太郎と次郎は」のNPと、「お互いを憎んでいる」のVPに分かれます。VPはさらに「お互いを」のNPと「憎んでいる」のVに分かれます。
2つめの「太郎と次郎の先生はお互いを憎んでいる」では、堀元さんが太郎と次郎の英語の先生同士が憎み合う、という別の解釈にも気づきます。多義的な文ですが、先生が二人いる解釈で描くことにしました。
この文では、主語のNP「太郎と次郎の先生は」をさらに割り、「太郎と次郎」のNPと「先生」のNに分けます。こうすると、太郎と次郎は主語の内側に一段深く入る形になります。
3つめの「太郎と次郎は三郎がお互いを憎んでいると知っている」では、メインの動詞は「知っている」です。島村先生の助言で「と」を無視すると、VPの中に「三郎がお互いを憎んでいる」という文Sがもう1つ入る入れ子構造になります。
こうやって二股がいっぱいできるんだね。
入れ子の文もまた、三郎のNPと「お互いを憎んでいる」のVPに分かれ、VPが「お互いを」のNPと「憎んでいる」のVに分かれます。水野さんは「材料が出揃った」と言い、種明かしに移ります。
| 例文 | 「お互い」の手前にある名詞句の位置 | 太郎と次郎を指せるか |
|---|---|---|
| 太郎と次郎はお互いを憎んでいる | 太郎と次郎が主語のNPそのもの | 指せる |
| 太郎と次郎の先生はお互いを憎んでいる | 太郎と次郎は主語NPの内側に一段深く入っている | 指せない |
| 太郎と次郎は三郎がお互いを憎んでいると知っている | 入れ子の文の主語として三郎が「お互い」の近くにある | 指せない |
奥義c-commandは「一回上がって下がる」
「お互い」が誰を指せて誰を指せないのか。その説明のために、水野さんは堀元さんに「必殺技」を教えます。それがc-command ── 生成文法で、樹形図上の2つの要素の位置関係を表す概念。照応や束縛など多くの現象の説明に使われる基本道具ですです。
堀元さんは格闘ゲームの昇龍拳コマンドのようだと喜びます。島村先生によると、Cはconstituent(構成素)の略です。
水野さんは、今まで読んだどの本よりも島村先生の説明がわかりやすかったと話し、その説明をそのまま紹介します。
堀元さんは、家系図でいう一親等のようなものだと例えます。水野さんは、上がって下がったあとさらに下がってもよいので、兄弟の子どもや孫、ひ孫もc-commandしたことになると補足しました。
ビジュアル的には、同じ高さかそれより下にあるものがc-commandの対象です。ただし同じ高さでも、一回上がって下がってたどり着けない場所にあるものはc-commandしていません。
このルールで3つの文を見直すと、1つめの「太郎と次郎は」は一回上がって下がると、その下に「お互いを」があるのでc-commandしており、解釈できます。2つめの「太郎と次郎の」は主語の内側にあるため、一回上がって下がっても「お互い」にたどり着けません。
指せない。構造上指すことができないっていうこと。
3つめの文では、実は「太郎と次郎は」も「お互いを」をc-commandしています。堀元さんは「話が違う」と抗議しますが、水野さんは、三郎も「お互いを」をc-commandしている点がカギだと説明します。
(お互いをは)まず目の前にC-commandあるNPくんって言って、こいつだって言っちゃうので。三郎は単数名詞なのでお互いをとれないじゃないですか。
「お互い」は二人以上を必要とするのに、最も近い三郎は一人です。そのため文がおかしくなり、太郎と次郎までたどり着かない、というのが水野さんの説明です。堀元さんは「より近い方のc-commandが優先される」とまとめました。
樹形図を描く
文をSから二股で分けていき、各語の高さを確定させる
一回上がって下がる
候補の名詞句から一つ上に上がり、そこから下がって「お互い」にたどり着けるか確かめる
近いものを優先する
c-commandする名詞句が複数あれば、より近いものが選ばれる
数を照合する
選ばれた名詞句が単数なら、二人以上が必要な「お互い」は解釈できない
島村先生は完全には納得していない様子でしたが、水野さんは今日はこれでいくと押し切ります。本来は細かな条件がいろいろあり、今回は厳密性を捨てていると水野さん自身が断っています。
なぜc-commandが「言語は二次元」の証明になるのか
水野さんは、c-commandの規則を使うと「お互い」の振る舞いが見えると話し、そこから冒頭のゴールにつなげます。c-commandが言語が二次元であることの証明だというのです。
だってこれC-commandっていうのは、線形に、単語を順に並べてそれのつながりを把握するだと理解できない。上がって下がらなきゃいけない。
単語の並び順だけを見ると、「太郎と次郎の先生」の文でも太郎と次郎は「お互い」より前にあります。けれど、指せるかどうかを決めているのは前後関係ではなく、樹形図上の高さと枝分かれでした。
単語が横一列に並んだもの。前後関係だけで語どうしのつながりを考える
単語ごとに高さと深さがある構造。上がって下がる関係で語どうしのつながりを考える
堀元さんは、最初は音が同時に出ない以上、縦方向の長さは持ちようがないと思っていたと振り返ります。1つずつ発音していても、それぞれの語の高さが違うのだと納得しました。
水野さんによれば、これは生成文法の研究者が文を並べるルールを記述するなかで「これはやばいかも」と思った重要なポイントです。深さがあるという仮説を導入すると説明できる奇妙な例文はたくさんある、というのが島村先生の研究で言われていることだと紹介しています。
謎解きと超ひも理論で考える、深さを持つ言葉
堀元さんは、最近友達に見せてもらった謎解き問題を思い出します。「A↑」「U↓」「A↑」のように文字と矢印が並ぶ問題で、普通はアルファベットを順にずらしたくなります。
ところが正解は、Aを上に、Uを下に動かすと犬の顔になり、答えは「犬」というものでした。堀元さんは、横一列に出てくる文字に深さの違いがある点が生成文法と同じだと興奮します。
こいつ釣りかけるだけですよ。
水野さんは「それは生成文法の研究で否定している」と冗談で返し、堀元さんは「まだ見せたことないだろ」と突っ込みます。それでも堀元さんは、「太郎と次郎はお互いを憎んでいる」のような文も高さに差があるものとして認識できそうになったと話しました。
水野さんは、物理をわかっていないと前置きしつつ超ひも理論 ── 物質の最小単位を点ではなく振動するひもと考える物理学の理論。私たちが見る3次元より多い次元を仮定しますのたとえを持ち出します。遠くから点に見えるアリも、近くで見れば立体だという話です。
言語も同じで、多くの人は単語を並べた一次元のものだと思っているが、生成文法の研究者がつぶさに観察すると二次元だった、と水野さんは説明します。
堀元さんは、動画のテロップを単語ごとに高さを変えて出そうと提案します。水野さんは、厳密に描くと「John ate pizza」でも8段階ぐらいになり、全部見切れてしまうと退けました。
階層を一列にして話すしかない人間と『BLUE GIANT』
水野さんは、階層性のあるものを人間は二次元のまま発音できないので、音にするときに一次元化して話していると説明します。そこから、文法と音を出すことは独立した別の機能だと考えたくなる、と島村先生に怒られる覚悟で述べました。
生成文法では、脳内の辞書のような語彙項目から単語を取り出し、統語論 ── 語を組み合わせて文をつくる規則や構造を研究する言語学の分野。生成文法はその代表的な理論の1つですに従って構造を作ります。その構造を意味や音のインターフェイスに送り、処理されたものを話している、と考えます。
語彙項目
脳内の辞書のようなところから単語を取り出す
統語構造
統語論のルールに従って、階層のある構造を組み立てる
インターフェイス
組み立てた構造を意味と音のインターフェイスに送る
発話
音として一列に並べ直されたものが口から出る
水野さんは、この複雑な過程も、言語に深さや構造がある以上やむを得ないものだと、講義を聞いて思ったと話しています。
堀元さんは、この話が漫画BLUE GIANT ── ジャズに打ち込むサックス奏者の青年を描いた石塚真一さんの漫画。音のない紙面で演奏の迫力を表現した作品として知られますに似ていると言います。本来表現したいのはジャズなのに、音の出せない漫画という制約の中で描かなければならない作品です。
本当はこういう深さがあるものを表現したいんだけどなって思ってるんだけど、制約があるから音に出した時はこうなっているってことですよね。
水野さんは、研究をしていない人には言語が線のように並んだ一次元の構造に見えても、やり込んだ人にはそう見えていないというギャップがあると応じます。今回は、ある程度雑な部分も島村先生に大目に見てもらいながら、その階層性を堀元さんに体感してもらった、と締めくくりました。
AgrPから厳密な定義まで、薄められた生成文法の奥深さ
堀元さんは、収録前に水野さんと島村先生が専門用語だらけで相談していたことを明かします。「アグラP」や「ふくらPみたいなやつ」が出てきたと言い、島村先生が「バインディングコンディション」かと補います。
堀元さんは、専門用語の羅列でやばそうだと思ったが、感動ポイントだけ抽出してもらえてとても楽しかったと感謝します。水野さんは、自分も島村先生に教わった側で、6時間で13ページのレジュメを使った講義も、生成文法を理解した状態の10%程度だと話しています。
ホメオパシーぐらい薄まってますよ、もしかして。
それでも水野さんは、言語の階層性は生成文法の研究者自身がそう言い、実証しているものなので、大きく外してはいないとしています。パズルっぽく取り組みがいのある問題を毎日解いているのが島村先生だ、とも紹介しました。
John ate pizzaの樹形図では、John、ate、pizzaのすべてが移動した結果あの形になっていると水野さんは説明します。AgrPの話が出てきたところで水野さん自身も脱落したそうです。
さらに水野さんは、c-commandの厳密な定義を島村先生に尋ねます。島村先生の答えは「XがYをc-commandするのは、Xを支配する最初の枝分かれ節点がYを支配しているとき」というものでした。
水野さんは、専門書でこの定義を読んだときは全然わからなかったと話します。言いたいことは「上がって下がる」であり、島村先生の言い換えで体感的に理解できた部分を今回持ってきた、と説明しました。
水野さんは、6時間の講義ではほとんどたとえを使わなかったとも明かします。生成文法は科学的な厳密性が売りなので、たとえると全てが失われるからです。監修として出演する島村先生はかなりのリスクを取っている、と水野さんは感謝を述べました。
島村先生が高校生に伝えたい言語学の楽しさ
今回の手応えを聞かれた島村先生は、まず「疲れました」と答えます。そのうえで、堀元さんが樹形図をとても上手に描き、飲み込みが早かったことに感心していました。
水野さんは、堀元さんがサクサク描けてしまうので、リスナーは置いてけぼりになっているかもしれないと心配します。島村先生は、動画を止めて実際に描いてみるとよいと勧めています。
水野さんが「生成文法のコアをつかんでもらえた」と言うと、島村先生は「コアというより、ちょっとした生成文法の楽しさ」と訂正しました。水野さんは、離散無限性 ── 有限の単語と規則から、無限に多くの異なる文をつくり出せるという人間の言語の性質。生成文法が重視する特徴の1つですのような話がコアにあたるのかもしれないと応じています。
島村先生は、特に英語を勉強している高校生が面白いと思い、大学で言語学の授業を取ってくれたら嬉しいと話します。学校の文法では教わらない、規則の仕組みがわかるようになるのが言語学の楽しさだといいます。
さらに島村先生は、英語の文法知識が日本語でも似ているとわかってくると、言語に対する見方が変わってくるだろうと語りました。水野さんは、前回の最後に紹介した本を勉強の手がかりにしてほしいと呼びかけています。
堀元さんは、以前の企画会議で出た「予備校のノリで学ぶ生成文法」を思い出します。水野さんがJohn ate pizzaをTPやスモールVPを使って予備校講師風に解説してみせ、堀元さんは「その講義いらんわ、受験生」と突っ込みました。
ミニマリストプログラムへの宿題と鴨川の夜
水野さんは、今回で統語論回はグランドフィナーレになるとしつつ、6時間かけても再侵入論の手前までしか進めなかったと明かします。いつか統語論以外の分野を一通り終えたら、再び島村先生を招いてミニマリストプログラム ── 1990年代以降の生成文法の枠組み。文をつくる操作をできるだけ少ない原理で説明しようとする研究の方向性ですにも挑みたいと話しました。
ミニマリストだって言ってるのに、前提知識は全然ミニマリストじゃないですね。
島村先生は、構造は多いけれど行っている操作は少ない、と補足しています。水野さんは、生成文法を学ぶ動機は島村先生の言っていることを理解して、もっと島村先生と話したいからだと語りました。
堀元さんは、外国語上達の近道はその国の人と恋に落ちることだ、という話になぞらえます。そこから、水野さんと島村先生が京都の鴨川でカップルが並ぶ場所に座り、缶ビールを飲みながら夜中まで「この文はいけるか、いけないか」を話した思い出が語られました。
その夜、写真撮影を頼まれた男女に言語学の先生だと紹介すると、相手は「日本語ってヘブライ語と由来が一緒らしいですよ」と話しかけてきたそうです。変な空気になったものの、島村先生はニコニコしながら「そういう考えもあるんやね」と応じたといいます。
堀元さんは、そういうモチベーションで勉強ははかどるのだと感じたと話します。最後に、挫折したけど今回はついてこられた、ツリーを描いてみた、島村先生に聞きたいことがある、といった感想をコメントで寄せてほしいと呼びかけて回を締めくくりました。
まとめ
この回は、6時間の統語論講義を要約する代わりに、堀元さんが自分の手で樹形図を描き、「お互い」の振る舞いをc-commandで説明するところまでを体験する構成でした。単語の前後関係では説明できない現象が、高さと深さを持つ構造で説明できることから、言語の階層性が実感として伝わります。
- 樹形図はSを二股に分けていく作業で、「I saw a man with a telescope」のような多義文の違いを構造の違いとして見せられる
- 「お互い」は前にある名詞句なら何でも指せるわけではなく、「太郎と次郎の先生」や「三郎が」の文では太郎と次郎を指せない
- c-commandは「一回上がって下がる」でたどり着ける関係で、近い名詞句が優先されることで「お互い」の解釈が決まる
- 並び順ではなく樹形図上の位置が解釈を決めることが、言語に高さと深さがあることの証拠になる
- 今回の説明は厳密性を大きく削った入門版であり、厳密に知りたい場合は6時間の講義回に戻るよう勧められている

